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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第11章 夕暮れロマンティシズム
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第211話 薔薇色の人生(1)

ハリエットにきつくやり込められ、今にも泣き出しそうだったシエラのことを、そのまま放置して来てしまったことには多少の罪悪感はあった。

でも実際のところ、僕は今ひとつシエラに惹かれるものがない。

勿論、シエラはそこら辺の美人と言われている人たちとすらちょっと水準が違っているすごい美人だ。連れて歩けば僕の鼻がどれだけ高く伸びることか分からない。

だからその点だけは、惜しい気がしているのを否定はしないのだが。

でも僕にはタティがいるので、可哀想だけど仕方がない。

僕はもしかすると、ちょっと悪いことをしたのかもしれないが、でも正直に言って殿下に御不興を買ってまで、或いは殿下と対決してまでシエラが欲しいとは思わない。シエラはすごく可愛いと思うし、シエラが僕に白馬の王子様役を期待していることは知っているが、そのために何もかも投げ出すみたいなことは、ちょっとできそうにない。

兄さんみたいに女にもてたいもてたいと思っていた割に、いざもてると、自分でも驚くような堅実な判断をしている僕は、やはり真面目で一途な男なのだと思う。ニヒルさもあり、最近はそれなりに剣術も頑張っているし、これは男としてかなりいい線いっているのではないだろうか。

タティは元気になったら、僕がシエラよりタティを選んだことを、ちゃんと分かるようにするといいと思う。


「見たか取り残されたシエラたんの潤んだ眼差し。見てるだけで胸がきゅんっとしちゃったよ。僕が代わりに抱きしめてやりたかったぜ。お坊ちゃま君は結構淡白ってか薄情だよね」


王都に到着してさっそく、無責任なことをオニールが言っていた。

王城にはマスター・カタリーナの魔法防壁が張られているので、無許可の魔術師がその中に飛び込むことはできない。だから僕らはいったん王都の広場などに降り立ち、そこから街中を歩いて王城に向かうのだが、その道すがらの無駄話だ。

噴水の飛沫の上がる広場を抜け、僕らはローズガーデンの洒落た街路を行く。陽気はよく、すれ違う人々の足取りも軽い。通りの向こう側は、高級店が立ち並ぶゴールドローズアベニューだ。あちこちの背の高い建物の窓からは、フレデリック王子殿下万歳なんていうカラフルな幕が垂らされているのが見える。

平民階級の中間層から富裕層、それに貴族階級の下層において、フレデリック王子の人気は絶大なのだ。要するに殿下の母親の出身階級より少し下位の人々が、フレデリック王子のメイン支持層ということだ。彼らは大して力を持たない人々だが、その絶対数の多さは強みと言えるだろう。たった十七歳に過ぎない少年相手に建国王を重ね合わせ、まるで仲間内から救世主が現れた的な過大な期待と熱狂を寄せている危うさは、否めないが。


「殿下は死ぬほどプレッシャーだろうね。彼らには、殿下は弱者の味方って言うか、権力者側じゃない考え方をする方だっていう期待があるんだよね? 王族の傲慢さを見せたりしたら、あっと言う間に裏切り者に仕立て上げられそうで気の毒だ」


僕は隣を歩くカイトに言った。


「想像しただけで胃が痛くなりますな」


カイトは苦笑した。


「アークランド公が味方についたら、だいぶ楽になるとは思うけどね。でもそのための前提が、政略結婚なんだよね。殿下の人生に逃げ場なしだ。他人事だけど、王子なのに結婚も思い通りにならないなんて、なんか人生自体が嫌になるな」

「その王子様の花嫁候補の姫君って、どんな方なんです?」


僕は首を振った。


「よく知らない。その姫君は、確かまだ結構若いはず。すぐ結婚ってならないのは、姫君が幼いからってこともあるのかも。ただ噂だとかなりお転婆姫らしいんだ」

「お妾の話はどうなります?」

「シエラのこと? どうかな、取り敢えず、お妃となられる方との初夜のための練習台みたいな感じなのかな……、よく分からないけど」

「練習台でシエラ様レベルの女なんですかい……」

「だってほら、後ろ盾となってくれるアークランド公の娘のことは、それは、殿下としたって宝物みたいに扱わないと駄目だろうから。

ところでねえカイト、王子様って、ベッドではご奉仕される立場なんだってね。ふんぞり返って女を服従させて、女に性奉仕させるのが基本らしい」


僕は、久しぶりに僕らお気に入りの楽しい話題を振った。


「なっ、なんと!?」


カイトは概ね僕の期待通りの反応で、僕の話に乗った。


「そりゃつまり、選りすぐりの美女が自分から積極的にご奉仕してくれるってことですか?」

「ね、いいよね。すごくわくわくする感じ。寝てればいいのかな」

「そりゃ、奉仕してくれると言うならそうでしょう。きっと大の字になっていればいいんですよ」

「それで、女に注文つけたり?」

「そうです」

「すごくエッチな命令」

「ありでしょう」

「ああ。きっといい匂いがするんだろうな。肌も柔らかくて」

「なんて贅沢な……」


カイトは静かに目を閉じた。


「君がいま何想像したか分かったよ」

「んん」


ちなみにかなりどうでもいい情報なので、こんなことは省略すべきことなのだが、僕らの後ろを歩くオニールという男は見た目からして軽い。服装もそうだし、発言の適当さから察しがつく通り、愛想はいいけど人間が薄っぺらい馬鹿の典型だ。

頭髪は明るい茶色で、男のくせに髪が長めだが、長髪は兄さんのような美男がやってこそ絵になるのであって、オニール程度のひと山幾らの奴がやったところで、その身の程知らずの自己顕示欲に、見ているほうは辟易することこの上ない。

おまけにその性格。僕はこれまでカイトが軽薄だと思っていたが、オニールの奴の性格はそんなものじゃない。カイトが軽薄じゃないとは言わないが、軽薄にも二種類あって、我慢できる軽薄さと、我慢できない軽薄さがあるということだ。オニールは後者。僕に気も遣わないし、僕を尊敬もしない。それどころか、隙あらば僕みたいな真面目な人間をからかって笑い者にしてやろうみたいな、そういうことをいつでも探している邪悪な姿勢がとにかく気に入らない。


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