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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第11章 夕暮れロマンティシズム
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第160話 我らは主を永劫に讃えん

「んじゃ、俺は先に休みますね。魔力とやらが俺にもあれば、契約儀式を覗いてみたい気もしますけど。

せめて千里眼だけでも使えるといいんですが。男の魔術師はあれ絶対悪用してますよね」


壁の燭台が橙色に咲きこぼれる深夜の廊下。

一足先に自分の宿舎に帰るカイトが、僕らに向かって朗らかに手を振った。


「彼は最低ね、スケベを恥ずかしいと思っていないなんて。どういう脳みそしているのかしら」


ハリエットが呟くと、ルイーズがそれを見て優しく笑った。


「そんなこと言わないの。カイト様はアレックス様の腹心よ。これからは、彼とも仲よくやっていかなくてはいけないんですもの。

今のは彼は、場を和ませるために言ったのよ。あれですごく気を遣う人なの。

それに私の知る限り、カイト様は誰よりも女性に誠実よ」

「でもスケベだわ。スケベ発言では和みません」

「魔力持ちの女と結婚したら、カイトの子供が魔力持ちになるかもしれないよ」


僕はカイトの背中に声をかけた。シエラのことを匂わせたつもりだったが、カイトは後ろ手に手を振るばかりだった。あれはどう考えても、色恋より立場や役目を取っているのだ。


「さて」


やがてカイトが廊下の向こう側に遠ざかってしまうと、ルイーズは色っぽい仕草をして、僕とハリエットを代わる代わる見た。


「それでは始めると致しましょうか。心の準備はよろしい?」






そして僕はルイーズとハリエットと一緒に、件の呪術契約に臨むことになった。

呪術契約とはつまりは呪いだ。魔術師自身に自らの生命を担保にした呪いをかけることを言う。そしてそれが成功に終わることで、ハリエットは以後いかなる手段をもってしても僕の生命を脅かす行動を取ることができなくなるわけだ。

魔術師を縛る古く強力な呪いは、いかに強大な力を生まれ持とうと主権は常に権力者にあるというための戒めだ。魔力を持っていても肝心の魔法の知識が与えられなくては、それは即ち宝の持ち腐れとなる。うっかり戦場に紛れ込み、うっかり被弾した魔法攻撃が、かすり傷で済んでしまう程度の恩恵はあるかもしれないが。或いはせっかく高い知能を生まれ持っても、不遇と貧しさによって教育を受けられず、人生をどうにもできないまま一生が靴磨きで終わる男のようなものだ。

主人に対する反抗を試みれば、呪い返しで魔術師がそれを食らって死ぬ。本人が死してなお苦しみ続けるばかりでなく、縁者や子孫にも係る悪質な呪いなので、敢えてそれをやろうとする者はまずいない。反抗心も度が過ぎればペナルティがある。でもいいこともある。それまで禁じられていた魔法に関する知識が解禁されるし、出身階級が低くても主人に準じた生活ができる。もっともあんまり低い階級の人間を自分の魔術師にしたがる貴族はいないのだが。

ただ僕は、少し疑問が湧いた。


「ねえ、どうしてかな」


闇夜の儀式の部屋で、僕はルイーズの描いた青白く明滅する魔法陣の真ん中に座ったまま呟いた。部屋は暗く、室内が夜空のように美しかった。

ハリエットは呪いを受け入れるための苦痛と戦っていた。僕の膝の先で蹲って、細い身体を震わせ、とても会話ができる状態ではなかった。沸騰した岩を体内に入れているような状態だとルイーズが説明をした。勿論実際にそんなものを飲み込んだわけではなく、苦痛を表す比喩だ。苦しむハリエットが可哀想で見ていられないのだが、過ぎれば何ともなくなるので気にするなと言われた。魔術師はある部分では自分に隷従する道具だと思う必要があるからだ。


「何がですの?」


ルイーズが僕に聞いた。


「サンセリウスは太陽神の娘が天から舞い降り……、その子供たちが繋いだ神聖な王国のはずなのに……」


僕の視線の先で、細い指で床に爪を立てて苦しみもがくハリエットを見ながら言った。


「聖なる父の加護のあるこの王国で、何故、こんなにも呪いが身近に用いられているんだろうか……?

魔術師の儀式にも、それに、そもそも僕らが魔術師をつけることの目的には、他人からの呪いや悪意から身を守るためというのがある……、アディンセル家に呪いがかかっていて、そのために犠牲者が出続けているのもあまりに奇妙だ。

サンセリウスでは宗教勢力が著しく力を持たない、それは分かっている。かつて近親相姦を神に近づく行為として王家に受け入れさせた責任を取らされたからだ。でも、今でも我が国は太陽神に連なる王家が治める神聖王国で、国教が太陽神であることは変わりがないのに、どうして呪いのような手段が常用されるに至っているんだろうね。人々の信心深さに反比例するかのように、神の敵対者の手段が採用されているのは何故なんだ?

これは盗みをはたらき、殺して奪い去る、人を貶めることを生業とする邪悪な者たちの……」


僕はハリエットが喉を押さえ、掻き毟り、罠にかけられた獣のようにのたうちまわって苦しむさまを見ながら呟いた。


「まるで拷問だ……。神のお与えくださる所業とは思えない……」


ルイーズはしばらくの沈黙の後、囁くように言った。


「アレックス様。貴方はそこに触れてはならないわ。それは考えてはならない……」

「何故?」

「誰にも答えが分からないからよ。どうしてなのかなんて……」

「君も、考えてみたことはあるんだね。調べてみたことは?」

「アレックス様、そこに触れてはならないわ」


ルイーズは咳き込むハリエットの背中をさすりながら、厳しい声で繰り返した。


「どうして」

「やめなさい。貴方はそこに触れてはいけない。疑問を持つのもいけない。

それを識るには我々はあまりに無力すぎるの。半端に足を踏み入れれば、生命を取られて終わるだけ」


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