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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第10章 涙の物語
133/304

第133話 罪業(2)

「何だって?」


僕はルイーズを冷ややかに見た。


「おまえは、今なんて言ったんだ? 僕を何だって、精神が未熟な子供だって?」


僕はルイーズに大股で近づくと、その細い両肩を強引に掴み、彼女を馬鹿にするように顔を近づけた。


「もう一度言ってみてよ、僕が何?」

「貴方は子供過ぎて、お話にならないと言っているのよ。

私はいつも貴方を見守ってきたけれど、貴方は幼い頃から本当に心が繊細で、それにとても傷つきやすくて、上手く育ってくれるかどうか心配していたほどだった。

それでも、近頃は上手くやってくれていると思っていたわ。カイト様は貴方にとって本当にいい友人になってくれているし、貴方もやっと一人前の貴族としての自覚が出てきたものだと喜んでいたの。

それなのに……、私情で伯爵様を殺害しようなんて。一時の混乱について、落ち着いて考えてみるということもせずに、後先さえ考えずに衝動のままに動くなんて。

アレックス様の考え方は、子供と同じなのよ。全体を見ていないわ。よくお勉強ができる頭のいい子だから、多くの人がそこに気がついていないけれど、貴方は感情的にはとても未熟で幼いわ。

だから普段はお勉強で養われた利口さが助けていても、ストレスが加えられると極めて拙い行動に走ってしまう。ギルバート様が、過保護にし過ぎたのがいけなかったのね」


僕はルイーズのこの無礼に、黙ってはいられるわけもなかった。

怒りのままに彼女を近くの本棚に押しつけると、声を荒立ててこう言った。


「ルイーズ、おまえはいったい何様なんだっ……?

たかが女が、この僕に対してそんな口をきいていいとでも思っているのか?」

「そういう、どうしようもないところばっかりギルバート様に似ちゃって。

温和でお優しい貴方の根底にあるものが、本当はよっぽど権威を重んじる男尊女卑思想であることは分かっていたわ」

「おまえには良心ってものがないのか? おまえは僕がタティを抱けば、タティが死んでしまうってことを分かっていながら、あの初秋、兄さんにタティとの結婚を許して貰おうとする僕の気持ちに理解を示したふりをして、僕を騙したんだ。それがどんなに罪深いことか分かっているのか?

それにエステルのことだってそうだ。彼女が妊娠していたかどうか、あのときは結局、誰一人確かめるということをしなかった。この城には医者が常駐しているのに、彼を呼ばなかったんだ。

あまつさえおまえが想像妊娠だと決めつけるようなことを言うから、兄さんがそれを信じてしまった。もしかしたら、本当は妊娠していたかもしれなかったのに、誰もそのことを疑おうともしなかった。

結局は、エステルに妊娠されていては困るから、真偽を確かめるということをせずに抹殺したってことなんだろう? 僕の子供であれ、兄さんの子供であれ、そんなことが起こっては厄介だったんだ。だからおまえはジェシカが兄さんのために手を汚しているように、精神面で兄さんの罪を被ったんだ」


僕の言い分に、ルイーズは同意も否定もしないような調子だった。


「精神面で罪を被るくらい、何ということはないわ。私はあの方のためならどんなことだってする。それは、忠誠心でもあるし、私のあの方へのせめてもの贖罪でもあるからよ。

あのお嬢さんが本当に妊娠をしていなかったかどうか、確かめることをしなかったことに正義を見出せずにそんなことをおっしゃっているのか、それとも単に自己の精神衛生のために気になるだけなのか分かりませんけれど、私がギルバート様に嘘を申し上げることはないわよ。どうしても都合が悪いことは、黙ってやり過ごします。

先日の吹雪の日、あの威勢のいいお嬢さんが貴方のところに妊娠したなんて訴えに来て、騒ぎを起こしたりしなかったならば、貴方があのお嬢さんと一夜を過ごしたことを、私は私の裁量で黙っているつもりだった。タティに対してだって、貴方が何ヶ月も結婚して欲しいと言い出せずに、ずっと日々を浪費していらしたことも、私は今でもギルバート様にお伝えしていないわ。言えばあの方がどういう行動に出られるか、私はよく知っているからよ。

だけどそれでも、私が主君に対してお伝えする言葉について、偽りを含めるような真似はしない。

だから貴方のそのおっしゃり様は、私の伯爵様への忠誠に対する酷い侮辱だわ」


そしてルイーズはきっぱりと僕を睨み返した。彼女が一向に僕を恐がりもしなければ、許しを乞おうともせず、それどころか僕を子供だと馬鹿にし続けるので、僕はとうとうこの怒りを抑え切ることができなくなった。


「ルイーズ、おまえがそんなふうに偉そうな口をきいているのは、兄さんの女だからだということは分かっているんだ」


僕は言った。


「多少身分があるとは言っても、日頃から売春婦みたいな節操のない身なりをして、尊敬を得られる道理なんかない。それなのに、誰もがおまえに分不相応なほどの敬意を払っている。おまえが誰からも一目置かれているのが、どうしてなのか。

それは、おまえが国内でも力のある伯爵の女だからだ。それも半年やそこらで使い捨てされることのない正真正銘のね。

でも僕がおまえに手を出したらどうなるのかな……?」


僕はルイーズの、相変わらず形のいい赤い唇だけを見ていた。唇の中の彼女の舌の動きが見えるたびに、何度それを塞いでしまいたくなっていたかを僕は思い出していた。

そう、僕は前からこの女が気になって仕方がなかったのだ。兄さんの持ち物だと思えばこそ、仕方なく我慢をしていただけだったのだ。だけど彼女は美しかった。魅力そのものだった。そして僕は眺めるだけでは飽き足らず、常々この生意気な女を征服してやりたいと思っていたのだ。


「アレックス様? 何を言っているの?」

「やっぱりエステルみたいに兄さんの怒りを買って、殺されるのかな」


僕はそう言うと、ルイーズの両手を掴み上げて本棚に押しつけ、強引にルイーズにキスをした。タティにするときとは違う、遠慮のない嫌がらせのようなやり方だった。

いきなり舌を捩じ込んだことにはルイーズもさすがに驚いたようで、身体をよじらせて僕を拒否しようとしたが、女の抵抗なんてあってないようなもので、僕はルイーズの身体を押さえ込み、そのまま無理やりキスを続行した。


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