第162話 諦めるのが人生だから(2)
ハリエットはまるで自分はキャンディなんかには興味がない一人前の淑女のように、澄まして応じた。
「わたしと彼女は再従姉妹同士ですし、ペンフレンドですから」
「ペンフレンド……、じゃあ、君はタティと今も文通をしているのかい?」
するとハリエットは声を荒立てた。
「勿論だわ! わたしが肺病だからと言ってタティを切り捨てるような真似をする人でなしだなんて思わないでください!
ほんと、これだから男って最低。気弱なふりして、やることがえげつないんだから。
タティに手まで出しておきながら、シエラなんて人と結婚するなんて、貴方随分ひどいことをなさるじゃない。タティの気持ちを、ほんの小指の先くらいだって考えたことがあるなら、そんなこと、できるわけがないのに」
「ハリエット、でもそれは……」
「言い訳はいいわ」
そしてハリエットは、主人である僕をぴしゃりとやった。
「タティはお手紙の中で、いつも魔力が消えてしまったことをすごくすごく悔やんでいたわ。魔力が消えたせいで、彼女は何処にも居場所がなくなってしまったように感じていたのよ。
タティの性格では、はっきりとは言わないけど……、タティの居場所はずっと貴方だった。それなのに、それなのにシエラですって? 貴方は今タティがどんな気持ちがしているか、考えたことがおありなの?
あればそんなふうに平然と暮らしているなんて真似はできないと思うけど」
ハリエットは、まさに恐れ知らずと言っていい態度を取っていた。身分を弁えない、ほとんど懲罰対象となるような生意気な態度だ。
しかし彼女はまだ子供じみた線の細さの残る、幼い感じの少女なため、文句を言われても僕はこの無礼への怒りよりは、ただただ唖然としていた。
そして僕のこんな反応に、ハリエットがますますむっとしているのも分かった。子供扱いされて頭に来る気持ちは、僕にもよく分かることだった。兄さんに何を訴えてもまともに話も聞いて貰えずに、半人前扱いで片づけられるあの虚しさは、ときに筆舌に尽くし難いものがある。でもどうしようもない、十六歳だって色気のある娘はいると思うが、ハリエットは見るからに乳臭かったのだ。たぶん十四歳と言っても通用するだろう。
「だいたい貴方がタティの味方にならなかったら、誰もが彼女を軽く見てしまうって、どうしてそういうことがお分かりにならないのかしら」
ハリエットは少女の愛くるしい声で、また腕組みをして怒っていた。
「貴方がタティに惚れ込んでいて仕方ないって態度をもっと分かりやすく取っていてくださったら、誰も彼女を軽蔑する目で見ることなんてなかったし、ああこれは将来絶対結婚する気だなって、みんながもっとタティを大事にしたはずよ。貴方の態度が浮ついているから、タティはお妾なんて通りの扱いをされちゃったんじゃありませんか。
タティにはこれまでにだって、幾つも縁談があったのよ!」
ハリエットは叫んだ。
「彼女に結婚を申し込む人だっていたのよ。だけどタティはアレックス様が好きだから、じっと待っていたんじゃない。タティはそんなこと言わないけど、手紙の中身は昔から貴方のことばっかりだもの。わたしにだってよく分かるわ。
貴方がいつか振り向いてくれるかもって、そしてやっとその願いが叶ったと思ったら、病気に罹って……、貴方はその身代わりのように現れた変な女と結婚しちゃう!
タティが肺病になったのは貴方のせいではないけど、でもやっぱり貴方のせいよ。タティが死ぬのは貴方がタティを守らなかったからだわ。そうでしょう!?
貴方さえもっとタティを大事にしてくれていれば……、そうすればタティだって精神的に参ることだってなかったはずだし、気持ちが元気だったら病気にだってならなかったかもしれないのに! 貴方がいけないのよ!」
「うん、君の言う通りだ……」
僕はハリエットが、見かけよりとても頭のいい、聡明な女の子だと気づいてそれを認めた。
「全部僕が悪い」
するとハリエットは何かを期待するように、僕のことを見上げていた。タティのために怒りを感じ、タティの悲しみを代弁する彼女が僕に何を期待しているかは分かっていた。
彼女とは、少し昔の僕が生きていた世界を現在生きている純粋な人間なのだろう。利害のない、純粋な友情のために親身になって義憤を感じている正義感あるティーンエイジャーで、しかもそれを声に出して訴えることができるとても勇気ある女の子なのだ。
「それなら貴方はタティを見殺しにするようなことをしないで。
そんなふうに何事もなかったみたいに日々を過ごしていないで、お願いだからもっとタティのために動いてよ!
彼女は冷酷な伯爵様によって、絶望の牢獄に閉じ込められているの。そして貴方が助け出してくれるのを待っているわ。
タティにとって、貴方は世界のすべてなの。分かっているんでしょう? だったらお願いよ、貴方は伯爵様に逆らって。彼女は病気だけどまだ生きているの!
そんなこと手紙には書いていないけど、わたしには、分かるもの……」
「でも僕はその期待に応えることはできない。タティには、会わないよ」
「どうして!? タティより、シエラって人のことが大切だからっ!?」
僕は答えた。
「……それが大人というものだから」




