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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第11章 夕暮れロマンティシズム
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第156話 ブランデータイム(1)

随分暖かい日が続くようになり、ときどきカイトと飲む夜もあった。

照明を抑えた窓際の特等席では、春の星座を読み取るには至らないものの、満天の星空を眺めることができた。結構ロマンティックな夜だろう。

最近シエラに星空の話を聞かせたら、この話はどうやらかなり女性に受けがいいらしく、彼女は瞳を星みたいに輝かせて、さっそく観に行きたいと僕にせがんだ。だけど女性と二人きりで夜を過ごすなんて、間違いを起こすつもりもないのにそんなことはどうしたってできない相談だった。

女性を襲うなんて真似は天地神明に誓ってしないと、以前の僕なら胸を張って宣言できたことだろう。でも今の僕は前科持ちだ。そしてシエラはとても魅力的な女の子だ。その上僕に好意を持っているような様子も見える。いつ何時理性が吹き飛ぶか分からない恐さがあって、僕にはできなかった。

自分が信用ならないなんて、こんなことはまったくお笑いだったが、用心に越したことはない。二度と間違いをしでかさないためには、最初から変な可能性のあることには、全然触らないことだ。

先日兄さんの集めていた舶来物の酒を、サイドボードごと大破させた代価のことで、打たれ強いさすがのカイトもしばらくの間落ち込んでいた。

デイビッドはカイトが破壊した一式の代金くらい、払うのに問題ない財産を持っているくせに、奴の問題だと言ってびた一文肩代わりをしようとしなかったし、ジャスティンが兄さんに命じられたと言って、本当にカイトに支払いを取り立てに来たこともあるだろう。

立派な体格をした威圧感のある三十男が金を支払えと迫り来るというのは、かなり悪質な嫌がらせめいていて、側にいた僕が思わず小切手を切った。するとジャスティンはそれを無言で破り捨てた。それでは通らないと彼の目が言っていて、僕らは結構恐い思いをすることになったのだ。

結局後から兄さんは冗談を言っただけと判明して、カイトはすべての取り立てと債務から解放されることになったのだが、ジャスティンはあんまり冗談の通じない性格のようだった。

もっとも兄さんの冗談は、いったい何が冗談なのか判別がつかないことも、しばしばあるのだが……。


「あいつ横暴だし、恐いから嫌だよ」


僕らはそのときの感想を言いあった。


「兄さんには服従するくせに、僕のことは殴ったんだよ。どさくさで」

「ううむ、あれは完全に長男脳なんでしょうね……、年下の奴なんてぶちのめしてやる的な。

でもあのくらいの脅しでびびってちゃいけません。ああいう人間もいるものだと思って、受け流さないとね。でもアレックス様にはかなり敬意を払ってますよ」

「そうかな。それでも酷い奴だ。僕、あいつが身内じゃなくてよかったな」

「閣下は貴方に甘いですからね」

「いや、それほどでもないよ。でもはした金で嫌がらせに来ることはないからね。ジャスティンより器は上さ。

まあ、兄さんはケチじゃないからね……、頼めばお金をくれるタイプだ」

「そりゃ貴方だからでしょ」


曲がりなりにも八年のつきあいになる僕らだが、こんなふうに深夜に酒を酌み交わすような親密な友情関係を持つことになろうとは、少し前までは想像してみることもなかったことだ。

僕は日が暮れると定時に夕食を済ませ、部屋に戻って一人で読書をするか、タティと一緒に編み物をしたりする、非常に地味な青春を過ごしているばかりだった。

でも僕はそれを不幸だと思ったことはなくて、僕には居心地のいい時間の過ごし方だった。行動からしておっとりしているタティと、人形の服を作ったり、明日のおやつの相談をしていた頃のことを、今でも懐かしく思い出す。

だけど今の僕ときたら、まるで暖炉の前でブランデーを傾ける憧れだった兄さんのようではないだろうか?

僕らはその夜、居城の小広間で、召使いにブランデーを用意させ、ひたすら話し込んでいた。盛り上がるのはやっぱり何と言っても女の素肌についての話だが、そのときはルイーズにしてしまったことの罪悪感が拭えずに、そのての話題は避けるようにしていた。

暦の上では春とはいえ、まだ暖炉が必要な冷え込む宵だ。やがて僕らは最初にいた近くのテーブル席から移動して、暖炉の前の毛皮の敷かれた床に座った。

今夜は兄さんの上等の酒を飲んでいることだし、シエラのことをどう思っているのか、打ち明けてくれないだろうかと少し期待していたが、カイトもまたその話題を避けているのかもしれない。いつまでもその話が会話にのぼることはなかった。

正直に言えば、そのことについては僕は少し混乱をしていた。たぶん、シエラみたいな美人に理想の男だと言われて悪い気分がする男はいないだろうと思うが、僕もそのうちの一人だった。

シエラのことはジェシカやジャスティンも評価をしていたし、何より兄さんが僕の花嫁だと言って押しつけるくらいだから、彼女の清純や貞淑は折り紙つきだろう。

このままいくと、僕はシエラと結婚するような流れになってしまうんじゃないかと思うのだが、そうなる前にこの話を一度きちんとカイトと話し合いたかった。

シエラは自分の物だと宣言するなりして、カイトを追っ払いたいと思わないのは、僕はシエラは綺麗だと思うけど、それだけだと思っているからに他ならない。

でもあんなすごい美人に好かれた経験なんてなかったから、やっぱりちょっと鼻が高いのも本当だった。兄さんではなく僕を選ぶところも、彼女はかなり目が高いと言えるだろう。僕を王子様なんて口に出して言ってしまうあたり、いかに世間知らずの純真な娘かということもよく分かる。悪くない相手なのだ。差し当たって欠点が見当たらない。

自己主張の仕方も可愛いものだし、性格も可愛いし、顔も可愛いし、あれは絶対赤ん坊はキャベツ畑になると思っている口だろう。お兄様と結婚できると思い込んでいたなんて、そしてそれが駄目だと知ったら悲しくて泣いてしまうなんて、どれだけお姫様なのかと呆れてしまうほどの純粋さだった。と言って教養はそれなりに身についていて、家柄もいいわけだから、妻にするのにはもってこいのタイプだろう。

だから、カイトのお嫁さんになってくれたら、いいと思うのだが……。


「ゲイリー伯の件、あれやっぱり結局お咎めなしだったんですってね。陛下にしてみりゃ、伯爵同士が決闘したくらいの些細な認識なのかもしれませんが。

でもひとつ報告の仕方を誤ると、生命を落としかねないことですからね。上手いこと、ウィシャート公爵一派からの離反の手土産にでもなさったんでしょうかね」


カイトは僕の気も知らず、慣れた手つきでグラスを傾けていた。


「てことは、閣下は本気で王子様側についたわけですよね」

「そうなるね」


僕は頷いた。


「じゃあ、そのうち王子様の私的なパーティーなんかにも呼ばれるんでしょうか。閣下はよく、ウィシャート公の私用にも呼ばれていらしたようだし」

「たぶんね。気に入られれば、個人的なつきあいだって持つことになるだろう。まあパーティーなんてものを、殿下が好む御性格かどうかは分からないけど。

でも相手がどんな方だろうと、必要があるなら兄さんはたぶん上手に取り入るだろうさ。

それより君、ちょっと言いたいことがあるんだけど」


僕はカイトがまたどうでもいい話題に移行する前に、話を切り出すことにした。


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