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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第11章 夕暮れロマンティシズム
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第154話 姫君の理想の王子様(2)

「怒ってるの?」


僕はできるだけ優しくシエラにたずねた。

シエラは大きな瞳を僕に向けたまま、小さく頷いた。


「それは、どうしてかな?」

「……」

「デートが駄目になったから?」


シエラは頷いた。


「そうか、ごめんよシエラ、本当にね、わざとではなかったんだ。君とのデートを、僕は本当に楽しみにしていたし、きっと楽しい時間が過ごせると思って、この週末が来るのを指折り数えていたんだよ。

こんなことになってしまって、また約束を駄目にしてしまったことを、シエラは怒っていると思うけど……」


僕に抗議を向けるシエラの瞳は、少しタティを思い出させた。顔に影が差しているとき、シエラの瞳の色はもっと深くなって、タティの瑠璃色に近い色になって見えていた。でもタティは僕の服を引っ張るなんてことで、自分に関心を向けさせようなんてことはできない女の子だったのだが。

タティは僕に文句を言いたいことがあっても、黙って耐えていたのだろうかとふと思った。

彼女は立場上、僕にこんなふうに不満をぶつけることなんてできなかった。たまには喧嘩になることもあったが、それも成長と同時に少なくなっていった。大抵、タティの抗議方法は泣くしかなかった。反抗したり、こんなふうに拗ねてみせるなんて、タティの身分では許されることではなかったからだ。

でもきっと本当はたくさん文句が言いたかっただろう。

マリーシアのことやエステルのことで、おまけに最後には病気にさせられて、死ぬほど僕を罵りたい気分でいるに違いない……。


「悪気はなかったんだ……、僕はいつも……。いつもいろんなことを、いろんな重要なことを、後から気づいてばかりなんだけど……」


するとそれまで頬をふくらませていたシエラがまばたきをして、戸惑った顔をしたので、僕は我に返ってそのままたたみかけた。


「君さえ嫌でなければ、デートはまた日を改めては貰えないかな?

今日はデートできないんだけど、できればシエラには笑顔でいて欲しいな。そんなふうにしていると、みんながおかしく思うよ。

それに、君は笑顔でなくても可愛いけど、笑顔だともっと可愛いって知ってた? だからもし機嫌を直してくれるなら、嬉しいんだけど……」


僕はそう言って、シエラの髪に手を伸ばした。拒否されたらどうしようかと内心では動揺していたが、幸いなことにシエラは抵抗はしなかった。こんな表現をするといけないかもしれないが、僕は動物を手懐ける心境で、シエラの頭を撫でた。

これは乗馬するとき、不安がっている馬を安心させるときに、彼らを撫でてやる要領だ。できるだけ、僕が恐れていることを知られないように。それを知られると馬はもっと不安になるから、僕はいつもよく気をつける。そしてそれはたぶん上手くいった。


「アレックス様……」


シエラは頬を染めて、目に見えて嬉しそうな顔をしていた。

僕に撫でられた頭に触れ、やがて僕に微笑んだ。


「貴方ってお兄様みたい」

「お兄様?」

「ええ」


シエラは僕を見上げて言った。


「ロベルト様もシエラの頭を……、こうやって撫でてくれていたんだね」

「ええ」


シエラの返事に涙が混じった。


「まるで私のお兄様が、いてくださるみたい……」

「僕は彼に似ている?」

「ええ」

「どんなところが似ているの?」

「優しくて、物静かなところ。背が高いところ……」


シエラは僕を懐かしそうにみつめていたが、それはすぐに泣き顔になった。

僕は女性を泣かせてしまったかと焦ったが、どうすることもできなかった。


「少し気弱なところも、貴方はまるで、私のお兄様みたい……」


そしてシエラは少しの間うつむいていた。

やがて目をこすり、また僕を見た。


「ごめんなさい、私……」


シエラは長い乳茶色の髪を揺らし、僕に微笑んだ。


「貴方を見ているとお兄様を思い出してしまって。私のばらばらになってしまった家族のことも。

それに貴方はまるで、私の理想が現実になったみたいな人なの」

「えっ、理想?」

「ええ」


シエラは頷いた。


「私のお兄様はね、本当に、とても内気な人でした。うんと年下のフレデリック様に、情けない、しっかりしろって、怒られてしまうくらい。

私のお兄様はまるで心細いお姫様みたいな人だったの。頼りにできる側近もいなくて、いつも臣下たちに馬鹿にされていて、それにとても繊細で……、心がガラス細工みたいに傷つきやすい人だった。

だから私、いつも思っていました。どうして私が男の子に生まれることができなかったのかしらって。そうすれば、泣き虫のお兄様のことを守ってあげられたのにって。

男の子に生まれることができたら、きっと恐いものなんて今の半分になって、その代わりに強い心と身体を持てるわ。だからお兄様の代わりに、お兄様を悲しませる全部と、戦ってあげることができるのにって……」


シエラは懐かしむように切ない微笑みで、僕を見上げた。


「アレックス様はね、貴方は……、お兄様がせめてこうあってくださったらって、私がずっと願っていた通りの人なの。

私、お兄様には強くなって欲しかったけれど、それほどものすごく強くなって欲しかったわけではないのよ。だって、そんなふうになってしまったら、お兄様のいいところや、素敵なところが消えてしまうでしょう。乱暴でがさつな人は嫌い。優しくて、ロマンティックな人が好き。だから……」


シエラは目元を拭い、再び僕をみつめた。


「貴方は私にとって、最高に理想の王子様なの。

妹はどんなに頑張ってもお兄様のお嫁さんになれないって知ったとき、とてもとても悲しかったわ。私、とってもたくさん泣いたのよ。神様にそれを取り消してって、何度も何度もお願いしたの。でも叶わなかった。

けれど……、今ならその意味が分かります。

神様は貴方に出会うことを私に用意していてくださったんだって。お兄様に似てるけど、でももうちょっと理想的な貴方に出会うことを。

私、やっとね、その意味が分かったの……」


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