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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第11章 夕暮れロマンティシズム
175/304

第175話 君のいない人生(3)

「将来?」

「私、結婚をしたら男の子を二人と、女の子を一人は欲しいの」

「えっ、ああ、そうなの……?」


いきなり言うので、僕は面食らった。

シエラは勿論純粋な意味で言っただけに違いないのだが、そんなことを言われるとどうしても未来の家庭像よりは、その作業工程を思ってしまうどうしようもなさは、長年カイトの下ネタ話を聞かされ続けた条件反射に違いない。


「それは賑やかだね」


僕は愛想笑いをした。

それからアディンセル家に纏わる呪いについての話を、そういうことをする前にシエラにしておかなくてはならないだろうと思った。子供はたぶん一人しか望めないし、生んだら君は死ぬか、確実に寿命を縮めることになると。

シエラはそれを受け入れてくれるだろうか? それとも言わないほうが、シエラの精神衛生上いいのかもしれない。

そして僕はこうやって、結局女性を不幸にする生き方しかできない悪い男なのだ……。


「私のお兄様もアレックス様も背が高いから、きっと男の子は背が高くなるわ」


思えば僕はタティとこんなふうに子供の話なんてしたことがなかった。

僕らに求められていたのはとにかく男子誕生限定だったし、タティは男子を生むのだと一生懸命になっていたことが思い出されてつらくなった。ほとんどの人たちが、タティがいつ妊娠するかなんて下世話なことに興味津々だっただろうし、領主に男子を産めと命令されたも同然の環境下で、酷いプレッシャーがかかっていただろう。それなのに、僕はそういうことも理解してあげていなかったのだ。

子供が出来たら楽しみだなんて、単純に気楽に考えていたが、それでなくても女性にとってお産は生命がけのことだった。実際に生命を落とす女性も少なくない。タティの性格では、それ自体をどれほど恐れていたことか。


「アレックス様?」


僕の優しさはいつも上辺ばかりだった。


「私の話、つまらなかったですか?」


気がつくと、シエラが不安そうに僕の顔を覗き込んでいた。

僕は急いで言い訳をした。


「いや、そんなことないよ。ただ子供の話って、ちょっと突飛で……、ほら、僕はまだ子供を持ったことなかったし。想像がつかなくて」

「いいえ、私、今はカイトさんの婚約者のお話をしていたのよ。この間、彼女が私のことを恐い顔をして睨んだことを話していたの……」

「えっ、そうだったっけ……」

「アレックス様、私のお話、聞いてくださっていなかったの……?」


シエラは不満そうに僕を見ていた。

僕は笑って誤魔化した。


「そうじゃないよ。えっと、彼女はヴァレリアって言うんだ。知ってるかもしれないけど。

彼女はカイトの義理の妹で、今度から正式に結婚相手になったのかな。きつい性格しているし、最悪に自分中心だけど、悪い娘じゃないんだ。

何処が悪い娘じゃないかって言うと、つまり……、今はちょっと思いつかないんだけど、黙っていれば外見はキュートだし、それに、たぶんそれほど悪人ではないはず……」

「誰か他の女性のこと……、思い出していらっしゃったの……?

タティさんのこと……、思っていらっしゃるのかしらって……」


シエラはうつむき、頼りなく微かな囁き声で言った。


「えっ、どうして? そんなことないよ。全然そんなことない。

僕は今、ずっとシエラのこと考えてた。夢中だよ。君があんまり美しいから」


僕は自分で我が耳を疑うような、すごい出まかせを言ってしまったことにはっとした。

確かにシエラは文句なく美人だし、ふとした瞬間に見惚れてしまうことを否定はしないが、今は完全にタティに焦点がいっていたのに、これではまるでデート中に別の女を口説くためのプランを立てている何処かの節操なしのようではないか。


「まあ、それは本当ですか?」

「勿論だよ。まさに美貌っていう言葉がぴったり。だからヴァレリアが君を睨んだのだって、たぶんその線じゃないかな? つまりカイトがそう、君にその、見惚れてしまうんじゃないかって心配になったんだよ」

「まあ。ヴァレリアさんはそんなことを思っていらしたのね……」

「美しいって罪だね」

「嬉しい」


でもシエラがたちまち機嫌を直して笑ってくれたので、よしとした。

どうやら女性は外見を褒められることが、僕が思っている以上に好きなのだろう。それともシエラには、やっぱり自分が選ばれた美人だっていう自覚があるのかもしれない。

それは別にどっちでもよかったが、僕はシエラが思った以上に喜んでくれることに気がついて、それからずっと彼女を褒めた。


「君はとっても綺麗だね。一緒にいると、僕なんかじゃ釣り合わない気がするくらい」

「そんなこと。アレックス様はお世辞が上手すぎます」

「本当のことだよ。シエラはとても可愛い」


僕が言うと、シエラは嬉しそうに両手で頬を押さえて恥じらった。

僕はその様子を笑顔で眺めていた。特に楽しくはない……、わけでもない。彼女はとても純粋だったし、やっぱり美人の女性を見ているのは楽しいことだからだ。

でも本当に僕が彼女のことでいちばん気に入っていたのは、外見の美しさとか、そのまだ何処かあどけない様子とか、可愛らしい性格なんかではなくて、名前だった。

シエラは、シェアと名前の響きが似ていた。だから僕はその名前を口にするとき、少しだけときめいた。

僕は男なので、手の届く範囲にこんな美人がいるのなら、本音を言えばやっぱり多少は下心めいたことを思うこともある。僕が今ここでシエラにキスしたら、このうぶな少女はいったいどんな反応をするだろうかと、そんなことを考えてみる瞬間があることを否定はしない。

シエラは悪い選択肢じゃない。僕らが結婚したら、清純な彼女はきっと素敵な良妻賢母になってくれるだろう。生まれて来る子供は、きっと綺麗な顔をしているだろう。政略婚とはいえ僕に好意を持ってくれている彼女は、恐らく僕を大事にしてくれるだろう。だから僕はたぶん、申し分のない家庭を持てるはずだ。

それでも僕は恐れていた。歳月を経て年を取り、ずっと後になってから、僕が本当に欲しかった女性は彼女ではなかったことに気がついて、途方に暮れる瞬間があるのではないか――。

そして今なら何となく理解することができる。

幼い時代の幸福な思い出だけで生きていくには十分だと言って、何が何でも結婚から逃げまわっている兄さんの心境を……。


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