第115話 或る冬の休日(2)
「だからアレックス様を見ていると、ときどきじれったいですよ」
カイトはぼやいた。
「そうしようと思えば、幾らだって活躍できる立場なのに。
勿論いきなり中枢に食い込むことは無理でしょうが、アレックス様は何と言ってもお勉強ができますからね、割と若いうちに登用して貰えると思うんですよね。
アディンセル家の出なら血筋には言うことがない。どんなに文武に優れていようと、血筋の悪さのために生涯出世が頭打ちなんて連中にとって、喉から手が出るほど欲しいものを、彼は最初から持っているんです。
それに閣下の人脈を利用すれば、あっと言う間に中央の偉い方々とお知り合いにだってなれるでしょう。それも初めからある程度の待遇でね。そういう人たちに面白い話や珍しい物を見せて貰ったり、更にその友人を紹介して貰ったり、将来のためのご自分の人脈を作ることだってできる……それなのにどうして部屋の中に引っ込んで、終日じっとしていらっしゃるのやら」
「アレックス様は、物静かなの」
タティはいいことを言った。
「物静かな男のほうがもてるんでしょうか」
カイトは脛毛を出している自分の格好を忘れて、深刻な顔でまたぼやいた。
「ううん、それは人それぞれかしら。
あっ、もしかして、カイト様……」
「はい?」
「王宮に、お好きな方がいたりして。だからお名前を憶えられたいってことかしら」
この会話でどうしてそういう発想になるのか、タティの考え方はまったく突飛で僕は内心で失笑した。女というものは、まったく愚かで勘違いし易い生き物なのだ。
まあ僕はタティのそういう、まったく論理的でない幼稚な考え方も、可愛いと思うのだが。
タティはおっとりしていて鈍いから、やはり頭のいい僕が、いつでもフォローしてあげないと駄目なのだろう。
「や、やあ…、そんなことはないですけどね」
案の定、カイトは笑ってそれを否定した。
「まあ……、そう、俺も閣下みたいな色男になりたいなあってね。誰しも憧れるような……そうすりゃ何処に行っても目につくし、モテモテでしょ」
「カイト様は出世して、伯爵様みたいに女の人に好かれたいんですね」
「ええ。そりゃもう」
「男の人は、すぐに何人も好きになってしまうのね……」
「ん、いや。まあ、それはどうでしょうね。そこはそれこそ人それぞれだと思いますよ。そういうことができない男もいるし……」
タティが僕のことを思って表情を翳らせたと思ったのだろう、カイトは僕のほうをちらっと見て、それからフォローをした。
「すぐにあやまちに気がついて、反省している男もいます。
それにほら閣下だって、ありゃどう見ても誰も好きになんかなっちゃいないでしょ。面白おかしく遊んでるだけで……、まあそれが罪深いんですが……。
あの方もいい加減、身を固めたらいいんでしょうけどもね。もっとも女好きっていうのを自覚して、妻子を悲しませないために敢えて結婚しないのかもしれない。あのライフスタイルが、実は彼なりの思いやりってやつなのかも」
「伯爵様は、春に三十三歳になられますね」
タティは思い出したように言った。タティが大して兄さんに関心を示さないのはいいことだった。彼女は本物の男とは何かということを分かっているのだ。
「カイト様も、春で二十三歳ね」
タティの言葉に、カイトは小さく笑った。
「ええ。早いものでね」
「結婚はなさらないの?」
「えっ、結婚ですか? んー、何つうかその、その件については、俺にはことごとく決定権がないんですよねえ。
ああ、でもいい加減、させるみたいなことを先日男爵様に言われたので、まあ、近いうちするんじゃないでしょうかね。今年するかな? 具体的に期日が決まれば、報告しますよ」
「まるで他人事みたいにおっしゃるのね」
「何せ、それに近いようなもんでして。今後もどうせ立場はないでしょうし……、俺にとってはまだ自分の誕生日のほうが関心があるかな。
そう、誕生日と言えばタティ、あの……毎年カードをありがとう。手作りの可愛いのを。いつも楽しみにしているんです」
「いいえ。わたし、時間だけはたくさんあるから……、今年は是非お誕生日をお祝いしたいわ」
「ほんとに? それは嬉しいな」
そして二人は微笑みあった。
さすがに放置しておけない親密な雰囲気のような気がして、非常に面白くない気持ちになった僕は、この不愉快さを彼らにアピールするべく二人が向かい合って話しているソファめがけて突進した。二人とも主人の僕が不機嫌でいるんだから、何をおいても僕のことを気にして、僕を大事にするべきなのに、あまりに身勝手が過ぎるのだ。
「うおっ、何ですいきなり突っ込んで来て?」
「君、毎年カードを貰ってるって? そんな話は僕は聞いたことがなかったよ」
僕は気難しくそう言って、タティとカイトが向かい合って座っているソファとソファの間のラグの上にタティに背を向けて座った。
そうすると目の前にカイトの剥き出しの脚があって、僕の目の前に脛毛をさらすなんてあんまり無礼で腹が立ったのでカイトの脛毛を毟ることにした。脛毛を何本か摘まんで一気に引っ張ると、ブチッと小気味のいい音がした。
「ぎゃあっ、痛てて」
「痛くないよ。僕が脱毛してあげるよ。感謝するといいよ」




