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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第11章 夕暮れロマンティシズム
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第161話 諦めるのが人生だから(1)

僕の人生に賑やかな人物が飛び込んで来たことを、歓迎すべきかそうでないか……、思案している時間はなかった。

僕はあれから確かに呪術契約というものを締結し、晴れてハリエット・カティス嬢は僕の正魔術師となった。

昨夜は見ている僕の心臓が脅かされるくらい、恐ろしげな叫び声をあげてもがきまわっていたハリエットだったが、一通り儀式を終えると、けろっとしてまたそれまでのこまっしゃくれた少女に戻った。さっそくルイーズから魔法の本を貸し出され、勉強熱心ねと褒められて、ほくほくしていた。

ハリエットは見た目が随分子供っぽく見えるのだが、意外にも年齢は十六歳、しかも今年十七歳になるそうだ。つまり童顔なのだ。童顔と言えばタティのことが思い出されるが、カティス家はタティのお祖母さんの実家で、つまりタティとハリエットは再従姉妹ということになるらしい。

タティの魔力はそもそもこのお祖母さんから貰ったものだったそうなのだが、彼女の属していたカティス男爵家は、確かに代々優秀な魔術師を輩出している家柄だった。そしてハリエットはそこの令嬢。父親のダグラスは兄さんに仕えている。本来彼か、彼の子供の誰か辺りがアディンセル伯の正魔術師となっているところが順当だが、ルイーズの能力がずば抜けて高すぎて、現在彼らはちょっと冷や飯を食っている状態だった。

ルイーズはディアス家という、こちらも魔術師の能力を持つ家系ではあるのだが、本来であればカティス家の補佐としての役割となることが多い、表舞台に立つこともあまりないような、補助的な家系だった。

そういう背景があるので、当主専属という名誉職から弾かれたカティス家出の魔術師が、誰かしら僕のところに来るのは、当然と言えば当然の流れとも言えた。


「ハリエット・ダグラス・カティスです。以後お見知り置きを」


翌日、正式着任の挨拶に僕の執務室にやって来たハリエットは、最初からやたらと挑戦的に瞳を輝かせていた。


「正式にアレックス様の魔術師となった感想はどうです? やっぱり何か世界がこれまでと変わって見えるとか、おありですか」


そのとき室内にはカイトがいて、カイトは愛想よくハリエットに挨拶した。


「ええ、そうね。重い責任を感じています」

「責任ですか、それは頼もしい。ときに、アディンセル家の持つ特別な魔法には、千里眼の他にどんなものがあるんですか?」

「千里眼って、貴方昨夜もおかしなことをおっしゃっていたわね。でもあれは戦争のときにもっとも活躍する魔法なのよ。索敵に欠かせないものなの。

ですから軽々しくおかしなことを考えるのは感心しないわ。女性の下着を見るための魔法だと思ったら大間違いよ」

「やあ、これは手厳しいな。ともあれどうぞよろしく」


そしてカイトは握手の手を差し出した。しかしハリエットはどういうわけかそれを握らなかった。


「おや、手が汚かったですか?」


カイトが自分の手を見ると、ハリエットはきっぱり言った。


「結婚前の処女に気安く触れようなんて、とても失礼なことだわ。わたしは簡単に男に気を許す尻の軽い女ではないの」


カイトは頭を掻いた。ハリエットの言い分はもっともなのだが、ハリエットは僕の目から見ても幼くて、胸の辺りなんかも女と言うよりは子供だったし、そんな主張をするには全然色気がたりなかったからだ。

しかしハリエットはまるで自分が痺れるようないい女であるかのように腕組みをし、ちょっと偉そうな様子でカイトを見上げて言った。


「言っておきますけど、わたしはおたくの意地悪ヴァレリアと違って、貴方が平民出だからって馬鹿にしているわけじゃないから、そこのところは分かってくださいね。カイトさんは分かってくれると信じてますけど。あのイカレ女と一緒にされては、迷惑だわ」


カイトは小さなレディを相手に、ちょっと笑った。


「これはこれは、ご丁寧に。了解しました」

「アレックス様、だからわたしは貴方とも握手なんてしないわ。でもそれを礼儀知らずだなんて受け取らないでください。愛想がないとか、冷たい奴だとも思わないで。わたしは単に淑女として当然のことをしているだけなんですから」

「う、うん。分かったよ。よろしく。君って、随分しっかりしているんだね。

えっと君、十六歳だっけね。まだ勉強があるだろうに、お役目大変だね。まあ、よっぽどのことがないときは、君のことは呼びつけないから。君は実家で、今後もちゃんと授業を受けるといいよ。未成年者の本分は、勉強だからね。

君は女子なのにちゃんと教師をつけて貰えるのは、すごくいい親に恵まれたということだよ。理解のない親は、女の子に教育は不必要と言って、早いうちに切り上げてしまったりするから――」


ハリエットはどういうつもりなのか、まばたきもせずにじっと僕のことを見ていた。真顔で、笑いもしない。年下の女性は異国人だが、年齢が下がるにつれてその度合いは酷くなる気がする。十八歳のシエラで手を焼くのに、十六歳の童顔娘が相手では、僕はもうお手上げだった。


「魔術師としての勉強もあるだろうし……、忙しいね。大変だ」


僕はぎこちなく愛想笑いをした。


「君、お菓子は好き? キャンディ持ってるんだけど、あげようね……、いや、これはおやつで君をつろうってことじゃないから……」

「貴方のことは前からよく知っていますわ。思っていたより、ずっと美青年なので驚いているけど。

貴方はタティお姉様のお手紙によく出てきますから。本当に、イライラするくらいたっぷりと」


ハリエットは、僕の差し出したキャンディの包みには目もくれずに、小鳥の囀りのような可愛い声で生意気を言った。


「えっ、タティの手紙……?」

「ええ」


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