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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第10章 涙の物語
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第136話 涙の物語(1)

ルイーズが跪く僕の胸に手を当てて間もなく、僕の心の中に何かの映像が広がり始めた。それがルイーズの魔法であることは僕にも分かっていた。

間もなく、広がり始めた世界の中に、黒髪の利発そうな少年が現れ、僕はその少年の顔つきからしてそれが兄さんであることを理解した。兄さんは年齢よりも随分大人びているように思えたが、彼はこのとき十一歳だとルイーズは言った。これは過去の出来事だとルイーズが僕の耳元で注釈を入れた。


「話をするより、ご自分の目でご覧になったほうが理解もしやすいでしょう?」


ルイーズは相変わらず媚薬のように囁いていた。

ほどなくして僕は、完全にその世界の中に入り込んだ。僕の目の前を、子供の兄さんが勝気に、そして明るく笑って、何人もの少年たちを引き連れたガキ大将のように振る舞っているのが間近で繰り広げられていた。見渡すと、そこは居城内の見慣れた風景だった。内装は今と少し違っているところもあるのだが、ほとんど変わっているところはなかった。

兄さんは昔から人を顎で使うのが上手かったことが面白かった。ルイーズの心境が反映されているのだろうか、そのとき世界は懐かしい幸福感にあふれ、十名ほどの少年たちは誰もが兄さんの言うことに従っていたが、その顔ぶれのほとんどは今でも兄さんの側に仕えている軍属の家柄の騎士たちだった。今では僕を可愛がってくれたり、真面目にしている大人連中が、皆子供の姿をしているのは奇妙なことだった。

彼らが兄さんを慕っているのは、その忠誠が恐怖によってではなく、信頼によってであることも楽しげな表情から見て取れた。兄さんは幼い頃から強いリーダーシップを持っていたのだ。その一群の中にはジェシカも混じっていたが、彼女が時折兄さんのことをぼうっとして見ているのも僕には分かった。この当時から彼女は兄さんを慕っていたのだろう。

やがて場面が変わって、そこは兄さんの私室のようだった。ほどなく長い金髪の少女が、兄さんの側に駆け寄って彼を出迎えた。それはルイーズだとすぐに分かった。彼女は確かに金髪をしていて、顔を覗き込むと、ルイーズは本当に美しい少女だった。現在のような艶かしい色気はないが、大人びた髪留めをしていたり、ピアスをしていたりして、その年齢の子供としては何となくお洒落な感じにしているのが分かった。子供の頃の彼女は活発に笑う元気な性格のようだった。でも兄さんの腕に飛びついて、なれなれしくしているのは今と変わらなかった。

それから、おっとりした様子でもう一人、長い金色の髪の少女が兄さんに歩み寄る様子を見つけることができた。彼女は雰囲気がとても清楚で、僕は彼女を知らなかった。ルイーズに似ているのだが、表情はもっとずっと内向的な感じがした。瞳の色はブルーグレイをしていた。ルイーズと違って兄さんに絡みついたり、冗談を言って笑わせるようなことはしなかったが、ルイーズに劣らない素晴らしい美貌だと僕は思った。

兄さんが、それまで笑ってふざけていたルイーズから視線を離し、吸い込まれるような顔をして彼女を見ているのが僕には分かった。子供の頃のことであるとはいえ、兄さんが女性を見てあんな顔をするなんて、僕にとっては意外なことだった。


「ただいまアレクシス」


兄さんはその少女に歩み寄り、とても優しく微笑みかけた。


「お帰りなさい、ギルバート様」


アレクシスと呼ばれた少女が言うと、兄さんははにかんで頷いた。横でルイーズが自分は邪魔者なのねと頬をふくらませていた。でも本当に腹を立てているわけではなく、二人のことを祝福しているような気持ちが伝わっていた。

兄さんは子供の頃から身体が大きく、どうやら二歳年上らしいアレクシスよりもその当時既に背丈が大きかった。

それから、また風景が変わって、兄さんはたぶんそんなことは好きではないのだろうが、ルイーズとアレクシスにつきあって人形遊びをしたり、花摘みを手伝わされている姿が見えた。


「お花屋さんだと……ううっ、なんてことだ。武器商人では駄目なのか」


おさげの人形を持ったまま、兄さんが情けない顔でぼやいていた。でもすぐにルイーズとアレクシスに却下されていた。


「軍部の武器を横流しする地下組織で、仮の姿がお花屋さんでは駄目か。店主は元特殊部隊、店の裏側にはそのコネクションから特殊部隊御用達の軍刀専門店があって……」

「駄目よ。どうしてそう発想が野蛮なのかしら」


ルイーズが言うと、兄さんは首を横に振った。


「駄目だ。そうでなければ私は一抜けさせて貰うぞ。この私が女の言うことなんか聞いていられるか。相手をして欲しければ、おまえが私に従え」

「普通のお花屋さんでお願いします」


でもアレクシスが言うと、兄さんは即座に首を縦に振った。


「分かった。美しいおまえがそう言うなら……、私は花屋だろうが機織りだろうが、どんな役柄でも演じてやるぞ。だからそんなに悲しそうな顔をしないでおくれ。アレクシス、私はおまえの笑顔のためならばどんなことでもしよう」

「その露骨な態度の違いは何よ。ギルバート様のバカッ」


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