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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第12章 佳客
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第240話 翌朝の危機

翌朝、僕はこそこそして自分の部屋に戻った。

僕はすごく繊細な質だから、カイトの部屋の安物のベッドでは寝つけるかどうか不安だったものの、意外なことに爆睡してしまい、まだ薄暗いうちに部屋に戻ろうと思ったのに起きたらとうに朝日が昇っている時刻だった。

こうなると、タティはきっと僕を起こしに寝室に来ているだろうし、朝帰りというのがどうにもきまりが悪かった。別に悪いことをしたわけではないのだが、昨晩シエラにあんなふうに迫られたことを思うと、やっぱりちょっとばつが悪い。

だから最初は、そのまま執務室に直行しようかと思ったのだが、でも昨日と同じ服を着るというのは、やっぱり名門貴族として考えられないことだ。やっぱり風呂に入りたいし、衣装は毎日違うものを着なくては。

だが赤楓騎士団の大浴場と称した大勢で使う風呂場には、まさかこの僕が入れるわけがない。身分が下の奴らが先に使った場所を僕が使うなんて考えられないことだし、僕は裸を他人に見られるのは好きじゃない。だいたい他人が使った浴場なんて清潔であるとは思えない。特に汗臭い連中と共用なんて許容範囲の逸脱も甚だしいことだ。お湯の中にはどんな不純物が浮いているか分からないし、連中が風呂の中で何かをしたかもしれない。床に汗と汚れがこびりついていそうで足を踏み入れるのもぞっとする。かえって身体を汚しそうな場所なのだ。

それにカイトの服を借りようにも、彼の服は何か形が古臭い。あの昔の若者という感じの服装は、実際のところ年配者受けはいいのだが、僕はそういうのはださいと思うので、できれば着たくない。

だから寝ぐせのついた頭のまま、一端カイトに別れを告げて、自分の部屋に帰ったのだが……。

そっと部屋のドアを開けて居間を見まわすと、召使いたちがいつも通りに整列しているのが見える。タティは見当たらない。まだ来ていなかったようだ。

僕はほっと胸を撫でおろし、ドアを開けて堂々と自分の部屋に入った。使用人たちがこぞって僕に朝の挨拶をする。寝室からではなく、廊下から入って来る僕に驚いた顔をする者もあったが、全員頭を垂れて僕に敬意を払う。何しろ僕はこのアディンセル伯爵家で二番目に偉いから、尊敬される存在なのだ。いい気分でそれを適当に受け流しながら、奥の僕専用の清潔な浴室に向かう。

僕の入浴や着替えを手伝う係の召使いが数名、僕の後をついて来た。

僕はふと思いついて、その召使い女たちに聞いた。


「タティは今朝は、まだ寝てるんだよね? 寝坊かな、それだったら、寝かせといてあげて。病み上がりだから休ませてあげたいんだ。

それと、後で朝食を運んであげてくれ。パンにつけるジャムを多く、あとチョコレートのケーキとかがあればそれも」

「あっ、いえ、もういらしていますわ……」


年配の召使いが、戸惑った口調で応じたので、勘のいい僕はぴたりと歩く足を止めた。

僕は振り返って、今一度たずねる。


「来てる?」

「え、ええ」


髪をきっちりと後ろに纏めた年配の召使いが、僕を見上げておくれ毛を耳にかけ、いかにも言い難いことがあるという愛想笑いを浮かべた。

僕は重ねて彼女に聞いた。


「ところでさ……、シエラは帰った?」

「いっ、いいえ、それは存じ上げません……」

「それシエラが来てたのを、存じ上げないって意味? それとも帰ったのを、存じ上げないって意味?」

「そ、そうです。後者ですわ」


年配の召使いは言いながら、横にいる二十代前半の召使いの肩に触れた。

すると彼女は僕の寝室を一瞬指差して、お愛想のまばたきをしながら肩を竦めた。


「さっき、タティ様があちらに。それで、シエラ様も昨晩からあちらに」

「それで、二人が帰ったっていうのを見た人は?」


僕は笑顔を作って彼女たちに聞いた。


「どっちかだけでも、いいんだけど」






僕は寝室のドアの取っ手に手を置いたまま、しばらく思い悩んだ。

どの程度のことになっているか、ドアを開けるのが恐かったからだ。

タティが僕が寝ていると思って、いつも通り僕を起こしに寝室に行くと、僕の部屋の僕のベッドで何故かシエラが寝ているという、そういう状況があったんだろうなという、だいたいそういう感じだ。

もしタティの部屋に行ってタティのベッドに他の男が寝ていたら、僕なら男を殺すと思うけど、タティは武器なんて持ってないからシエラをなじるかもしれない。

でもシエラは僕が自分の結婚相手だと思っているから、自分の結婚相手の寝室に朝から別の女が来たら、イラッとくるかもしれない。

それで、今はその両方が同時に起こっている――、今ドアを一枚隔てた向こう側で起こっていることを、一言で説明するとするならだいたいこういうことなんだろう。

しかし僕は別に悪いことをしたわけじゃない。二股をかけているわけでもないし、昨晩だって何ひとつ後ろめたいことはしていない。シエラに迫られたけど僕は誘惑に負けなかった。紳士的に振る舞い、後腐れなく、シエラとさよならした。それからカイトの部屋に押しかけて、ベッドを奪って寝ただけだ。僕には完璧なアリバイがある。アリバイの証人もいる。彼は鬱陶しいけど頭は切れる奴だ、いざとなったら、的確に僕に有益な証言をしてくれるだろう。

それに酩酊状態になってエステルを抱いたときのような失敗どころか、飲酒すらしていない。結局、カイト特製の訳の分からない、たぶん腐りかけのお茶を一口飲んだだけだ。

だから僕は何も責められるようなことはしていないのだ。タティにも、シエラにも。これは、冷静になれば誰だって分かる話だ。僕は潔白で、誠実な男であって、誰にも怒られるようなことをしていないってことに。


「私、アレックス様の赤ちゃんが出来たかもしれないのよ」


だがドアを開けたと同時に飛び込んで来たシエラの宣言に、僕は卒倒しそうになった。


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