第四十四話:なんとなく退屈な覗き
さて、もう少し竜の系譜について語らいたかったけど、前方の茂みの奥にヒト二人分と妙に途切れ途切れな気配と他人が仕掛けた罠に誰かが嵌る瞬間を見ているような感覚が現れたので仕方なく話を中断する。それにしても、実はパパが地龍派だったなんて驚いたな。竜の翼が身体の一部になっていたから、てっきり飛龍派かと思ってた。
しかしまあ……争っているような感じじゃないけど、ちょっと気になるな。
「パパ、ルカン兄さん、面白そうだから気配隠して様子を見よう」
「ニシキ、建前と本音が逆になってるよ」
「ネタはぶちかますに限るからね」
そう言って俺は気配を消す。これ、実は争い事の為に身につけた技術じゃなくて、二回目の人生の時に何をトチ狂ったのかネタに走って女湯を覗きまくっている内にいつの間にか身につけていたんだよな。俺の108ある特技の一つ、『湯隠れ』という名前で二度とトチ狂わないように戒めた、情けない特技だ。本当に、なんであんな事したんだろう?
(エロとは本能であり、本能とは生物の基本的行動指針! ならば、エロが否定される世界こそがまちが――)
(黙ってろアスモデウス! ノーマ、このエロを黙らせておけ)
(はぁ……久しぶりに出てきたと思ったらこの仕打ち……これだから頭のおかしい奴は)
(グチグチ言ってねぇでさっさとやれって、この常識人が)
まったく……なんだかグールになってからというもの、別人格共のタガが緩んできている気がする。気をつけないと本格的に人格を乗っ取られそうだ。
「気配断ちが全力のコウガルン一歩手前……だと? お前はどこぞの寡黙なる性識者か!?」
「……」
パパのド鋭いツッコミは無視させていただきます。
さて、風と小動物の動きに紛れて中森達の気配から少し離れ、適当な木に登って気配の元に眼を向ける。わざわざ遠くに離れたのは森の子エルフの幼女と、蜘蛛の狩人シャサーレ・アレニエに気取られないようにする為だ。元々聴覚と視覚は良かった(というか、良くせざるを得なかった)ばかりか、グール化して味覚と触覚を除いた五感が鋭くなったので多少の距離など関係ない。
ちなみに、さっき声が聞こえなかったのはパパとルカン兄さんの相手に神経を注いでいたからだ。昔は気を抜くと途端にオートアタックモードに突入する口を押さえるために神経を使っていたのでヒトと話をするのは好きなのに会話はしたくないというジレンマに陥っていたけど、今となってはその程度の集中力はいくらでも維持出来るのだ。けど、やっぱり大切な存在には全力を注ぎたくなる。
さてさて……そんじゃ、盗聴と覗きに集中しますか!
「…………すか!?」
「え、本当だよ? 僕と由奈は、こ、ここ……婚約! してるんだ……よ」
「…………そう、だよ」
いきなり修羅場の火種蒔いてやがる。チーレムは最初にヒロイン達がハーレムを受け入れるかどうかが肝心だから、これはもっと詳しく観察しないとダメだな!
「そ、そんな……っ!」
「……?」
きッ! と、本人は精一杯怖がらせているつもりだろうけど、その幼さと身長故にその手の紳士が通りかかったら出血多量で百回死ねる程の破壊力を持つ核より危険な表情になっている。その手のどころか紳士ではなく淑女(?)である中森妻はクエスチョンマークを頭上に煌かせながら首を傾げていた。
中森は……よし! 両方を見てノックアウトォ!
「ほう……恋愛対象が移ったようで何よりだ」
と、さっき音も無く上ってきたパパが微妙なカミングアウトをしてきた。へぇ、こっち来る前はパパに惚れてたのかあの幼女エルフ。勇気があるというか、変人というか……どちらにしろ男の趣味は良いな。
「ヒトどころかエルフ基準で見ても圧倒的な歳の差だったからどうしようか考えていたが……雄一郎に押し付ける事にしよう」
「ナイスパパ。出来ればいき遅れの美女も連れてきてくれると嬉しい。俺は中森を最強チーレムに仕立て上げるつもりだから」
「……労働厨乙。だが、そうだな……結婚式の話を聞いていた娘が興味を持っていたし、連れてくるか」
「……ちょーっと待って。む、すめ?」
一瞬木から落ちかけた。冷や汗が背中で洪水。
「ああ。あれは俺が魔王になって大体五百~二千年前の事だった」
年数幅が魔王級。
「当時の俺が知らない『ジョブ』によって俺の軍を傷つけた馬鹿がいてな。その首謀者がムカつくドラゴニュートだったから実験も兼ねて百年くらい犯した後に産まれた子だ」
ぱ、パパ……それ俺じゃなかったら確実に剣か何かを抜かれてるよ。まあ、傲慢が基本なドラゴニュートに「ムカつく」という冠詞が付くくらいだから、よほど酷い人格だったんだろう。ていうか、ドラゴニュートと子作り可能って事は、当時から竜の系譜の因子がパパに入っていたって事だ。そりゃ最強の魔王って言われるわ。
……ん? 待て、おかしいぞ。
「ねえパパ。レミスタンさんから邪狂の色について聞いたんだけど……」
「レミスタンが俺の親しい人を殺したからな」
納得。『未知の世界に影響を与える者』と邂逅する前から邪狂の色は同じだったんだね。なるほど、やっぱりパパは悔恨の大罪人だよ。
「……話を戻すぞ。そんな過程で生まれた子だが、悪い子じゃない。ちょっと国を滅ぼした事があるだけの」
「傾国の美女、頂きました。運命を半ばご都合なまでに塗り替える主人公のチーレムにはピッタリだよ」
「……その主人公とかいうのも、『世界に影響を与える者』なのか?」
「いや、そういう体質の存在。トラブル誘発体とも言う。ドリルでなんでも貫くガンメンとか、右手一つで全部救う『普通の高校生』が代表例かな」
後は、大抵のラノベの主人公だな。別名『女(男の場合も)ホイホイ』、『無自覚タラシ』、『フラグ建設士』、『存在がチート』。ヤツらは歴史改変に近い事でも大抵はなあなあで済ませ、結局は占いや伝統に縛られた神話の神々や英雄を越える。まさに、『世界を知る者』以外が聞いたら『ズルイ』と吐き捨てるレベルだ。
例えば、中森はこの森でいずれヅィ・スコロペンドラに殺されていたシャサーレ・アレニエと契約を結んで生かし、いずれ天才エルフとして名を馳せる筈の幼女エルフの死を回避させたり、鉄骨に潰されて死ぬところを俺に助けられたり、な。あれは俺のせいだけど、後にニュースでワイヤーが老朽化していたのが原因で崩れたとか言ってたから、俺が通りかからなくても鉄骨の山は崩れ、中森は潰れたトマト缶に成り下がっていただろう。
マジモンのデスティニーファッカーだよ、中森は。
実際、俺は三回の人生の中で一度だって幼児園に通っていた時期に鉄骨の落下が原因の死亡ニュースを見たことが無いのだから。
「なるほど…………俺は見た事も聞いたことも無いが、ニシキが言うのならいるんだろうな」
パパは難しい顔(これ、一般人にはどう調理してやろうかって考えてるような顔に見えるだろうなぁ)で考えるも、結局はそう落ち着いたようだ。うんうん、こればかりは俺も確証が無いから反論されたら創造による想像としか答えられなかったから安心だよ。可能性上は存在するんだけど……まあ、UMAみたいなもんだ。
「おっと、中森が起きた。観察観察」
さて、幼女エルフ相手にあんな反応を示した中森は、さてさて……
「大丈夫? どうしたの、いきなり」
「なな、なんでもない! なんでもないよ!」
何て苦し紛れな。でもそれに騙されちゃう中森妻も超盲目。
「そっか……ならいいんだけど」
「うぅ……」
本人としては嫉妬で唸っているつもりだろうが、仔猫がじゃれ付くような感じであるために中森夫妻の表情筋を緩めただけだった。
キチキチ
「ん? どうかした? シャサ」
なっ……既に愛称呼び、だと。順当に鈍感チーレム道を進んでいるようで何よりだが……何気に俺が付けた名前より可愛いのが腹立つ。
キチキチ
「???」
シャサーレ・アレニエ改めシャサが……なんだろう、鎌を擦り合わせて威圧しているような気がする。ああ、あれか、「ロリコンは死ね」という奴か。シャサが前世持ちとは知らない中森ならそれに気が付かなくても仕方ないか。
「こ、コホン……とにかく、僕はそろそろ行くよ。由奈、調理頑張ってね」
「うん……雄一郎も、気をつけて」
「うん。それじゃ、行ってくるよ」
改めてツッコませろ。お前らは新婚夫婦か!
「カサネホルちゃんは私と一緒。危ないからね」
「いや! ゆういちろうさまといっしょがいいです!」
「わがまま言わないの。さ、お姉ちゃんと一緒に皆の賄いを作ろうね」
「いーやー! ゆういちろうさまー!」
「あはは……由奈、頼んだよ」
アレだな、パパと一緒じゃなきゃやー! って言う幼児だな。カサネホルちゃん、ヒトで例えると十歳くらいの筈なのにな……ところで中森妻よ、中森から新妻の料理はうんぬんの話を聞いたのか。
そんなこんなで中森はシャサとレベリングへ、中森妻はカサネホルと調理をするために例の木の板の部屋に引き篭もった。ちなみに、竈はようやく火種が安定した為に伊藤は必要無くなった。薪は『木工士』に作らせた。俺の知識と便利道具を与えたおかげで現在のレベルは3。流石は異世界トラベル。非住人の方が優れた才能を見せるな。
さて、俺はどっちを観察しようかな。中森妻とカサネホルのやり取りを見る方が楽しそうだが……
「パパ、中森妻とカサネホルをお願い。俺は中森とシャサの方を見てくるよ」
「良いのか? こっちの方が面白いことになりそうだが」
「本音を言えばこっちのが良いけど、咄嗟のときにすぐフォローできるパパがいてくれた方が助かる。エルフってデフォルトでプライド高いし、この世界のエルフがどんな地雷を抱えているか分かったものじゃないからね」
「把握した。それじゃ、行って来い」
「了解。任せた」
心の中でスライムとアネルスライム達に中森妻とカサネホルの護衛兼お目付け役を頼み、イルトミルジスにナヴァンと共に合流地点へ移動するよう指示を出す。ささっと茂みを掻き分けて二体と合流し、こっそり中森とシャサをストーキング。
しばらく進むと、不意に中森がコボルトを召喚した。大きさは大体ゴブリンと同じサイズなのでまだ子供と思われる。なるほど、そう来たか。
俺は中森に資源確保を命じていた。そろそろ煉瓦用の粘土や関連『ジョブ』も揃ってきたから本格的な生産作業に移りたいと思っていたからだ。しかし、他の連中はレベル上げや薬草採取等に忙しくて時間が取れないため、レベル上げも兼ねた調査が単体で可能な中森に命じたのだ。
木材と金属のどちらかを大量に、という話だったが、なるほど。コボルトを使って鉱脈を見つければ中森に別の任務を与えている間にも他の誰かを使って採掘が出来る。考えたな。
子コボルトは早速山がある方向へ駆け出し、中森が追従……出来ず、シャサに乗って追いかける。コボルトは犬の獣人というよりワーウルフやライカンスロープ等の『人間よりは獣に近い骨格』を持つ種族であるため、子供でも走る速度はヒトの成人男性よりよっぽど速い。中森が貧弱なわけじゃ無いのだ。
「あ、あそこは……」
「え、何。ヤバめな奴がいるの? それとも豊富な資源?」
「えっと、その……どっちかと言えば、後者? ごめん、資源関係は『星』を滅ぼす因子になりえるから言えないんだ」
「物凄く納得」
ルカン兄さんが不穏な爆弾を落とす。なんだろ、水銀の山とか? いや、そんなアホな……とは、言い切れないのがファンタジー世界な訳だけど。
僅かばかりの不安を覚えつつも、中森の背中を追う。なに、ヤバけりゃ俺が直々に助ければ良いし、ヅィ・スコロペンドラに追従する力を持つシャサもいる。このまま見届けてやろうじゃないか。
中森が子コボルトを召喚して三十分が経過した。
中森はバイコーンと遭遇した。こいつもまぁ、よくよく引き寄せるやっちゃな。ていうか、なんでこんな森の奥深くにビッチ好きのバイコーンがいるんだよ。確かにユニコーンと比べて個体数が多くなる性質だけどさ。
っと、愚痴はさておこう。
中森はコボルトを即召還し、代わりに弱めの戦士の霊……恐らくレイスと同系統のゴースト系魔獣と麻痺属性の魔剣……厳密に言えばエゴソードや邪剣に成る前の未成熟剣を召喚した。良い判断だ。バイコーンは二つの角に毒を持ち、馬というよりは象のような豪脚を持っている。しかし、ユニコーンのような癒し・解毒系の能力は持ち合わせていない。時間はかかるが、確実に仕留められる。
バイコーンは突如として出現した戦士の霊を警戒しながらも、当初の目論見通り中森へと狂角を向ける。中森はそれを敵対行動だと認識したのか、直後に戦士の霊をバイコーンへ嗾けた。質量を持たないにも関わらず物質へ干渉出来る戦士の霊はただ黙々とバイコーンへ突撃し、喉に魔剣を振るう。対するバイコーンはある程度の余裕を持って二本の角で魔剣を防ぐ。流石に低級の霊じゃ一断は無理か。
バイコーンと戦士の霊がぶつかり合った隙を突いて、中森が再び魔獣を召喚した。今度はマンティコアか? 例によって例の如く小っこいけど。
ライオンと虎をベースに朱色の体。尻尾の先にはむしろ可愛いとまで言える針が無数にある。どこか人間臭い顔をしてはいるが、明らかに人間ではないと分かる。
呼び出されたマンティコアはバイコーンへ尻尾の先を向け、何本かの針を発射した。なるほど、マンティコアの針には毒がある。いくら小さくても、マンティコアの針はいくらでも生え変わる。戦士の霊に射線が遮られることも無いし、良い判断だ。
中森って何気に指揮官のセンスあるな。それだけ戦士の霊がチートな性質っつうのもあるだろうけど。
戦士の霊とシャサに意識を向けていたバイコーンはマンティコアの攻撃に反応しきれず、右前足に何本か針が突き刺さった。一瞬怯んだバイコーンにすかさず戦士の霊が黄色い魔剣で切りかかり、右側面の胴体に傷を付ける。
「う、うわぁぁぁぁ!」
そこに中森自身がわりかし情けない声を上げながら突っ込む。右手には戦士の霊が持つ魔剣に似た黄色い剣を持っていて、その剣戟はお世辞にも良いとは言えない。あいつ、戦闘はイマイチだな。何が悪いって、目を瞑るわ、刃を半分寝かせるわ、体勢が酷いわ、握りが甘いわ……まず間違いなく接近戦闘の才能は無い。完全な支援タイプだな。
とはいえ、そんな事は分かりきっていた筈だ。でなきゃ『召喚士』なんて『ジョブ』を選ぶ訳が無い。
この先をどう魅せてくれる?
続けて二撃も食らって完全に体勢を崩していたバイコーンだったけど、それでも中森のへっぽこ剣は通用せず、余裕綽々で回避される。その隙を戦士の霊が切ろうとするも、腐ってもユニコーンに連なる魔獣だ。中森のへなちょこ剣ほど余裕は無さそうだけど、それでも避けた。
マンティコアから毒針発射の援護が入る。しかし、一度してやられた事だ。ゴブリンじゃないんだから簡単に避けられる。
そこにゴブリンが突撃してきた。
一瞬乱入かと投げナイフを抜きかけたけど、動きからして中森が召喚した魔獣だと判断し、手を離す。
中森が召喚したゴブリンは手に持った棍棒でバイコーンの角を叩き潰そうとして、呆気なく蹴られて絶命。死体は残る訳ね……
その間に中森達は体勢を立て直し、中森と戦士の霊が同時に攻撃を仕掛けた。中森の雑魚剣があっさり避けられ、戦士の霊の剣は頑丈な角で逸らされる。その隙をマンティコアが攻撃し、バイコーンは咄嗟に後退する。
その間に中森はクモリと思われる青い蠍を呼び出し、後退する。流石に制御が追いつかないのだろう。頭が痛そうに顔を顰めている。
それでも中森は手にした黄色い剣をバイコーンに投げつけ、同時に戦士の霊とクモリが攻撃を仕掛ける。マンティコアがバイコーンの回避場所を予測したように撃ち、今度は右胸に毒針が突き刺さる。これは痛かったのか、悲痛な嘶きを発するバイコーン。
その、決定的な隙が仇となった。
現在、中森が使役可能な魔獣の中で最大の攻撃力と速度を誇る魔獣、シャサーレ・アレニエがオニキスの如き黒を誇る大鎌を振りかぶり、バイコーンの首を刎ねた。
……ショーとしてはどうかと思うけど、まあ良いんじゃないか? 元々シャサーレ・アレニエが相手をしていればそう苦労する事無く殺せたんだし。うん、他人(人じゃないけど)任せにせず、自分の持っている力でなんとか立ち向かおうとする姿勢が大事だ。うん。
そういう事に、しておいてやろう。
あんま楽しくなかったけど、まあ、これからの成長に期待出来たんだから。
暇つぶし兼気晴らしで書いていた小説を投稿してみますので、良ければ見てみてください。タイトルは『そろそろロマンを求めてみようか』。一月十一日午後七時に投稿予定です。
次回は久しぶりの中森視点です。




