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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第11章 夕暮れロマンティシズム
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第195話 ファンタスティック!(3)

ドアの開く音に、僕は畏まった。


「君には頼みたいことがある」


トワイニング公が退室された後、入れ替わりのように戻っていらしたアークランド公が、数枚の書類を手に僕の前にやって来た。彼はトワイニング公の立ち去ったドアを注意深く振り返り、彼がいないことを確認し、それから僕の正面ソファに腰かけて、それを僕に手渡した。見るように促され、僕は書類に目を落とした。


「これは……」

「トバイア公が囲っていた女のリストだ。彼が性奴隷にしていた女性たちだ。

彼というのは少年の時分から非常に女性が好きでね、とにかく女が好物で――、私はいつも辟易して見ていた。公の中年の姿しか知らない君には少々想像がつかないかもしれないが、あれでも若い時分には素晴らしい貴公子だったのだよ。長身の金髪貴公子。自信家で、彼の立ち振る舞いには国中の娘たちが熱狂していて、その人気ぶりは現行君の兄上よりもすごかったかな、まさに入れ食い状態だった。

毎晩相手が違うなどという戯けたことを、まあ彼が独身者のうちには、私も目をつぶっていた。だが彼は自分に群がる娘たちを相手に、派手に女遊びをする一方で、そのうちこう、自分に関心を向けない女を征服することを楽しみとするようになりだした。自分の命令であればどんなことであれ、服を脱いでみせるようなことであれ喜んでする女を相手にするのに、飽きてしまったんだろうな。

で、わざと他に決まった男のいる娘なんかを、権力に物を言わせて無理やりというのを楽しんでいたのだが、やがてその対象が王女に移ったことがあった。フェリア王女だ。

彼女はトバイアよりもずっと若い姫君だった。二人は従兄妹同士だが、確か十四歳違ったのかな。だが聖女と謳われる王女の美貌にトバイアは一時期入れ上げて、熱心に求愛に通うほどだった。当時まだ十三とか十四とかのフェリア王女に、三十男が這い蹲って関心を得ようと必死になっていた。

しかしこれがまた痛快なことに、フェリア殿下とは非常に毅然としたところのある姫君でね、トバイアの行状を知っていたのか何なのか、延々と突っぱね続けた。年端のいかない小娘など、簡単に落とせると思っていたのだろうな、トバイアは随分とプライドを傷つけられたようだったよ。

フェリア王女は十九で病死されるまで生涯独身でいらしたが――、結局トバイアは彼女を落とせなかった。知っての通りフェリア殿下は生来御身体が丈夫でなく、十六を数える頃にもなると、御体調を崩しがちになってしまった。すると身体の弱い女に興味はないとばかりに、奴め見切りをつけてしまったのだ。まあそこには女に拒まれ続けるということに、奴のプライドが許さなかったという面もあったろうが、根性なしの、情なしだと私は思ったよ。

殿下はあれほどの美貌を持ちながら、そのお年までとうとう誰とも縁づかれず、御結婚をされずにいらしたのは、実は女好きのトバイアが、いつか落ち着いてまともになるのを、待っていらしたのではなんてお話も、あるくらいだからね。

しかしトバイアはあっさり別の女と結婚をした。現ギース公妹アナベル姫がそうだ。だが二人は上手くいかなかった。

アナベル姫のことは私もよく知っているが、少々気の強い娘でね。甘やかされた、世間を知らない娘にありがちな生意気な言動を取るのだが、トバイアにはそれを慈しむだけの器がなかった。少なくともアナベル姫のほうには、トバイアに対する憧れや、恋心があった結婚だったのだが、二人とも意地を張るような性格だからか、結婚生活はすぐに破綻した。そしてだ、そこにあるようなことがいよいよ本格化した」


アークランド公は、僕が手にしている書類を指差した。


「通常、こうしたことは捨て置かれるものだ。しかしこの件の場合、一国の方向性のかかった問題でもあり、また対象にはさすがに見過ごせない良家の姫君が紛れていたこともあって、我が配下の公安主導による本格的な介入とあいなった。

結局、捕縛したトバイア公の部下、使用人の証言、そして遺体の所持品等を照合し、そのリストにあるのは少なくとも名前と出身地の明らかになった女性たちだ」


リストには二十八名の女性の名前が連ねてあった。名前、出身地、所持品、身体的特徴……、ファーストネームだけの者もちらほら見受けられた。そしてそのリストの中に、僕はすぐにアレクシスの名前をみつけた。アレクシス。でもアレクシスはそれほどめずらしい名前ではない。これ自体は割とよくある人名だ。そして書類に記載されているのはファーストネームだけだから、別人かもと思いたかったのだが、身体的特徴に金髪碧眼、そして何より出身地がアディンセル伯爵領となっている……。


「あの……」


僕は戸惑ってアークランド公の顔を見た。

そのリストのいちばん上部には、死亡者リストと記されてあるからだ。


「そう。先刻リドリー殿が話していたアレクシスという娘が載っている。出身地がアディンセル伯爵領ということで、私もすぐにピンと来た。

恐らくアディンセル伯が、トバイアに差し出したのだろう。年代からすると前伯だろうかね。似たような事例は他にも幾つかあった。だが父上や兄上を責めないでやってくれ、当時はトバイアこそが実質世継ぎの王子だったのだ。そしてあの傲慢な性格だ、彼に逆らっては、何をされたことか。

確かに女を火の粉を払うための生贄に差し出すなど、人道に反する、まして騎士としてあるまじき行いである。私はそうしたことが反吐が出るほど嫌いな男の一人だよ。しかし地方領主としては、生き延びる手がそれしかなかったのだろう。

いちばん悲惨だったのは、実の妹を持って行かれたのだったがね。その男は、当時まだ君と変わらんような年頃だったが、後に自殺している。

まあいずれにせよリドリー卿にはこの顛末はさすがに言えなかった。気の毒すぎてね」


アークランド公は飲み物を口に含みながら事務的に言った。


「……、この情報は、私の兄には……」

「無論。既に伝えてある。一ヶ月近くも前だったかな。アナベル姫が、トバイアの死の直後、夫の愛人を残らず惨殺したことと一緒にね。

私が頼みたいのは、この話をリドリー殿には言わないでやって欲しいということなのだ。

君はこれから彼と会う機会もあるだろうが、あれも哀れな男なのだ。彼は孫が生まれるなんて喜んでいるふりをしているが、家庭生活は円満とはいっていない。

彼は真面目な男だからな。件のことでは生涯責任を感じてもいたろうし、内心では、あれは……、彼は若い日に手放してしまった最初の恋人と、アレクシスという幼いひとり娘のことを、想い続けた人生だった。

私は古い友人として、何処かできっと幸せにやっていると、信じさせておいてやりたい」

「分かりました……」


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