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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第12章 佳客
223/304

第223話 恋しい君のために(1)

あの四月の終わり、ハイパーお姫様育ちのノータリンシエラが、僕たち公衆の面前で、王子殿下より僕が好きだなんて頭のおかしいことをきっぱり言ってしまったことはまだ記憶に新しい。

あのときのシエラは所謂「好きな男以外のことが見えなくなっている」状態だったのだと推察する。

彼女はうぶで純情な箱入りの姫君らしく、生まれてこのかた無菌状態で兄候のもとにいたのだ。それから実家が傾くようなことになり、預けられた先で突然結婚相手だと言われた僕に、のめり込んでしまうというのは語弊があるだろうが、白馬の王子様だとか、運命の人だとか思い込んでしまったとしても無理はない……のかもしれない。

しかしできれば少しくらいは場所と相手を考えて欲しかったというのが、正直な僕の感想ではある。シエラの行動は自分勝手な請求であり、身分を弁えない暴挙であった。

これが世間知らずの女の計り知れない恐ろしさで、一国の王子、それも次期国王相手になんて、僕らは一言発言をすることすらも憚られるのが通常なのだ。名門公爵家の当主級でもそうだろう。彼はサンセリウス王になられる方だ。年齢が若いからという気軽な接し方は許されない。僕らは殿下が一日中片足で立っていろと言えば立っているし、靴を舐めろと言ったら舐めるのだ。それを、彼をふるなんて、ましてや僕を愛しているからだなんて馬鹿な理由で――!

当然、僕は愕然とした。そんなことは、絶対あってはならないことだったからだ。

そのおかげでバンナード公子は言うまでもないが、近くに配置されていた召使いの少女たちや、マデリンまでも、そのときはシエラに対して憤りを覚えたかのような表情をしていた。たぶん彼らも分かっていたのだ、殿下がシエラをどう思っているのかを。

だが肝心のシエラはそうした諸々の空気を読めていない。


「嬉しい。私、少しは貴方に怒られてしまうかと思ったわ……」


フレデリック様がシエラのお願いを了解すると、シエラは安心したように両手をあわせた。

そしてあのときフレデリック様は、そんな鈍いシエラに不平を言う代わりに、無言でじっとりした目で僕を見ていた。

私はこいつに負けたのかと、口には出さないとしても、彼はそう言わんばかりだった。当たり前だ。僕は臣下で、彼は次期国王なのだから。それなのにシエラは僕がいいなんて寝言を言うものだから、僕は冷や汗が滝のように背中を流れていた。

バンナード公子たちの敵意の視線が、僕にまで注がれ始めていたし、僕は数分前までこんな厳しい状況を予想すらしていなかった。なんてことだ。かくして一瞬にして世継ぎの王子の恋敵にされてしまった僕は、自分の首と胴体が永遠に泣き別れになるところを想像して、立ち尽くしていた。

僕はシエラのことを何とも思っていませんなんて、そんなことは勿論言えない。殿下が想いを寄せる特別な女を、あたかも価値がないかのように言うなんてことは。


「それでね」

「うん」


シエラが語りかけると、フレデリック王子の眼差しが再びシエラに注がれる。

彼のシエラを見る目は飽くまで優しく、それに何と表現するべきか、ちょうど年上のお姉さんに、理不尽なことを言い含められた弟のような哀れさがあった。


「もうひとつフレデリック様にお願いしたいことがあるの」

「何だろうか」

「フレデリック様にお願いしたいことは、私たちのこと、貴方に認めて頂きたいということなの。味方をするだけではなくて。だって、ギルバート様が二人を反対しているから」


あまつさえこんなときに兄さんの名前まで持ち出して、殿下が僕だけじゃなくて、アディンセル家自体に不快感を持つようなことになってしまったらどうしてくれるんだ、もうやめてくれ、もっと相手を考えてと僕は頭を押さえて喚きそうだったが、殿下の許しがなくては僕には発言の権利さえない。


「ギルバート……」

「そうよ、私、とても困っているの……。ギルバート様はお優しいけれど、私のことはまったく子供扱いなさるので、お話を聞いて貰えないのよ。アレックス様と私が愛しあっていること、世界でいちばん大切なことなのに、ギルバート様はあまり重要なことだと思っていらっしゃらないの。

私のこと、なんて美しいって、言ってくださっていたのに……。

だけど未来のお義兄様ですもの、私、ギルバート様とも上手くやっていきたいの。だからあの方には私の気持ちを何とか分かって頂きたくて、何度もお話をしようとしたのよ。だけどはぐらかされてばかり。お洋服のお話は楽しいわ。あの方、女性のお洒落に私よりもっと詳しいのよ。でも、肝心なことは駄目なの。だからフレデリック様、助けてくださる?」

「うん……、いいよ。それではギルバートには私から手紙を書こうか。そう、これからもシエラをアレックスの傍に置いてやれと命令をして、少し彼を脅かしてやろう。それでいいかい」

「嬉しい!」


そしてシエラは無邪気な笑顔でフレデリック様に微笑み、微笑みかけられたフレデリック様は戸惑って頬を染めた。殿下にとってまったく面白くも何ともないお願いだというのに、シエラに頼られたというその一点によって、どうにも喜びみたいなのが窺えるのが、少年というものの誰しもが内包する単純さと言うか、悲しさと言うより他にない。

結局フレデリック王子は最後まで僕を非難することはなく、声を荒立てることもなく、最後には極めて物分かりのいい態度で「二人を祝福する」とまで言って、シエラのお願いを全面的に認めてしまわれた。

しかしそれでもさすがに完全には動揺を隠しきれない様子で、彼は明らかに無理をしている引き攣った笑顔でそう言って、それからふらっとして椅子に座り込んでしまい、医者が慌てて脈を取るというちょっと緊迫した場面に移行した。


「アディンセル先生」


どっちかと言うと、明るくて、軽い感じすらあったマデリン魔術師が、ソファのところに割り込んで来て、厳しく僕を睨みつけた。


「誠実なイケメンさんかと思ったら、貴方って見かけによらず、すっごくいい度胸してる。貴方やることふざけすぎ。その幼なじみの女の子と結婚するつもりだったなんて言うから、殿下もわたしもころっと騙されちゃったけど、要するにその人のことは遊びって言うか、過去のことで、今の貴方って、シエラ姫とそういう関係っていうことなんだよね!?

てっきりその人のこと好きなのかと思ったのに、わたしもまだまだ自分が甘ちゃんだって痛感しちゃった。しかも相手がシエラ・ウィスラーナって何!? こういうのって、ちょっと聞いたことないっ!」

「いえっ、それは全然違いますっ、それは」


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