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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第11章 夕暮れロマンティシズム
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第219話 優等生スタープリンス(5)

殿下に命令された彼は、不承不承といった顔をしてソファに座る僕を見下ろしていた。


「アレックス、彼は私の側近のバンナード・トワイニングだ。トワイニング公爵家の次男だ。文武に長け、魔術にも心得がある。先刻マデリンが言った通り、何でもよくできるエリートだよ」


殿下に紹介を受け、僕は立ち上がって頭を下げた。

トワイニング家の次男ということは、バンナードとやらはトワイニング公がティファニーと別れた後、結婚した相手との間にもうけた二人の息子のうちの下の息子ということになるのだろうか。思わず世間は狭いと呟きそうになる。

見たところ、彼は僕と同世代のようだが、一応叔父にも当たるわけだ。ルイーズとアレクシスの、異母弟ということになるわけだから。

複雑な気分で、僕はバンナード公子の顔を見た。彼はブルーグレイの瞳をしていた。

暗褐色の髪と、整った顔をしているが、ルイーズたちほど視線をとめたくなるようなつやめく美貌というほどではない。特に親近感も湧かないし、そもそもこの男の母親がティファニーを追い出して、彼女の人生を不幸のどん底に陥れたところから、一族の悲劇の連鎖が始まったのだろうかと思うと、バンナード公子に責任はないこととは言え、僕は胸がつかえるような思いがした。

他方バンナード公子は僕とは別件で不服そうだったが、殿下の仰せとあれば仕方がなく、今回だけ特別なのだと前置きをした上で、自分がこれから同行をしてタティに魔法をかけると言った。


「本当に、助けてくださるのですか?」


たずねると、バンナード公子は白けた顔で左手を差し出し、殿下に聞けという仕草をした。

先日もそうだったが、彼はどうも僕を見下している感があり、先刻の発言からして明らかに好意的には思っていないようだ。僕の中の苦手意識が胸の中に湧き上がる。彼のような同年代の人間の拒絶的雰囲気は、地味に堪える。僕の心はにわかに曇った。

それで恐る恐るもう一度その旨殿下に申し上げると、フレデリック様は公子とは対照的に、明るく微笑んだ。


「いいとも。心置きなく施術されてくれ。この魔法は結構効く。少々きついが……、生命には代えられないと、そうだなバンナード」


殿下に問われ、バンナード公子は憮然とした顔のまま同意した。


「麗しき我が君の仰せとあらば何なりと」

「ありがとう。それでこそ私が慕ういつものバンナードだ。

アレックス、本当なら私がこの手で助けてやりたいところだが、今回はバンナードがその娘に魔法をかける。私では、病に苦しむその娘が目覚めたとき、うっかり私に運命を感じてしまうかもしれないからね」


そして殿下は微笑った。

僕は臣下らしく、それにあわせて愛想笑いをした。が、勿論、内心では笑えたものではない。何せフレデリック様は反則のような美貌の主なのだ。悪質な冗談はやめてくれと思うばかりだった。

バンナード公子が抗議の声を上げたが、殿下は手をかざしてそれを制した。


「その代わりと言っては何だが……」


フレデリック様はふと僕に近づき、神妙な顔をした。


「何でございましょう……」

「うむ。勉強のほうは、くれぐれもお手柔らかに頼むね。私はおまえのように学者連中に称賛されるような、秀才ではないからさ」


そして殿下は僕に親しみを込めてまた微笑みかけた。

そのはたらきかけるような気さくな笑顔に、僕も今度は思わず微笑みがこぼれた。バンナード公子は堂々と勉強の便宜を図れと言う殿下を睨んでいたが、僕はこの方の許でなら上手くやっていけそうな気がして、本当に気持ちが軽くなる思いがしていた。彼はまだ若いが、寛大な父親のように周囲を安心させる術を心得ていた。楽しい毎日が想像できるほどだったからだ。

とそのとき、突然背後で部屋の扉が開く音がした。脊髄反射のような律義な素早さで、何事かとバンナード公子が言う。振り返ると、シエラが飛び込んで来たところだった。

当惑顔の召使いが、必死で室内の女官長に言い訳を始めている。彼女はシエラを案内して来たようだったが、なんとシエラは殿下に対応を伺いに来た召使いの後をつけ、彼女を押しやって、勝手に部屋の中に入って来てしまったようだ。

シエラは先刻ハリエットになじられたときと同じ思いつめた顔をしており、僕はこれから繰り広げられるであろう厄介な展開を予感して驚愕した。そうしている間にも彼女はフレデリック様の前まで走って来て叫んだ。


「フレデリック様、お願いですっ、タティさんを助けるようなことをしないで。私から愛する人を二度も取り上げるようなことをしないでっ!」

「シエラ……!? おい、いったい、どうしたというのだ」

「無礼な!」


ソファの裏側にいたバンナード公子が、無許可の侵入者に対する対処を取ろうと、ひらりとソファを飛び越え殿下を庇う位置を取った。そして腰の帯剣に手をかける。

それを、殿下が立ち上がって慌てて制した。


「フレデリック様!」

「バンナード、いい、大丈夫だ。相手は女だ、乱暴する必要はない。それにシエラは私の大事な友人だ。彼女の話を聞く」

「貴方はこの娘に甘すぎるのです。いったい何度振りまわされ、馬鹿を見せられれば気が御済みですか」

「フレデリック様、聞いて。アレックス様が貴方に助けて欲しいと言っているのは、彼のお妾の女性なのよ。私と結婚するまでお相手をするだけの女性に、彼は優しいから、情が移ってしまっただけなの。

でも彼はそれを恋と勘違いしているの。それが私に対してどんなひどい仕打ちをしていることか、何も分かっていないのよ。

フレデリック様、私、ずっと悩んでいたの。アレックス様が彼女のことを想って、私を見てくれないことを、ずっとずっと悲しんでいたわ。

最近ね、やっとアレックス様と二人きりの時間を持てるようになったの、だからっ……、タティさんには可哀想だけど、どうかあの人を助けるようなことをしないで欲しいの。だって、彼女が元気になってしまったら、アレックス様はまたタティがタティがって言い出すに決まっているわ。私のことなんてそっちのけで、タティさんのことばかりになってしまう。

フレデリック様、私、アレックス様が好きなの」


シエラは、さすがに戸惑いを隠せない様子のフレデリック様に言った。


「今度こそ、これがきっと本物の恋なの……、だから私、タティさんの存在が嫌だった。あの人がアレックス様の関心を独り占めしていて、私、ずっと苦しかったのに……、これからも一生タティさんに嫉妬し続けなければいけない人生なんて、想像しただけで死んでしまいそうよ。

フレデリック様、私、彼を愛しているの……!」


シエラの告白に、フレデリック様は悲しげに瞳を翳らせた。


「そう、彼を……」

「そうよ。私はアレックス様を愛してる。ねえフレデリック様、貴方はタティさんより、私の味方をしてくださるでしょう……?」


いったい何が起こっているのか、状況の把握もままならない僕だったが、これだけははっきり理解することができていた。

フレデリック様はシエラに惚れている、その情報を裏づけるように、彼はシエラを切なくみつめていた。

そして僕は今まさに身体中の血管という血管に、破滅という名の冷たい水がゆっくりと確実に循環していくような気分だということだ。


「そうだ。私はいつでもシエラの味方をする」

「では絶対にタティさんを助けないとお約束して。私のために、アレックス様の頼みを拒んで」

「……分かった。美しいおまえがそれを望むのであれば」


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