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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第11章 夕暮れロマンティシズム
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第157話 ブランデータイム(2)

「何でしょう?」

「これは親切心から言うわけだから、気を悪くしないで貰いたいんだけど、君は僕が見る限り、ちょっとがさつなところがあるな。乱暴ではないけどがさつ。

確かにかなり丁寧にしているけど、深いところまで身についてないと言うか。それでは駄目だよ」

「そうですか? 結構、気をつけているつもりなんですけど。特にどの辺がお気に障ります?」


カイトは服装のことだと思ったのか、しきりに自分の着ている服を引っ張り始めた。しかし僕は頭を横に振った。カイトの日頃の真面目ぶった服装は、言うまでもなく完璧だったからだ。

彼は頭の天辺からつま先まで、僕なんかよりずっとお坊ちゃま君なのだ。オーソドックスで古き善き良家のお坊ちゃん風の外見を徹底している。平民だと言われるのを気にしているのだろうが、下手をすると、ちょっと浮いてしまうくらいそうだった。しかしシエラが言ったのは、たぶん内面的なことなのだ。


「いや、服装は気には障らないけど……、僕は寛大だから。数少ない君の理解者だからね。でもとにかく君、今の自分がお姫様と釣り合うとでも思っているのか?」

「思ってませんよ」


カイトはあっさり言った。


「どう見ても釣り合うわけがない」

「じゃあ、気をつけたら?」


僕はカイトに注意した。


「何をです?」

「だから……、がさつなのが嫌いだって言ってたから……、その辺をだよ。もっと感性を高めるような趣味を持つとか。もっと好かれるようにするんだ」

「好かれるって、誰にですか?」

「だからそれは……、自分の胸に聞いてみるといいよ」


僕はカイトのシエラへの気持ちや、でも僕に仕えているという彼の難しい立場を分かっているので、優しく言い含めるように言った。


「胸に手を当てて、よく考えてみて。君の恋する人のこと」

「何なんですか」


するとカイトは随分居心地が悪そうな顔をした。


「胸に手を当てろなんて。変なことを……、ああ、さては貴方酔ってらっしゃるんで」

「違う。酔ってない。僕は恋について語っているんだ。そして人生について。

これでも君の幸いのために言っているんだよ。兄さんが本格的に馬鹿言い出す前に、ちゃんと彼女を掴まえないと、手を打っておかないとさ、僕のお嫁さんになっちゃうんだぞ……」

「よく、意味が分からないんですが……」


カイトは微妙な表情のまま頭を振った。


「君も案外頑固だな。往生際が悪いと言うか」

「何の話なんです」

「じゃあ聞くけど、君は最近、どう?」

「どうって?」

「つまり、ヴァレリアと。上手くいってるのか?」


するとカイトは少し苦笑いをした。


「いや、お嬢様とはだいぶ会ってないですからね、今頃どうされているのやら。上手くいくも何もないですね。これまで通りです」

「君の心の中に、彼女への愛はある?」


大事なポイントなので、僕は真剣に彼にたずねた。

カイトは昨今の立場上明言をしなかったが、ヴァレリアの話をしているときの表情がまったく嬉しそうじゃないのが、すべてを物語っていただろう。

僕は理解した。


「ないんだね。分かり切ってたけど。だったら」

「アレックス様はどうなんですか? シエラ様」


しかし思わぬカイトの切り返しに、僕は慌てた。


「えっ、なんでそこで君がそれを言うんだ……、それは違うだろう。どういうつもりだよ。いやっ、僕は彼女には何もしてないよ。大丈夫、指一本、触れてない。安心して。手を繋いだのはあれはお墓だったからムードも何もないし、あのとき僕、ほとんどシエラと口聞いてなかったし、頭は撫でたけど気分は馬だったし、それだけ」

「馬?」

「いや、何でもないよ。とにかく僕はシエラに何もしてないということ」

「あらら、本当に? なんでまた」

「なんでって……」


何故かまた僕が質問される側になっていることに戸惑いつつ、僕はすぐ隣にいるカイトの心情を思って彼を見た。

カイトはいつも通り、僕を親しげに見ていた。


「なんでって……、なんでかな……、君、当ててみたら?」

「そりゃ、相手はお姫様ですし、そこらの女のようにはいかないってことかな?

それにそう、やっぱりタティのことがあるからじゃないですか。貴方はすぐに次って切り替えのできる性格ではないし」


僕は頷いた。


「うん、そう……、そうなんだけど、なんて言うか、僕の人生もいろいろと複雑になってきてね。人生が単純だった頃の思考では、処理が追いつかないと言うのかな。

でも僕はまだ捨て切れないんだ。いろんなことを。兄さんのようにならなくてはと、思っているんだけど……」






ぼんやりと、暖炉の爆ぜる火を見ていた。


「まだ起きていらっしゃるの?」


ふんわり可愛いタティの気配がして、間もなく彼女は僕の顔を覗き込んだ。相変わらずの分厚い眼鏡。その眼鏡の奥の、瑠璃色の瞳が僕は恋しい。


「そう。いろいろ考え事をね。大人の男には、悩みが尽きないから」


僕は暖炉前の安楽椅子に腰かけたまま、少し気取って答えた。


「君は先に休んでいて。身体に障るといけない」

「でも、アレックス様は?」

「僕はまだ起きてるよ」

「眠れないのですか?」

「うん、少し」

「チョコレートを?」

「それはタティが食べていいよ」

「じゃあ、ホットミルクをお持ちしましょうか。アレックス様はホットミルク、お好きでしたものね。きっと気持ちが安らぎます」

「いや、それは子供が飲む物だ。僕はこれ」


僕は手に持っていたブランデーグラスを持ち上げて、タティに見せた。

するとタティは微笑む。僕を尊敬したのだ。


「アレックス様ったら、すっかり大人」


僕も微笑む。


「うん、そうなんだ」

「最近は本当にご立派になって、見違えるみたい」

「うん」

「アレックス様が、お元気みたいなので安心しました。わたしがいなくても、ちゃんとしっかりやっていらっしゃるんですもの。貴方はきっと、もう一人でも大丈夫なんだわ」

「そんなことないよ。僕は、君がいなくて寂しいんだ……」


僕はふと思いついて、タティのお腹に手を伸ばした。何だか会話の雲行きがおかしくなって来たので、ここで急遽頭の中の設定を新婚に変更したからだ。


「あっ、赤ちゃんが動きました」


タティが大きなお腹を押さえて、再び無邪気な笑顔になる。


「早く生まれて来ないかな」


僕はすっかり彼女の夫のつもりになって、タティのお腹に触って、わくわくしてはしゃいだ。

しかし僕の手の先に触れているものの感触から、それがカイトの脇腹だと気がつくのに時間はかからなかった。かくして現実に引き戻された僕は、最高に居心地の悪い愛想笑いを浮かべることになった。


「……妄想?」


彼は彼で何か物想いに耽っていたらしいカイトが、酒を飲みながらこちらに目を向け、幾分冷やかに言うので、僕は頷いた。

カイトも理解したようにゆっくり頷いた。


「そりゃよかった。

念のためにお伝えしておきますと、さすってくださっても、俺の腹からは何にも生まれませんよ」

「知ってる。うん、よく腹筋を鍛えてる。いい感じだ」

「どうも」


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