第114話 或る冬の休日(1)
ある休日にはカイトが部屋に来ていた。
「脛毛が濃いったって……、だって男の子ですもん」
私室の居間の暖炉前のソファの辺りには、使う予定など一切ないのに例によって兄さんが誂えてくれた僕の甲冑が一揃い転がっていた。
カイトはその魔法銀製の脛当てを調整するのに、スラックスを膝までめくって脚を出していた。それをタティが側に寄って、物珍しそうに見ていた。
「アレックス様の脛は、もっと脛毛がないんですよ。人によって違うんですね」
僕と二人でいると、いつも真っ暗な顔をしているのがどういうわけなのか怒り出したくなるくらいの明るい顔で、タティが何ともくだらないことを感心していた。
「そりゃ、でも俺だってそんなに濃くはないでしょ。薄いほうだと思うけど。濃い奴は地肌が見えないくらい生えてるんですよ。それに胸毛もボーボーですよ」
「ええっ」
「腕毛もボーボー。そんで顎も割れてる」
「顎は関係ないじゃないですか、うふふ、カイト様ったら」
そう言って、意図も容易くタティの笑いを取っているカイトを、僕は隠しおおせることができないほどに妬ましい目で見ていた。彼は容易にタティの信頼を得て、彼女をすっかり和ませていたからだ。
もてないとか童貞だとか言うのがどうしても疑わしく思えるほどに、彼の女と絡む能力は、やはり高いと言わざるを得ないのだ。
それにしたって何故脛毛をタティに見せる必要があるのか、体毛を語って何が目的なんだと僕は難癖をつけようと思ったが、脛をさらしているのはあの魔法銀製の脛当てが僕のための特注品であり、むかつくことにカイトの脚が僕より太いからそうしないと嵌まらなかったようだ。
タティの前で男らしさを披露する機会を得て、何やら得意になっているようにも見えるカイトが憎たらしかった。
でも僕はタティの素直な笑顔を久しぶりに見た気がするし、あんなふうに簡単に女性を笑わせることができない僕としては、ここはこうして部屋の片隅で、黙って膝を抱えているしかなかったのだ。
僕にとって本当は誰が大切だったかを、先日の惨い出来事によって、僕は改めて思い知ったところだった。
だから僕はここのところずっとずっと、本当はタティと速やかに仲直りがしたかったのだが、僕は相変わらず対人スキルが低すぎて、何と言って声をかけたらいいのか分からず、上手い言い訳も思いつかず、かと言って押し倒すなんて野蛮な真似もできなくて、タティと二人きりでいるともう間が持たなかった。
勿論、その件に関して僕は何も努力をしなかったわけじゃない。タティが僕に話しかけるようにするために、引き続きわざと目の前をうろうろしたり、タティの視界に意味もなく立っていたりしたのだ。鈍い女じゃなければ、僕の意図するところが分かると思うが、いかんせんタティは鈍かった。
僕は何日か彼女のイライラするほどの鈍感さに悩み、それから出入りの宝石商に言って、幾つかアクセサリーを揃えたりした。すべてはタティに喜んで貰うためだ。でも考えてみると、それを渡すためにはやっぱり会話がないとならないのだが、タティはなかなか僕の思惑通りにはしてくれなかった。
彼女は僕をおちょくっているのか、それとも僕のことを本当に嫌いになってしまったのか……、ある午後僕はタティが窓辺の掃除をしている背中をみつめながら思った。
昼間から執務室を抜け出して、私室に何度も出たり入ったりしていたら、何が目的なのかくらい分かりそうなものだからだ。
振り向いて、アレックス様大好きくらい、言ってもいいんじゃないかと思うのに……。
何だったら、寂しかったと言って、僕にキスをおねだりしたらいいのに……。
でも現実のタティは僕の頭の中の妄想通りにはいかなかった。
結局どうにもならなくて困った挙句、思いつきで休日にカイトを部屋に引っ張り込んでみたら、意外にもいい具合に打ち解けてくれていた。だからそれを利用したいと思ってこうして先ほどから猛禽類のごとく仲間に入る機会を探っているのだが、今のところタティとカイトが仲よくするばかりで、僕は入り込めなかった。
「閣下はあれはいい素材ですよね」
二人の話題が男の体毛から兄さんに移っていた。
「三十過ぎてあの美貌でしょ。全然おっさん臭くないし。やっぱりあれが効いているんですかね」
「あれって?」
「王家の血。かなり傍系でしょうけど、太陽神の子孫ってことになりますよね。まあ、本当に神様なんてものがこの世に存在しているのかどうか、俺には分からないですけど……、何せローズウッド王家の美貌は、桁はずれっつうか何つうか」
「なるほど。伯爵様がお綺麗なのは、それが理由だったのかしら」
そんなことより僕はどうなんだと、タティに問い詰めたかったが、僕が容姿の点で明らかに兄さんに見劣りしているのは知っているので黙っていた。
「ね、いいなあ。俺もあれくらいの顔がありゃ、人生が違っていたのかなって思いますよ。
でなけりゃせめて王宮で名前を憶えて貰えるくらいのいいとこに生まれたかった」
「カイト様って、そんなことを考えていらっしゃったの?」
「そりゃ、男と生まれたからには出世を夢見ることだってありますよ。もっとも地方男爵だって、俺には大出世ですけど。でもねえ。やっぱり華やかな世界には憧れます。俺もいつかは一国を動かすような、表舞台ってもんに立ってみたいなんてね」
カイトが寝言を言っているので、おまえは身の程を知れと言って、割り込んでやろうかと思ったが、彼は意外にも切実な顔でため息を吐いていた。するとお人好しのタティがすぐに同調するような表情をしたので、僕は悪役になりたくないので言葉を引っ込めた。




