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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第11章 夕暮れロマンティシズム
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第146話 冬の終わり(1)

冬の終わり、僕はカイトとシエラを連れて兄さんの執務室前にいた。執務室には先客があるようなので、僕らはそのまま話し込んで待っていたのだ。

他愛のない世間話をしているようにみえて、カイトが僕にもシエラにも気を遣っているのが、今の僕にはよく理解できた。彼は周りの人間に、本当によく気を配っているのだ。僕やシエラがあまり社交的な人間でないということもあるだろう。

どちらかでも会話から脱落したり、気分を悪くしてはいないか。誤解を招きそうなことをどちらかが言えば、彼は素早くその注釈的な言葉を入れたり、自分を悪者にするかして、その場を円滑にした。確かに口数は多いほうなのだが、よくよく注意して聞いていると、彼は余計なことは一切言っていない。兄さんが彼を買っているのがなるほどと思える、実に模範的な姿勢だった。これを煩いとだけ思って切り捨てていた僕の心の狭さのほうが、かなり問題があったのではないかというほどに、彼は常に神経を遣っているのだ。

僕は、唯一の同年代の同性の友人であるカイトに対しては、いろいろと思うところがあるのだが、それはまた別の機会に考察しようと思う。

その頃の僕の毎日は、そして人生は無情に続いて行く、という何かの小説の印象的な台詞を、そのまま地で行っている心境だった。心は相変わらず真冬のように塞いでいるのだが、無情なことに廊下の窓から差し込む日中の日差しが、もう真冬のそれとは違っている。

タティの病状はよくないと聞いていた。

人間には生まれ持った生命力と言うものがあり、タティは生まれつきそれがそれほど強い人間ではないとルイーズが言っていた。同じ病に罹った若い娘でも、ギゼル様のように数年生き長らえることができる者もいれば、一年も持たずして死んでしまう者もあると。


「ランベリー領では果物が美味しいの。林檎の実が特産なのよ」


ふと、僕の横にいるシエラが言った。彼女の故郷の話をしていたのだ。彼女の頬は健康的な薔薇色で、彼女の美しさをよりあでやかに引き立たせていた。睫毛の長い目元ときたら、まるで妖精が宿っているようだったし、彼女の青く深い色をした眼差しは、人々の間でよく宝石のようだと褒め讃えられていた。そこにいるだけで人の目を楽しませてしまうシエラのような女性を、美貌と言うのだろう。僕としても、ふとした拍子に、思わず視線がシエラに向いてしまう。

目があうと、シエラは恥ずかしそうに微笑んだ。

彼女は割と人見知りをする性格のようなのだが、最近ではさすがに僕とカイトには慣れてきてくれたようで、それは有難いことだった。

休日なんかも、あまり用がなくても僕の視界に入っていることが多くなっていた。タティがいなくなったので、僕の部屋に近寄り易くなったということもあるのかもしれない。ときには甲斐甲斐しく紅茶を淹れてくれることもあった。ウィスラーナ家の秘密のお茶の淹れ方だと言って、魔法でもかけるようにシエラが淹れてくれたお茶は、なかなか美味しかった。美少女がいる風景というものは、率直に言って悪いものではない。

悪いものではないのだが……、彼女は今日もまた青い長衣に、髪にはエメラルドの髪飾りをしていた。そして香水はオールドローズ。別に不満はないのだが、よくよく観察するまでもなく、誰に憧れているんだと、言うまでもないような出で立ちだった。


「林檎?」

「ええ。お兄様の好物だったの。それに林檎のお酒とか、紅茶とか、デザートとか。美味しいの。お兄様、大好きだったのよ。アレックス様も、是非召し上がって」

「そうだね」

「本当よ」

「うん」

「アレックス様は、お酒は召し上がるの?」

「いや、最近は……、あまり飲まないよ。飲んでもいいことないからね」

「真面目なのですね」

「真面目?」


シエラが僕を褒めたような気がしたので、僕はちょっと調子に乗りそうになった。でもたったいま隣にいる大事な友人が心密かに想いを寄せる女性に、あんまり不用意な反応はできない。僕はカイトに話を振った。


「ねえ、僕って真面目かい。自分ではあんまり……確かに最近、僕ってすごく健全な生き方をしているって思うけど。努めてまっとうな人間になろうって気持ちは持っているかな。でも健全って言ったらどうしたって君だよね」

「健全?」


カイトは自分を指差した。それから、自虐的な顔をして僕を見返した。


「確かに、俺ほど善良で健全な男もないでしょう……」

「言えてる」


僕は自分で言っておきながら納得した。


「ひどい」

「うふふ」


ふとシエラが口許を押さえて笑った。彼女がここまで楽しそうな様子を見せるのは珍しいことなので、僕もカイトもシエラに注目した。


「おや、面白かったですか?」


カイトがシエラにたずねた。

シエラは頷いた。


「ええ、だって、何だかお二人って、とっても仲よしなんですもの。見ていたら、私まで楽しくなってしまったの」

「仲よしだって」


僕はカイトを見た。


「そりゃ、我々は仲よしグループですもん」


カイトは親指で自分を示して言った。


「カイト、君、いつの間に僕の仲間になったんだ?」

「ん、八年くらい前から?」

「いや、そうじゃないよ。僕としてはここ最近ようやくだな。ようやく顔見知りの域を脱したと言うか」

「アレックス様、俺のこと親友って言ったの憶えてます?」


ふとシエラが言った。


「私も仲間に入れて欲しいです」


僕たちは再びシエラに注目した。


「仲間?」


僕は思わずたずね返した。何故なら僕には仲間という概念がいまいち掴めていないからだ。カイトのことはさすがに友人とは思っているが、今の話だって只の言葉遊びのつもりだったのに、シエラが何かいいものをみつけたような、憧れたような顔をしているので、どう対応していいのか分からなかった。

そもそも仲よしグループとやらだって、兄さんが勝手に制定したものなのだ。


「いいですよ」


でもカイトが愛想よく勝手に応えた。


「シエラ様なら大歓迎」

「よかった。あっ、でも、この仲間には、アレックス様とカイトさんの他に、誰か仲のいい人はいらっしゃったり……、するのでしょうか?」

「そうですねえ、誰かいますか?」


本当は分かり切っているくせに、カイトは僕の面子のためか、わざわざ僕にたずねた。

僕は首を横に振った。


「いや、特にはいないよ」

「嬉しい」


シエラは手を合わせて明るく微笑んだ。


「では、私が三人目の仲間なのですね」


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