第四十二話:なんとなく嫌な成行
遅れてごめんなさい
さて、俺も大概冷めた心を持っている物で。
なんの動揺も無くルカン兄さんを肩に乗せたまま、自然由来スライム改めアネルスライム達の前に立つ。
なんか一回り大きくなってる。
「こいつは……あれか、取り込みの結果か?」
カタカタ
シメシメ
ガサガサ
ぽよぽよ×2
肯定の意が帰ってきた。それはいいんだけど、二つ多くなかったか?
答えは簡単。ファロとセカロドがいたからだ。二体は特に変わったところは無い。あるとすればアネルスライム達と少し仲が良いように見えるくらいだ。一体いつの間に……
「スラリンが彼ら……アネルスライムを観察する為と二体を成長させるために付かせた、って言ってるよ」
勝手に人の眷属使わないでくれませんかね。後、声も消せるんですか凄いですね。声っていうより……ぷるぷるだけど。あれか、電磁波的なアレコレですか? 電磁的なノイズを使えば幾らか可聴域が広がったとはいえ、所詮は下位のグールでしかない俺に聞こえないレベルの音で『妖精』たるルカン兄さんと話をする事くらい出来るだろう。まったくもって末恐ろしいスライムである。味方でよかった。
それより成長させる、ね……まあ今は、
「分かったよ。ファロとセカロドの為に気を使ってくれてありがとうな、スラリン」
ぷるぷる
お、返事が可聴域で返って来た。うむむ、だけどしかし、スラリンの主ではない俺にはスラリンが何を言いたいのかさっぱりだ。流石にぷるぷるのニュアンスで意思疎通しろって言われても三日じゃ無理。二ヶ月あれば大丈夫。
「よしよし……さて、俺がここまで来たのは他でも無い。お前たちに正式な種族名をつける為だ」
改めて三体のアネルスライム……ウッドスライムのスラッド、ソイルスライムのソライ、リーフスライムのローアを見やる。三体のスライム達は各々行っている行動を反射的に止め、恐らく正面だと思われる部分を俺に向けてピタっと止まった。うむむ……訓練されてるのか『種族』として当然なのかワカランな。
まあいい。
「諸君らには『アネルスライム』の種族名を授ける」
途端、眼下のアネルスライム達の体を眩しい光が包み込み……なんて事には、ならない。
名前に意味があるからといって、何らかの効果が必ずあるという訳でも無い。そもそも言語によって呼び方が変わる時点で『音』に意味が付く道理は無い。例外は『音優先』タイプの四強能力だけだ。
ただ、そうだな……しいて言えば、三体の喜びに震える声が聞こえる(ような気がする)。くらいだな。
『なあ、本当に良いのか?』
「どうしたジャック君。ていうかキャラ丸くなりすぎてない? どうしちゃったのさ」
『うるせぇっつってんだろ。だからさ、そいつら三体は木、土、草で出来た体なんだろ? だったら同じ生物とは言えないんじゃないのか?』
あー、なるほどな。まあ確かに、そこらを考えると『アネルスライムという括り』は不適切に見える。
だけど……
「チワワもポメラニアンもドーベルマンも、同じ犬だろ? チェシャ猫だって三毛猫だってイリオモテヤマネコだって、等しく猫だ。つまりはそういう事。そもそも広義で言えば三体共スライムだぞ?」
『……言わんとすることは理解した』
「よろしい。まあ、そういう疑問とかは歓迎だから遠慮せず聞けよ。愚者の言葉を賢者が聞くことはあっても、愚者の知恵が賢者の知恵を曇らせる事は無いんだから」
『一々ムカつく奴だな!』
あれ、別に嫌味のつもりは無かったんだけど……まあいいや。
「クぉん」
「クゥ」
カタカタ
シメシメ
ガサガサ
ぽよぽよ×2
小動物(『世界』基準な)が集まって何やら交流をしている。どうでもいいけど、何の言語を使っているんだか。
……思考を逸らさないとつい可愛さで死んでしまいそうだ。
「さて、命名式も終わらせた事だし、そろそろパパに連絡取るか」
「え、お父さんに?」
「ああ……そういえばルカン兄さんは寝てたもんね。実は中森夫妻の結婚式にパパを呼びたいと思うんだ。異世界の飾りっ気のない式じゃ可哀想だからね」
「なるほど……魔王が結婚式に出るっていうのも中々無いから、良いんじゃないかな?」
「だよね。という訳で、スラリンかも~ん」
ぷるぷる
目の前の空間から光学迷彩を解いたスラリンが現れる。
「スラリン、お父さんと連絡を取りたいんだけど、頼めるかな?」
ぷるぷる!
凄く張り切った様子で、スラリンがうにょうにょと変形を開始する。三秒後、そこにあったのは学校の放送機材を何十倍にも高性能化したような、なんとなく軍が絡んでいそうなデザインの通信設備だった。スライムとしての性質と光学迷彩の応用か。パパ、趣味に力入れすぎ。良いぞ、もっとやって。
「ありがと、スラリン」
ぷるぷる
あ、横から触手生えた。通信設備+触手とか新しすぎるんだけど。でも面白い。何かに使えそうなんだけど……
とまれ、ロボットアニメのオペレーターが付けていそうなヘッドホンを装着し、分かりやすくONと書いてあるボタンを押す。
「アー、アー、ただいまマイクのテスト中。ハハキトクスグカエレ」
『そのネタはどうかと思うがな……どうしたニシキ』
モニターにパパの顔が映った。なんて高性能なスライムなんだ。さすがスライム。ドラゴンに並ぶ可能性持ちなだけはある。
「部下が結婚式挙げるから、パパにも参加してもらえないかなって」
ガタゴトズシン! パパが動揺のあまりひっくり返った。あれ、そんなにおかしなこと言ったっけ? というか、レミスタンさん報告入れてなかったのかよ。
『け、結婚式だぁ!? 全体的に意味が分からんぞ!?』
「いやぁ、実は同級生の二人が恋に落ちて、七割ほど俺のせいでイタしちゃったんだ。そして一発で愛の結晶がデキ、二人は幸せに暮らします」
『…………異世界転移四日で性交渉とか、sneg?』
「う~ん……エロゲ、か」
よくよく考えてみれば、中森雄一郎は主人公な気がしてならない。エロゲに限った話じゃないけど、なんとなく。幼少時に特殊な体験があって、異世界転移に巻き込まれて、命の恩人のために危急を知らせにきたり、賢智のあるアドバイザーを持っていて、ありえない速度で力を得て、可愛い彼女を作って、アラクネ的進化の可能性がある巨大蜘蛛シャサーレ・アレニエにフラグ建てて、幼女エルフにフラグ建てて……
後半で一気に異世界風エロゲみたいになったな。sneg? 俺も欲しい。
「あ、でもシャサーレ・アレニエも幼女エルフもまだ完全に築ききった訳じゃないから大丈夫か」
『なんの話だ!』
っと、独り言になっていたな。
『いや、待て。幼女エルフだと? どういう事だ?』
何故か話題を蒸し返すパパ。これは、あれか。つまりはそういう事なのか……
「えっと、誓って言うけど俺はリアルロリに手を出すような屑じゃないからね。サキュバスや吸血鬼とかだったらアリだけど」
『サキュバスや吸血鬼ならアリなのか……』
「それはともかく……実はさっき言った二人の男の方が『召喚士』で、試しにエルフ辺りを呼べないか実験してみたら、幼女エルフが一人……」
『よくやった、ニシキ!』
はえ? な、なんでこのタイミングで?
パパは顔の前で拳を握りしめ、大会か何かで優勝した子供を見るような目を向けてきた。
「……えーっと、エルフについては結構詳しいから、具体的な説明ぷりーず」
『実は数時間ほど前にとあるエルフの里がクソッタレのゴミクズ共に襲撃を受けてな。幸い、その里は随分昔に俺が直接加護を与えていた里だから転移陣とエルフ系アンデッドの手勢を使って殆どのエルフを助け出したんだが、その途中で族長の孫娘がクソッタレのゴミクズ共の一人に殺されかけてな』
あ、なる。
「しかし、突如孫娘は姿を消し、その間にクソッタレのゴミクズをぶち殺すか撃退し、直後にまた姿を現した。ってところ?」
『ご名答だ。偶然とはいえ、よくやったな、ニシキ』
「いやぁ、えっへへ……じゃなくて、褒めるなら中森にしてよ。召喚主はあいつだからさ」
『カサネホルが言っていた『ひらたいかおのとのがた』ってのはその中森とかいう奴の事だったのか』
カサネホル……幼女エルフの事か。エルフらしい名前だな。
それにしても……平たい顔、ね。タイムトラベルでもして風呂作るか?
『……丁度良い。ちょっと打ち合わせも兼ねてそっち行くわ』
突如途切れる通信。
直後出現するパパ。
と……
「あの時の……幼女エルフ?」
(……マジでロクル様だ。なんか前より禍々しくなっているような気もするが)
「こ、このこえは……あのときのにんげん!?」
俺の声を聞いて大層驚いた様子の幼女エルフもといカサネホルちゃん。少し警戒心が混じった言葉にお兄さんちょっと傷ついちゃったよ。
そんな俺の内心(ジャック君の事ではない)に気づいたのか、パパが少し申し訳なさそうな表情で言う。
「ニシキなら大丈夫だとは思うが、一応言っておく。人の子が虚しくも甘美なる復讐の道へ誘われる最大かつ最多の理が一つ増えた。察してやってくれ」
「ん、把握」
つまり、クソッタレのゴミクズ共に襲われた際に親しい誰かを殺されて、そのトラウマがまだ残っているって事か。ま、襲われて数時間しか経っていないらしいし、この子を見た瞬間にシミュレートは出来ていた。そう深い傷を負った訳じゃ無いから問題ない。
……子供に警戒される、っていうのは、元の世界でもある意味で結構あった事だし。
「?」
カサネホルちゃんはパパの言葉が難しくて分からなかったのか、頭上にクエスチョンマークを浮かべながら首を傾げていた。耳はちゃんと尖っている。エルフキター!
まあ、外見は耳以外ヒトとあんま変わらんから今一感動出来ないけど。他の相違点と言えば髪というより繊維といった感じの緑色をした髪の毛くらいか。
「まおーさま! カサネをたすけてくれたとのがたはどこなんですか?」
分からない事は脇に追いやったらしい。カサネホルちゃんがパパに急いだ。ふぅん、へぇ、ほぉう……
「カサネホルちゃん、ひょっとして雄一郎に会いたいのかなぁ?」
内心のゲスな心を演技で覆い隠してカサネホルちゃんに尋ねる。カサネホルちゃんは少し怯えたような表情を見せたものの、すぐさま表情を明るくして訊ね返してきた。
「ゆういちろうさまというかたが、カサネをたすけてくれたの?」
「あぁ、そぉだよ」
「ほんとうですか! だったら、はやくゆういちろうさまにあいたいです!」
「そぉかそぉか、それじゃぁ連れて行ってあげるよ。あ、飴ちゃんいる?」
「あめちゃん、ですか?」
「とってもあま~いお菓子だよ。ほぉら、これを口の中に入れて、転がしてごらぁん?」
「はい……あ、あまいです! とってもおいしいです!」
「それはよかった。さ、雄一郎の所に行こぉか」
「はいです!」
そんな一部始終を見ていたパパが、ポツリと呟く。
「どう見ても幼女誘拐の場面だな」
「一度やってみたかった。他意はあっても害意は無い。イルトミルジス、ファロ、セカロド、ナヴァン、スラッド、ソライ、ローア。移動するから準備しろ」
今までクゥクゥクぉんクぉんぽよぽよカタカタシメシメガサガサ交流していた小動物(『世界』基準な)達に声をかける。途端、彼ら……いや、メスの方が多いから彼女達は訓練された兵隊のようにパッと俺の左右に展開した。ナヴァンは俺の肩に飛び乗り、前にファロとセカロド、横にイルトミルジスとソライ、後ろにスラッドとローアという構成だ。ローア、後ろを任せるのは信頼の証拠であって、捕縛の為のフリじゃないからな。触手伸ばさない!
と、小さな悲鳴が聞こえた。
「ま、まじゅう!?」
「あれ、知らないの?」
「今のこの世界だとこの反応が当たり前だ。魔獣とは真っ先に殺す必要があり、たまに強き存在へ従順を示す。そんな認識だ」
なるほど。それなら幼女エルフが驚いても不思議じゃないな。
「大丈夫、俺も魔王様と同じで魔獣を従えることが出来るんだ。そもそも俺だってヒトじゃないしね」
「へ? ひ、ひとじゃない?」
「そ。俺、実はグールなんだ」
再び起こる悲鳴。
「大丈夫だって! カサネホルちゃんはエルフでしょ? ヒトのグールはエルフを食べられないから、襲う事はないよ」
「で、でも、アンデッド」
「差別はよくないよ。ていうかパパ、自分の種族も言ってないの?」
「怖がられるからな」
把握。
「パパ……魔王様も一応グールだよ。一応」
カサネホルちゃんの表情が強張った。歩みが止まる。
「え……ま、まおーさま、も?」
「ニシキ……余計な事を言うな。アンデッドの扱いなんて、ありふれているような物だろう?」
「だからこそ、だよ。前例ってさ、作っておくと他の類似例にも適用される場合もあるんだよ。もしかしたらこの子達を襲ったクソッタレのゴミクズ……ど、も…………」
待て。
ナチュラルに話を進めていたけど、これは、おかしい。
「なんで、日本語を使っている?」
そもそも俺は、何故幼女エルフと意思疎通が出来ているんだ? 今回の場合はルカン兄さんやヴルムの時とは違う。この世界の普通の住人が相手だ。なのに、俺は、この幼女エル、フ……と…………
パパ?
「……覚えておけ、ニシキ。3000年というのは、人間が自らの言語を放棄するに足る歳月だという事を」
…………ま、さか……………………
「言語、侵略……」
忌々しそうに、悔しそうに、頷くパパの姿に、絶望とも落胆ともつかない感情が俺の体内を駆け巡った。
なんだって、ちくしょう……ここは、異世界で、本来ありえた言語はあっても、まったく同一の言語は存在しない。単語が同じというのはありえても、言語そのものが同じ異世界は、多重能力世界という例外を除いて、存在する筈が無い。
反吐が出そうだっ、どうしようもない生理的嫌悪感がこみ上げて、胃の中の物を全て吐き出してしまいかねない。
視界がぐらぐらと揺れる。足元が覚束ない。口は白痴のように開けられ、意味の無い筋肉の痙攣が全身を襲う。鈍痛が頭蓋骨を支配し、腰が丸ごと引き抜かれたかのような浮遊感を覚える。
気持ち悪い。ああ、これが、『意味が存在しない嫌悪感』という奴なのか。
「ど、どうしたの、ニシキ!?」
「ニシキ! しっかりしろ!」
ルカン兄さんとパパの言葉が遠い。イルトミルジス、ファロ、セカロド、スラッド、ソライ、ローアの心配する意思が心に入ってきて、ナヴァンの悲痛な声が頭蓋に響く。
ダメだ、これは一旦意識を手放す場面だ。
「う、うぇ、ぅぐ。ルカ、にいさ……なかも、のとこ……あんな、い…………」
それだけ頼むのがやっとで、俺は始めての感覚に抗いきれず、意識を失った。
どうにも最近エタってきた。文字数も少なくなってきたし……これが世に言うすらんぷという奴なのかな? むぅ……来週は、来週こそは!




