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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第12章 佳客
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第221話 招かざる者(2)

オニールはしばらく僕の顔を見て、やがてあの憎たらしい苛めっ子たちが僕を馬鹿にするときそのもののような嘲りの顔をした。


「何かこう……プルプル震えんなって。そんなに悔しかったのか?」

「その口を閉じろ。僕を馬鹿にするな。僕には今ここでおまえを懲戒処分にすることだってできるんだ。はっきり言ってやる、おまえは僕より下なんだ。それに友だちじゃない。まるで友だちみたいな態度はやめろ。勘違いするな」

「分かった分かった、ったくしょうがない……、じゃあ、今回、近いうちアレックス様に女を紹介してやるからさ、もうそれで手を打ってくれよ。僕が悪かった。当時の悪ガキ全員を代表して、僕が謝るよ。どうもゴメンなさい。だから、そうやって僕を警戒すんなって。

そうやってびびった目で相手を見るな。僕が言うのも何だけどさ、ガキってのは弱い奴にはとことんつけ込むって言うかな。そういうところがあるから、やられたくなかったらガチではったりかますしかないんだよ。仮にからかわれてもいちいち傷つくな。寧ろそれを笑いにしろ、もっとこうマッチョになれ。それか、もう野郎は取り敢えず全員ぶっ殺すくらいの勢いでいい。少なくともうちじゃそうだ。サヴィル家じゃ、母上以外の家族は全員、殺るか殺られるかだからな。

閣下を見ろよ、誰も閣下に挑戦しようなんて思わないだろ? それは身体がでかいからってこともあるけど、やったら絶対殺られるってことが分かるからだ。あの人は殺人へのハードルが低すぎるからな。お坊ちゃま君は自分が弱っちいってことを、もっと隠すべきだな」


そしてオニールは僕に近づき、勝手に二の腕を触った。


「何だよっ、触るなっ」


僕は即座にオニールの汚い手を振り払った。


「もっと飯を多く食ったほうがいいな。ひょろいから」

「余計な御世話だ! おまえだって人のこと言えないだろっ」

「僕はいいんだよ。そうじゃなくて、これはマジな話だ。お坊ちゃま君は一応表舞台の人間なんだぜ。アディンセルの名前がある以上、何処でもその他大勢とはならないわけだから、そのなんて言うか侮れそうな弱そうな態度とかって、シャレになんないわけ。

だからお勧めなのが筋力強化だな。そうすると、自分に自信もつくはずだし。外見だけでも強そうにすると、何処でも一目置かれる。サンセリウス王宮も例外じゃない。国王陛下は軍人がお好きなんだそうだ。強い男が。逆に弱っちい男はそれだけで目をつけられるとも言うしな。

アレックス様は王子の側に仕えるなら、陛下の目につくことだってあるだろうから、その辺も気を遣ったほうがいいよ。

ほら、シエラたんの兄候いるだろ、あいつも結構ひょろい奴だったらしい。で、軍事演習中に落馬したんだかで急逝した四十代の父親の跡を継いだとき、ロベルト・ウィスラーナは十八だったのかな。とにかく少年だった。そして王宮に出向いた彼に陛下はこう言ったんだそうだ。爵位の継承記念に軍務卿と馬上試合をし、勝利せよと。

薔薇の王宮の洗礼というやつだよ。新しく大領主になった奴らは何かしらで老王に手酷い仕打ちを受けるのが慣例らしいんだが、彼の場合はいきなり軍務卿と対決しろと言われた。

恐ろしい手練相手と勝負しろと言われ、ロベルト・ウィスラーナは怯えきっていて、自分はまだ若く、未熟で、そんなことはできませんと言った。でも、本当は負けてもいいから挑むべきだったんだ。陛下は国境を預かる若い侯爵の腕前ではなく、度胸を試していたからだ。しかし彼は身体を震わせて陛下に生命乞いをした。陛下は髭を撫で、軍務卿配下の若い騎士との対決に格下げをしてくれた。

そして、ロベルト・ウィスラーナは敗けた。諸侯の面前で。……陛下の心証はその時点で最悪だったそうだ。情けを受けたからには、勝たなければならない場面だったから」


オニールは僕を見た。


「アレックス様は、閣下がいて運がよかったとしか言い様がない奴だよな。そうでなかったら今頃とっくに潰れてる。絶対ロベルト・ウィスラーナと同類だ。彼の場合、下手こいたおかげで尾びれのついたロベルト軟弱列伝が流れまくっちゃってて気の毒な部分はあるんだけど、それでも奴はやっぱ弱かったんだよ。肉体的にも、精神的にも指導者の器じゃなかった。お坊ちゃま君と同類項。僕は直接彼を見たことないけど、直感がそう言ってる」

「何だよ」

「ま、違うのは責任の軽い次男ってところだな。閣下がいる限り、不得手な役目も重責もまわっては来ない。それどころか何かっていうと庇われて、猫可愛がりされてる。

前から思っていたけど、閣下のあれは何なのかね? 自分にも他人にも厳しいのに、何故かアレックス様にだけは激甘という……。

年の差があるって言ったって、兄貴ってのは普通、弟に厳しいもんだろ。うちのジャスティン様は、末弟のことを足蹴にはしても、可愛がったことなんかなかったぜ」

「それはおまえが生意気だからだ。生意気で可愛げがない弟を持って、ジャスティンには心から同情するよ」


僕は嫌味を言った。

それなのになんという図々しさだろう、オニールはそれを逆手に取って自画自賛した。


「そうなんだよな。上の兄貴は明らかに将来を見据えて弟を邪魔に思い始めている。僕の素質に恐れをなしているんだ。それって言うのも僕が優秀でイケメンだからなんだけどな。父上としても、本当はこの僕に家督を継がせたいんだよ」

「何を根拠に言っているんだ。寝言なのか?」

「優男、金も力も無かりけり、とは言うが、三男の僕が受け取った財産は、所詮この顔のよさだけだと思っていたけど、案外そうじゃなかったんだよな。このあふれんばかりの才能……、しかも美男とくれば、これは自分が恐いほどだ」


そしてオニールは髪を掻き上げた。自分でも言っている通り、オニールは見た目からして全然大したことがない、何処にでもいるような浅はかでくだらない男だった。

優男って言ったら少なくとも顔のよさだけは誰もが感心できるくらいの水準がないとならないが、こいつは全然そんな上等なものじゃない。オニールが優男な部分は、主に顔面以外ということだ。

武芸の腕前を買われたわけじゃないと本人が言っている通りで、相対していて威圧される感じもない。

人のことは言えないがあんまり迫力のある風貌でもなく、それどころかチャラチャラしていて、何をするにも鼻につく。長めの髪が、時折女みたいに顎にかかっていて見ていて鬱陶しい。しかも女の人がつけてるような、耳元で揺れるピアスを片方の耳にだけしているという、僕のような硬派な男の不快指数を跳ね上げる不良じみたファッションセンス。軽薄で無責任な笑顔。実際全然そんなことないのに、どういうわけか自分をイケメンと思い込んでいる言動が散見されるのも実にイライラする。

身の程知らずの人間は大抵自己評価が過大なものだが、こいつの場合は現実との乖離が尋常でないから傍から見ると失笑レベルだった。


「なんで慣れてくんないのかね」


オニールはやがて、執務机の左側にいるカイトに同意を求めた。

そのとき執務室には僕とカイトとオニールがいて、僕らは無駄話をくっちゃべっていたのだ。何とも不毛で無意味な時間の使い方だが、執務時間中だったのでしょうがない。


「努力しているのに、毛嫌いされてる。でも十年も前のことをぐちぐち言われて敵意向けられたってさー。だってお互い鼻水たらしてたような頃のことなんだぜ。僕は味方なんだって分かって貰わないといけないのに」

「俺にはおたくの口のきき方が信じられませんけどもね」

「細かいことはいいんだよ。てかカイト君の態度がでかいことのほうが、僕には信じられないけどな。だって平民がさ、何かおかしくないか。ヴァレリアの邸じゃ、もっとずっと情けない感じだったのにな。なのにここじゃあ、いっぱしに腹心気取り。笑っちゃうね」


オニールは髪に手を入れてそれを掻き流し、根性の悪い顔でカイトを見た。


「……」

「ま、そこには今は触れないでおいてやるけどね。ヴァレリアの家のみすぼらしい下男のカイト君も、いまや成人男。いっぱしに、安いプライドはあるんだろうからさ。ここじゃあんまり当時の醜態をばらされたくはないだろうし?」

「別に……、おたくに何と言われても俺は気にしませんよ」

「そういう態度が、こっちは余計にカチンと来るんだよ。おまえのその無駄にプライドの高いところがな。

あーあ、閣下もなんだっておまえなんかを抜擢したのか。まあ武芸の腕前だけは認めてやるよ、でもそれなら単なるボディガードでいいんだしさ」

「そんなことは俺が知るわけない」

「それで、クライドって奴はいつ来るのかね。あのいい男気取って、ちょっとスカした奴」


オニールが言った。


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