第166話 花の嗜好
「タティの手紙って……、どんなことが書いてあるの?」
僕の執務室の窓際で、朝から手紙を広げているハリエットに、僕はめずらしく自分から声をかけてみた。
僕のほうからも、ハリエットのほうからも、個人的な話題が発生することはあまりないことだった。ハリエットはおしゃべりな女の子だが、確実に僕を嫌っているし、僕としてもわざわざ嫌われている相手に話しかけて不愉快な反応をされようなんて自虐的な真似をしたいと思う趣味はない。
ルイーズによればハリエットは僕に好意を持っているそうだが、現状とてもそんなふうには思えない……、そんな解釈は何かの間違いだとしか思えないくらい、彼女は僕に反抗的だった。
そして何より重要なことは、僕はハリエットにまったく興味がない。
彼女の私生活についても、異性としても、何ひとつ関心が持てなかった。
理由を挙げるとするなら、前から言っているように、僕は性格の優しい女が好きだからだ。でもこういう何くれと文句を言う気の強い性格の女を奥さんに貰ったら、たぶん結婚生活はきついと思うので、僕は断然おとなしい女がいいと思うのだ。
それに、外見が子供っぽすぎる。年齢的にはたぶんマリーシアと同じくらいだと思うけど、ハリエットはマリーシアよりなんて言うか……、いろいろと魅力がなかった。魅力がないと言うと語弊があるかもしれないが、なんて言うか、僕は何も女性の胸の大きさにこだわろうなんてエロい男ではないのだが、さすがに幼い少年のような胸元は、眺める楽しみがないと思う。僕は断じてスケベじゃないし、僕はカイトと違って、いつもそんなところばかり眺めているわけじゃないのだが。
ハリエットの胸はまだ育っていないのかもしれない。だが年齢より若く見えるというのも、ルイーズくらいの年になると素晴らしい利点だと思うが、ハリエットの年齢では結構不利だと思った。
勿論、世の中には幼い少女を愛でたいタイプの男もいるだろうが、僕はどっちかと言うと扱いに困るので、どうせ女性魔術師がつくなら、年齢は僕より少し年上くらいだとよかったと思う。そうすると我侭を言わないと思うし、煩くないだろうし、僕に優しくすると思うからだ。
わざわざ朝から僕の執務室に来ておきながら、これ見よがしに僕の前で手紙を広げるなんて邪魔臭い行動は取らないで、タティから手紙が来たという話を、優しく僕にしてくれただろう。
タティはどうしているだろうかと僕が言うと、彼女は気遣わしく僕にたずねる。
「アレックス様、お寂しいのですか?」
彼女の髪は黒か茶色だ。二十歳すぎて金髪だったりするとまず兄さんの餌食になる危険性があるから、それで……僕は悲しく頷く。
「寂しいんだ。いつも……」
すると彼女は僕に優しく同情する。
「ああ、なんてお可哀想に。貴方がこれまでどんなにつらいお気持ちを抱えていらしたか、どんなに毎日頑張っていらしたか、わたしはよく知っているわ。だって、わたしは貴方の魔術師ですもの。
どうかそんなふうに悲しまないで。わたしでよろしかったら、どうぞいらして……」
そしてシェアみたいに僕に手を伸ばして、そっと僕を抱きしめるのだ……。服装は清楚で、胸は大きいタイプ……。
「あら、お知りになりたいの?」
ハリエットの可愛いが子供っぽい声が、僕の妄想を打ち消した。
僕が慌てて頷くと、朝の光の中にいるハリエットは、横目でちらりと僕を見た。ハニーブロンドを軽く結わえていて、小さな白いボタンがきっちりと等間隔に並ぶ胸元はまるで洗濯板のようだった。
「そう。ねえ、貴方はタティにお手紙を書いたりはなさらないの?」
「書いているけど、返事がないんだよ……」
「まあ、それは当然ね。貴方は本当に酷い男なんですもの。嫌われて当然だわ」
「うん…、そうなんだ」
「手紙の内容を知りたいのね」
「うん」
「それはどうして?」
「それは、だから……、タティの様子が心配だし……」
「それから?」
「心配なんだ」
「ねえ、まさかそれだけ? 貴方、それだけなの?」
ハリエットは僕に向き直り、それでは不満だと言わんばかりに僕に歩み寄った。
僕は、まるで僕を操ろうとしているかのようなハリエットの対応に、少しむっときた。
「心配なことの、いったい何が不満なんだい。
今のはまるで、何か違う言葉を僕から引き出したいみたいに聞こえたけど、僕はそれを君には言わないよ。言う機会があるならタティに直接言う。そういう大事な言葉は」
「それって、じゃあ貴方、タティのことを今でもちゃんと想ってるってことなの?」
「それは……」




