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最後の良心

作者: オイヒ

前の作品を途中で間違えて投稿してしまいました。

前の作品は削除させていただきます。

 夏の夜だった。だがいつであろうがもうどうでもよかった。良平はもう何度目かの虚をやり過ごしていた。ありもしない空想に身を投げ出し、我に返ると過去に自らを求めた。

 転機は小学5年生の春だった。良平はそれまで怖いもの知らずだった。勉強も運動も簡単にできた。全能感というのは人を惹き付けるもので、級友からは大いに慕われた。だが良平は早熟だったに過ぎなかった。二次性徴を迎えた同級生の前に良平の自信は粉々に打ち砕かれた。思い上がっていた良平が力を持て余し始めた級友たちの餌食になったのはごく自然な成り行きだった。追いかけまわされ、殴られ、そこで立ち向かわず狼狽する自分に気が付いたのが運の尽きだった。なんてみっともないやつなのか。圧倒的な力の差を前にして反撃する気力はどうしても湧いてこなかった。

 それからはなにもかもうまくいかなかった。声を出したいのに声が出なくなった。学校の勉強もわからなくなってきた。所属する野球チームではレギュラーの座を奪われ、出場させてもらえるのは対戦相手が弱いときだけという屈辱を味わった。練習の前には毎回嘔吐した。良平は多感で傷つきやすかった。

 傷ついた良平は、傷つかなくて済む器用な生き方を身につけはじめた。自尊心を守りつつ野球をやめるため、そして同級生との関係を断ち切るために中学受験することを思いついた。また、履歴が残らないようにインターネットで調べて声が出なくなる障害をつきとめた。受験では勉強がわかったころまでの貯金で受かる安全校を選び無事合格した。

 当面の問題は解決したが声の障害は残った。視力が落ちてきたくらいで親に申し訳ないと人知れず泣いた人間である。声の障害はつらかったが、自尊心を守るため誰にも知られてはならない。それに体の大きな同級生ともうまく付き合っていかなければならない。良平はなるべく目立たぬよう過ごすことにした。勉強は相変わらずわからないが他人の頭を使うことを思いつき、教師の言葉を一言一句ノートにとるようにした。コミュニケーションのためとオタク趣味を覚えた。オタク趣味には興味を持つことができなかったが、相手の言ってほしそうな言葉を選ぶことで切り抜け、仲間外れになることだけは阻止した。同級生との帰り道、分かれ道で一人になると安心した。息がつまりそうだった。友人は友人なんかではなく、学校で友人契約しているに過ぎないことを自覚していた。

 他人に合わせるだけの日々、自分なんてないまま中学高校をやり過ごした。本音などわからなくなっていた良平には本音が言える友達などできなかった。オタクグループにいたからか若者の遊びなど一つもしたことがなかった。親の前では勉強が忙しいと友人と遊びに行かない言い訳をしていた。友人と遊んでばかりいる弟のほうが成績は遥かに良かった。家で学校で話を合わせるためアニメばかり見ていた。受動的にこなせるし、暇をつぶすには最適だった。

 高校も終わりに近づき、大学受験を迎えることになった。成績はどうしようもなかったが、マークシートだけで受けられてなおかつ問題数が少ない大学をいくつか選んで受けることを思いつき一つだけ合格を果たした。その大学に入学することになり、一人暮らしを始めた。誰も知り合いがいないことがわかり、オタク趣味にこれ以上合わせる必要はなくなった。人間関係をリセットできる一方、孤独が始まることもまた理解していた。大学では八方美人だった。誘われたらどこにでもついていき、根無し草のように生きた。しかし空っぽの人間というものは、誰にでも合せられる一方で誰とも合うことはない。どこにも居場所はなく、どこにいても気疲れした。日がたつにつれ人に合わせるのに疲れ、日々の空虚を持て余すようになった。

 勉学にも興味は湧かず全くついていけなかったが、薄っぺらい友人関係を役立てて進級だけはしていた。空っぽの自分には魅力などないため、性欲は金で満たした。初体験は出会い系の女と済ませた。酒を飲み気が大きくなると風俗へ行った。対価を払えばサービスを確実に受けられる、そんな契約関係が楽だった。金は仕送りとアルバイトでまかなった。アルバイトは気が向いた時だけ行ける派遣のものを選んだ。相変わらず全く興味を持てなかった。

 大学は暇を持て余すばかりだった。アルバイトに行きたくなかったし能動性もないのでひたすら受動的なコンテンツを消費して金がかからないように過ごした。本、テレビ、映画、音楽。どれも消費しているときは熱中したが内容を覚えていられない。そんな自分に困惑した。満たされない器を抱えてあてもなくさまよい歩いた。人にもモノにも冷めやすかった。違和感や飽きから次々にとまり木を変えた。この先どうやって生きていけばいいのだろう。飛び降りて死のうと試みたものの、怖くて死ねない。大学は止まり木を変え続けてかえって単調な日々の繰り返しで、一日一日は長かったが過ぎるとあっという間だった。

 大学の間に声の障害は克服していた。いまだに大きい声は怖くて出せないが、時間が解決してくれたようだ。性格上定職に就くことはあきらめていた。しかし生活はしなければならない。大学を卒業すると、単純作業をこなすアルバイトで生計を立てた。アパートも変えた。上を目指して頑張るというより、自分でもやっていける下のフィールドを探して生きていくのが良平の性に合っていた。

 孤独に耐えられなくなると、数合わせで行ったコンパで出会った女たちと連絡を取った。女というのは、連絡してたまに会い大目に支払えばつなぎとめておけるものらしい。だがどの女にも興味を持てず、また空っぽな自分に魅力などあるはずもなく、数回会ううちにメッキがはがれるのか女たちは去って行った。行為に及ぶことはなかった。そんな日々の中で一人の女が思い出された。それまでは歯牙にもかけなかった女だ。小学4年の頃に告白され、良平を追って同じ中学高校にまで進学してきた女だ。こっぴどく拒絶したため中学以降まともな会話はしてこなかったし、成人式の打ち上げを最後にもう会っていない。今は小学校の先生をしているらしい。そういえば優しい奴だったな。つけこむか。連絡をとろうと携帯電話に手を伸ばしたが思いとどまった。もう合わせる顔がない。一度振った女に近づくのはみっともないし、興味もない奴にすり寄っても今までのように破綻するだけだ。空っぽな中身をさらけ出すのに耐えられないしがっかりさせてしまう。小学生の自分を好きになったその女は哀れにも高校まで幻影を投影してきたようだがもう幻なのだ。優しさから自分のような男でも受け入れてくれるかもしれない。でもそれでは幸せになれないだろうしその女に失礼だ。俺は根無し草だが悪人ではない。

 良平はひとりごちて海に向かった。途中でありったけの酒を買い、飲めるだけ飲む。海につくと沖に向かって泳げるだけ泳いだ。泳ぎ疲れると、気が変わらないうちに錠剤を1瓶飲みほし足に重りを付けた。強制的に死ねるようにすれば俺だって死ねるのだ。薄れゆく意識の中で良平は目尻に暖かいものを感じた。自己陶酔も多分に入り混じったそれはそれでも暖かく、良平は海に身を委ね眠った。

初めて書いてみました。読みづらい所などありましたら申し訳ありません。

ご感想などありましたらよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 俺は根無し草だが悪人ではない、というフレーズが好きです。根無しの足に重りをつけて海に沈む演出が格好いいと思いました。
2015/08/13 20:28 退会済み
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