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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第6章 君が望むなら
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第23話 未練(1)

僕が兄さんのお部屋から退室する際、兄さんは悪あがきのようなこんな一言を僕におっしゃっていた。


「いいかアレックス、結婚をするにしても、それはあの小娘に男子を産ませてからの話だぞ。妻になるということは、子供を産む義務を負うということだ。

よってそれが成せなければ、我が系譜に加えることも、当然籍に記載することもまかりならん。いつまででも、妾は妾のままということだ」


だけどそれは、僕にしてみれば脅しどころか、願ったりのことだった。何しろ僕には家族が兄さんしかいなかったから、自分が寂しかった分、結婚をしたら子供は多めに欲しいと思っているので、そんなことは不都合なことでも何でもなかったのだ。

まあ確かに今から思い出してみると、子供を産ませるなんて兄さんの表現は少々過激で、僕は頬が熱くなったのを感じていたが、そのときはタティと結婚できることになったことが嬉しくて、僕は勝ち誇ってこんなことを答えていた。


「分かりました、期待していてください」

「まあっ、男らしいわ」


兄さんが怒っているすぐ横で、彼の機嫌をまったく意に介することなく、ルイーズが暢気に拍手をしていたのが可笑しかった。






けれども兄さんにはそうは言ったものの、肝心のタティがうんと言ってくれるのでなければ、結婚するなんてことができるはずもない。

そしてそのとき僕は、そのことをどうやってタティに切り出していいものか、皆目分からなかった。

何しろ僕と彼女はあの喧嘩の日以来ほとんどまともに口を聞いていなかった。タティはそれまで通り僕の身のまわりの世話を続けていて、まるで普通通りに接してくれているように思えても、実際にはびくびくして、目をあわせようとしてくれないほど僕のことを嫌っているのだ。

結婚して欲しいということを告げるということは、つまり、俗に言うプロポーズをするということになると思うけど、でも、考えてみたら僕がタティのことを一方的に好きなだけで、彼女のほうでは僕のことを好きなわけではないだろうに、果たしてプロポーズなんか受け入れようと思うだろうか?

タティが子供の頃から僕を好きだったなんてルイーズが言っていたことがもし本当ならこんなに嬉しいことはないけど、これまで毎日顔をあわせていても、僕は全然そんなことには気づかなかった。根拠がないものを、伝聞だけで舞い上がれるほどには僕はおめでたくないつもりだし、それを生真面目なジェシカが言ったならばともかく、あのお気楽そうなルイーズが言ったのでは、兄さんの御前でさすがに嘘は言わないだろうけれどもその信憑性には些かの疑問が生じてくる。

だいたいタティが、パーシーが好きだったかもしれないなんて言っていたことも、僕の心には棘のように引っかかってはいた。

もっともタティは彼とは只の友だちで、それ以上何かあるような感じにも見えなかったし、別に彼女が汚されたわけでなし、僕はそのことは気にしないでいることにしていた。

もしタティの心の中に、僕がシェアを想っているような形で奴の汚らしい残像が残っているのだとしたらこれは僕にとって戦慄すべき話だが、そのときはどうにも確かめようがなかったからだ。

こんな馬鹿げた喧嘩をしているのでなければ、タティは基本的には僕のことを嫌いではないだろうから、ちゃんと話をすれば納得して、僕と結婚してくれると思う。

それに僕は自分で言うのも何だけど、結婚相手にするには悪くない部類だと思っている。だって僕には身分があるし、普通の男よりもきっと女性を大事にするからだ。そりゃあ相手が王女様だって言うなら、僕なんか何のうま味もないつまらない男だと思うけど、タティは王女様じゃないので大丈夫だ。

だからそのときはいかにすればタティのご機嫌を取れるかということを、僕は兄さんの私室を退き、廊下を歩きながらひとり思案していた。

こんなことなら、たまに兄さんのパーティーなんかに顔を出したときくらいは、冷たくされるリスクを怖がったりしないで、もう少し積極的に女の人に声をかけたり、話しをしておけばよかったと思っていた。

その点、兄さんは女性の機嫌を取るのが上手くて、女なんか人間以下だという発言を憚らない割には、自分の恋人をお姫様のように扱っているのを僕は知っている。もっともそれは兄さんが彼女を気に入っている間だけのことで、口先だけの嘘なんだと思うけど、美男で金持ちの貴族が、自分に贅沢をさせて、大切にしてくれるっていうのは、女性たちが夢見る最高の夢なんじゃないだろうか。


「そうだ、宝石……」


兄さんは女性に宝石を贈るために、わざわざ専属の宝石商を呼びつけて、ケースの中から彼女に好きなものを選ばせていたのを僕は思い出していた。同時にそれを贈られた女性が、輝かんばかりに微笑んでいて、ものすごく嬉しそうだったことも。

それから彼女は兄さんにとても感謝して、愛の言葉を囁いて、女の人が自分から積極的に兄さんに熱い口づけなんかしていたものなのだ。

そう、確かに兄さんは、女の人はお金や、ロマンチックな演出がとても好きだとおっしゃっていた。

タティはいつも地味な服装をしているけど、あれはコンチータの躾が厳しかっただけのことで、彼女だって本当はやっぱり可愛いドレスや宝石が好きなんじゃないだろうか。

だからそういう高価なものをプレゼントしたら、タティだって僕のことを今よりもっと、いやそれまでとは比較にならないくらい一気に好きになるかもしれない―――。

そう思いついたとき、先刻僕が追い払った女性とは別の金髪女性が召使いに案内され、兄さんの部屋に向かって楓模様の長い廊下を向こう側から歩いて来るのが分かった。

だけど彼女は僕にとって見覚えがある人だったのに、僕は声をかけられるまでそれには一切気づかなかった。ちょうどタティの誕生石が何だったかについて、考え始めていたからだった。

召使いと女性は僕の近くまで来ると、道を開けて礼をした。僕はそれが僕に対して払われる当然の敬意なので、特に彼女たちに注意を向けるでもなくそのまま通り過ぎて行こうとした。金髪女性が兄さんの周りにいることは、ごく日常的な有り触れた風景だった。


「アレックス様、甘い言葉です」


そこへ、すれ違おうかというときに突然そう言われて、僕がそちらに目をやると、そこにはエステルが立っていたのだった。

彼女は相変わらずの長い金髪を背中に揺らし、そのときは少し勝気な笑顔で、僕のことを睨んでいた。


「あっ、エステル……」

「こんにちは、どうか甘い言葉を忘れないで、アレックス様。

伯爵様の領地にある採掘場から取れる鉄鉱の品質についてなんて話をデート中にして、女の子が喜ぶとでも思っているとしたら大間違いなんですから」

「えっ? あ、ああ」

「しかも貴方の場合はその辺の男みたいに、自分がいかに頭がいいかってことを自慢するというよりは、それが楽しいと思って話してるものだから……、わたしはほんとに話をあわせるのが大変だったんですから。

女の子といて会話に詰まったなら、彼女を誘惑するとか、キスするとか、そういう甘いののほうがいいんですっ」


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