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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第11章 夕暮れロマンティシズム
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第185話 辞令(2)

「さてアレックス。しかして王子殿下によれば、おまえには何名か部下を連れて馳せ参じることを御許可くださるそうだ。

そこで、ここにいるオニールが今後新たにおまえの手足となって働く有能な側近となる。騎士ではあるが、事務と諜報も得意分野だ。就任が今日まで遅れたのは、別の任務に当たっていたためだ。これまでヘイゲンの下で働いていたのだが、サヴィル家の三男坊だ」


兄さんが言うと、オニールは僕に対して慇懃無礼な会釈をした。どうにも無愛想な雰囲気は、ヘイゲン卿や長兄譲りだと思った。ジャスティンほど迫って来るような迫力はないが。

それはたぶん、他の人間からしてみれば単なる普通の会釈だったのかもしれないが、僕にはそうは思えなかった。

彼に対する心証は現時点で最悪なので、子供の頃のように条件反射的に逃げ出すような真似はしないものの、好意的に見ることなどとてもできないのだ。


「ところで兄さん、僕の王都赴任にあたって、シエラはどうなるのですか。僕は彼女を王都へ連れて行くべきでしょうか」


僕はオニールの挨拶に応じたくなかったので、すぐに兄さんに話題を向けた。

兄さんは執務机の上に両手を組み合わせて、神妙な顔をした。


「うむ、それなんだが――、実はな、シエラがフレデリック王子と既知ということは、おまえも知っていると思うのだが」

「ええ、そうみたいですね」

「おまえは話を聞いているかもしれないが、短期間、二人は学友のような関係だったことがあるらしい」

「学友ですか」

「魔術クラス、恐らくマスター・カタリーナの特別クラスのことだろう。魔力のある良家の子弟の招待制度がある。

王子と姫は年齢が近いし、顔見知りとなれば、おまえが殿下との関係を円滑に持って行くために使えそうなことは確実だ。だから、一緒に連れて行きなさい。ただ」


兄さんは少し声を潜めた。


「婚約はなしだ」

「えっ?」

「おまえとシエラの結婚の予定は只今をもって白紙撤回とする。彼女とは性的な接触も持つな。繰り返すが二人は年頃が近い、そしてこれは非公式の情報なのだが、どうも王子がシエラに気があるらしい」

「気があるって……」

「ここが問題なのだ。現在進行形の話ではないが、かつてそのような素振りが見られたということだ。かつてと言っても、ほんの数年前の話だ。幼い王子が、クラスメイトのシエラを女として意識していたということだろう」


第三者として聞いているだけでも何とも気恥ずかしいような気がする誰かの恋の噂を、兄さんは真顔で、極めてシビアな実務口調で言った。


「他愛ない話ではあるが、こうした色恋沙汰というものは、実は想像以上に人間から平常心を奪い、判断を狂わせるものだ。扱いを誤れば、刃傷沙汰になることさえある。よっておまえが王子に仕官することになった以上、捨て置ける内容ではないと判断した。

率直に言ってシエラ姫はあれは上玉だ、私が知る限り、国内でも指折りの美姫であることに間違いない。となれば若い王子が食いつくかもしれん。だからシエラのことは餌に使う」

「餌、ですか?」


兄さんは頷いた。


「分かりやすく言えば、王子に彼女を献上するということだ。王子に女をあてがって、おまえの立場をより待遇のよいものにする。分かるなアレックス、私の言っていることが」

「それは、シエラをフレデリック王子の愛人に差し出せということですか?」

「私はおまえの立場を心配しているのだ」


兄さんは僕の言葉に被せるように言った。


「万が一王子殿下にシエラへの執着が燻っていれば、彼女を娶るおまえに対する心証が悪くなることは請け合いだ。殿下がそれを表に出す人間かどうかは分からないが、おまえとシエラが結婚することで、もはや我らには得られるものよりは失うもののほうが多いことは分かるな。

過去にも臣下が妻だの婚約者だのを、王に取られたという事例は幾つもある。だがその多くが、その後の人生冷や飯を食わされるなり、抹殺されるなり、ろくな末路は辿っていない。相手は世継ぎの王子なのだ。

それに比較すれば、ランベリー領の地元民の心情などもはやどうでもいい。あれは道具と思って、適当な場面で最大限有効に使うことだ」

「でもそれはあまりに……、……いえ。分かりました」

「そうだよ。花嫁となるはずだったシエラを差し出すということは、おまえとしては納得ができないかもしれないが、これも経験だ。

そしてこのようにあらゆる場面で時勢を読むことは王子の補佐官として非常に大事な資質だ。これまでのようにぼうっとしていてはいかん。状況は刻一刻と変化をしている。

シエラのことは諦めなさい。おまえの花嫁はまた私がみつけてやる。いいね」


僕は黙って頷いた。侯爵令嬢との結婚さえ兄さんの一言で覆ってしまうとなると、コンチータのところに挨拶に行ったり、ここのところの自分の将来を思っての僕の動揺や混乱は、いったい何だったのかと思わないではなかったが……、それに僕の花嫁をこれからも兄さんが決める気でいるのもあれなのだが……、これが大人の世界であり、政略なのだろう。


「いずれにしても、人見知りのおまえには大変な環境かもしれない。なじむのには時間がかかるかもしれないが、上手くやりなさい。

オニール、おまえはアレックスに対する絶対服従と生涯の忠誠を誓いなさい。

おまえの生命は以後アレックスの利益のためにのみ使われることになる。以前のような立場を弁えぬ乱暴狼藉がないようにな。今後誰がおまえの手綱を握る主であるかを肝に銘じよ」

「はっ」


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