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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第5章 アレックスと夢見るタティ
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第11話 秘密の話

実際のところ、僕はあまり剣というものが得意ではない。

勿論騎士の家系であるアディンセル家の男が、正統剣術を身につけないなどということは考えられることではなく、僕も一通りのことは習いもした。

けれど近年この王国は平和そのもので、領主やその家の人間が自ら武器をとって戦争に行くなんていうことは、僕の人生には一度も起こったことがない。

アディンセル伯爵家はその家柄も古く、兄さんはローブフレッド伯爵の他にも全部で六つの爵位を所有する国内でも力を持つ貴族のうちの一人だ。

また伯爵は公爵や侯爵同様所領に多くの自治権を許されているのが基本だが、アディンセル家はその血統のよさと建国以来の武官という家柄から、独自の騎士団を所有することも認められていた。これはすべての伯爵に許されていることではないので、アディンセル伯爵がいかに陛下に信任をされ、国内でも重要な地位にあるかということを示していることだと思う。

その兄さんが所有する騎士団は当然ながら誇り高く、平時にも練習試合はしょっちゅう行われているみたいだけど、厄介なことに僕は自分から率先して彼らの中に混じって、戦争の真似事をするようなことは嫌いだった。

騎士は大事な家族や国家を守る存在だから、いつか何かが起こったときのために、腕を磨いておくことは大切なことだとは思う。

だけど昨今の、取り分け若い貴族たちの間には、単純に自分がいかに強くて暴力的であるかを誇示しあうような風潮があり、僕はそうした考え方を好ましいものだとは思えなかった。本末転倒のような気がするからだ。

こういう考えの僕のことを、臆病者だと笑っている連中がいることも知っている。アディンセル家の男でありながら武勇を望まないなどということは、いかにも許し難い、伝統を軽んじる行いであるということも。

兄さんは、僕の性格がそもそも争い向きではないことから、気にするなと言ってくれているけど、笑われるのが悔しいばかりに今でも練習をしていて思うのは、やっぱり僕にはそうしたことが向いていないということなのだ。

もっとも、兄さんは僕にいざというときの領主の代理としての責務を放棄させてくれるほどには甘くない。

兄さんは、ご自分のこめかみの辺りをつついて、僕にこう言ったことがあった。


「騎士としての腕前は二流でもいい。その代わり、おまえは頭を鍛えろアレックス。

おまえみたいなのは、前線で殺傷行為を指揮するにはいかにも向かない人種だ。恐らく神経が持たないだろうからな。だから机上で地図や資料を広げ、報告を受け、おまえの駒となる人間を巧みに使うことで血を見ずして戦争に参加できるほどの頭脳を持てるようになることだ」

「……でも、兄さんは知勇どちらもお持ちじゃないですか。何も僕がやらなくたって」

「私にもしものことがあったときはどうする。そのときは、否が応でもおまえこそが直ちに全権を委譲されることになるのだぞ。長らく戦時は遠ざかり、もしかするとおまえが生きているうちには起こらぬかもしれないが、そうでないとも限らないのだ」

「……僕は戦争は嫌いです。それに、もし兄さんがご結婚されて、御子ができれば、その子こそが兄さんの跡継ぎになるでしょう」

「アレックス、私は恐らく結婚をすることはないだろう」

「どうしてですか?」

「どうしてもだ。……何故おまえはそう、女子供のようなくだらん質問をしたがるのだ。

では私が結婚をして子供をもうけたとして、その子供がまだ幼かったらどうするんだ。女だったら。おまえよりも内気だったら。病弱だったら。誰がそれの面倒を見るんだ。アレックス、確かにおまえは優しい子だ。だが優しいだけですべてが許される時代はもう終わりつつあるのだ。

現在のおまえのその裕福な生活が、何の代償も支払わずに供給され続ける当然の権利だと思っているとしたらそれは大間違いだぞ。権利には、それ相応の責任がつきまとう。責任を持つからこそ、領民は我々を尊敬し、信望を寄せ、権威も光る」






「兄さんは、ご結婚されないおつもりなのかな。僕をここに置いておくのは、彼がまだ家族を持っていないからだよね。僕を跡継ぎにするおつもりなんだろうか」


生い茂る木々の中を歩きながら、僕はタティにそう切り出した。

居城から目的の小川までは、徒歩で半刻といったところだった。久しぶりに外出をして、なまっていた身体を動かすのは気分がよく、タティと交わす会話にも花が咲いた。もっともタティは、どんな話題であろうと僕を拒絶したり、嫌ったりしないで応じてくれるので、僕はいつでも安心して、思いついたことを何でも彼女に話すことができた。


「どうなんでしょう。確かに伯爵様は、あまり特定の女性に執着なさいませんね。

伯爵様のお側に長くいる女性と言えば、フィーロービッシャー家のジェシカ様、それに魔術師のルイーズ様くらいのものかしら。

巷には、お二人のどちらかと、或いは両方と実はできているなんていう噂もあるんですけど、たとえばジェシカ様ならお妃様になってもおかしくない家柄ですのにそうならないのは、やっぱり違うってことなんでしょうか」


それに対して、僕は訳知り顔でこう答えた。


「ジェシカもルイーズも、金髪じゃないからなあ」

「あら、金髪じゃないと、何かご都合がお悪いのですか?」

「いや、ううん、都合が悪いってことはないんだけど、兄さんってつまり、金髪フェチなんだよ。

見ていて気づかない? 連れているのはだいたい金髪の女性ばかりだってこと。たまにそうじゃないときもあるけど、でもだいたいはそうだ。

つまりまあ、エステルも、そうなんだけど……」

「ああ、ええ……」

「何が兄さんをそうさせるんだろう。やっぱり初恋相手の影を追っているとしか、僕には思えないんだけどな。よっぽど酷い失恋をして、プライドの高さのために、妄執に取り憑かれちゃっているとしか思えないんだよね。

だからそれが解決さえすれば、女遊びなんてやめて、そろそろ結婚しようって気持ちにもなるかもしれないと思うんだけど」

「そうですねえ、そう言われてみれば、もしかするとそういうことがなかったと、言えなくもないかも……。

でも、人間の気持ちって、本当に難しいですからね……」

「でもねタティ、これは去年の年末のことなんだけど、酔っ払ったジェシカがびっくりするようなことを言っていたんだよ」

「びっくりするようなこと、ですか?」

「うん、そうなんだ。あのね、ジェシカが言うには、僕は兄さんの弟ではなくて、本当は息子だって言うんだ。

計算したら、僕は兄さんが十一歳のときに作った子供ってことになるんだよ。びっくりだよね。

僕が十一歳の頃なんて、毎日フルーツパイやケーキを食べることしか頭になかったのに。子供の作り方なんて、疑問に思ったこともなかったんだよ。

だから、あれはさすがにジェシカの冗談とは思っているんだけど……。

でも、仮にもしそれが本当なら、兄さんの初恋相手って僕を産ませた女の人ってことかなって思ったんだ。

だって、兄さんはその……別れた恋人が妊娠したと言ってきたら、問答無用で始末しているって聞いたことがあるからさ……。だからその基準で言ったら……、普通は僕のことを生かしておこうなんて考えないだろうし……」

「アレックス様!

伯爵様は……、アレックス様のことをとても愛していますわ。

とても、とても愛していますわ。

ですからアレックス様、そんなこと、お考えになってはいけないわ」

「うん、だから……、僕が兄さんにとって特別なのは、彼にとって本当に特別だった女性が産んだからじゃないかなって、ちょっと思ったんだ。

ちょっと思っただけだよタティ、僕が兄さんの子供だなんてこと自体、そもそもこれは、仮定の話なんだ。だからそんな顔しないで」

「はい……」


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