第216話 優等生スタープリンス(2)
「そうそうフレデリック様、先生にバンナード様をご紹介しなくちゃ」
マデリンは切り替え早く、再び僕に話をしだした。
「あそこに立っている方。アディンセル先生、彼はフレデリック様の、側近って言っていいのかしら。彼も貴方と一緒で、神聖魔法が得意なんですよ」
そう言って、マデリンは室内のずっと離れた柱のところにいるバンナードという青年を、笑顔で手招きした。彼はすらっとした長身の、なかなか見栄えのいい男のようで、華やかな金髪王子の引き立て役としても申し分ないだろう。
「バンナード様、こちらにいらっしゃって」
ところがバンナードとやらはずっと向こうの柱に背中を預けたまま、憮然とするばかりでマデリンに応じない。それはほとんど、断固と言っていいような態度だ。
おまけに彼は僕と目があうと、腕組みをして、露骨に僕のことを睨む始末だった。一応、ぱっと見の風貌は温厚そうな感じなのに、さっきからどうにも態度がよくなかった。人を威嚇するのが趣味なのだろうか?
「バンナード、こちらへ来い」
殿下が仰せになると、さすがに彼は言葉では応じた。
「お断りします。僕はそんな男の採用を認めたわけではありませんから。ファン卿もどうかしているのです。
フレデリック様はその者を今後御側に置くと仰せになるなら、その前にどうぞ僕を罷免してからにしてください。ええ、どうぞ。そうなさればいいんです。フレデリック様に誠心誠意お仕えしてきたこの僕を無下にして、切り捨てるほどそのアディンセル某が重要であると仰せなら。僕の忠誠心をそうまで軽んじられるのであれば。どうぞそうなさればいい。僕がここにいる意味もない」
「バンナード。誰もおまえを切り捨てるなんて言っていないだろう」
「同義です」
「それがいい年した男の取る態度か。私を困らせるな」
「その御言葉、そのままそっくり殿下に返上仕ります」
「そうか、分かった。おまえの言葉、肝に銘じよう。だからおまえは今すぐこちらに来い。アレックスたちにおまえを紹介する」
「その必要はありません」
彼は頑なに言い張り、やがて殿下は嘆息と共に首を振った。
マデリンが少々悪くなった場を執り成すように、わざとらしいほどの笑顔で殿下や僕をみまわし、はしゃいでみせた。
「それにしてもバンナード様と先生、お二人って何だか、似ている気がするわ。だってお二人ったら、会った瞬間から呼吸があってる! すっごく気が合いそうな予感がするんです。きっと、すっごく、二人は仲よしになりそうっ。ねっ、アディンセル先生?」
「えっ? いや、あの……、ええ、僕はあんまりこういう状況に慣れていないので……」
「ねえ殿下もそうお思いになりませんか? アディンセル先生って、前にお見かけしたときから誰かに似ているって思っていたんですけれど、分かったわ。バンナード様に似ているのよ」
「そうか? 言うほど似ているかな?」
マデリンに話を振られたフレデリック様は僕を眺め、それから分からないというように首を傾げた。
「似ていますよ。そりゃあ、双子みたいにそっくりとはいかないけど、兄弟だと言ってもきっと皆が信じるくらいには。それに魔力の質が似ているんですよ。一概に魔力って言っても、やっぱり系統みたいなのはあるんです」
「そうか。まあ、細かいことはどうでもいいのだけれども」
「バンナード様のあの態度は、きっとご自分の立場がおびやかされると思って、それで怒っていらっしゃるのよね。
実はねアディンセル先生、先日先生が受けた試験に、彼も参加していたのよ。何人か候補者が参加していたと思うけど、バンナード様はそういう人たちを採用させないために参加したの。彼はすごくお勉強ができるし、自信満々でね。でも答案採点でアディンセル先生が勝っちゃったんですって。
だから、彼は設問の学者先生たちに無理を言って参加した手前、ちょっと立場がなかったわけ。だから、ライバル意識で火花がバチバチバチって……。
でもバンナード様には、そんなに悪気はないのよ。ただそのなんて言うか、彼ってこれまでの人生、負け知らずのエリートだから。男の沽券とか言うやつに、ちょっと係わっちゃったみたい」
「なるほど……」
しばらく間があった。どうにもならない間だ。対人関係が不得手な僕としては、こういうのは他人事ではない部分があるのだが、今回は誰がどう見てもバンナードという男が輪を乱しているということは確かだった。
それによって、僕はフレデリック様が不機嫌にならないかをまず心配した。タティのことをお願いに上がったのに、殿下にそんな気分でないと言われてしまうと、それで話は完全終了となってしまう。
と、マデリンが僕を見ている。何とかできそう? というようなことを視線で僕に聞いているようだ。しかし僕はすかさず首を横に振った。そんな問題解決能力は、僕にはないのだ。
「バンナード、むくれればいいというものではないぞ」
フレデリック様が、バンナードとやらに対して小言を言い始めている。
「おまえらしくもない。客人の前だ、分かっているか。人一倍体裁を重んじるおまえともあろう男が」
「何故そこでアディンセルを庇うのです」
「庇っていない。庇っていないが、おまえは今の状況を客観的に見てみろ」
「ところでアディンセル先生は、アディンセル伯爵家の出なのだから、勿論騎士でもいらっしゃるのよね」
そしてマデリンは空気を読まずにまた僕に話しかけた。
「え、ええ、そうです」
「騎士の称号はお幾つで取得されたの? もしかして、バンナード様と同じ十歳とか?
バンナード様のときってね、ちょっと伝説みたいになっているんです。年端のいかない少年が、手練の試験官たちをあっと言わせたんですよ。彼は子供の頃から長身ではあったにしても、体力面が覚束ない少年が、大人の騎士たちを何人も負かせるっていうことは、とんでもないセンスが必要になるでしょう?」
「マデリン」
するとフレデリック様が、眉を顰めておっしゃった。
「何ですか?」
「女のおまえには他人事かもしれないが、名門男子にとって騎士称号の叙勲時期というのは、それこそ面子に深く係わる。微妙な話題なのだ。この話題で、和やかな晩餐会に紛争が起こることもある。少なくとも、初対面の人間に無理やり聞き出す事ではない。ましてやバンナードの話を持ち出して聞き出すというのは、大抵の人間に気まずい思いをさせることになる」
「あら、そんなにこだわることないでしょう。仲間になるんだもの。それにアディンセル先生は試験でバンナード様に勝ったんだし、これでおあいこですわ。
それで、アディンセル先生は? 貴方もきっとお早いんじゃないかしら。見かけによらず、すごい使い手な気がするの」
そして殿下とマデリン、やや後方にいるファン・サウスオール卿たちの注目が僕に集まった。僕としては、やはり王子殿下の前で自分の有能でない部分を晒したくはなかったし、特にマデリンがやたら期待のこもった目で僕を見上げるので、言いづらかったのだが、嘘を吐いたところでどうせ発覚することなので、ここは正直に言った。
「いえ、十八になってからです……、僕は武芸は得意ではないので、下駄を履かせて貰ってやっと。兄が騎士団を所有していなければ、今だって騎士になんてなれたかどうか」
「あらら」
マデリンは軽く肩を聳やかした。
「じゃあこの分野では、やっぱりバンナード様の圧勝のようですね。彼は天才剣士。聖騎士の称号も持っているのよ。彼は最強の腕前なんです」
「聖騎士ですか……、それはすごい」
僕は素直に感心した。何故なら聖騎士の称号とは、国王陛下しか認定することができない特級の騎士称号だからだ。
そこに神聖魔法を操れる才能まで持ったバンナードとやらは、お世辞でなく現行最強クラスの騎士ということになるのだろう。
「アレックスの役職に私の身辺警護や騎士役は入っていないから、その比較に何等意味はない。重要なことは、各々が得意な分野で活躍をしてくれることだ」
とは言えやっぱり男としては、聖騎士というのは羨むべきステータスであり、勉強が出来るっていうことよりもずっと派手で格好いい気がする。女の人にも文句なしに好印象だろうし、しかも彼の場合はその勉強だって出来るわけで、内心で僕が消沈したのが分かってしまったのだろうか。フレデリック様が冷静に執り成した。




