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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第11章 夕暮れロマンティシズム
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第170話 勢力図の刷新(3)

すべてのことは最初から、これから先延々と我が子の政敵となりうる甥のトバイア公が目障りでならず、フレデリック王子の地位の保証を将来に向かって磐石にしたい国王陛下の思し召しだったのだ。

陛下は正当性を巡って互いに反目を続けるフレデリック王子派の勢力を強め、ウィシャート公爵派の力を殺ぐために、公の配下の中でも有用な人間を新たに王子陣営に引き入れることをお考えになった。根こそぎ抹殺するという選択もあるのだろうが、殿下は若く、陛下は既に御高齢で、内乱に突入しかねない情勢を突破しきれるだけの力と時間が足りなかったのだ。

それに血筋の確かな壮年のウィシャート公爵と、妾腹の少年王子とでは、最終的に人々がどちらを新たな王として戴くかについても確信が持てなかった。そして兄さんをはじめとする諸侯はそれぞれが老獪だった。

だから陛下は待遇を約束する代わりに彼らにトバイアからの離反を工作し、兄さんたちは陛下からの要請と買収に応じて、もう随分前からウィシャート公爵を見限るその話を水面下で進めていたそうだ。ウィシャート公爵に親族の娘だの、乳姉妹だのを取られていた経緯のある者は、当然ながら国王陛下からの呼びかけをひとつの機会と思ったことだろう。フレデリック王子の母方の血筋の悪さを承服しかねるという考えから公爵派の立場を取っていた者も、陛下の御意思を知った以上、最終的にはこのまま公爵側にいても利することがないと判断したようだ。

そしてそこで巻き込まれたと言ってもいいのが、西部国境のウィスラーナ侯爵だった。彼は国境領主としては残念ながら大変使えない男であったが、不幸なことに彼の名代となれる男兄弟がおらず、後継の男子を成してもいなかった。

臆病者と評判の侯爵本人の人格に対する国王陛下の個人的な心証、少年王子の即位後の対外情勢への不安もあり、もとから早期挿げ替えが検討されてはいたのだそうだが、ここで陛下は奇策を思いつかれたのだ。

ウィシャート公爵派の主だった領主である兄さんたちを王子支持に引き入れ、その報酬として分配するための領地の多くを、陛下は御自分の直轄領を切り売りするのではなく、かねてより使えないと思っていたウィスラーナ侯爵を体よく排除し、ウィスラーナ家が所有していた土地を召し上げることで捻り出した。

けれどもそうしてウィシャート公爵派の諸侯に明確な恩賞が与えられてしまうと、発生する問題というのが、最初からフレデリック王子を支持していた諸侯が不満を抱くということになる。

これこそが政略と言ってしまえばそれまでなのかもしれないが、ウィシャート公爵を支持していた者たちのほうがかえって得をするというのであれば、当初より王子派であった人々の心に、後々禍根を残すことにもなるだろう。

そこで陛下は更に一計を案じられた。いや、それこそが今回の一連の問題における最大目的であったのかもしれないが、春先、ウィシャート公爵が突然殺害されたのだ。

つい先日、一国を揺るがした筆頭公爵家、その跡目のオーウェル公子による尊属殺害事件である。

父系を重んじる我が国では、父親殺しは主君殺しに次ぐ大罪であり、本人の処刑ばかりでなく他に後継者がいたとしても家自体が取り潰されてしまう事態となる。当主殺しと父親殺し、二重の意味のあるこの殺人を犯してしまったオーウェル公子は直ちに犯罪人として投獄され、ウィシャート公爵家は以後存続することが許されなくなり、断絶を余儀なくされることになった。

そしてこの件によって消滅することになったウィシャート公爵家の所有していた三十からなる領地は、すべて国家によって召し上げられた後、その一部が陛下の御意思によってフレデリック王子派、ウィシャート公爵派の主だった諸侯に分配されることとなった!

フレデリック王子とトバイア公による王位継承を睨んだ角の突き合わせ、それによる国内騒乱の予兆は、大多数が納得をする形でこうして一応の幕引きとなったのである。

しかしウィシャート公爵は表向きには、不幸にも父親に歯向かった未成年の公子の手によって突発的に殺害されたことになっているが、それ以前に一度誰かによる暗殺未遂が起こっている通り、すべては仕組まれていることなのだと思う。

だからたぶんオーウェル公子は父親殺しなどしていないような気が僕はしているが、彼は父公殺害の被告として処刑されるその期日が決まったことを、今朝の朝刊が伝えていた。

我らがハーキュリーズ王健在なり、これはそのことを諸侯に知らしめる大事でもあった。

その件について話をするべく、僕が新聞を持って兄さんの執務室を訪れると、春の日差しのように晴れやかな顔で兄さんは微笑んだ。


「ああ、恐ろしいことだねアレックス。父親殺しなどと……、あの公子様ならばいつかこのようなことをやりかねないとは思っていたが。残念だよ」


その口調に幾らか白々しさを感じるのは、僕だけではなかったろう。その証拠に、執務机の左側に立っていたジェシカが、一瞬苦笑いを浮かべたような気がする。もっとも僕としても、兄さんの本性はもう知っているから、今更無理して誠実そうにされても、もう昔のように清らかには思えなくなってしまっただけなのかもしれなかったが。

けれども人格形成の段階で両親を失い、六州の統治と領民の人生という重責を背負わされ、愛する女性は没収され、多感な年齢で悪意と陰謀の王宮に出入りするはめになったのだ。

当然だが、親なしの伯爵に過ぎない兄さんを庇護してくれる者はなく、若いことで信用されずに嘲笑される状況もあったことだろう。

それだけ酷い不安と重圧を受け続けていれば、どんな優等生でも性根が歪んでしまうという、典型例のような気がするが、それを誰が責めることができるだろうか? 少なくとも僕にはその資格はなかったのだ。


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