第四十八話:なんとなく不愉快な行動
時はさかのぼり。
さて、中森のド級ミスに巻き込まれた訳だけど。
いやビックリした。
まさか中森がこれほどまでの主人公だったとは。
「ウウ……ハッ、ユウイチロウ!?」
「ロミュアルド青年はまだ寝ぼけてるぞ。ほれ、お前さんの尻の下」
「エ? ……ウワァ!?」
童貞をからかう(中森は既に違うけど)大人のお姉さんな雰囲気はどこへやら。まるでMとFに文庫を挟んでJが付くレーベルの基本的なチョロインキャラの如き可愛らしい悲鳴を上げ、慌てて中森の、顔、から体(具体的に言えば臀部)を退ける。
そう、俺が感心していたのは他でも無い。
伝説の顔面騎乗ラッキースケベをこの眼で目撃したからだ。
いや~、こんな素敵イベントが実際に起きるなんて思ってもみなかったわ。流石中森さんマジパネェっス。
まあ本人はラッキースケベ始まる前に謎の落石で気を失っていたけどな。つくづく引き寄せる男だ。
「安心しろ、骨格は正常だし顔色も一見悪く見るけどそれは洞窟内の薄暗さと土煙を浴びているからであって、補正を抜けば健康そのもの。この状況に巻き込まれたら当たり前に打つ程度に早い脈にきちんと痙攣する手足がある。吐血も実は口の中を切ってただけってオチだな。何よりチーレム主人公がラッキースケベに巻き込まれて死ぬ筈が無い」
「ワゥン」
「何を言っているのかサッパリ分からないノダガ、その前にキサマはダレダ? というよりキサマの方がユウイチロウより傷が重いヨウダガ」
まあ、中世ファンタジー世界の住民に脈がどうの痙攣がどうのラッキースケベがどうのと話したって通じる筈もなし。普通は警戒するに決まっている。特に、夜に舞う吸血のフクロウと来れば尚更。
それと、右腕が折れてるけど俺の108ある特技の一つ、『安静時限定痛覚遮断』によって痛みを感じないから問題ない。大きい骨が折れてるけど骨折した時の為に仕込んであった服の細工できつく関節を縛っておけばグール……というよりこの程度だとアンデッド全般の再生力で十分回復可能だ。あ、あとここでしかやれない暴走自爆主人公ネタやっとくか。骨折を強引に繋ぎ直すやつ。
流石に自爆は手段が無いので。
いや、狂紅の砲塔を臨界点突破させればあるいは……
っと、そんな事はどうでもいい。
「それじゃ、愛しのロミュアルド青年が眼を覚ます前に自己紹介でも済ませておこうか。俺の名前はアネル。またの名をクミオエット・J・エベミスと言い、親しくない者か縁の深い者は伊能錦と呼ぶ」
「イノウ……マサカ、ユウイチロウの言っていた主とはキサマのコトカ?」
「ビンゴ。故あって中森のストーキングをしていたからお前さんの事は大体理解している。魔女の道から外れた、女と子供を喰う狼梟」
「っ!? ナゼ、キサマがソレヲ……」
図星か。やはり元は同じ世界だけあって端動運命とでも言うべき法則が働いていやがるな。
ルー・ジェヴォーダン……いや、ジェヴォーダンの獣は俺の世界で実在していた人食い狼の名前なんだよな。
「当然だろ。ストリーガは、一説では魔女と吸血鬼の共通の始祖と目される魔物だ。なのにお前は溶かす……『溶解士』とでも言える『ジョブ』に就いている。普通なら『吸血士』か『魔法士』辺りになるのが自然だ。そしてその名……生憎だけど、こっちの世界にも同じ名前の人食い狼は実在してたんでね。ルーっつうのも、向こうの言葉で狼を指す。あ、言っておくけど俺はこの世界の住人じゃないから。いわゆる異世界人だな。異人、異邦者、流離い人、世捨て人……まあ呼び方は色々だ」
ここで一旦言葉を切る。
そして、核心に迫る。
「同種から外れた道。対空戦に特化した『ジョブ』。男が存在しない梟と吸血のストリーガ。俺が元いた世界の言語の名前。そして『三年間で女子供を百人も食い殺した狼』。これだけ材料が揃っていればバカでも分かりそうなものだ」
首を左に傾ける。
右耳にギュイン! という音が残った。
「キサマが誰かはシラナイ。ダガ、何も知らない他者にとやかく言われる筋合いはナイヨ」
「ところがぎっしょん、これが関係ありまくりな訳よ」
俺のおどけた言い方にイラ付きながらもどういう事だと問い詰めてくる、ルー・ジェヴォーダン。
なるほど、そこまでは気づいていなかったのか。
「単刀直入に言おう。お前さんの一族は俺の敵である教会の精神支配が進んでいて、唯一お前さんだけが逃れている。可能性が高い」
「…………何を言い出すかとオモエバ」
だろうよ。
だけど、お前さんから聞いた話とストリーガの伝承、何よりお前さん自身が物語っている。
「なら根拠を話そうか。まず、お前さんの『ジョブ』は対象を溶かす物だ。俺は岩を泥に溶かす所しか見てないけど、恐らく氷ならば水に、生物ならばドロドロのシチューに変えるってところだろう? ようは固体を液体にする能力だ。そうだろ?」
「……タシカニ、ワッチの力はキサマの言うトオリダ。ダガ……」
「確認に反論をしない」
何かゴチャゴチャと言い出しそうだったルー・ジェヴォーダンにぴしゃりと言い放つ。まったく、最近の若いモンは最後まで話を聞かないから困る。その癖最後に「何か申し開きは?」と聞くと何も言わないんだ。ケッ、ご都合主義に塗れた愚物的若輩者共め。
っと、今はそんな話をする時じゃない。
「固体。つまりは最も固まった物の事だ。お前さんの力は無機物限定じゃねぇ。生物にだって作用する。現に先程、お前さんはゴブリンを溶かしていた。なら、心に作用してもなんら不思議では無い」
「……ナニヲ、イッテ……」
「無意識って重要なファクターだぜ? お前さんの『ジョブ』は『溶解士』。固まりを溶かす力だ。洗脳だか精神支配だか、そういう凝り固まったモノさえ溶かし尽くす力だ。だったら何故お前さんがそんな力を身につけたのか? それさえ考えれば、自ずと分かる事だ」
大方、ストリーガの『弱点らしき弱点の無い吸血鬼』としての力を利用しようとしたクソッタレのゴミクズ共が何かをやらかしやがって、それに唯一気づけたルー・ジェヴォーダンが無意識にそう願ったのだろう。歪な形で冷え固まってしまった一族の心を、溶かす為に。
そしてその願いには、やがて一族への憎悪となる対空攻撃力が備わっていた。
ただ、それだけの悲劇。
「ヨ、ヨタバナシヲ……ソンナ、デタラメダ!」
まあ、無意識の願いより親しんだ対空攻撃力の方が記憶に鮮やかっつうモンだ。
それを分かっていて俺は言う。
「だったら、なんでお前さんはハーピーモドキなんだ?」
「ッ!!」
ヒトと同じ顔(少し瞳が大きい)、ヒトと同じ胸元(虚)を持ちながら、腕には漆黒のフクロウの翼があり、脚にはカラスのような鈎爪。胴は羽毛で覆われ、局部に至っては尻尾と繋がる形で隠されているような状態。
これが、|ストリーガ《夜に舞う吸血のフクロウ》だと?
仮にも、男を淫蕩に誘い血と精を吸い、赤子を欺き毒の乳を飲ませるという伝承を持つ、ストリーガだぞ。
そんな、明らかにヒトじゃないと分かる容姿な訳が無いだろう!
「お前さんはフクロウとヒトの中間にいる。それは無意識の内に一族の価値観という固まりに引っかかり、能力によって溶けた姿と言えるんじゃないか?」
「……っ」
「……俺はイルトミルジス達を連れて脱出経路を探る。中森もじき目が醒めるだろうし、これを渡しておいてくれ」
そう言って俺はネタを仕組んだ上で『資源入手経路確保ニ邁進セヨ』と電報もとい伝言を書いた紙を渡す。
そして、言い捨てる。
「その間によく考えると良い。己のアイデンティティと原点、そして『能力』を使っているにも関わらず固まったままの現状を、な」
俺はいつの間にかナデナデで脱力状態に陥っていたコボルト君と、手持ち無沙汰だった右手で構っていたノームちゃんを抱えながら小動物’sを連れてこの場から離れる。
……さて。
後はお前の出番だ、ロミュアルド青年。
クラリモンドをセラピオンの聖水から救ってみせろ。
……蛇足だけどよ。
仕事する時は『妖精』を連れ歩かないと決めていて本当に良かったな、中森。
「ふぁ~……あの~わたしはいちおう四大精霊のひとりなんですけど~」
「末席だろ、ノームちゃん。それと、十二属性の精霊と被るからエレメンタルって名乗ってもらいたいんだけど? 中森にもそう説明したし」
「かってに精霊の名前をかえないで欲しい~ほにゃぁ~」
「喉が弱点か。いやいや、精霊っつうのは自我の無い幽霊みたいなもんだし、ノームちゃんみたいな子を精霊なんかと一緒にするのはおかしいって」
「ふぁ~のどは~やめてください~それに~精霊をなんかって~言わないでください~」
「う~ん、どう言えば伝わるかね……」
さて、そろそろか。
「愚かなる人間め……我が同胞を辱めるその所業」
「分かったやめる。俺はあんたに用があってわざわざ折れた右手でノームちゃんを構ってた訳だ。悪かったな、ノームちゃん。それとイルトミルジス、警戒を解け。残念ながら実力差が違いすぎる」
なんか心の中でカッコつけてたけど、彼のエレメンタルが現れたのは五分後だった。まあ、俺ほどの世界を知る者じゃなきゃ誤差五分で済ませられる訳無いんだけど。ああでも、わざわざ小細工までして尚誤差が生じるなんて、俺もまだまだか。
「いえ~その~たまになら~」
反省もそこそこに、ノームちゃんの上位互換的な土色の美女に向き直って、座る。ノームちゃんが何か言ってるけど、いくら折れた腕とはいえ俺のナデを食らった小動物が気持ち良くなら無いなんてありえない。これは予想されていた事だ。
「……はい?」
「いつでも相手してやるから話は後で。さて」
自分で言っててなんだけど、言動だけだとただの軟派男だな。
左手はコボルト君をナデナデ。
「お目にかかれて光栄だ。大地の化身、豊穣の奇跡を司る者、小人の守護者……まあ、そこら辺の権能を持ったエレメンタルよ。俺の名前はアネル。ニシキ・イノウともクミオエット・J・エベミスとも呼ばれる事がある」
「……何者なのだ、貴様」
土色美人……ノームの中でも上位の力を誇る(筈の)彼女が訝しげな表情で尋ねてくる。もはやお約束だな。
「作家だ」
「はっ! あ~ああ~あの~ごあいさつが遅れました~富める乙女様~」
簡潔な答えに続く形でノームちゃんがしゃんとした表情と姿勢で土色美人にお辞儀をする。こりゃあロリコンほいほいだな。かわゆす。
まあ、この愛らしさなら一般人でも可愛がるだろうけど。
「大丈夫でしたか、原石。この破廉恥男に何をされていたのか、全て見ていましたよ。安心なさい、私が守ってあげます」
土色美人が俺を無視して優先するくらい可愛い。俺の(元)性欲センサーには引っかからないからどこまでも小動物扱いだけど。つうか、ノームだから幼女に見えるだけでサイズを無視すれば中森と同い年くらいの外見だけどな。
俺と同じ? それだとおばさんになるだろ。それくらい分かれよウィルフィール。
「いえ~その~どちらかといえばまたやって欲しいな~なんて~」
「まあ、お可哀想に。悪い男に惚れてしまったのね。原石よ、それは一時の迷いに過ぎないのです。見ていなさい、私がこの男を始末します」
「ちょちょちょちょ!? ストップストップ! あんたが暴れるとこの鉱脈が崩れるだろ!? 自重しろ自重! 俺はあんたたちエレメンタルと話をしにきたんだよ!」
今回の場合、ルカン兄さんの威光は通用しないし、高位のエレメンタルは時に魔王種に匹敵する力を持つ事がある。この人はそこまで強くは無さそうだけど、どうせ俺より強い。絶対勝てないなら下手に出て時間を稼ぐしかない。
それに、話がしたいというのは本当だ。
むしろ中森がノームの存在を教えてくれた時点で尾行や『雄一郎最強化計画』なんかよりよほど重要な目的になっていたくらいだ。いくら普遍的とはいえ、エレメンタルを特定する事なんて基本出来ないんだし。
「話ですって?」
幸いにも脳筋ではなかったようだ。これだよこれ。問答無用で襲い掛かってくるフォグザヌちゃんにも見せてやりたいよ。
「そうだ。あんたはノーム。シルフ、ウンディーネ、サラマンダーと合わせて四大精霊……いや、クワトロエレメンタルと呼ぶべきか。とにかくそういう存在だろ?」
ノームちゃんが「だから~」とでも言いたそうな表情でさり気無く俺の右手に近寄ってくるも、土色美人に止められてうな垂れた。ふぅ、相変わらず罪な右手だぜ。
「……貴様、何者だ?」
「だから作家だと……いや、そうだな。アネルドラの名を継ぐ者と言えば伝わるか?」
その一言で土色美人の顔色が変わった。土色から岩色だな。青ざめるみたいなもんかね? 照れたら逆に砂色とかになるのか? ちょっと知りたい。
「ふざけた事を……己を勇者と偽る人のなんと多いことか」
「人の話聞いてた? 俺はアネル。この名を付けた後でルカリオンからアネルドラの話を聞いたんだよ。アネルドラの名を騙る狂の子。勇者なんて、虫唾が走る」
俺は魔王を倒せと言われながらヒノキの棒と布の服しか持たされてなくても怒らないような聖人じゃねぇんだよ。
「ルカリオン……『妖精』の王ですね」
「だから王なんかじゃないって……」
へぇ、この世界のエレメンタルは世界の子たる妖精になんの敬意も持ってないんだな。まあ考えてみれば世界……というより星を構成する四元素なんだから、むしろ妖精は子供……いや、姪とか甥みたいな扱いなのかもしれん。
土色美人はルカン兄さんの訂正を無視した。
「『妖精』の王が信を置く者、ですか。以前は魔王ロクルでしたね。負け犬の……」
「待て」
コボルトを構っていた左手でスローイング・ピックを抜き、音にも勝る速さで土色美人に投げつける。
生憎、やはり地面の土が競り上がってピックを防いだ。チッ。
「なんのつもりですか、人間」
「てめぇこそどういうつもりだ。パパ……偉大なる魔王ロクルの顔に恐れ多くも泥を塗るつもりか? 海に流すぞ」
濡れようが泥になり乾かされようが砂になる。しかし、海に流されたらもうその身を維持出来ない。そんなノームを知っているからこそ、俺は殺意を籠めてそう言った。
案の定、土色美人は怒った。
「貴様! 私をノームと知っての言葉か!」
「貴様こそ、偉大なる魔王を相手に負け犬だと? この痴れ者が!」
そして俺も怒った。
激怒した。
さて……さて! 今まで世界を知る者として、立場無き者に当たることが出来なかった鬱憤を晴らさせてもらおうか!
「恥知らずが! テメェはノームの三位か二位だろ!? だったら相応の月年を過ごして来た筈だ! なら分かるだろが! 魔王という存在がいかに強大で、欲深い者かを! そんなロクル様が、三千年も隠居同然の身に置いていたんだぞ!」
ちくしょうが。俺は不必要に声を荒げる輩が大嫌いなんだよ。だのに俺は……クソ、格好悪ぃ!
「いいか、三千年だぞ!? 例えその内の二割が悔恨に帰していたとしても、あまりに過酷な事だと思わないのか!? いや、あのロクル様の事だ。その半分が悔恨に沈んでいたっておかしくねぇ。だとしても一千と五百年だ。テメェは一千五百年の停滞を想像出来んのかよ!?」
少なくとも世界を知る者の俺だって一度だけ成功した『減速世界』と『仮体験』を同時に使わない限り出来やしないねぇ! 黙ってないでなんとか言ったらどうなんだ泥アマぁァァ!
「ロクル様はな! 大切な奴らを何体も殺されて、復讐すら出来ない己の無力さを噛み締めて生きてんだ! 最強がな! 貴様に何が分かる。死んでも新たな子として蘇るエレメンタルに、ロクル様の何が分かる! それでも、あるいは人知を超える自我を持つ『星』の子供か!」
ゼェェ、ハァァ
やはり心の中で悪態を吐くより、現実の相手を攻撃するっつうのは楽なモンだ。
何より、言って後ろめたくならない奴っつうのが良い。
「そ~そんな言い方って~ないですよ~」
クククッ、きはっはっはっ! オイオイオイ! なんで一番幼い第五位のノームが先に反論してくるんだよ! 年長者としてそれはアリなのか!? 傑作だな!
「やめなさい、原石よ」
おっと、胸中の嘲りが顔に出ていたか。土色美人がノームちゃんの口を物理的に止める。流石に自身の手で、だけど。
しかし……俺の言葉を聞いて尚。その顔、なんだよ。
「何故貴様はそこまで魔王に肩入れをするのだ? いや、そもそも何故人間が魔王の名を知っている? アレは三千年前、教会の手によって滅された筈だ」
……いや待て、冗談だろ? もしかしてパパが生きていること、知らないのか?
あの、エレメンタルが?
「…………おい、まさかとは思うけど、お前らノームは教会の味方か?」
ありえない。
ありえないけど、可能性が思い浮かんだ。
敵性日本人共は、世界の子たる『妖精』すらも三千年という長い年月を欺き続けてきた。それは隠蔽能力もしくは印象の擦り付けみたいな力が極端に強いという事であり、隠蔽能力も印象の擦り付けも広義で言えば精神感応系能力だ。元々その辺の能力に耐性がある吸血鬼や魔女に親しいストリーガの一部族全員(ルー・ジェヴォーダンは例外だろう)に精神支配を施したらしき情報もある。確実じゃないのは確かだけど、ルー・ジェヴォーダンの様子を見ればそう外れた想像でも無いだろう。
そしてそれだけ強い精神感応系能力……いや、『灰の原色』でも『世痛の波』でも良い。それだけ強力な力ならばあるいは、エレメンタルでさえも支配下に置くことが出来るかもしれん。
「何を言っているのですか? 我ら精霊は個によって契約を結ぶ事はあっても、種族全体で誰かの力になる事などありえません。裏切り者のサラマンダーは別としますが」
中途半端な姿勢でガッツポーズをやめる。
エレメンタルが、仲違いをしている、だと?
「待てよ。貴様らエレメンタル……少なくとも自称四大精霊のサラマンダー、ウンディーネ、シルフ、ノームは安定していてこそこの星の秩序を保っている筈だ。それなのに、サラマンダーが裏切り者だと?」
…………ふぅ。
「我ら四大精霊の関係を知っているとは、つくづく不気味な人間ですね。安心なさい。我らは私情で世界を壊すような真似はしません」
どうやら杞憂だったようだ。
まったく、人騒がせなノームだ。
「それを聞いて安心した。ただの傭兵いがみか」
「……無礼ではあるのですが、あながち間違っていません」
「そんな事より、教会と手を組んでいないというのは本当だろうな?」
「違うと言っています。そう言う貴様は反教会派の者ですね」
「間違いじゃねぇな。だけど相互関係如き、口ではなんとでも言える。ノームちゃん」
「は~はい~?」
「ノームちゃんが第五位だとして、第一位のノームの名は?」
「っ! 貴様! 我らが女王の御名を……」
「答えてくれなかったらもう二度と撫でない」
「土の神~ドヴォルザーク様です~」
……これはアレか、音楽家か? それとも超魔竜か? どっちでもいいか。
「そうか、良い子だノームちゃん。ご褒美に撫でてあげよう。さて富める乙女さんよ。ノーム第一位の土の神、ドヴォルザークの御名の下に嘘を付かぬと誓え」
「き、貴様……分かりましたわ」
だろうな。
義を挟んだ上の口からでまかせっつうのは、案外人間や悪魔や神族くらいしかやらねぇもんだ。こういう『人知を超えた』類の種族は力が強い分そこら辺の制約が課せられている。というより、力を持っているからこそ嘘など吐かないというか。
もちろん、個体によって例外はいるだろうけど、そういう奴はこんな如何にもノームがいますって場所にはいない。変人は公共の場が嫌いだからな。
「貴様らノームは、教会……今の人族社会を実質的に支配している連中と協力関係にあるか?」
「いいえ、違います」
ふむ、そうか。
「悪かった。一度でも連中に知られると俺と俺に連なる連中に被害が及ぶから、嫌でも慎重にならざるを得なかった。すまん」
怒気はちょっと置いておいて、常識的な『人間』として土色美人に頭を下げる。疑って間違いだったらきちんと謝罪。常識です。
「……なるほど、理解しました。私も元は小人騎士でしたから、気持ちは分かります」
「理解に感謝する」
俺の気持ち……纏める者の気持ちがわかるっつう事は、第三位か。
元、という事は、この土色美人は第二位か。確定は毎度ながらアレだけど、それに近い事は確か。
……ただの山だと思ってたんだけどな。そこまで大地の力が強いのかよ、ここは。
それはともかく。
これじゃロリコンの謗りを受ける覚悟でノームちゃんをナデナデしていた意味が無い。
「そちらが教会の味方ではないと分かった上で言おう。最強の魔王、ロクル様は生きておられる。もっとも、俺が擁護した時点で分かっていたとは思うけど」
「当然です。人間とは愚かな生き物ですが、どうやら貴様は質が違っているようです。先の非礼はお互いに忘れるという事にしましょう」
話が通じて何よりだ。まあ、いくら頑固なノームといえどそこはエレメンタルの一種。ある程度柔軟性が無い筈は無いんだけどな。基準が違うんだよ、ヒトとは。
「改めて自己紹介をしておこうか。俺の名はアネル。当然偽名だけど、俺はこの名をつけるまでアネルドラの話を知らなかった。偉大なる魔王ロクル様の名に誓って、真実だ」
「魔王の名に真実を誓う者等、本来なら信用に値しませんが……四大精霊の精神構造をある程度知っていて、なおかつ忠義について理解のある貴様の言なら信用出来るでしょう」
「残念。俺がロクル様に抱いているのは忠誠ではなく愛だ。実を言うと、俺はロクル様の養子なんだ。普段はパパと呼んでいる」
「……『妖精』の王よ、今の話は本当ですか?」
「だから王じゃないって……うん、そうだよ。ニシキはボクの大切な弟」
「本当に……何者なのですか、貴様は」
ふむ。
魔王ロクルの存在は知っているけど、その人柄は知らない。負け犬っつう見当違いにも程がある認識って事は、パパが負けた場面を見た、あるいは実際に見た他のノームから聞いた。って所だろう。
それに加えて第二位に近い力を持つ、と。
なら、恐らく土色美人が生まれたのは三千と二~百年前。というところか。
……パパが隠れた頃の土色美人は第五位→第四位になる時期だよな。頑固なノームの思春期。っつうと、パパのイメージが悪い方向に固まっていても不思議じゃないか。
とはいえ、真実を知っていてもおかしくない立場なのは変わりない。怒鳴った件に関しては謝らんぞ。
「パパの事情も含めて、俺は様々な理由で教会を憎んでいる。俺がノームのお偉いさん……っつうのも表現がおかしいか。ノームの強者に出会ったのもそれに関連する事だ」
「契約の話でしたら、お断りします。この原石は既に仮契約者がいるようですので干渉はしませんが、私はまだこの地を守らねばいけないのです」
ノームとしてはこれが正しい反応か。
「そこら辺の事情は理解しているつもりだ。その上でこちらがしておきたい要求は二つ」
「聞くだけなら許しましょう」
「助かる。まず一つだけど、この山で鉱物の採取を許可してくれ。言うまでもなく、大地の力が弱まらない程度しか持って行かない」
「それくらいなら許可しましょう。そもそも最初に断りを入れてもらえた分、私が感謝しなければならないでしょう」
「なるほど、そういうものか」
いきなりゴッソリ減るより事前にいくらくらい減ると聞いておいた方が、守護する側にとっても助かるのだろう。
資源の適量採取は全種族に認められた自由だし。
「なら二つ目だ。俺やロクル様に協力しろとは言わない。その代わりに教会と協力するのもよしてくれ。現在契約中のエレメンタルは別にするとして、だ」
「その協力という定義はどのくらいなのですか」
「全部だ。連中は世界にとって害悪にしかならねぇ。例えこの星が平常運転でも、世界にとってみれば害虫みたいな連中だからな」
「……どういう事ですか」
「俺の解釈はあくまで『人間』としての物だから、詳しくはドヴォルザークとやらに聞いてくれ。流石に第一位が知らない話でも無い筈だし」
ノームやエレメンタルに限らず、『人知を超えた存在』なら異世界単位の知識を持っていないと自らの役割が分からなくなり、所属する『星』に悪影響を与えかねない。まあ、それでも他の異世界の存在は知らなくても不思議じゃないけど。基本的に自分の世界さえ知っていれば運用には事欠かないし。
その役割も、あと五年続くかどうか……
いや、今は言うまい。下手なことをすると『勇者』に嗅ぎ付けられる。
「俄かには信じ難い話です。しかし、貴様はどうやら嘘を吐いていない様子」
「当然だ。ノームの親玉を話に出して嘘でした、なんて日にゃ……わりと洒落にならないレベルで俺に災厄が降りかかる」
そんな事をしようものなら、全ての土が俺を目の敵にするだろう。大地と金属と宝石が俺を敵視する未来なんざ想像もしたくねぇ。
「だが、ドヴォルザーク様が貴様の言葉を聞き届けるかどうかは分かりませんよ?」
「ダメ元だからそんなに気にしてない。まあ、流石に第一位が『魔王という概念』を知らん訳無いから、パパとルカン兄さんと俺の名前を出せば普通に聞き届けてもらえると思うぞ……待て、ドヴォルザーク様とやらはお幾つだ?」
「遥か五千の時を生きておられる方です」
「なら安心だ」
いくら頑固でパパを敵視しているノームの親玉と言えど、最強の魔王、『妖精』の長兄、未来の勇者の名を一挙に出されれば拒否はし辛いだろう。
なんなら。
「それと、俺の親友に栄光なる古龍が一体いる。その奥さんも(精神が)幼いとはいえ(体だけは)立派な古龍だ。ロクル様の名に誓って偽りが無いと宣誓しよう。それと、この子がその二龍の子。ナヴァンちゃん」
そう言ってナヴァンを撫でる。
ちなみに、嘘は言ってない。古龍歴ならフォグザヌちゃんの方が長いけど、精神年齢で言えば圧倒的にヴルムが上だ。
「こ、古龍……ドヴォルザーク様に匹敵するような力を持つ彼の龍を友に持つ、ですって?」
案の定、驚かれた。まあ、希少性で言っても他に類を見ない種族だからな。当然の反応といえば当然だ。
たぶん、他の星を含めてもそう数はいないだろうし。
「そこまで言われて信用出来ないようでは、ノームの名折れですか……わかりました。この件は責任を持ってドヴォルザーク様にお持ちいたします」
「ありがたい。俺からの要求は以上だ」
「私からは特にありません。ただ、無言の礼節は弁えなさい」
「へいへい。撫でる以外ノームちゃんには手出ししませんよ」
そんなやり取りの後、土色美人は現れた時と同じく唐突に消えていった。
ふぅ……性質上安全だと知っているとはいえ、やはり格上に突っかかるととても疲れる。
中森じゃねぇんだ。いくら狂人+『世界を知る者』+アンデッドとはいえ、圧倒的な格上相手に何も感じねぇほど人間じゃない訳じゃねぇ。いずれワンパン出来るまで成長するつもりだけど、流石に現段階では無茶ってもんよ。
だから治まれ、俺の足。
情けない足はともかく、ノームちゃんの件で出てくるタイミング的にこの先はどうせ土色美人のボス空間だろうし、さっさと中森とルー・ジェヴォーダンに合流しよう。
「よし、それじゃあ引き換えそうか。なんとなしに中森が美味しい展開に会ってそうだし。それでいいか?」
「ボクはニシキの行く場所に着いていくだけだよ」
「クゥ」
「クぉん?」
「クゥ~ン」
「あの~私はドヴォルザーク様を~ふつうの人間よりかるくあつかうあなたと~どうせっすればいいのですか~?」
「今までどおりで良いぞ。俺自身特に他者から敬われるような立場じゃねぇし」
念のため小動物’sに確認を取り、ノームちゃんとわりかしテンプレなやり取りをしてから腰が抜けたらしい(白々しくも原因不明)コボルトを抱え、その場を後にするのだった。
そして。
俺は予想通りルー・ジェヴォーダンに泣き付かれている中森を発見したのだった。
やっぱチーレムに適性あるわ、コイツ。
こりゃ仕事人の心を疼かせ無い訳にゃいかんな。
先週の無様がなんだったんだってくらい書けました。




