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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第10章 涙の物語
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第122話 腕の中の僕のタティ(2)

「君は頭がおかしいのか? 幾ら何でもそれはやりすぎだ。あまりに酷いよ。

駄目だ、こんなんじゃ。僕はこういうことに口出ししたくなかったけど、これはもう見ていられないよ。

ヴァレリア、僕は君がカイトの妻になることには反対だ。悪いけど、カイトが不幸になるのを見過ごせない。だからこの結婚はなしだ。カイトには別の、もっとおとなしくて優しい、カイトを大事にしてくれる女をやりたいから、君も適当な縁談をみつけて」

「はあっ!?」


ヴァレリアは振り返って抗議の目を僕に向けたが、僕は怯まなかった。


「アレックス様貴方、貴方にそんな口出しができるとでも思っていらっしゃるの?」

「できるよ。兄さんとデイビッドには僕から言うよ。すんなりとはいかないだろうけど、僕はこの件に関しては、駄々を捏ねてでも訴えたいくらいだ。とにかくこれはないよ、君。そんなことじゃ、カイトが安らげる場所がないじゃないか。

まったく酷い女がいたものだよ――、呆れて物も言えない」

「ふざけないで! だって、これは下男なのよ。わたくしとこの男とでは、まったく対等な関係じゃないのよ。

貴族に逆らう反抗的な平民に対する対応としては、こんなことは寧ろ甘いくらいだわ。主人に逆らうなんて、殺されたって文句が言えないことなのよ。このくらいのこと、当り前じゃない!」

「違う。カイトは貴族で、君の夫になる男だ。君がカイトの主人だったのは過去の話だろう。彼がウェブスター家の籍を得る前の一時期そういう上下関係にあったかもしれないが、でも基本的にはそもそもカイトは君の義兄だったはずだ。その考え方は最初からおかしい。

そして、これからは彼が君の主人になるんだよ。次の男爵様だよ。何を言っているんだ」

「いいえ、平民よ!」

「ああそう、君の中ではそうなんだろうね。じゃあそれでいいじゃないか。君は一生そう思っていれば。

でもここでの評価はもうそうじゃないんだよ。カイトは僕より優秀で、弟の僕より兄さんに気に入られてるくらいさ。彼がもし金髪女だったら、今頃はベッドに引きずり込まれてるだろうってくらいね」

「いや、それは勘弁してください」


カイトが撲たれた頬を押さえながら、真面目に言った。


「何ですって?」


ヴァレリアが浮気を疑うような顔をしてカイトを見た。


「おまえまさか、伯爵様と寝たってことっ!?」

「それくらい評価が高いっていうことさ……」


そのせいで想像力が豊かな僕は、憤慨する気持ちを殺がれたのと、ちょっと気分が悪くなって発言を訂正した。


「とにかく、そういうことだから……、結婚を破談にされたくなかったら、ヴァレリアはもっとカイトを大事にするべきだよ。そうやっていつまでも可哀想な扱いをするなよ。彼が周りから嫉妬混じりとは言え平民だって馬鹿にされている、これを君が一緒になってやってどうするんだ。

カイトの妻になる女なら、彼を庇って、励ましてやるのが本当なんじゃないか。

タティは僕のことをそんなふうに酷く言うことなんてないよ」

「あの芋娘は、玉の輿に乗ろうと必死だからよ!」

「タティはそんな女じゃないよ」


僕はむっとして言った。


「とにかく、デイビッドがカイトを女婿に決めた以上、彼は君の夫になるんだ。何にしても君はこれからはカイトを頼らなくちゃいけないようになるんだから、そうやってカイトに意地悪なことを言うのはやめて、もっと優しくなったほうがいいよ。女の人は優しいほうが可愛いんだから」

「そんなこと、わたくしは認めないわ!」


ヴァレリアは叫んだ。


「どうしてわたくしの結婚なのにわたくしの意見が無視されるのよ!」

「君の将来を思えばこそじゃないか。カイトと結婚をさせれば、デイビッドは君をずっと自分の手元に置いておけると考えたんだろうし、自分の血筋を家系に残すこともできる。

それに君は今後もウェブスターの名前を名乗って、お嬢様として君臨していられるんだからいいこと尽くめだ」

「だからって、どうしてカイトと結婚しなければいけないのよ!」

「どうしてって、だからいま理由を言ったじゃないか……」

「それにわたくしは貴方と結婚するって言ったはずよ!」

「いや、それはどう考えてもあり得ないよ。僕は証書にサインしないし」

「世間知らずのお坊ちゃまのくせに、分かったようなことを言わないでよ!」


ヴァレリアは理不尽なことを言って、いっそう声を張り上げた。


「わたくしはボンボンの貴方なんかと違って、いつだってまともなことを言っているわ。

そうよ、本来わたくしはすべてのことにおいて並みの男より、カイトより上なのよ!

だけどわたくしは女だから、実力を正当に評価して貰えない。でもわたくしが男だったら、絶対こんなことにはなっていない!」

「それはどうかな」


ヴァレリアの言い分に、僕は思わず笑った。


「僕、君の考えって変わってて面白いと思うけど、ヴァレリアは男だったとしてもあんまり社会に出るのは向いてないと思うよ。だって君、びっくりするくらい自分の都合でしか物事を考えられないだろう。

それが何であれ、相手の心情を考えられないそういうやり方は、他の人間の気分をとても悪くさせることだ。第三者のことすらね。君に侮辱されて、まさかカイトがいい気分でいるとは思わないんだろう?

つまり君は気が強くても、まったく世間向きじゃないんだ。だから親族に若い男子が皆無のウェブスター本家の娘で、武芸さえ身につけているのに、招集がかからなかったんだね。

そのままお嫁さんになって、カイトに養って貰ったほうがいいと思うよ」


僕は親切心で言っているのに、ヴァレリアは何がそこまで悔しかったのか知らないが、唇を噛んで僕を睨んでいた。

でも僕は、この聞きわけの悪いじゃじゃ馬に道理を言い聞かせるために、引き続き優しく言った。


「社会に出る能力がないからと言って、女の人はそんなことを恥じる必要はないんだよ。女の人は、父親や夫に守られていることが当たり前なんだからね。僕らは妻子を養い守ることが当たり前なんだし、それがこの社会なんだ」

「貴方……、このわたくしをそうまで侮辱した挙句にっ……、このわたくしに子守りをして暮らせって言うのっ!?」

「そんなに嫌がることじゃないだろう。それに子供と遊んだり、世話したりするのって、楽しそうじゃないか。僕はそういう女の人のほうが好みだよ」

「じゃあ貴方がやりなさいよ!」

「いや、僕はやらないよ。だって僕は男だから子供を生めないし。君がやればいい」

「そんなの嫌よ!」


悲鳴のようにヴァレリアは言った。


「君、女の人なのに本気で赤ちゃんが欲しくないの?」

「当り前じゃない! 女なら誰しも子供好きと思ったら大間違いよっ!

まったく冗談じゃないわよ、それもこんな、薄汚い男の子供なんて、汚らわしいったらないわっ! 汚物も同然じゃないのっ!

そんなのを産んだら最後、わたくしの人生の破滅だわっ!」


ヴァレリアは腕を振って主張した。


「貴方、いったい女を何だと思っているのよ。アレックス様、貴方には女性に対する思いやりも、デリカシーの欠片もない! 本物の最低男だわっ!」


ヴァレリアが僕を見て最低なんてはっきり言ったので、僕はまたむっとした。僕が女性に対する思いやりがないなんて、まったく心外なことだったからだ。

女の人というのは、基本的に人生のすべての場面において保護を必要とするものだと僕は思っている。彼女たちは弱く、ほとんどの人は男より体格が小さいし、昼間だって独り歩きすることが危険なくらいか弱い。悪い人間の標的にだってなりやすいだろう。だから子供同様守ってあげなければならないのだ。それが紳士というものだし、良識ある男の採るべき行動であって、僕は女の人を馬鹿にしたことはないし、おかしいことは何も言っていないはずだった。


「何だよ、何をそんなにむきになっているんだ」


僕は分からずに首を傾げた。


「君、じゃあいったい何がしたいんだ。だいたい、ここに何しに来たの?

僕と結婚するって宣言しておきながら、カイトをいびっているのは意味が分からないし……。

それとも君、実はカイトのことが好きなんじゃないの? だから苛めているとか?

だとしたら、君はまったく信じられない幼稚さだね。頭が十歳児並みなんじゃないか。好きな人を苛めるなんて、僕なら考えられないことだよ」

「ちっ、違うわよ、貴方、どさくさに紛れて何言ってるのよっ!

誤解のないように言っておきますけど、わたくしはこんな奴、大嫌いだわっ!

世界でいちばん、憎んでるって言っても言い過ぎじゃないわっ!

カイトに比べたら、貴方のことは愛しているような気がするくらいよ。だからわたくしはこんな下男と結婚なんて、まっぴらごめんなのよっっ!」

「ああそう……、分かったよ。分かったけど、でもそれをカイトに言ったって、どうにもならないと思うんだけど。

そんなことが分からないわけはないと思うけど、直談判するなら、やっぱり兄さんのところに行かないと無意味だよ。ここでそうやって主張してても」

「な、何よっ、そんなこと、当然、分かっているわよ! 当り前じゃないっ!

わたくしはただカイトに会いに……じゃないっ、ああっ、本当に、貴方はなんてイラつく男かしら! さすがに口答えが多すぎよ!」

「口答え?」

「男社会の上部にいる奴の認識は、こんなにも不公平で残酷で一方的なのねっ……、いわれのない被差別者の苦しみが、これほどまでに分からないなんて!」

「何言ってるんだ。少なくとも君にそんなことを言う資格があるのか?

差別と言うなら、君だって散々カイトを平民って……」

「お黙りなさいよっ!」


しかし、それで僕は本当に黙らされてしまった。

ヴァレリアが、僕の足を勢いよく踏んだからだ。


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