第180話 名も無き悲恋だとしても(2)
僕とシエラは屋敷内のしつらえのいい客間に通され、僕たちは旧交を温めた。
もっともそれからもコンチータの話は、タティの話ではなく、僕の側を退官する以前の、僕についての昔話がほとんどだった。
僕は幼い頃から自分の中に特別な規則を作る子供で、厳しく躾けなくても何事にもモラルが高かったのだとコンチータは懐かしそうに目を細めた。
「ギルバート様はわたしの教え方がいいのだととても高く評価をくださっていたのです。親のないアレックス様を、とてもいい子に躾けてくれているとね。
でも本当のことを申し上げると、貴方は最初からそういう方だったのよ。おはようのご挨拶、絵本のお片づけ、お散歩から帰ったら手を洗うとか、一度これこれこうするのよとお教えしますと、貴方はそれからは本当にきちんとしないとお気が済まなかったの。
小さな紳士だと、当時の使用人たちはいつもお話していたわ。いつもお行儀がよくって、お兄様が知らない女の人を連れていると怒ってしまって……、でも、それはお寂しくて怒っていらっしゃるだけではないのよ。不誠実だって、貴方はそうおっしゃるの。昨日の女の人と違うってね。
こういうお話がありますね。人間はあるとき突然母親の腹に発生するものではなく、天国と地上を行ったり来たりする存在なのだと。人間はそうやって何度も何度も生まれ変わるものだから、人間の性格というものも、しばしば最初からその人間に身についているものだと……。アレックス様の厳格なところは、きっと貴方の特性なんですわ」
「神学の、輪廻転生だね」
僕が言い、コンチータは静かに頷いた。
「ええ」
それからコンチータは兄さんの侯爵昇格を何よりも讃えた。
「先代様の想いやギゼル様のご無念が、ギルバート様の強運を後押しなさったのだと、ティファニー様はおっしゃっていましたわ。彼の栄光はそうなるべくして与えられたものであると。
でも彼女は不安なこともあると言っていたわ。ギルバート様は幼い頃から優秀で、心がとってもお強くて、とても、ご優秀すぎて……、そのお強いところがかえって悪いものに気に入られ、魅入られてしまいはしないかと……、あの方には正道を重んじるプリンセス・オーロラの加護があると言っても、それも限界があるとね。
たぶん、それはきっとウィシャート公爵様に係わり過ぎてしまったことをおっしゃっていたのだと思うけれど……、憶えておいでかしら、ギルバート様の乳母様のこと」
「ええ、感謝祭などで見かけたことは……、彼女は最近はどうされているのですか」
「ディアス様とお暮しよ。でもご高齢の旦那様ですから、この頃では何かとご心配もあるみたいですわ。私生児を抱える自分などを妻に迎えてくれたと言って、とても尽くしていらっしゃるもの」
「私生児? それは何のことです?」
「あら……」
コンチータは少し躊躇った顔をしたが、やがて伏し目がちに話をした。
「ギルバート様の乳母であるティファニー様は、お勉強のできる方でね。お若い頃に王都に魔法のお勉強をしにいらしてて……、そこで恋をされたのよ。お相手はトワイニング様と言って……、ええ、現在のトワイニング公のことですわ。ティファニー様はその方と恋をされたの……。
やがて彼女は彼のお子を身ごもられて……、結局恋は破れ、若い身空で赤ん坊を抱えて故郷に帰っていらしたわ。彼女はまだ十代だった。とてもやつれて、悲しそうだった。二人は結婚を許して貰えなかったのよ。身分が違いすぎて、彼には他に結婚相手が。
でもそれから二人目のお子がお腹にあると分かってね、あの気の強い彼女が泣いて生むと聞かなくて……、二人も私生児があっては只の間違いだと世間に言い訳すら立たない、人生が終わってしまうと周囲は大反対をしたのだけど……、ティファニー様は彼を愛していたのよ。
だから、結局、そうされたの……、遠い昔のお話よ」
「ルイーズとアレクシス……?」
「ええ、そうですわ……」
僕が呟き、コンチータは頷いた。
トワイニング公と言えば、今では数ある傍系公爵家のひとつに過ぎなかったが、セリウスが生きている時代に創設されたローズウッド王家に並ぶ古い公爵家だった。現当主は確か五十代の紳士のはずだが、ルイーズの父親であってもおかしくはない年齢だった。
ルイーズとアレクシスがもし本当に不義の末の私生児であるなら、幾ら何でもアディンセル伯爵家の嫡男の魔術師に採用されるには問題があることだった。結婚を経ずに子供を産んだ女も、父親に見放されたその子供も、淫乱の血だの、背徳の家系だのといって世間ではまず間違いなく白眼視される存在になるからだ。
でもその父親が公爵となれば話は違って来るのだろうか……、それともティファニー母子に責任を感じ、その行く末を慮ったトワイニング公が、密かに母子の救済を父上に打診したのかもしれない。僕が生まれる以前に起こった知らなかった裏事情だが、ルイーズの待遇のよさや、彼女の顔の綺麗さを思うと、妙に信憑性はあることだった。
「では、ルイーズとアレクシスは、トワイニング公の子供だということなのですか?
世が世なら、その結婚が叶っていたなら彼女たちは公爵家の姫ということ……?」
僕がたずねると、コンチータは首を横に振った。
「それは今となっては分かりません。そうはならなかったのですから」




