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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第11章 夕暮れロマンティシズム
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第178話 夕暮れロマンティシズム(3)

でも僕は年を取っても、兄さんのようにはできないかもしれないが、クライドのようにはできるようになるかもしれないと思っていた。自分というものを知るのは恐いことだが、今の僕はそれに向き合おうとしていた。

率直に言ってクライドは誰か強い人間の補佐に向いているという男だ、彼本人には外貌にも振る舞いにも迫力がない。性格は温和だし、話し方も丁寧だ。相対する人間に恐さを与えないから、人からは好かれるだろうが、その分甘く見られる。殊に重要な局面で、男が甘く見られることはつらいことだ――、彼が優しい男かどうかは知らないが、少なくともそのようには分類されるタイプだろう。

僕は子供の頃、いつかは自分も兄さんのようになりたかったが、あのての人間はそもそも最初から僕とは出来が違うのだ……、リーダーシップというものが人間に備わっている素質のひとつであるとするなら、僕には明らかにそれが欠損していた。身分や財力がそれを補ってくれる場合もあるが、根本的に僕には大勢の人間を統率し得るだけの強力な何かがない。

それは身につけようと思っても、そうそう容易く身につけられるものじゃない。

少年の頃、僕は自分がもう少し万能であると信じていたが、成人をしてしばらくもすると、無惨な現実というものに直面するのだ。僕は他の多くの人々と同じだった。人より優れている面を、探すことのほうが難しいような、有り触れた男に過ぎないのだろう。

僕はかつて勉強ができる自分を誇っていた。確かに僕は学術のほとんどの分野において、人よりよくできる部類の人間だろう。

でも僕は学問を突き詰める研究者ではない。そのための訓練をしていたわけでもないし、何十年とその道を歩いている学者と呼ばれている人たちと比較して、突出した一つの分野というものを持たないのだ。つまり、所詮は人より少し物を知っている程度のことに過ぎない。

名門アディンセル家の一員ではあるが、僕は武人として一流になれる器ではない。

血を見ることが恐いし、武芸に適性がない。僕は肉体労働と言って騎士業を馬鹿にしているところがあった、でもそれは、実はそれだけではなかったのだ。僕は騎士として、戦闘要員としての能力が、極めて凡庸でしかないと、剣術を習い始めてすぐに悟っていた。努力をしても伸びしろが少ないことを。

なまじ勉強ができただけに、才能がないことを続けるのは苦痛だった。そんなことは、僕の自尊心が許さなかったのだ。

それには側近と言って側に置かれたカイトが、非常に才能が高かったことも、僕の逃避行動に拍車をかけただろう。僕よりも下の人間であるはずのカイトが、僕には頑張っても身につかないことが、彼には最初から……、彼は呼吸をするように剣を操ることができる。悔しいから僕は滅多に彼を褒めてやらなかったが、カイトはあんな性格だが剣捌きは芸術的で、彼は僕の教師だった国内でも高名な剣術師範に、天質ありと言わしめていた。しかも彼は努力を惜しまない。やらなくても充分にできることを、更に磨こうという姿勢が、僕には密かに眩しくもあった。

しかもカイトは自分が天才だとひけらかすような真似をしないどころか、自分がそうだとは露ほども思っていない奴なのだ。僕は自分が頭がいいと、勉強が得意で、語学だ数学だ何とかかんとか、ときどき頭の中で、ときには声に出してでも鼻にかけていたのに、彼はいつでも謙虚だった。

こんなことは到底信じたくないことだが、実はときどき図々しい奴だと馬鹿にして、何かとちょっと自分より下に見ていたカイトに、実は僕のほうが様々のことで……、取り分け人間性が完全に劣っていたことを、今更自覚して苦笑した。

客観的に見ると彼は謙虚で勤勉で有能な騎士だったのだ。剣術の腕前は勿論、配慮や気遣いも素晴らしい。忠誠心も高い。出自とか、いろいろなことで馬鹿にされても泣いたり屈したりせずに、常に笑顔でいられる精神的強さは並大抵のことではないだろう。

それなのに多くの人々が身分という色眼鏡で彼を過小評価する側の目線で、僕は友だちを見ていた。

世間知らずとは言ったもので、こんなことを一つとってみても、僕は本当にこれまでの自分の行いを振り返るたびに、胸の中がにがい思いでいっぱいになった。


「私もね、そうなんですよ」


テーブルの向こう側のクライドが言った。

僕は慌てて我に返った。


「ごめん、聞いていなかったよ」


白ワインのグラスを手に、クライドは頷いた。


「幼稚な自分に頭を抱えたくなる」


考えを読まれた僕は驚いてクライドを見て、また苦笑した。


「よく分かるね……」

「私もそうですから」

「君も? 昔、そうだったことがあるのか?」


クライドは居心地悪いように広い肩を竦めた。


「とんでもない。今もですよ。今もずっと」

「今も? でも君は、大人じゃないか」


僕が言うと、クライドは少し自虐的に笑った。


「確かに。貴方からご覧になれば、私はもう立派に大人ですね。

でも、未だにその日あったことを思い出しては、至らない自分にがっかりすることの繰り返しです。……、残念ながらね」


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