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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第11章 夕暮れロマンティシズム
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第158話 真夜中のコンポート

小広間の掛け時計の針は、そろそろ深夜の十二時を示していた。

カイトは上質の毛皮の手触りが好きだと言って、尻の下の毛皮をやたらと撫でていた。

しばらく会話は途切れていた。酒が入っていたし、せっかくのブランデータイムは僕にはまだそぐわなかったらしい。そのうち腹が空いてきて時間外に夜食を運ばせ、今は腹を満たしたところだった。カイトは兄さんの酒を喜んで飲んでいたが、ちゃっかり夜食にもつきあった。そして僕はブランデーよりも、つい今しがた食べた甘いコンポートのほうが口にあっていた。召使いが窓際のテーブル席から食器を下げているのが見える。


「十二時になると魔法が解けるんだ」


暖炉の前で、僕はカイトにとある古いお伽話を話した。


「さいですか」


大して興味なさそうにカイトが言った。


「お伽話って、お姫様を助ける話って、多いと思わないか?」

「そうですねえ」

「囚われたお姫様を見殺しにする王子様って、ほとんどいないね」

「見殺しにしたらそこで物語が終わるでしょうに。王子様は彼女を諦めて、他の美女を見繕うことにしましたってな展開になったら。読んでる子供は泣きますよ」

「でも実際は、物語は続いてる」


僕は兄さんとアレクシスのことを思って言った。


「王子様は……」


それから僕とタティのことを一瞬思った。


「何事もなかった顔をして暮らしている。まるで最初から彼女が存在しなかったみたいに、日々は続いているんだ……。ある王子様は残虐さを身につけて、精力的に野心を遂げているし」


僕はカイトを見た。


「それって間違ってる? それとも、大人として正しい?」


カイトは首を振った。


「分かりません」

「そうするしかなかったとしたら?」

「貴方が何をおっしゃっているのか分かりませんが、一概には言えない。その立場にならなければ。人生とは常に相対的なものです。

もしタティのことをおっしゃっているのなら、彼女のことはどうしようもなかったと言うより他にありません。肺病では……」

「うん……。最近はね、よくタティのことを考えるんだ。さっきみたいな、都合のいい妄想だけじゃなくてね。これでいいのかって、ずっと自問している」


カイトは頷いた。


「でも僕は結局タティを遠ざけている。兄さんに逆らうのが恐いからというわけではないし、タティがどうでもよくなったわけでもない。自分が病気に罹りたくないからでもないよ、確かに肺病になったらどうしようって気持ちがないわけじゃないけど、僕は病気を伝染されては困る立場だからだ。

僕は個人的な問題のために兄さんの方針に背くことはできない。彼は僕の主君だ。だから、彼の意見は絶対なんだ。気持ちが揺らぐことはあるけど……、僕は一貫してこの考え方を優先させなければいけないって気づいたんだ。父上だってそうおっしゃっていた。甘い方だと言われていた父上ですらそうだった……。

例えば思い出してみてよ、兄さんは僕との関係にとって障害になると判断すると、即刻エステルを処刑させた。目障りな女だっていうこともあっただろう、でも僕との兄弟仲が悪くなれば、アディンセル家にとって都合が悪いと判断したからだ。だから排除した。女の生命なんて、彼にとってはその程度のものなんだ」

「至って経営者の思考です」


カイトはまるでそれが当然であるように解説した。


「冷酷ですが、色恋を優先するような人間は、指導者としては不適格」

「たとえそれがいちばん愛している女でも」

「でしょうね」

「だから僕もそうできなくては……」

「でもアレックス様、心を入れ替えられたとは言っても、あまり気負って臨みすぎるのもどうかと。貴方は閣下ではない。閣下のようにできる人間はそう多くはない」

「タティのことが試金石だと思ったんだ。兄さんのようになるために、まず大事な女を見殺しにできるかどうか……」


僕はカイトの言い分を遮って言った。


「ええ」

「兄さんなら迷わず切り捨てるだろう。それは分かってるんだ。彼は本当に……、兄さんはタティを生かしておくことはアディンセル家にとって何の利益にもならないと言った。タティを捨てることを前提で僕に話をしていたし、タティがいるのにシエラと結婚しろなんて言うくらいだ。しかも男子を産ませろって……、シエラの意思すらお構いなし」

「アレックス様は、その通りにできそうなのですか?」

「……できそうじゃない。やるしかないんだ。僕の気持ちがどうこうじゃない……、そんなことはまったく問題じゃないんだ。シエラのことはともかく、僕はタティに見切りをつけなくては……。気持ちに区切りをつけないと……」


カイトは静かに頷いた。


「でも僕はまだタティを諦められなくて……、考えてしまうんだ。いつもいつも。忘れようとすればするほど、昔タティと一緒に過ごした日々のこととか、タティと結婚した後のこととかを……、タティが僕に微笑みかけるところを……。

でも何よりもきついのは、ねえ、こんなことって信じられるかい? 僕がタティを切り捨てると切り捨てないとに係らず、どっちにしてもタティは死んでしまうってことなんだ……。

それなのにこの人生は続いて行くんだよ……、暗い夜みたいな人生が……」


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