第八話:とりあえず勘弁してくれ
やはり戦闘のほうが書いていて楽しいと思いました。という回です。
その後のクラス全員参加の会議も滞りなく終わり、俺は晴れて参謀の地位を手に入れた。
本当、何故に俺は反対されなかったんだろうか。小説家だからか? それとも拷問の話が予想外に影響したからか?
それとも……
「ボケが! さっさと屈服しやがれ!」
「グゲェェェ!」
「ゴギィィィ!」
俺が襲い掛かってくるゴブリンの群れをたった一人で抑えているからか?
「畜生、さっさと議会の指示通りのジョブを得て俺を安心させてくれよな」
後方、ゴブリンの群れと対峙している俺を恐々とした眼で見ている同級生と教師に情けない声で小さな愚痴を零す。
会議の後、俺が上げた十五のジョブに誰がなるか相談していた所にいきなりゴブリンの群れが襲い掛かってきた。ここもよくよく魔物に好かれる場所だなオイ。
ただ、俺が察知した時点では距離が離れていたおかげで早急に防衛指示を出せ、俺とイルトミルジスとウラガットがゴブリン共を抑える事で被害は皆無。あるとすればゴブリンの持つ棍棒が掠って出来たすり傷くらいだ。それもウラガットの葉で治したから事実上損害は無いに等しい。
で、俺はゴブリンを抑えに行く時さっさと十五のジョブを決めてくれないと安心して全力を出せないと脅しておいた為、このゴブリン共は殺せない。
一応ゴブリンという魔獣の特徴である『繁殖力』を司るとある部位をブチ潰して仲間に仕立て上げてはいるが、身長が子供並みのゴブリンのとある部位なんて狙いにくいったらありゃしないので攻撃してくるゴブリンは中々減らない。
ちなみに、イルトミルジスとウラガットは同級生と教師に流れたゴブリンを駆逐してもらっているため、実質俺一人でゴブリンの群れを抑えている。ナイフの耐久持つかな……
「グガ!」
「ガギ!」
「ゴグ!」
ああもう、鬱陶しいな……俺が手加減してやってるって気づけよ。ゴブリンだから無理だろうけどさ。ちったあ彼我の実力差をだな……
「クゥ!」
右後方から可愛らしい鳴き声と共に何かを突き刺す音が聞こえてきた。チッ、また流れたか……俺のヘイト管理もまだまだだな。
反省もそこそこに迫る棍棒をナイフでいなし、反動を利用して右側から槍を突き刺してくるゴブリンに鉄板仕込みの回し蹴りを食らわせ、わざと作った隙に飛び込んでくるゴブリンを鉄トゲメリケンサック付きの右手の甲で跳ね飛ばす。人間相手だったら通用しない曲芸のような戦闘でもゴブリンが相手なら話は別。奴らは体が小さい分軽いし、筋力もその大きさにしては高いようだけど所詮は成人女性並み。五、六人のチンピラヤクザと一人で戦う事もあったあの頃に比べればたいしたことじゃない。
「ハァ……ハァ……」
とはいえ、そろそろ五分に達しよう戦闘は確実に俺からスタミナを奪っていた。
「モシャス!」
何十回目の技コピーを再び試す。流石にラーニングとパクリ続けるのは俺の作家としての矜持にひっかかるからな。適当な言葉も無いし、能力名のモシャスでも俺が対象の技をコピーすると意識していれば言葉と共に能力が発動する訳だ。
しかし、やはりコピーは失敗。ゴブリン程度では技となるような技は持っていないか、それとも発動確率が低いのか。真相は何百回もゴブリンに繰り返した後に判明するだろうな。
ちなみに、コピーした技はいつでも発動できるみたいだ。覚えるのにも模力が必要だから使わないけど。
「シッ! ハッ! キッ!」
「グギ!」
「ゴガ!」
「ガキ!」
思考する間にも時は流れていく。迫るゴブリンをナイフと鉄板入り靴とメリケンサックで捌きながら同級生と教師の連絡を待つ。
妖精が戦闘に参加出来ない理由は、確か戦闘に関する能力値が極端に増加しにくいからだそうだ。それに種族の性格故か攻撃的なジョブも持てないそうだから仕方ない。ていうか、会議の為に妖精を遠ざけていたからどっちみち戦闘には参加出来ないけどな。
「ハァ……ハ、ぅくっ!」
ちぃ……右頬に棍棒が掠った。ネトゲで鍛えられた集中力と壁タンク故のヘイト管理は高レベルだけど、それらを現実の戦闘に組み合わせた事は一度も無いから予想と現実の誤差が激しい。そこを突かれると痛いな……っつってもかすり傷程度に収めている分ネトゲ廃神の称号は伊達じゃない、か。
「そういえば、こいつらを殺した場合俺が得る経験値はどうなるんだろうな」
ルカリオンの説明では経験値はジョブに入るらしいからな、ジョブを持っていない俺が手に入れた場合入るはずの経験値はどこにいくんだ? 『ジョブ』自体に経験値を得る機能が組み込まれているのか、それとも本人の経験や殺傷した物の怨念辺りを『ジョブ』が汲み取り経験値にするのか……
確実に言えるのは『妖精』に聞いても答えは返ってこないって事だけだな。
「しっかし、コイツら本当に鬱陶しいな」
何体いやがるんだってレベルだな。軽く三十はいるんじゃないか? もっとも、殆どが俺によって軽い傷を負っている訳だけど。配下ゴブリンはとある場所が潰された痛みで使い物にならないし、本来なら絶体絶命じゃね?
……ってオイ! コラ待てオイコラオイオイオイィィ!? なんでスライムまで出てきやがってんだゴラァァァ!!? オークにドラキーにジャイアント・センチピードまで!? バランス崩壊しすぎだろうがぁぁぁぁぁぁぁ!!
「チィチィィチィィィィィィィィィ!!!」
この世の理不尽さに訴える形で放出された苛立ち塗れの舌打ちが周囲に響く。
出来ればしたくなかった。この下品極まりない苛立ちだけで尊ぶべき矜持も無い無礼な音なんて、カッコワルイ。
だけど、内から零れ落ちてきてしまったのなら仕方ないだろう。
そして俺は、カッコワルくなるのが嫌で俺自身がカッコワルイと思う事もしたくない。
イコール、存在自体が許されない事だ。
つまり、俺は……
作戦を無視した策士失格の行動をしようと結局は同じ恥知らずのクソ野郎というレッテルを貼られてしまうという事だ。
「角突き!」
イルトミルジスからコピーした技を使ってゴブリン共の半分を串刺しにする。謎の力に引っ張れた右手がゴブリン共の血肉に染まり少し重くなった。
「イルトミルジスとウラガットは同級生と教師共の所に行って防衛! だけど無理はするなよ、俺にとってはお前らのほうが大切だ!」
左手に持つナイフでゴブリン二匹分の臓物を散らしながらイルトミルジスとウラガットに指示を出す。忠実なる我が配下は俺の判断に疑いすら持たずに後方へと下がっていく。イルトミルジスは俺を守るために兎騎士なるジョブを得たそうだからさぞストレスが溜まるだろうけど、後でたっぷりと愛でてやるから勘弁してほしい。
「ハァ……っく、ィグギャァァァァァァァァァァァァ!!」
今の俺は怖いからな。
奇妙な雄叫びを上げながら俺は僅か十体ほどに減ったゴブリンの群れの中心に移動し文字通りの鉄拳とナイフを瞬く間に食らわせて三匹を仕留める。同時に地面を蹴って一回転する過程で鉄板仕込みの足をゴブリン二匹の頭部にめり込ませて仕留めた。
隙を狙って迫るゴブリンは軽業師のようにパパッと体勢を立て直した俺に首を切り裂かれて絶命。残り四匹は腰のポーチから取り出した改造ピックを額に受け呆気なく倒れる。テメエラに構ってる暇はねえ。
「スゥーーー、ゥガァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
迫るモンスター軍団に威圧を籠めた雄叫びを食らわせてヘイトをほぼ全て俺に向ける。その直後、胸ポケットから喉飴を取り出して口に含む。声の出しすぎで喉が裂けるかと思った……
ついでに神の飲み物を飲んで己を鼓舞する。これで元気百倍だ。顔が変わったのだ。
ポヨンポヨン
間抜けな音と共にスライムの軍勢……ニ十数体あまりが俺を飲み込もうと押し寄せてくる。中心に浮かぶのは最近良く聞く核とやらか? 思考、制御、維持をあんな小さな物がこなすなんて並みのコンピューターより機能良いんじゃねえか? あればっかりは全て破壊せずに俺の配下に置くかノーダメージで確保したいな。
「角突き!」
言葉と共に模力が抜けていく感触と右腕毎俺の体が謎の力によって引っ張られる感覚を推進剤に丁度スライムのまん前へと体を運ぶ。スライム共は近づく手間が省けたとばかりに俺を飲み込もうと加速する。短期決戦を決めるって事は人間みたいにスタミナとかあんのか? 興味が湧いてきたな。
「角突き!」
とりあえず右腕を上に向けながら角突きを発動させて上方向へ飛ぶ。急に姿を消した……あるいは上に跳んだ俺に怯み動きを止めるスライム。しかし、後から来たスライムはそこら辺の判断が出来なかったようで動きを止めたスライムにぶつかってしっちゃかめっちゃかになった。これで融合して体積倍増とかなったら嫌だな……
考える間に進んだ時の中では既にナイフは腰に収められ、両腕は解放されていた。上に向かっていた力が消え、下へ落ちる感覚が一瞬の恐怖をもたらすもアドレナリンに支配された俺の脳はすぐさま余計な感情を封印する。
しっちゃかめっちゃかのぐちゃぐちゃ状態になったスライム共の核を狙って腕の位置を調整し、スゥっと空気を確保してもはやスライムの池と言っても過言ではなくなったスライム共に突っ込む。あ、一応眼も閉じておこう。
途端、全身……じゃなくて頭部と首、両手を焼くジュワジュワという感触とヒリヒリ来る痛み。アブねぇ、眼ぇ閉じてなかったら失明してたわ。危ない危ない。
しかし、それらを代償にスライム二匹の核は掴めたようで、ツルツルとした固形の感触が俺の手に伝わってくる。
「角突き!」
右手に掴んだスライムの核を左手に移して右手を斜め上に構え叫ぶ。ウグッ! 予想はしていたけど口の中が……やべ、ほんの少しだけど喉に入った。
悲しい代償はあったものの、無事スライムの池から脱出に成功。
全身のスライム液を地面に擦り付けるようにゴロゴロと転がった後、眼球付近を拭いてようやく眼を開ける。同時に胸ポケットから再度喉飴を取り出して口に放り入れる。これで回復してくれりゃあいいけど……!
「ひぃやっふうぅぅぅ!!」
ギャハハハハハ! オークやジャイアント・センチピードの前線がスライムの池に突っ込んで溶かされてやがる! バーカ! バーカ! そのまま溶死してしまえ!
「ってうお!? ドラキー!?」
いや、実際はただのコウモリが上空から襲ってきた。どうやら空を飛んでいたドラキーだけはスライム被害から免れたようだ。チッ、低空飛行で来てくれればスライム池の餌食だったのに……
もったいない。
「キィ!?」
「ギキィ!?」
「キ……キキ…………キィ……………………」
スローイング・ピック改が。
そこらのスーパーでも売ってるアイスピックから鉄の針だけ抜き出して投擲用に打ち直せばそれなりに使える投擲具になるもんだ。銃刀法的な問題で遠距離攻撃手段が投擲具かボウガンくらいしかない日本で金をかけずに沢山用意出来る飛び道具と言ったら投擲具しかない、って訳だ。
「「「プギャー!」」」
っと、スライムの池を迂回したオークか。コイツラは人間大の大きさだからゴブリンと同じ種族の特性を示すとある部位は狙いやすい。非常時の食料にもなりそうだから一応配下に加えておくか。メスだった場合は知らん。
「オラオラオラオラ!」
ここで、俺の百八ある得意技の一つ、『言語支配』を俺自身に使う。
『言語支配』と仰々しいけど、ようはカラオケ変声によって猛々しい声を上げて攻撃的な性格を上昇させるだけだけど。時には思い込みって大事だぜ?
ともあれ、普段の矜持だなんだとスカした態度を取っている殻の俺とはまた違う元々の暴力的な性格が表に出てきた。ああ、本当にこの心になると気持ち良いなぁ……
「テメエラゼンインシネッ!」
言葉は気持ち悪いくらいにカタコトになるけど。
錆だらけの剣を振りかぶってくるオークに右拳で直突を腹に食らわせ吹っ飛ばし、横にいたオーク二匹のとある部位を両足で蹴り潰す。いいねぇ、いいねぇ、最っ高だねぇ! そのまま消えちまえぇ!!
「アヒャ、アヒャ、アヒャッヒャッヒャッヒャァァァァッ!!」
あかん、調子乗りすぎて狂気的な性格まで出てきた。暴力至上主義時の快感はまだ十数秒くらいしか味わっていないというのに!
それはともかく、ココまで来るともう二重人格みたいなモンで、理性的な俺はただ視覚情報を処理するだけの機械と成り下がる。一時期多重人格ごっこをやりすぎて本当に別人格を幾つか生んじゃった弊害だな。まあ、今でも週一くらいの間隔で各人格を表に出してやってるから感情が高ぶった時とか出てきても不思議じゃないんだけどね。そうしないと、ほら、可哀想だし。
ちなみに、各人格には名前がある。
「キィィィィィィィィッヒャハハハハハハァァァァ!」
この狂った子は某妖怪剣士から取ってドロロ。
お、ドロロがオーク共を拳と脚で蹴散らした。流石暴走時の俺、脳のリミッター外してやがる。一撃でめり込むってなんだよ。化け物か。化け物ですね、はい。
狂っているドロロは異常な暴力性を持ちながらも武器で攻撃するという理論的な思考方法を併せ持っている優れ人格で、スライムの池を横切る最中だった何匹かのオークをスローイング・ピック改で心臓を貫いて始末し、中途半端に残ったオークを腰のナイフで一匹残らず致命傷レベルでズタズタに切り裂き全身に血を浴びながらニタニタと笑い、戦場には似つかわしくないほどの静けさでもって気付かれぬ内にジャイアント・センチピード三匹の脚を全て切り捨てて百足達磨状態にした。本当にコイツは忍者か何かなのか? 俺自身ですら知らん走法会得していやがって。いつかコイツに反乱起こされそうで怖い。世界で一番怖いのは自分自身だと、よく言ったもんだ。
なるべく来て欲しくない未来の姿を振り払って戦場にピントを移す。
味方に行われた凶事にようやく気づいたジャイアント・センチピード達は、その鋭利な顎と刃のような脚を……ってよく見たらムカデの癖にすげーカッコイイ!! 全体的に金属質でムカデ本来の気持ちの悪い光沢は無いし、デザインもより四角くなって節の部分的にどこかロボ系のロマンを見せてくれている。オレンジと黒の配色具合がまた気持ち悪かったのだけど、目の前のジャイアント・センチピードは紫色の本体に薄紫の脚と触角を持ったカッコイイ配色で、頭部はあの感情の感じられない不気味な眼ではなく奥に煌く何かがあるミステリアスな雰囲気漂う気品すら感じられそうな眼がついていて何故かイケメンに見えるレベル。
なんだよこれ、めっちゃ配下にしたいじゃん。ムカデなのに。
「うくっ……ハァッ! 戻れたぁぁ!」
ドロロの狂気を押さえ込んで俺様ふっかぁぁぁぁつ! 俺のロマンの為、俺の体よ、俺は帰ってきた!
途端に体中からリミッター解除の弊害である筋肉痛が発生するもロマン・ハイ状態となった俺の脳内はアドレナリンで埋め尽くされてでもいるのかまったく意に介さず残りのジャイアント・センチピードの脚を尽く切り裂いて百足達磨を量産した。途中でやつらの刃の如き足や顎が掠った気もしたけど、ともあれ計七匹のジャイアント・センチピードを確保した訳だ。
「ふふぃ、なんとか戦闘しゅうりょ……」
あ、まだスライムの池が残ってた。
急速に消えていったアドレナリンのせいで動かし辛い体に鞭を打ってスライムの池に体を向けてその様子を観察する。
どうもぐっちゃぐちゃに重なり合ったスライム共は融合することなく肉体と肉体が重なり合って指揮系統がメチャクチャになってしまい、まったく動けなくなってしまったようだ。不憫だなぁ……
「あの状態なら俺が手出ししなくても問題は無いか……角突き!」
外敵の排除に満足した俺は、後で襲い掛かってくるであろう巨大な後悔に全力で顔を背けながらイルトミルジスとウラガットと同級生と教師が待っている筈の場所に右腕を向けながら角突きを繰り出す。謎の力が右腕を介して俺の体毎飛ばす。
ん? まだちょいと距離が足りなかったか?
「もういっちょ、角突き!」
失速して地面に激突しそうだった体は再び謎の力により宙へと引っ張られる。流石に二回分の突撃は距離を稼いだらしく、ヒトの気配が沢山ある場所にたどり着いた。
「伊能!? 大丈……夫じゃない!? 凄い怪我だ!」
おう、稲田。そんなに俺の体は酷いのか? アドレナリンの残滓と筋肉痛で訳分からんけど……
うん、そういえばさっきから視界が霞み始めてたな。なんともない訳が無いか。
「伊能、しっかりしろ、伊能!」
「ん? 俺としては早く命術士を連れてきて治癒して欲しいんだけど……ていうかジョブはちゃんと決まったんだろうな?」
「え? ……あ、ああ。大丈夫、全員自分から望んでなったよ」
「そうか。なら安心して寝れるな。正直一徹済みな上に高度戦闘までこなしてたから疲れたんだ。おやすみ」
「え、ちょ、伊能!? 伊能ぉぉぉぉ!?」
三週間に一度か二度くらいに訪れる丸一日眠気が走る時の寝入り方に近い感覚が全身と脳に押し寄せ、目の前の人物がどういう存在なのかすら判断出来ないほどに脳の機能が低下し…………
もだめ。おや、しゅみ……………………
どうにも主人公のチートっぷりが増した気がします。もっとやりますけど。