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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第12章 佳客
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第242話 優柔不断な男の魅力で(2)

タティは頑なになって、僕から顔を背けた。


「やっぱり伯爵様と一緒で、誰にでもそういうこと、言っているのね……。それならもう、いいですからっ。何だかわたし、馬鹿みたい。アレックス様はやっぱり伯爵様とおんなじ、女なら誰でもいいのよ。だったら、どうぞ、シエラ様とご結婚なさったらいいじゃないですか。美人だし、お姫様だし、おっぱいまで揉んだんですからちょうどいいわ。わたしはお暇を頂きますっ!」

「タティ、落ちついてって。あまりヒステリー起こさないで。可愛い顔が台無しだよ」

「ヒステリーじゃ、ありませんっ。それにわたしなんて可愛くもないですからっ」

「タティ、とにかく感情的にならないで。妾になった挙句に出て行っちゃったんじゃ、タティは一生外を歩けなくなっちゃうよ。ちょっと落ちついて、冷静になったほうがいいと思うんだけど……」

「そんなのっ、だって、貴方がいけないんじゃないですか。アレックス様の浮気者って言いたいけど、でも、実際にはわたしが浮気相手なんだから、もう、嫌になっちゃうっ……、とにかくお暇をくださいっ」

「駄目だよ」


僕は言った。


「それは駄目」


僕はタティが怒って寝室を出て行こうとする気配を感じたので、それを阻止するために先手を打ってゆく手を塞ぎ、ドアを閉じてそこに背中を押しつけた。

何となくだが、そのまま自分の部屋に飛び込んで、実家に帰るための荷物を纏めそうな、そういう気配がしたのだ。

タティは僕の前に来て、僕を見上げて文句を言った。


「退いてください!」

「駄目」


僕は首を横に振った。


「それはできない」

「どうしてですかっ」

「だって、タティのことは何でも僕が決めるんだ。タティは僕の物なんだ。だからタティがタティのことで決められることは何ひとつない」

「そんなの、横暴すぎますっ」

「そうだけど、でも駄目だよ。タティはここから出さない」

「身勝手ですっ」

「アレックス様っ」


シエラも、僕の前に来て訴えた。


「私、貴方に他の女の人がいるなんて嫌ですっ。タティさんと別れてください」


僕は首を横に振った。


「いや、それも駄目」

「どうしてですか?」

「だって……」


僕は、僕のことをそれぞれがじっと見上げるタティとシエラを、どうにか上手いこと言いくるめる方法はないものかと、頭を巡らせた。困ったものだ。いろいろ言いたいことがあるのは分かるけど、二人ともどうして僕の言うことを聞いてくれないんだろうか?

タティとシエラは二人ともおとなしいタイプだし、男の趣味まで一致しているんだったら、親友になればいいと思うのだが……。

僕はこの二人が仲違いしているところはあまり見たくない。タティもシエラもいい子だというのは僕がよく知っているし、二人とも可愛いんだから、仲よく僕を好きになればいいと思う。

一瞬、差し込む光のように、ハーレムという言葉が思い浮かんだ。そうだ、そうとも、そもそもこの国の婚姻制度にこそ、根本的な問題があったのだ。ヴァレリアじゃないが、確かにサンセリウスは女の地位が低い国なのだ。それなのに、なんで結婚だけ一夫一婦制なんてものを施行しているんだろうか? 宗教的な問題だということは勿論分かっているのだが、でもこの際一夫多妻制というものを導入してみたらどうなのだろう。

男が複数の妻を持てるという条件下なのであれば、女の人はわざわざ苦労することが目に見えているような男を選ぶ必要がない。財産を持っていて、見た目や性格も比較的いい男を、ある程度選ぶっていうことができることになるんじゃないだろうか。貧乏しないで暮らせるくらいの金を稼げる能力を持つ、健康で、容姿のいい男の子供を、安心して生み育てることができるという、極めて有効ないい人生を送れるんじゃないか。

これは男側も同様で、欲しい女を全部物にできるのは結構嬉しいだろう。世間に非難もされずに公然と複数の女と楽しめるのは。家に帰れば可愛い女が何人も笑顔でお出迎えしてくれて、ちやほやしてくれて、今夜の相手は誰にしようかなって選ぶのもワクワクするだろうし、制度や社会通念的にそうなっているのであれば、女たちだって納得して、いま僕の目の前にいるタティやシエラのようには、険悪にならないかもしれないし……、実は一夫一婦制よりも、こっちのほうがよっぽど社会が幸せになれるんじゃないか――。

もっとも一夫多妻のハーレム制度は一握りの男だけしか交配権を持たないという諸刃の剣、要するに兄さんのような優秀で美形で経済力のある男が好きなだけ女を独占してしまうために、その他大勢の男はお楽しみどころか、一生子孫も残せないという、実は血も涙もない悲惨な制度だったりもするのだが……。

すると僕はきっと兄さんのおこぼれを期待するか、それとも兄さんが僕のために、僕が自力で女を確保できないのを心配して、女を世話してくれるのかもしれない。「アレックス、これがおまえ専用の女だ」とか言って、となると今と大して違いがない……。

ひとつ確かなことは、ここはもはや、弱気になっては駄目な場面ということだ。

そう、こういうときは、とにかく兄さんを見習うのだ。横暴でもいい、我侭でも、身勝手でも筋が通らなくてもいい、取り敢えず強気になって威張ることが重要なのだ。


「とにかく僕は男だから、君たちは僕の言うことに従うんだ」


僕は主張した。


「なんでって、それは、サンセリウスではそういうことになってるから。女は男の言うことに従うんだ。そりゃあ母上とか姉上ってなるとちょっと事情が違って来るかもしれないけど、君たちはそうじゃないんだし」

「タティさん、どうして分かってくれないのですか?」


シエラがタティに言った。


「私たちは心から愛しあっているのに、貴方は何故そうまで邪魔をするの?

貴方はアレックス様に対して、あんまり恋人気取りが過ぎると思うわ。何故貴方がアレックス様を責めるようなことをおっしゃれるの? 彼を責める資格なんて、タティさんにはないはずよ」

「……」

「それなのに、貴方は何故いつもアレックス様を責めるのですか? 拗ねたり、怒ったり……、彼が困っていることが分からないのですか?」

「わたしっ、責めてなんかっ……」

「そうでしょうか。私、貴方の態度には毎日疑問を感じます……。何故、貴方がそんなふうに……、まるで……、貴方はまるで闇の魔女みたい。どうしてお妾さんの貴方が、ヒロインみたいな振る舞いをなさるの?」

「……」

「貴方はアレックス様にも、私にもひどいことをしていることに早く気がついて。貴方は自分勝手な思い込みで、私を不幸にしようとしている罪の重さを知ってください。

私、貴方がそんな方だなんて思いたくない。タティさんは、アレックス様と一緒にお育ちになったのなら、きっといい方だって分かるもの」


シエラは長い睫毛をしばたたかせ、タティを真面目な表情で見据えた。


「貴方はきっといい方だって。私、貴方がきちんと分別を持ってくれると信じているわ。

タティさん、貴方は勿論、そうしてくださるでしょう?」

「そんなっ……、わたしはっ……」

「可哀想だけど、貴方はアレックス様の妻にはなれないのよ。だって、貴方はお妾さんでしょう?

タティさん、お妾さんには、お妾さんなりの生き方というものがあるのよ。

貴方は一度お妾さんになって、それが世間に知れてしまったのだから、貴方がアレックス様の花嫁さんになることは、アレックス様のお名前や体面を、とても傷つけることであることを分かってください。

貴方はもしかして、アレックス様と結婚できると思っているかもしれないけれど、そういうことにはならないわ。だって、アレックス様は大領主のお家の方なの。

ねえタティさん、タティさんが我侭を通したら、アレックス様だけじゃない、ギルバート様にまで恥を掻かせてしまうことになるのよ」

「だって……、それは……」

「お妾さんがアレックス様の花嫁さんになるなんておかしいわ……」

「……、でもわたし、好きでお妾になったわけじゃありません……。好きでこの立場になったわけじゃ……」


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