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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第12章 佳客
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第220話 招かざる者(1)

サンセリウスの名門と言われている大領主の家庭では何処でもそうだと思うが、男子がある程度大きくなると、将来彼に仕える人間を選抜する意味でも、直属の家庭から遊び相手が選択される。

そうすることで部下を従えるリーダーシップ、立ち位置、責任、統率力なんかを子供のうちから学ばせるのだ。だから僕にも最初、オニールとか、一応いいところの坊ちゃん連中が集められたのだが、僕は彼らとなじめなかった。何故なら連中は乱暴で野蛮で身勝手で軽率、しかも意地悪ですべての行動は悪意に満ち――、というのは当時の僕の見解だが、それは今から思い返してみても、だいたい合っていると思う。

僕はタティとお飯事やお裁縫をするほうが好きだったし、楽しかった。女の人は大概虫なんかを怖がるから、虫を手掴みできる僕はそこでは勇者だった。皆が僕をそのように褒めてくれるし、ミミズや芋虫を掴めばタティも、ジェシカも、召使いたちも驚いたり、恐がってくれた。

だがあの連中はそんなことで僕を褒めてくれなかった。

兄さんですら、カブト虫を見せに行ったりすると、大きいのが取れたなと言って褒めてくれたのにだ!

男の世界はシビアだったのだ――、今でこそ幼い子供が団子になって群れているような現場を、他愛のないものとして眺めることができる。今の僕なら十二歳とかそこら辺の子供を蹴散らすのは体力的に造作がないから、心の傷を抉られないために防衛線を張ることはできるからだ。

しかし外側から見ると何と言うことはないあの場所は、一度立ち位置を間違ってしまうと、二度と這い上がれない地獄の戦場と化してしまう。大人の目があるときはそうじゃないが、大人が何処かに行ってしまうと、たちまち階級差別なんて屁でもないほどの理不尽な力関係、鉄の掟が横行し、拳こそがすべてを決める修羅の世界と成り果てる。

いったいどうして僕は彼らの仲間になれなかったのか、本当のことを言うとそれは今でもよく分からない。

僕はいつだって上手くやろうと思っていたし、頑張ってもいたつもりだった。伯爵家の子供だと偉ぶったりしないで、彼らに親切にしているつもりだった。みんなで好きなことを共有できたらいいと思っていたし、本当のことを言えばタティとしか遊ばない自分は、心の何処かで恥ずかしい奴だと思っていたから、同性の友だちだって欲しかった。

連中が僕を仲間はずれにするためにわざと教えてくれなかった秘密基地とやらにだって、本当は、一緒に連れて行って欲しいとだって思っていたのだ。

でも上手くいかなかった。僕が他の子供と何かが決定的に違っていたのか、それとも只単に生物として弱い個体が他の結束の為の生贄の羊にされてしまったのか、判然としないのだが、とにかく僕は駄目だったのだ。

それでも僕には当時から連中を従わせられる権力があったのだが、子供は大人よりも権力について鈍感だった。そのうち進退極まった僕は、兄さんに言いつけてやると言うのが決め台詞のようになり、でもそれを言うと余計に馬鹿にされたり、ぶたれるはめになった。

結局耐えられなくなって、ある日本当に兄さんに言いつけたら、阿鼻叫喚の地獄絵図だったと後にオニールが証言しているようなことになったのだが。

僕に泣きつかれた兄さんは、烈火の如く怒り狂って、僕の遊び相手らとその父親を即日全員出頭させた。そして一体何の容疑で出頭させられたか分からずにいる父親たちに減俸、降格を言い渡したらしい。たかだか子供の喧嘩ではないかと、若い伯爵の横暴に批判を口にした者は、ただちに斬首、領地の没収までやったそうだ。一見やりすぎのように思えるが、我が国の階級制度とは絶対のものであり、州を治める伯爵家の者にそれ以下の者たちが狼藉をはたらくということは、家系断絶が相当の重罪なのである。先日僕がフレデリック王子の御機嫌を必死で気にしていたのも、つまりはそういうことなのだ……、そして残った子供たちにはその場で全員が尻叩き百回。伯爵によって想像を絶する恐怖と階級制度の厳しさというものを見せつけられ、泣き喚いていた子供らは各々身体を持ち上げられ、兄さんの目前でその刑が執行された。

その当日をもって僕の遊び相手の任からは全員が解かれ――、後から思うとその後の兄さんの僕に対する軍務の免除なんかも、これによって僕が集団生活ができないと判断されたゆえだったんじゃないかと思うが、いずれにしてもアレクシスが残した一人息子への過保護に拍車がかかった事件には違いない。

僕の言い分を全面的に支持した兄さんは、僕を囲い込んだ。僕と同年代の男子を持たない伯爵の取り巻きたちは、弟のことになると少々冷静さが飛んでしまう伯爵のこの意向を利益と取って歓迎した。結局各人様々の思惑から、以後それまで以上に可愛いアレックス様をそのように扱うようになった。

そして、その後数日は椅子に座れなかったとオニールは文句を言った。


「言うまでもないが、それで済んだ奴は少ないと思うぜ」


事情通を自称するオニールは、訳知り顔で語った。


「子供の喧嘩に対するものとしては、閣下はアホほどのキレっぷりで、そのときは恐ろしくて誰も彼と目をあわせられなかったって。まあ当時は閣下だって二十四とか五とかそんなんだから、今より若くて熱かったんだろうけどさ。

減俸と降格を食らったうちの親父は、見せしめの意味でももう僕を締めるしかないわけだよ。何せ同僚が三人ほど、処刑されて身ぐるみ剥がれたわけだからな。きょうび山賊だってそこまでしない。そんなわけだからアディンセル家への忠誠心を叩き込んでやると言って、家に帰った途端に鉄拳制裁だった。サヴィル家を断絶の危機にさらした愚か者め、歯を食い縛れと言われて、拳骨で十発は殴られたかな。恐怖の一日だったよ。あの日のことは今でも僕の人生史上最悪の一日。初めて殺人を見たのもこのときだったし、何人もの大人に説教は食らうわ、親父には死ぬほど殴られるわ、あの日はもう肉体精神の限界だった。

それまでは僕は家ではよく勉強の出来る、いい子の末っ子だったからな。荒くれ者の上二人の殴り合いを、隠れて見ている両親の特別な末弟だったのに、その一件以降、兄貴たちに劣らぬ悪ガキ認定されちゃったんだぜ。

おまけに途中から暴君ジャスティン様も参加して来て、彼はわざと僕のケツを狙って蹴り上げたよ。上の兄貴は自分の嫁にすら手を上げるような奴だから、弟になんか容赦がない。地獄っていうのは、こういう環境のことを言うんだぜ」

「おまえが全部悪いからだろ」


僕はむっとして言った。


「おまえのなんか、地獄のうちに入るか。軽々しい。大した苦労でもないくせに、すべてが薄っぺらいんだよ。でも僕は毎日苛められていた」

「そんなの大したことないだろう。ガキの喧嘩なんか」

「喧嘩じゃない。大勢で一人を虐めることは喧嘩じゃない」

「細かいな、でもこっちだって一応遠慮してたんだぜ、何せアレックス様は見た目マジで女みたいな奴だったから。落とし穴につき落とすときも、女かもって不安になってる奴もいたし」

「じゃあつき落とすなよ!」

「もういいじゃん、昔のことだろ? そんなに熱くなるなって。なっ?」

「違う。虐められた側にとっては、全然昔のことになんかならない。どんなことだってそうだけど、被害者側はいつまでだって苦しみ続けるんだ。おまえのは犯罪者の論理だ。加害者の野蛮な思考だ。自分が悪いことをしたくせにもう時効だ忘れろなんて、人間性を疑うクズの言い分だ。こういう痛みは自分が被害者になって初めて分かる種類のものだ。言っておくけど時効になんかならないからな」

「細かいぜ」


オニールは小馬鹿にしたように両手を上げた。


「これだから苛められっ子は鬱陶しい。根暗なんだよ。ネチネチネチネチ、そんなだから苛められるんだ。男ならさっぱりしろって。嫌ならやり返せばよかったんだ。女の腐ったみたいなこと言ってたら、いつまで経ってももてないぞ」

「やり返したら、皆で十倍にして返したくせに……」

「まあ、そうだけどさ。でも、そうさせないようにするのが、指導者の器量ってもんだろ」

「もう帰れよ」


僕はオニールを睨んだ。

僕がどんなに大人になろうとしたところで、相性は最低最悪、こいつは身分を弁えることもなく、謙虚さのかけらもない。あまつさえさっきから自分のことは棚上げで、この僕を批判しているのだ。

主人を批判したりけなしたりするなんて、もし僕が少しでも気の荒い男だったら、もしくは絶対に周りに軽視されることが許されない、多くの人々を束ねるような大領主の立場であったなら、こいつのやっていることは今頃は首を刎ねられていたって当然の無作法なことなのだ。

こんな、声を聞くのも苛立たしい人間が僕の部下だなんて、こんな話は土台からして間違っていることなのだ。


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