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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第11章 夕暮れロマンティシズム
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第197話 ファンタスティック!(5)

「おやまあ、これあのときの画家さんじゃないですか。うん、貴方確かサンセリウス王宮一の宮廷画家さんでしたね。フレデリック殿下が腕前を褒めてた。おたくは名前はゴーシュさんでしたっけね」


側までやって来たカイトが飄々と言った。

どうでもいい人間のことまでよく記憶している彼には感心したいところだが、今はちょっとそれどころじゃない。気分が落ち込んでいるのに、石像の胸もとにすら目が行った自分というのが、どうも繊細さとかけ離れている気がして納得がいかなかったのだ。

兄さんだって僕は繊細で美しいと言ったくらいだから、まさか僕がそんなところを見ているなんて思う人間は誰もいないはずなので、黙っていれば分からないと思うが、最低でも今だけはそこを見るべきじゃなかったのになんてことだろうか。

その間もカイトと画家の会話が進行していた。


「わあっ! 僕のことそこまで憶えててくれたんですか!? 感激だなぁっ!」

「うん、いや、職務上どうしてもね」


ゴーシュは子供のように飛び跳ねてカイトを歓待し、ゴーシュのあまりに無邪気で好意的な態度に、カイトが愛想笑いをした。


「あのときの絵の具は落ちましたか?」

「ああ、いや、落ちなかったので服は廃棄を」

「新しい服を買ったんですね。僕、あの服とっても素敵だと思ったのに。すごく似合ってました。とっても格好よかったです。なのに本当にごめんなさい」

「そう思うなら、もうちょっと注意して欲しいなあ、ええ」

「ねえところでカイトさんは、運命って感じるほうですか?」

「おたくにはまったく感じないですよ」

「ええぇっ!? 僕って、あんまり人の印象に残らないみたいなんです。

それなのに僕のこと、そんなによく憶えていてくれる人って、滅多にいないんだけどなぁ。

僕に関心を持ったのでは?」

「冗談は顔だけにしてくださいよ」

「ゴーシュさん、あの、悪いんだけど僕は今あまり気分がよくないんだ。あの、個人的なことなんだけど、内務卿閣下から結構ショックなことを聞いてしまって、とにかくすごく元気がないんだ、つまり女の人の胸もととかも全然見ないくらい。だから、もしカイトに用事があるんだったら、彼は置いて行くから僕はちょっと休んでいいかな」


すると画家は慌ててカイトから離れて僕に向き直った。


「あっ、いいえ、ごめんなさい。僕は今、カイトさんより貴方に用事があります。

僕はね、貴方に……お礼をしなくちゃって思って。そしてたぶん今が、貴方にお礼をするのに絶好のタイミングだから」


画家はふと無邪気な笑顔を収め、まるで指先にかかった糸でもほどこうとするような動作をした。それと同時に僕の視界に水の波紋が広がり、一瞬少しだけ世界に青い色がかかったように思えた。

それで僕はたったいま見えた訳の分からない幻覚を思い出し、そのことについて聞こうと思ったのだが、見ると画家のゴーシュがそれまでとはまるで人が変わったような落ち着いた相好になっていたので、出かかった言葉を飲み込んだ。

彼は物憂げになり、黎明の静かな声で僕に囁いた。


「アレクシスさんはひと月前に虐殺されました」

「えっ、何……?」

「ウィシャート公爵夫人が、夫の死後、隠されていた彼の愛人たちを全員捕え、拷問したんです。凄絶な拷問です。彼女たちは鞭を打たれ、生きたまま手足を切断され、一人残らずなぶり殺しにされました。

でもね……、これはとても無意味なことです。何の意味もなかった。無意味な上に、それを行ったアナベルさん自身すらも今では生き地獄です。彼女は夫の浮気に苦しんでいる可哀想な女性だったのです。皆の憧れの美しいトバイア公と結婚することができたのに、愛して貰えず、十七年間泣き暮らすはめになってしまった、可哀想なお姫様でした。

彼女は囚われた女性たちを、無傷で開放するべきでした……。アナベルさんは彼女たちもまた自分と同じだということに、気づいていたのです。

だから……、貴方のその意思により、過去を改変することができます」


僕は、まさに頭の可哀想な人に対して軽蔑を顔に出すべきじゃないという紳士としての振る舞いを行うのに、少々苦心した。


「君の言う意味が分からないが……」


僕は髪を撫でつけた。


「要点を言うと、つまり僕はアレクシスさんが死んだ事を過去に遡及して取り消すことができると言っています」

「それって都会のジョーク?」


僕は笑いかけたが、画家は首を横に振った。


「そもそもなんで君、アレクシスのことを知ってるんだ?」


画家はまた首を横に振った。


「でもこれは秘密にしてください。時間を遡って歴史に手を加えることは、禁じられているんです。たくさんの、本当にたくさんの人たちの運命に対し、あまりに影響が大きすぎるからです。

ほとんどの時間魔法は、天界の法律によって禁呪指定されているものなのです。だから、僕もこれを貴方に切り出すべきかどうか、何度か頭の中で精査しました。何処かに出てはいけない悪い影響が出ないか、時の歪みが発生しないか、何度も」

「へえ、君、天界の法律に従って生きてるの? すごいね」

「ええ、僕の出身地は天の王国ですから」


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