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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第10章 涙の物語
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第140話 涙の物語(5)

けれども翌年早々アディンセル伯爵家で催されたパーティーの場面で、ルイーズがあまりにも残酷な運命の足音を聴きつけることになった。当時のルイーズはその男の正体を知らなかったようだが、大人である僕には見覚えのある顔だった。

会場では弦楽器による古典音楽が流れていた。今とは少しだけ流行の違うドレス姿の女の人たちや男の人たちが、今と変わらないパーティースタイルを楽しんでいた。

ルイーズは長い金髪を丁寧に編み上げ、年齢より少し大人びたドレスを着ていたが、その表情は青ざめていた。彼女は賑わうパーティーの片隅で彼が父上にとんでもないことを要求しているのを見つけ、震えていた。

この無邪気な少女の好奇心が、彼女に悲劇の始まりをいち早く知らせてしまうことになったようだった。これはルイーズが、固唾を飲んで聞いていた会話だった。

そのときルイーズはまだ子供だったが、姉であるアレクシスよりもずっと魔術師としての能力が高いと評されていた彼女には、遠く離れた距離にある他人の会話を聞き取ることなど、何でもないことのようにできることだったのだ。


「構わないだろう、伯爵」


賑わう宴を背景に、まだ青年のウィシャート公爵は、その整った顔を悪意と期待に歪めて父上に迫っていた。

惚れ惚れするような長身の美青年公爵は現在の兄さんと同等かそれ以上の華麗さで、たくさんの女性たちが彼を取り巻いているのだが、女性に対する扱いは兄さんとは比べ物にならないほど傲岸不遜だった。たまたま行く手を遮っている女の身体を、その逞しい腕で蹴散らしてしまう横暴さだったのだ。

しかし、それでもなお女性たちは健気に彼に追い縋っていた。床に押し退けられた女性でさえも、彼に腹を立てるどころか、ウィシャート公爵の名前を呼び彼を慕っていた。男も所詮は顔なのかと、そう思いかけてから、彼女らがこう言っていることに僕は気づいた。


「ああ、なんてご立派な未来の国王様!」


この当時、現王陛下にはフェリア王女という十代前半の姫君しかおられなかった。この頃にはまだ王妃様も健在であり、弟のフレデリック王子殿下は、御生まれになっていなかったのだ。

だから王弟の息子であるトバイア様の戴冠を阻む者はなく、トバイア様は美貌の青年公爵というだけじゃない、彼こそが次の国王とほぼ目されている、とんでもない権力への期待を集めている立場にあったのだ。


「アムブローズ、いいではないか。あの美しい娘を私に寄越せ」


父上に近寄った公爵が言うその娘というのが、ルイーズのことであることは僕にもすぐに分かった。


「田舎娘としては考えられん器量のよさだ。だから悪いようにはせんよ。可愛がってやると言っているのではないか」


彼女は本当に、王都でもそう見かけないほどの華やかな容姿をしていたから、その日のパーティーで目立ってしまい、来訪していたウィシャート公爵に目をつけられたということのようだった。


「一晩、ということですか?」

「一晩じゃない」

「では、妻にご所望をなさっているのですか?」


困惑気味に父上がたずねると、公爵は年長の父上を嘲笑った。


「おいおい、我が慰み者にするに決まっているではないか。私は次の国王になる男だぞ。望めばあのフェリア王女とて我が掌中に収められるのに、何が悲しくて田舎貴族の娘を妻にする必要があると言うのだ」

「閣下……」

「おい、でないとおまえ、このアディンセル家が大変なことになるとは思わないか? 陛下の御不興を買い落ちぶれたこの伯爵家から、所領の幾つかを取り上げてしまおうという案だって、出ているのだ。

今日はその目的でおまえの鉱山を視察させて貰ったが、あの鉱山は良質だな、この間も陛下とお話したとき、陛下はたかだか伯爵が豊富に鉄鉱を生み出す山を所有していることを疑問に感じておいでだったよ。

アムブローズ、私の言い分はおかしいかな。次の国王となるこの私を敵にまわすなんて、とんでもないことだ。しかも私はおまえを救ってやろうと言っているんだよ。

私の魔術師が言うには、おまえの倅はなかなか良質な星に恵まれているとのこと。それに二百年前にアディンセル家に降嫁したオーロラ王女の血が濃いのだそうだ。

おまえごとき年寄りの凡才では話にもならんが、あいつは育てば逸材らしい。王たる私の手下と据えるにも不足がないと言うから、こうして目をかけてやろうと持ちかけてやっているんじゃないか。

だがそんなことをしていると、老い耄れのおまえが死んだ後、右も左も分からない子供のギルバート、あの小倅が、さぞかし苦労することになるんじゃないかな」


公爵は、アディンセル家に圧力をかけ、潰すこともできると脅しをかけていた。そして地方領主である父上には、国王の甥でもある公爵から持ちかけられたその話を、受け入れるより他にはないということも僕には分かっていた。

父上がその話を承諾すると、ウィシャート公爵は嗤った。


「楽しみだ。久々の上玉だ、腕が鳴る。

本日は頭の堅いアークランドの奴が一緒なので引き取れないが――、近いうちに貰い受けに来るよ」


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