第103話 冷酷なる伯爵(4)
ルイーズは言った。
「アディンセル家には酷い罪業が取りついていて、そうなると魔術師の全面的なサポートなしではまず生きられない。それでも、とても苦しい思いをするのよ。もう二度と味わいたくないような、死ぬような思いを」
「はん、罪業ですって?」
エステルは相変わらず軽蔑的な顔をしていたが、それに飲まれることのない真面目な態度でルイーズは頷いた。
「ええ。呪いと言っても構わないわ。建国以来の家柄なんですもの、七百年という長い歳月を、一地方の支配者として君臨して来た家系に取りついた重い罪業。
アディンセル伯爵家というのは、そういう家系なのよ。貴方も、伯爵様と交際していらっしゃったのなら、聞いたことはないかしら。ギルバート様の父君様の、歴代のお妃様たちが立て続けに亡くなられているお話について。
彼女たちというのはね、その全員が、そのために死んでしまったのよ。アディンセル家の男子は性交によって女の生命力を奪い取るの。酷い呪いだわ。悲劇と言っていい。愛する女を、その愛によって殺してしまう呪いなんですもの。
だから彼女たちは性交渉の度に生命力を奪われ続け、その弱った身体で赤ん坊を身ごもったから、そのまま死んでしまったの。
でもお嬢さんは元気溌剌ね。だから残念ながら、これはひと目で嘘だと分かるのよ」
「そんな……、あんた、何言ってるのよ、そんなふざけた話を急に言われても、あんたの言うことなんか……」
「ならば私の言葉なら、信じられるか」
兄さんが長めの黒髪を掻きあげ、ルイーズの言葉を引き継いだ。
「私の魔術師が言っていることに偽りはない。これまでにも何人かの女が、おまえのように私の子供を身ごもったと嘘を吐いて、健康ななりをして近寄って来たものだ――、無論、中には本当に身重になっているのもいたがね。
そういう場合は決まって恐ろしいことになっているからすぐに分かる。選りすぐりの美しい娘だった者が、骸骨のようになってすがって来たときには……、さすがの私も恐ろしい思いをした。その点は私も若かったということだが」
兄さんは昔を思い出すように遠い目をし、それから苦笑した。
「だがいずれにしても全員殺してやった。私も慈善家ではないのでね、豚のように子供を孕まれてもいい迷惑だ。分からないか? 売春婦に子供が出来たと言われて喜ぶ男がいないのと同じことだよ。
それにエステル、私は欲深い女が酷く嫌いでね。特に、妊娠などと……、こちらの弱みにつけ込むようなことを言って来た女の顔は、私は二度と見たくないものだと思うわけだ。
汚らわしくてならんのだよ、その……心根がね。卑しくてならん。女の分際で、ましてやアレックスを利用するような女のことは――、この子供が私の最大の弱みであることを当然計算しているであろうことが、私には透けて見えるから余計に堪らんのだ……、分かるかね?
妊娠しているか否かが問題ではない。要はこの私を操ろうと考えているその浅知恵がということだ。たかが女が、傲慢にも、この私を思い通りにしようというその思い上がりが我慢ならない」
「生命力を奪い取るとはどういうことですか?」
僕は兄さんにたずねた。
「それはどういう意味ですか? 僕は、そんな話は聞いたことがありません」
「無論だ。まだ教えていない」
兄さんは答えた。
「あの小娘が弱ってきたら、おまえにも教えてやろうと思っていた。ルイーズの占星術によれば、あれはあまり生命力が強いほうではないから、おまえと性交を持ち始めればすぐに健康を損なうということだからな。
だから、あれがおまえの子供を生むということはまず不可能だ。我が家の胎児を身ごもれば……、あれだとその時点で即死かな」
「何ですか、それは……」
兄さんが何を言っているのか、僕にはよく分からなかった。
それに応じるように兄さんは言った。
「我が父上が――、愚昧なるアムブローズが、自分のせいで女が死ぬのを恐がって、三人の妻に死なれて以降結婚を先延ばしにした挙句、晩年に私の母が酷い犠牲を払うはめになったことはおまえも知っているだろう。
おまえは奴の歴代の妃たちが、偶然早世したとでも思っているのか? 我が家は裕福で、優れた医者、栄養のある食事、高度な衛生環境、何でも揃えることができるのに、健康で若い妃がそうも次々と死んでいく理由はそうそうあるまい。
すべては奴が、快楽によって女たちの生命を奪い取った挙句に子種を植えつけたその結果なのだ。
運悪く三人が三人とも生命力の弱い女だったので、呪いに対応する魔術師だけでは生命がこぼれ落ちていくのを止められなかったというわけだ。
しかもだ、年を取れば取るほどその業が増すのに逃げまわるから、最後には若く可憐な母上が死ぬはめになった。それでも、私を生んだ時点で逃がしてやれば、星に恵まれた母上ならば死なずに済んだものを、久方ぶりの女の肉体に溺れ、欲を掻いた老い耄れのために……。
ともかく我が家系は、古くからそういう業を背負っているということだ。関係を持った女の生命を、我々は我々の意思に係わらず強奪するという業をな。そしてアレックス、おまえもその例外ではないということだ」
「だから兄さんはご結婚を嫌がっていらしたということなのですか? 短期間のつきあいばかりを繰り返していたのはもしやそのため……?」
僕の質問に、兄さんは答えなかった。
その代わりに厳しい顔をして、彼は再びカイトを見た。
「他言するな。以後花嫁のなり手がなくなっては困る。特にシエラ候女には、話してくれるなよ」
「はっ、心得ました」
「シエラ候女……?」
僕がそう質問しかけたところで、エステルが口を挿んだ。




