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三回目に起こるイレギュラー  作者: Dark Revenger
二章:文明は斯く偉大なり
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第三十話:なんとなく危険な教示

 例によって暴走イェイ♪

 さて、ジャック君が泣きつかれ(俺なりの思いやりだ。笑ってくれ)て夢の中で眠った頃にようやく体が動くようになり、少しするまでもなく覚醒した。俺の108ある特技の一つ、『明晰』である。名前の由来は明晰夢の見すぎで夢を見ている限り起きるタイミングを自分で決められるようになった事からつけた。侮る無かれ、俺レベルになると一軒家程度の広さならば何が起こっているか大体把握しながら夢を見続けられるのだからな。例えば誰かと誰かが喧嘩してる最中に起きてきてこっちまで嫌な気分にされるとかが無くなるから超便利。おまけに明晰夢の内容を好きなときに書き留められるから、小説家垂涎の技術と言っても過言ではない。


「……オキタカアネルヨ」


 そんな事をツラツラと考えながら頭のエンジンを温めている俺の視界にひょいとヴルムのカッコイイ顔が飛び込んできた。やだ、ちょっと抱いて欲しいって考えた俺いよいよ精神鑑定受けなきゃならないレベル。


「おう、おはようヴルム。すまん、悪ガキに説教してたせいで説明し損ねた」

「ヨイノダ。アネルガブジナラソレデイイ」


 はきゅっ!? な、何を言っているんだこの駄龍! いい加減な事を言うと……


「ハァッ、ハァッ、ヒクッ!?」

「アネル!? ドウシタアネル!」


 息が、息が……


(情けないねぇ、伊能錦くぅん。男にトキめいて呼吸困難になるなんてねぇ)

(うふふ。呼んだかしら?)

(やあ、ミス・イノセンス。呼んではないよ。ただ呼び寄せられただけなんじゃないかな?)

(そうね。私好みのイケメンだもの、この龍さん)

(だろ? でも残念な事に錦君がなかなか制御を奪わせてくれないよ)

(いいじゃない。私は元々彼の副産物なのだし、心の片隅で数多の恋を燻らせてくれるだけで私は満足よ)

(うっ……いつもの事ながらミス・イノセンスの穢れ泣き言葉はボクの汚れきった心を穿ってくるね……)


 お前ら何を勝手に俺の中であること無い事を……まあ、おかげで落ち着いたから不問にするけどさ。


「ふぅ……すまん。少し夢酔いをしていたようだ」

「ユメヨイ?」

「ああ、夢酔いというのはあまりにも良いもしくは悪い夢を見てしまい、数秒間酔いしれすぎてしまい呼吸困難となる症状の事だ。俺は少し症状が悪くてな、他のヒトより少しだけ長く呼吸困難になっていたんだ」

「ナルホド。ヒトトハソノヨウナヤマイヲワズラウモノモ、イルノダナ」

「いないわよ! 夫にデタラメを教えるな!」


 なんだフォグザヌちゃん、いたのか。


「いるだろ、俺という疾患者が」

「貴様みたいな例外個体がヒトの代表を名乗るなんておこがましいわ!」

「失敬な。俺はグールだ。あんな下等生物と同じにしないでくれ」

「どっちにしろヒトにそんな病は無いわ!」


 あるかもよ?


「そんな事より……俺は何時間くらい寝てた?」

「イットキダ。アネルノハイカニハ、スデニツタエテアル」


 一時……二時間か。ま、妥当なところか。まだ周辺も暗いし。


「同級生共はもう寝てるのか?」

「アネルノハイカナラバマダオキテイル。ワレとフォグザヌヲオソレテイルノダロウ」


 なるほど。俺を心配してくれている訳ではないと。


「ナカニハシュクンデアルアネルヲシンパイシ、オソレナガラモチカヅイテクルモノモイタ。カンチガイシテヤルナ」


 ……そうか。


「サンキュー。後で礼を言っておかなくちゃな」

「ソウシテオケ。コレガサシイレダ」


 と、ヴルムは見た事のある小瓶を咥えて俺の手に押し付けた。『紫の妙薬』、か。それも三本……それぞれ長谷川&ガルハイシュ、怜悧さん、中森夫妻、ってところか。縁の力を感じるな。


 せっかく貰ったのだからと好意を無駄にする事無く三本一気飲みしました。


「ふぅ……なるほど、体の傷が癒えていくのが分かる。同時に体の奥がカッカして……媚薬に近いのも納得出来る」


 何気に初飲。以前飲んだことのある媚薬と効能が同じだな。なんで飲んだのかって? そういうシーンを書くためだよ。リアル俺には必要ねぇし。


「媚薬って、貴様……娘に手を出したら」

「手を出す事くらい許してくれよ。他に出せるもんといったら足か口だけだからよ」

「白々しい……潰してもいいんだからね?」


 フッ……以前の俺ならこの文句が出た時点で股間を押さえていただろうけど……残念ながらもはや脅しにはならない!


「ほう、具体的にはナニを潰すと?」

「貴様の汚らわしい■■■よ。このセクハラ魔」


 未だ顔すら見せない内に尻尾をチラつかせるのをやめろ。というか、誰がセクハラ魔だ。龍のお前にとってそうハラスメントともなりえない話題だろうに。


「ハッ……いい事を教えてやろう。俺は結婚したくても結婚が出来ない。何故か分かるか?」


 それはともかく。今後同じ事で脅され続けるのも面倒だし、この辺でハッキリさせておくべきだろう。

 俺の、恐るべき秘密を解禁する時が来た。


「貴様みたいな異常者と誰が結婚なんてするの? というか、出来ると思っているの? それと娘のことに何の関係が……」

「フフフ……ありきたりな精神論どうもありがとう。残念ながら物理的理由によるものだよ」

「まさか……不能なのね!」


 何故嬉しそうなんだフォグザヌちゃん……


「おしい。答えは去勢済みだからだよ」


 まあ、半分正解だけど。


「は、きょ、去勢!? そんな馬鹿な話……」

「これが嘘じゃないんだなぁ。実は三度目の思春期に入る前、変声期を恐れて知り合いの医者に頼んだんだよね。余計な男性ホルモンを生まんように」


 何せ俺の顔は調えさえすれば女としても通用するのだから、それを利用しない手は無い。加えて歌を歌うのも好きだから忌々しい喉仏が出来るのも嫌だった。全身の無駄毛も人目に晒したくなかった上に処理が面倒だから、そうすると去勢っつうのも案外良い選択肢になる訳よ。


「そんな理由で、男が自ら捨てるなんて……」

「お前、俺がループしてるの忘れてない? 毎晩毎晩自慰で体力使うのが馬鹿らしくなっただけだよ。どうせ使う機会なんてねぇし」


 俺は番となる相手には相当無理で矛盾した理想を押し付けるからな。もし誰かが俺に懸想していたとしてもその相手に対して失礼な事は出来ない。でも自制心の薄い俺が常に気を張る事なんて出来る訳が無い。そもそも想い人に甘えられないという恋人失格者がどうして相手を作ることなんて出来る? それなら、失敗すると決まっている可能性はさっさと捨ててしまうほうが良い。


「……いよいよ異常者じみてきたわね」


 ほっとけ。


「ま、これが娘さんに手を出さない理由の一つだ。仮に出したいと思っても出せないんだよ物理的に。まあこの手は出すけど」


 そう言って右手をひらひらとさせる。フォグザヌちゃんの呆れたような溜め息が妙に耳に残った。


「う~ん、しかしこの後どうすっかな」


 堅実なところでは現状把握だけど、もう夜も遅いし作業疲れとかで同級生や教師二人も既に見張りを残して床についただろうから聞き出せない。まだ起きてるっつう話だけど、たぶん眠気を必死に抑えてるとかだろうから使えない。『妖精』も一応睡眠は必要らしく同級生や教師二人と同じアルゴリズムで生活出来るよう就寝済みだろう。ルカン兄さんなんて遊びつかれて寝てるんだから、起こすという悪魔のような所業なんて出来っこない。となると、一応寝たと言えるから再び狂紅の砲塔の起動実験に入るか『旅人に捧げるgospelegy』の清書(清詞?)作業に移るかくらいしかする事がねぇ。あ、イルトミルジス達が行っている仕事をトリゼェイソン達に交代させる必要があるな。後で指令出しとこ。


「ソレナラバアネルヨ。ワガムスメニアッテモラエナイカ?」


 ――

 なん……だと? あの流れで娘さんに出会えるフラグが立っ……


「アネルノクスリノコウカデ、マダアバレテイル。ショウミナトコロ、ワレヤフォグザヌデハトメルコトガ、デキナイノダ」


 ……『紫の妙薬』には予想以上に強力な興奮(意味深)作用があるようだ。まあ、強制精神抑圧とか未熟な体とかも原因の内だろうけど。ほら、薬って子供には大人用より少ない量を与えるのが普通だし。


 とりあえずガルハイシュに報告しておこう。


「分かった。秘伝ナデ殺し拳を見せるときが来たのだな」

「勝手に殺すな!」


 フォグザヌちゃん、ツッコミが杜撰だよ? いくら俺の知ってるフォグザヌちゃん……というよりコンちゃんが天然(色)ボケキャラだったとはいえ、こうもツッコミが続くようならもっと洗練されたツッコミをしなくちゃ。


 俺? 人間不信拗らせてまともな会話も不可能となっていたところをどうにか精神力で抑えているだけの木偶にも等しい俺に、狭き道であるツッコミニストの道を歩めと? パックマン並みの無理ゲーだろ。


「半分冗談はともかく」

「半分!? 半分本気だったって事なの!?」


 やかましいぞフォグザヌちゃん。何を当たり前な事を。


「俺のナデテクに堕ちた者は、俺無しでは生きていけない体にされる。それは一度死んだと言っても過言ではないか。ならば、俺の言葉が半分本気、つまり肉体的には殺さないという点では間違っていないはずだ」

「殺す」


 ああ!? ツッコミを放棄してバイオレンス色に染まっちまったのかフォグザヌちゃん! ちょ、おま、ブレスはやめー!


「アネルヨ、ワガツマハユーモアヲカイサナイヨウダ。ジョウダンハホドホドニナ」

「だからあながち冗談じゃないと……分かった分かった! 依存度パラメーターが発生しないギリギリのラインでお相手させてもらいますとも! だからブレスの準備すんな!」


 必死の懇願(演技が混じっている時点で色々終わっていると自己嫌悪)が届いたのか、フォグザヌちゃんの顎の下から聞こえていたジュージューという音が途切れた。シャーシャーという威嚇音は俄然聞こえているけどな……




 何度か柔軟体操をやって体を解し、娘の下へ案内するというヴルムの背を追いかける。うへへ……カッコイイ龍だなぁ。


「アネルヨ、ワガムスメヲムシバンデイタ、アクリョウトイウノハドウナッタノダ?」


 おっと。いかんいかん、俺の中の乙女な部分が……というよりイノセンスさんの思考、いや嗜好が全面放出されるところだった。まあ、百歩譲って別人格の性別が女だったとしても龍に対して乙女な部分が反応している時点で十分イノセンス(無垢)とは言いがたいんだけどね。


「ああ、そういえば説明すらしてなかったな……丁度良い、向かいながら話そう」


 つらつらと、娘さんの症状から病魔の正体を察してそのために必要な措置と理由を説明し、ジャック君とのやり取りを柔らかく、擁護するように伝えた。

 あ、フォグザヌちゃんはいない。どうせまた暴走するのだろうとヴルムに諭されたからだ。ちっとは反省しろっつうんだ。


「ムウ……ソウイウリユウナラバイッポウテキニセメルコトモデキヌカ」


 悪いな。謂れの無い免罪符を押し付けちまって。

 俺だって娘さんが蝕まれていた間の親の苦悩っつうのを心から察することは出来なくても理解する事は出来る。俺の108ある特技の一つ、『仮体験』でな。でも、俺としてはやっぱり子供を優先したい訳よ。もう罰は受けてるんだし、何より……


「俺が説得に成功しちまって悪いな。でも結果論だけど、恐らく娘さんになんらかのメリットが生まれていると思う」

「……ドウイウコトダ?」


 いや、俺でも確信して言えるような事じゃないんだけど……


「悪霊っつうのはレイスや幽鬼(シェイド)を始めとした他者に害を与える霊の総称だ。ジャック君も堕霊という種類の悪霊なんだ」

「フム、ソノククリハフォグザヌカラ、キイタ。ソレガドウシタノダ?」

「ああ、それなら話が早い。悪霊っつうのは普通殺したり引き剥がしたりすると、取り憑かれていた者……憑代(よりしろ)に置き土産を残すんだ。大抵は障害とか人格の変貌とか異形化だ」


 ちなみに、悪霊の普通の殺し方は聖なる物による浄化とか同属性……早い話が同じ霊による直接攻撃、それとある程度以上の強度がある相性の良い『能力』による間接攻撃、あたりが『世界』一般的な破霊方法だな。


「だけど、稀に特殊な方法で撃退あるいは懐柔、討伐、封印をした際に憑代へ祝福とも取れる置き土産を残す場合がある。今回のケースも、恐らくそれに当たると思われる。どう考えても普通の方法じゃないからな」


 本当は某ゴーストスイーパーのように取り憑かれた者に何の影響も残す事無く除霊出来るような『能力』があればベストなんだけどね。流石に高望みしすぎだ。


「コンキョハ?」

「堕霊っつう幽霊は憑代の負の感情を共鳴増幅させて存在を繋ぎとめる幽霊だ。今回の場合憑依したのは娘さんでも負の感情は大きすぎて取り憑けなかったほど強い負の感情を持つフォグザヌちゃんと共鳴させていたはずだ。子龍に年季の入った堕霊を維持するだけの負の感情を生めるとは思えないしな」


 一旦言葉を切って自分の考えを纏める意味でも息継ぎをする。


「そんな状態でも娘さんに悪影響を与えるほど同化していたんだから、娘さんへのフィードバックも相当だっただろう。問題なのはそのフィードバック経路だ。同化作用と混瞳現象まで引き起こしたジャック君自身の影響力=負の感情は娘さんの体調を崩させた。しかし、悪霊の特徴である本人への人格攻撃はほとんど行われていなかった。そうなった場合いくらなんでもフォグザヌちゃんが気づくはずだからな。一応悪霊の事は知っているみたいだし」


 再び纏めの意味も含めた息継ぎ。


「ということは、娘さんの中に負の感情=堕霊であるジャック君の影響力はあまり蓄積されていないという事だ。通常のやりとりで悪霊が憑代に害を残すのは、悪霊の負の感情をオーバーフローさせて悪霊の人格=他者に害を成そうという感情の塊を置き土産という形にして残そうとするからだ。そうならないで祝福を残す特殊な方法っつうのは、大雑把に言えば『悪霊を任意・強制の係わり無しに説得させた上で引き剥がす』っつう方法な訳よ。不確定な例外もあるけどな。んで、今回俺が取ったのは『現在の憑依先よりさらに上質な負の感情を持つ俺に自分から憑依するよう仕向けた』っつう方法で、一応プロセス上は特殊な方法と変わらない」


 ふぅ……う~ん、今まで誤魔化してきたけど、やはり長話をすると心臓に負担がかかるな……かと言って流石に生死に直結する心臓に狂気を纏わせる訳にはいかないし……『生命の力』をロスの無いよう扱えるようになったらそっちで心縛の呪いを解こう。


「とまあそんな訳で、娘さんに残る置き土産は祝福だと思うんだ。だけど俺の取った方法は前代未聞の部類に入る。だから確信が持てない。分かってくれたか?」

「アア、ヨクワカッタ。ワカリヤスイセツメイダッタカラナ」


 ……ま、相手は賢き古龍だ。ヒトと古龍の『分かりやすさ』の定義が同じな訳ないよね。


「……アラタメテ、レイヲイオウアネルヨ。ムスメヲスクッテクレテ、アリガトウ」


 はたと立ち止まって俺に顔を向け、ペコリと下げる。その勇ましい造形を縁取る白鱗を思いっきりナデたいという欲求を押さえつけ、気軽さに気をつけながら答える。


「よせよ、俺とヴルムの仲だろ。それに、こっちはもう十分代価をもらってるっつの」


 主にセク……ナデナデとか観察とか騎乗とか。だいたい、親の許可無く娘さんを弄くったんだ。逆に罰を受けても文句は言えない。


「フフ、アネルナラソウイウトモッテイタ。コレカラモヨロシクタノムゾ、トモヨ」

「……ああ、こっちこそよろしくだ」


 だけどちょっと待って。この生意気にもトキめいちゃってる心をシメてやらんといかんから。今度の動揺は浪漫故のトキめきだけど。


「アネル?」

「ハァ……ハァ、大丈夫だ、問題ない」


 おっっとまだ落ち着いてなかったかぁ~。意図せず死亡フラグを吐いてしまったぞ。


「マタヤマイカ? ナラバ……」

「大丈夫だって! それより早く娘さんに会わせてくれ!」


 そんなに魔法を連発しないの。いつ命の危機が訪れるか分からないんだから。主に俺の。

 しかし運動……というか戦闘しているときは特に異常も無いのに動揺したときとか平常時に肺へ負担がかかった時とか限定で動悸が激しくなるとか、どんな呪いだよ。そういえば最初の人生では緊張したときとかも呼吸困難を起こしていたな。もしかして戦闘だけに没頭させるような呪いなのか?


 ……深く考えるのはやめよう。場所に似合わず禄でも無い陰謀が出てきそうだ。


 っと、何か近づいてくる?


「アネル、ワガイトシキムスメダ」

「おお、よく見てみればザ・量産型モドキのエース仕様ってナイスグレーカラーなちんまい龍が……突っ込んでくる!?」


 夜の帳がすっかり落ちきった闇の中から何かが急激なスピードアップを果たして俺に……いや、初速が遅かっただけでそう驚くような速度でも無いか。

 着弾七秒前に視認し、着弾三秒前にそう判断し、着弾一秒前にバッと腕を開いて抱きしめる体制を整えたヤツが言う台詞じゃないですどうもありがとう。


「クぉん!」

「ふぉぉぉぉ!? 毛並みが、毛並みがぁぁぁぁぁ!?」


 何だこれ! 何だこれ! 犬と猫と兎と羊と蜥蜴と鮫を組み合わせて良いところだけ抜き出したような滅茶苦茶! ああ、漂うワイルドな香りがまたたまらん……! 夜、一緒に寝よ?


「クぉん! クぉん!」

「なん……だと?」


 拝啓、俺。これほど舌触りの良い舌はございません。肉食動物特有の臭みとか、無い。この子の、野生の魅力と不可思議な毛っぽい鱗のみが鼻腔を擽ります。これは、アウトだね。俺の心にストライクバッターアウトチェンジ!


「ドウヤライノチヲスクッタアイテヲ、リカイシテイルヨウダナ。ワガムスメナガラジツニカシコイ。トコロデ、ソロソロモドッテコイ」

「はぐっ!?」

「クぉん?」


 お、おお! ナイスだヴルム。手刀ならぬ尾刀サンキュー!


「って、どうして昇天からの堕天方法知ってんの?」

「アネルノハイカノ、ニンゲンカラキイタノダ。アネルハトキオリ、カンガエニフケッテマワリガミエナクナルコトガ、アルカラナ」

「ほほぉ……」


 あいつら起きたら殺す。


「クぉん?」


 キョトン、?


 と、

 小首傾げる子龍様。


「むふぉぉ! かーわーゆーいー! ローマ字にするとKAWAYUI! 天使だ。龍の天使、カンヘルさまの生き写しや! 見たこと無いけど!」

「クぉん!」

「……オオ、コレガシットトイウカンジョウカ。リセイトハオモシロイモノダナ」


 とかなんとか言いつつ尻尾でゲシゲシ突くのはやめてけれ。地味に痛い。


「む、ぐふぅ……娘様、実のお義……お父様にも甘えてあげなさい?」


 危うくお義父様と言ってしまうところだった。まあ文章にしたら一発でバレるだろうってくらいきわどいレベルだけど。


 そんな危険を冒し、さらにこの天国から抜け出してしまう覚悟を決めたにも関わらず……


「クぉん!」


 何故か首をお振りになられる娘様! ええい、俺を可愛い死にさせる気か!?


「……ヤレヤレ、ワレモマダマダカンジョウトヤラヲ、モテアマシテイルヨウダ。スコシアタマヲヒヤシテクル、ダッタカ?」


 うっ……すまん。親の楽しみを取っちまったな……よし。


「アネルヨ、ワガムスメノナヲカンガエテヤッテクレ。ナヅケオヤトイウセイドガアネルノセカイニハアルノダロウ? カリトハイエ、オヤニアマエテイルトナレバワレノココロモ、シズマルダロウ」


 お、おお……お、おう。ま、任せてくれ。

 そう言おうとして、遅かった。ヴルムは既に空へ翼を広げていた。


「……この、罪悪感。どうしてくれる?」

「クぉん?」


 キョトンとするんじゃない、娘様。いや、娘様に当たるわけにもいかない。

 実際、今回の悪役と言えばジャック君が最も相応しい。けど、あの子もあの子で何千年も子供のままで戦い続けた傷心者だ。そんな子を、どうして悪者と断ずる事が出来る? なら、今回の件に悪役は存在しない。ただ、噛み合わせが少しズレただけだ。


 だったら、俺の仕事は何だ?

 ハッ、考えるまでも無い。


「……娘様よ、お前に名を授けよぶらば!?」


 ちょ、蹴り、蹴りはたんま。分かった、離すから暴れるなって!


「クぉん!」

「グホッ!?」


 俺を、踏み台にした!? マッシューーー!


「ゲホッ、ゲホッ……あぁ、これが『紫の妙薬』の副作用、か」


 六桁のお値段に似合う頑丈なジージャン(しかし十分普通の部類に入る服)じゃなかったら真皮あたりまで爪が刺さっていたかも知れん。現状ですらちょっと皮膚に食い込んでるっつうのに……お父さん似なんだな。


「クぉん!」


 叫び……否、歓声を上げながら翼をはためかせ、そこら中を無差別に飛び回る娘様。途中、某ASEドライバーもビックリなきわどい曲芸飛行を地面スレスレで行う辺り遺伝子の凄まじさを感じる。しかも理性どころか知性すら芽生える土台が無かったのに、だ。こっちの飛龍の飛行能力基準が分からんから断言は出来ないけど、恐らく天才という奴だろう。それも鬼才とか稀代と呼ばれる類の。

 ……が。


「クぉみゅ!?」


 状況把握能力と咄嗟の判断力、それに経験が圧倒的に足りない。

 興奮状態だっつうのを差し引いても、正面の木にぶつかるようではとても使えた物ではッ!


「っ、はぁ!」

「クぉん!?」


 全身の毛が逆立ち、喉がひきつけを起こす。

 間に合えクソッタレのボケがぁぁぁぁ!!


「あぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 グッ、ゴッ、ガッ……クソ、かすり傷付けちまったな、俺がいながらッ!

 本来なら娘様に打ち付けられるはずだった凶器に強打された背中が痛むけど、そんな事はどうでもいい。問題はこの娘様に、傷を負わせてしまった事だ。


 親に託されておきながら、子供を傷つけてしまうなどっ!!


「クぉん……」

「よくも、やってくれたな……じんめんじゅ!!」


 娘様がぶつかった木、その正体が嫌らしいゲスな表情を浮かべながら鞭のようにしならせた枝で迫撃を仕掛けてきた。

 ちくしょう、俺に護衛対象がいると知っての攻撃かよ! 生憎だけどその手は食わねぇ!


 娘様を背負って全力でジャンプ。同時に百足笛と化した犬笛を咥えて吹く。冷静な部分が残っているとはいえ、明確なイメージを浮かべられるほどではない。この笛の音に反応するのはセネクトウテだけだけど、たかがじんめんじゅが相手ならばヅィ・スコロペンドラたるセネクトウテ一匹だけでも十分だ。


「うっ、くぅぅぅ……イノセンス! ドラコ(怒りっぽい人格)を押さえつけろ! 今無作為に暴れる訳にはいかん!」

(うふふ、分かったわ)


 よし、後は回避に専念するだけ。いくら不意打ちが得意とはいえ、所詮はただの動く木。グールとなった俺の身体能力ならば十分や十五分を避け続ける事なんて楽々勝。『紫の妙薬』の効果で持久力も向上しているだろうし、臆する必要は皆無だ。


「クぉん……」


 着地後、サイドステップを踏みながら横方向へ走る特殊な走法を展開していると、どうしようもなく情けない漏れ声が右耳から入ってきた。こんにゃろ……可愛いけど、ちょっと説教な。


「娘様が無茶な行動を取ったから、奴という危険を呼び込んだ」


 あえて、

 殺気と冷気を練り混ぜた子供に向けるのが憚られる声音で語りかける。


「今は俺がいる。だけど、お前は一龍で生きる立派な竜の系譜。ならば薬物如きに負けず、常に己を律していろ。それが出来なければ死ぬ」


 子供、しかし、魔獣

 本能で生きる魔獣の子に、言葉は通じない。だったら、本能に直接呼びかける感情で説教しなければならない。親の言う事を聞かないのではなく理解出来ないだけの子供に実践で持って知識を授けるのと同じように。


「見ていろ、間もなく死の化身が現れる。貴様は、何も出来ず俺に背負われている事しか出来ない。己の無力と恐怖を悟れ」


 仮にも賢き、彼の白き古飛龍と黒き古龍の子龍ならばな。




 セネクトウテ(死の化身)が現れじんめんじゅを瞬惨殺したのは、その十二分後だった。


 もしかしたら次回の更新は出来ないかもしれません。もし十月二日までに完成しなかったら完成した日に更新させて頂きます。ご了承のほど、よろしくお願いします。

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