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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第12章 佳客
234/304

第234話 シエラのいけない提案(1)

おっぱいを褒めたら泣かれるなんて、どういうわけなのか分からず、僕はその夜、逡巡とそのことを考えていた。僕はよかれと思って言ったんだし、タティのおっぱいは素晴らしいのに、なんであそこで泣く必要があるのか僕にはまったく分からなかったのだ。

タティが気落ちしている原因は、シエラがああして僕らの間に割り込もうとするからなのだということは僕としても分かっている。

困ったことだが、シエラはあれでなかなか負けず嫌いなのかもしれない。特にタティに意地悪を言うとかはないのだが、殿下という後ろ盾を得たことで、自分が僕の花嫁なのだと率先して主張するようになってしまった。シエラが花嫁ということは、タティはお妾のままというのが話の前提になっていることもあり、そのためにタティはいささか情緒不安定になってしまっている。

タティはハリエットやらヴァレリアやらみたいな野性味あふれる性格じゃないから、シエラに対して面と向かって抗議なんてできないのだ。言いたいことを自分の中にため込んで、だんだん卑屈になってしまっているのは、可哀想なことをしていると思っている。

確かに、ここは僕が、はっきりとシエラに本心を言ってしまうのがいいのかもしれないとは思うのだ。

しかしそれをやると、シエラの性格からして恐らく再びフレデリック様に泣きつくであろう……、だが二度もそんなことをされたのでは、さすがに僕の立場がない。何より今後のアディンセル家自体にも影響が出かねない。世継ぎの王子の顔色は、常に最優先で窺っておくべきなのだ。

そんなわけで、僕は不用意に明確な意思表示ができず……。

こういうときはあれなのだ、性交渉をするっていうのがいい方法なんじゃないかとは思うのだ。少なくとも兄さんを見ている限りでは。御機嫌斜めの女をなだめるのに、良質の性交渉は、たぶん、いい方法なんじゃないかと思うのだが……、ここでまた大いなる問題が立ちはだかる。

それと言うのも、アディンセル家に属する僕には、アディンセル家の呪いなんていう訳の分からない呪いがかかっていて、抱いた女の生命力を奪うなんて訳の分からないことが起こってしまうのだ。

バンナード公子の特別の魔法によって、肺病に罹っていたタティは奇跡的な回復を遂げている。殿下に謁見したあの日から、まだ一週間しか経過していないのに、タティは病身どころか、もう走ることができるくらいに回復を見せていた。

しかし、慎重でありかつ良識派である僕としては、タティが元気になったからと言って、ほいほい彼女に伸しかかるという愚を繰り返すことができない。二度と大事なタティを死にかけさせるようなわけにはいかないから、この訳の分からない呪いを何とかするまでは、断じてタティを抱くわけにはいかないのだ。

そしてどうやったらこの呪いを解除できるか目処は立っておらず、したがって今のところ僕は不貞寝をする以外にない。

僕はタティの肌の温もりが恋しく、布団にくるまって、悲しくタティを想いながら眠った。

タティを僕のベッドで寝かせると、シエラが嫉妬して邪魔するというのもそうなのだが、何より僕が我慢できないと思うので、寝室は分けている。

僕は良識的な紳士だ。物事の道理を分かってる。

欲望のままに突っ走ることの愚かさも。

だけど僕はタティが恋しい。

それに、タティの胸はいいのだ。

てのひらに吸いつくようだったのだ。

なのにそうすることができず、今週は僕の頭の中はそればかりで、僕はあまりにも忍耐を強いられていた。

僕もタティもまだ若いし、時間はたくさんあるけれども、この問題は少なくとも僕にとって非常に深刻な問題なので、取り敢えず王都に移ったら、休日にでも王立図書館にこもったりして、調べるなりしようと思っている。もしかして王家に何か知恵があるかもしれないから、フレデリック様にまた御力を貸して頂けるように、誠心誠意、お仕えしようとも思ってる。

そう、当然の話だが、僕は先日のタティ救済の御礼と、あのシエラの無礼についての謝罪の手紙をその日のうちに殿下に届けさせたのだ。

すると今のところ、ファン・サウスオール卿名義で「殿下のことを慮ってくださるのなら、これ以後、件のことにはあまり触れられないように」とのアドバイスと、打ち合わせの日程表が届いた。打ち合わせと言うのは、殿下の学業についての打ち合わせということだ。それに招かれるということは、僕の仕官話は立ち消えにはならないということだろうし、フレデリック様もそれほどには怒っておられないということなのかもしれない。少なくともそのように振る舞う分別が、殿下にはあるということだろう。殿下の面子を潰したのは確かだから、多少冷遇されることはあるのかもしれないが、いずれにしても僕に与えられた選択肢は、誠実に、粛々と日々御仕えをして、すべての誤解を解くということだけだ。先生役をやらせて頂けるのであれば、シエラとはまったく無関係だと、直接殿下に申し開きをするチャンスはあるだろう。

やがて僕はうとうとと眠りにつく。間もなく指先の感触に懐かしさを感じて、ちょっとの間それを触っていた。とても柔らかい。これはタティの胸の感触だ。僕はもぞもぞと手を伸ばして、本格的にそれを掴む。信じられないほど柔らかいのに、適度に弾力があるのが素晴らしい。

女のおっぱいは本来赤ん坊のためにあるということになっているが、真実を言えば、これは男のためにあるのだ。

そう言えば、どんなに胸の大きい女も、そのままでは乳は出ないようだ。少なくともタティの胸からは乳は出ない。赤ん坊が出来て、はじめて母乳が出るらしいのだが、それはいったいどんな味なのだろうか?

そして僕は左手の先の胸の感触を楽しみ続ける。しかしやがて、それがどうもタティより小ぶりであることを奇妙に思い始める。それからそもそもタティがここにいるわけがないということに、気がつくことになった。何せおっぱいを褒めたら泣かれた挙句に、恥ずかしいのか何なのか、何となく機嫌を損ねられたその晩のことなのだから。

僕は戦慄し、はっとして目を開ける。布団の中は暗闇だが、ベッドサイドのランプの明かりが、僅かに布団の中に差し込んでいる。僕の布団の中に、僕以外の人間の息づかいがする。これは夢じゃない。明らかに僕のベッドの中に誰かいる。

まさかオニールの罠か……!? 焦って布団を跳ね上げると、僕のベッドにどうしたことかシエラがいる。

シエラは顔を真っ赤にして、無防備に僕のベッドに横たわっていた。僕が触った胸はシエラの胸だったようだ。僕は過去の過ちを思い出し、脊髄反射でシエラの衣服を確認する。特に乱れている様子はない。僕は別にシエラの服に手を突っ込んでおっぱいを触っていたわけじゃないし、シエラはベルトもしているままだ。スカートもめくれていないし、僕自身にも特にそういうことをした衣服の乱れや形跡はなく、僕は胸を撫で下ろす。

しかし、黙って胸を揉まれているほうもどうかと思うのだ。


「なんでここに、ごめん胸さわっ……」


僕は思わず大声を上げそうなほどびっくりしたし、腰が引けた。何せ、行為をしていないとしたって、同意のない女と同衾するなんて、ルイーズの件が脳裏に甦って僕の罪悪感を呼び起こして、もはやトラウマものなのだ。僕は嫌がる女にだけは絶対指一本触れないと心に決めているのだ!


「あっ、私……」


シエラは上気した顔のまま、よく分からないが、小声で言い訳らしきことを言ったようだ。

だが僕はそんな話は聞いていられなかった。後退り、慌ててベッドから転がり落ちると、急いで靴を履く。


「待って、アレックス様どちらにいらっしゃるの?」

「うん、あの、逃げるんだ」

「えっ、逃げる……? 駄目っ」


しゃがんで靴紐を結ぶのに手間取る僕の背中に、間もなく柔らかい感触が覆い被さった。


「駄目ですっ。逃がさないわ。アレックス様は今夜私と結ばれてください!」

「いやっ、それは……」

「勝手にお部屋に入ってごめんなさい。ベッドに入ってごめんなさい。でも、でも、嫌いにならないで。出て行かないで。私がどんなに貴方を好きか、分かって貰うにはこれしかなかったの」

「いや、あの……」

「私、アレックス様が好きよ。いちばん好き」


シエラは僕の背中に半ば乗りかかって、かたつむりのようにへばりついていた。そのけなげな訴えと、背中からシエラの感触と体温が伝わって、僕は思わず動揺する。

シエラの行動はなんと言うかいちいち危なっかしく、無防備すぎて、僕はときどきどうしていいか分からなくなる。しかしそんなことをして、男は狼なんだよと、この場合は言ってもたぶん意味がないだろう。彼女はまさにそのことを僕に要求しているわけだから。


「お願い、私にもキスしてください」


シエラは僕の背中から囁いた。


「夕方タティさんにしたみたいに、私にも。私もアレックス様とキスがしたいわ。貴方が私以外の女の人とあんなことをするなんて、これ以上耐えられません……!

だから、これからは毎日私にキスしてください。私なら、あんなふうに我侭な態度で貴方を困らせたりしないわ。アレックス様にキスして貰ったら、きっと嬉しくて、天国に届いてしまうくらい飛び上がって喜ぶわ。

貴方にキスして貰ったのに、あんなふうに拗ねるなんて、タティさんは本当に、本当にずるいです……」

「見てたのか……、いや、あれはたぶん何か僕の言葉がたりなくて……」


シエラは僕の背中に抱きつく腕にぎゅっと力を込めた。


「タティさんの話なんてやめて。貴方の口から彼女の名前なんて聞きたくありません」

「シエラ、でもシエラは」

「アレックス様、私を抱いてください。私と結婚しましょう。そうすれば、全部上手くいくの。フレデリック様だって、二人を祝福してくださるって言ってくださったのよ」

「でもあの、あれは無理してたよ、シエラ……、殿下はどう見ても」

「私ね、そのためにいいことを思いついたの。とってもすてきなことよ。赤ちゃんが出来ればいいの」


眩暈がするようなことを、シエラは提案してきた。


「ええっ!? 君っ、言うに事欠いて何を言うんだ」

「そうすればいいの。ねえ、アレックス様、二人の赤ちゃんを作りましょう」

「赤ちゃんって……、いやっ、それは駄目だよ」

「どうしてですか? タティさんとは作ろうとしたのに……」

「そ、そういう問題じゃないよ……」

「タティさんに赤ちゃんが出来なかったのは、二人が本物ではないからよ。

赤ちゃんはね、生まれる前からお父様とお母様になる人を、決めて来るのですって。だから、きっと赤ちゃんはタティさんをお母様にしたくなかったのだわ。でも私なら出来るかもしれません。

私に赤ちゃんが出来たら、タティさんもきっとご自分がどんなに我侭だったか気がついて、私たちのことを分かってくれると思うの。

だからお願い……、私、アレックス様の赤ちゃんが欲しいのっ……」

「え、えっ……」


キャパシティ超えとはまさにこれで、この過激な申し出に、僕は一瞬思考が停止した。

赤ちゃんが欲しいなんて……、それは僕とエロいことがしたいと……。

赤ん坊ができるくらいに、エロいことをして欲しいと――!?

そんなことを言われた日には、過激な妄想が数十人は踊り狂う真夏の夜の火炎祭りに燃料油を投下して、爆発するバーニングフレアの熱い衝動に今にも身を任せそうになるのだ。僕は断じてエロいわけじゃないが、今はとても忍耐を強いられているから。

でもそれを紳士の理性でどうにか掻き消して、僕は男らしく冷静になるようにした。ここでもたげた欲望のままシエラに覆い被さったりしたら、それこそ後の祭りだ。

背中に乗ったまま訳の分からないことを言うシエラが、引き下がる気配がなかったので、僕は取り敢えずそのまま靴を履き、それからへばりついている彼女の腕を持って寝台の端に座らせた。


「分かった。落ち着いて。とにかく落ち着いて話をしよう。いいね」


シエラは大きな瞳を僕に向け、こくんと頷く。

その隙に僕は背中を向け走って逃げた……が、素早く腕に飛びつかれて目論見は失敗した。


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