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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第11章 夕暮れロマンティシズム
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第192話 主張交差

今朝の僕を見たら、タティはきっと素敵って、言ってくれただろう。

僕は朝からいつもより時間をかけて身支度をし、いい服を着て、今は廊下を歩いていた。鞄を持っているのは、王宮へ学力試験を受けに行くためだ。

王子様の教師の補佐官になるための試験を受けに王宮に行くなんて、さぞかし緊張して、吐くんじゃないかと思っていたが、当日になると緊張はしているけど意外と僕は落ち着いていた。

あの月夜の晩もそうだが、確固たる根拠がないのに、その朝もまた何となく、物事が上手く運びそうな予感がしていたのだ。風の精霊と相性のいい魔術師は、何くれと彼らが事前に起こることを教えてくれたりするのを読み取ることができるそうだが、僕には実はそんな才能があったのかもしれない。精霊の姿なんて見えやしないので、今となってはどうにもならないのだが。

僕の後方にはカイトと、快適な朝を台無しにするオニールがつき随っていた。特にこれといって魅力もない安い男。オニール。胸糞の悪い響きだ。

両側に部下を従えるなんてまるで重要人物みたいだ、しかもカイトもオニールも容姿自体あんまり優しそうな感じではないから、たぶん嫌な威圧感はある。若い男でも束になっていると迫力が出るのだ。町の不良が群れていると、連中が頭が悪いってことを分かっていても、何となくこちらが気押されてしまうように。

もっとも奴ら特有の、何をしでかすか分からない信用できない恐怖感は、いかにも安っぽいのであんまり欲しくなかったが。

いつかは僕単体でも、人を威圧してみたいものだ……。両側にジェシカルイーズでも強そうだし格好がつく、おまけに華やか、そういう男が理想的だ。


「今日の試験はクリアできそうですか?」


カイトが不意に僕に言った。


「あっ、うん、たぶん。自分で言うのも何だけど、勉強だけが僕の取り柄だろう? 兄さんが僕のことでまともに評価をくれるのも、現状これだけだ。これが駄目なら僕は駄目男だ。でも僕は駄目男じゃないから大丈夫」

「それは頼もしい」


カイトは笑って頷いた。


「まったくだ。お坊ちゃま君ときたら、言動がいちいち甘ったれてて聞いてられないぜ」

「魔法で王宮に飛ぶのに所要時間はどのくらいだろう。ハリエットの腕だと、ルイーズみたいな瞬間移転の魔法はできないよね」

「いや、本日はハリエット殿じゃありません。パブリックホールでダグラス様とクライド様が待っています」

「ハリエットじゃないの?」

「野郎、僕を無視するな」

「ええ、ダグラス様はやはり年の功と言いますか、王宮に出入りもされているので建物内部に明るいらしいです。

それに、本人を前に言ってはあれですが、王宮の行政区域に入場するのにハリエット殿ではちょっとね。おおまけに見てもせいぜい十三、四に見えますからね。今日のような日に連れている魔術師としては少々印象がよくない。才能はあるんでしょうが、それだけでは通用しない場所もありますから」

「そう。まあ、僕もダグラスのほうが気が楽なんだよね。ここだけの話、どうも年下の女って苦手でさ。だってちょっとでも怒ったら泣くかもしれないし、なんか猫とかを相手にしてるみたいで。落ち着かないんだ」

「猫ですか。まあ、娘のハリエット殿より魔力が弱いと言っても、彼には知識があるでしょうしね。やはり魔術師として、安定感はありますよな」

「ハリエットって、あのハリエット嬢だよな。カティス家のお転婆娘。この間もヴァレリアとやりあってた。あいつもスタメン入りなのか……、はははは、こりゃあいい。

僕にカイトにハリエットか、地元のお騒がせメンバーが、だいぶ顔をそろえているじゃないか。となるとそのうちヴァレリアが湧いて来るかもしれないぞ。自分も仲間に入れろって言ってな」


オニールが縁起でもないことを言い、カイトが少し迷惑そうな息を吐いた。


「アレックス様!」


そこへ廊下の向こうから、今にも泣き出しそうな顔をしたシエラが現れた。

彼女は僕をみつけると、考えられないことだがドレスの裾を持ち、今にも躓きそうになりながら危なっかしく走ってこちらにやって来た。廊下を走るなんて、日頃慎み深いはずの侯爵令嬢としては驚くべき作法違反だったし、シエラという人間を知っていればそれはなおさらのことで、僕は唖然とした。

彼女は小走りになって僕の側まで来ると、悲痛で、耐えられないといった感情を隠しもしないで僕に訴えかけた。


「アレックス様、聞いて。大変よ」

「どうしたの?」

「たった今ギルバート様が、結婚のお話はなかったことにするっておっしゃったの!

アレックス様と私の結婚を、取りやめにするって……、それなのにどうしてなのか、理由を教えてくださらないの。それは女の預かり知るところではないと言って……」


来たかと、僕は深呼吸した。


「そう、それはつまり……」

「今から一緒にいらして。一緒にギルバート様に説明をして貰いましょう。だって、事情が変わったとしか教えてくださらなくて。こんなのおかしいわ」


シエラは僕に近づき、僕の腕を引いた。

でも僕はその手を掴んで、僕から丁寧に離させた。シエラの顔に失望が浮かんだが、僕はそれを受け止めず、愛想笑いで誤魔化した。


「シエラごめん。今ちょっと急いでるんだ。これから王宮に行かないといけなくてさ。試験なんだ。時間厳守なんだよ。話したと思うけど、僕は王都に出向するので」

「アレックス様っ。でも、でも、私たちの将来のことよ」

「分からないんだ、悪いけど……、知ってると思うけど、僕のことは兄さんが何でも決めるから。食べる物、つきあう人間、僕の下着の色まで全部」

「そんな、真面目に私のお話を聞いて」

「うん、また今度ね。そう、そのうち気が向いたら」


僕は、邪魔臭いと正直に言う代わりに、ほとんど逃げるように廊下を歩き出した。もう話は決まってしまったことで、議論の余地はなかったし、ここで泣かれても困るのだ。これは僕の力ではどうしようもない。兄さんと、王子様との取り決めだからだ。僕がどうこう言えるような顔ぶれじゃなかった。それにこれから僕はタティを助けるという我が侭を通す分、他のことにはよりシビアでなくてはならない。

何より今は、速やかに王宮に試験を受けに行かなくてはならないのだ。


「もったいない。すごい美人なのにこれからは王子の専属売春婦ってわけか。いや、ロイヤルダッチワイフってところかな」


背中でカイトとオニールの会話が聞こえる。


「なんつう表現だ」

「だってまさにそうだろう。そして毎晩王子に性奴隷にされてるってことが、全国民に知られまくるわけだ。興味津々。何せ馬鹿な兄貴のせいで、ウィスラーナ家の末姫の行く末には、少なからず関心も集まるだろうからな。あの美少女っぷりからして、カイト君みたいな変態な奴にはまずオカズにされまくるだろうし、さすがに同情するぜ」

「おたくも同類のくせに」

「だっ、誰がだねっ、平民と一緒にするな、失敬なっ」


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