第二十八話:なんとなく杜撰な対応
すみません!!
ちょっと人様に言えない理由で投稿が遅れてしまいました! 申し訳ありません。
「アネル! ナニヲスルノダ、ツマヨ!?」
咄嗟にヴルムが俺を庇うような位置に走り出た。古飛龍ゆえに二足歩行も楽な物じゃないだろうに……感無量とはこのことか。
「え……あ、あなた、何で、しゃべ……」
ヴルムの行動が予想外だったのか、ヴルムの妻と思われる黒龍が狼狽したように一歩下がった感じで気配が動いた。ヴルムは飛んで来た酸を風の魔法で散らしたらしく、周囲の地面からジュッという音が聞こえた。おお怖。
「ヴルム、俺が話をする」
「ナゼダ? ツマハ、アネルヲ……」
「洗脳」
「……ナルホド。ナラバマカセタ」
「おうとも。代わりに防御は任せた」
「オーケイ」
うし。これで少しだけ仕込みは完了。
後は交渉。
「初めまして、ヴルムの奥さん。俺の名はアネル。ペンネームはクミオエット・J・エベミス。日本名、伊能錦。『ヴィルキット』サーカス団の団長ニシキ・イノウ。種族はグール。花も恥らうピチピチ十七歳です☆ きらら?」
すんません、重い空気に耐えられませんでした。
「…………なんなの、貴様」
あまりにもアレで何な俺の自己紹介に毒気でも抜けたのか、やや呆れたような声音で呟くヴルムの奥さん。まあ、俺同じ立場でも同じこと言うから問題ないけど。
「訪問目的は友龍との親睦を深める事と友龍の家族との顔合わせ。ああ、さっきの言葉で大体状況は把握しているけど、俺は奥さんを害した屑共とは違うので安心してくださいむしろ殺す気満々なまであるのである意味同志ですよろしく!」
日本語喋る、日本人敵、理性無き存在の伴侶化。この三つが組み合わされば俺とはまた違う意味でヒトが嫌いな転生者だと分かる。ので、普通の日本人ならまずしないような自己紹介を行う事で彼の古龍の警戒心を解す。
いくら転生者とはいえ古龍とはそれだけで成れる存在じゃない。きちんと上位龍の中でも最上位の力を得ていなければならないし、龍が力を得るためには長年の経験が必要となる。基本的に。
となると、その時間に似合うだけの思慮深さを身に着けているはず……でも憎しみってそう割り切れる感情じゃないし、この賭けは分が悪かったかなぁ……
「…………そうね。あの反吐野郎共は教会の手先だし、自らグールと名乗る事も無いわね」
「そっちか」
まったく考慮していなかった理由により俺の潔白は証明された。まあいいけどよ。
「妾は……こっちの名前は無いわ。理由も無いし。日本にいた頃の名前は……」
「言わなくていい。俺はお前の名前を知っている」
そんな辛そうな声出されたら話し止めるしかないだろ。どんだけ日本との繋がりが嫌なんだよ。俺はヒトなら嫌いだけど日本は好きだぞ。オタク文化とか、お茶とか、マッカンとかあるし。
「……は?」
だろうな。そりゃ面識も無い俺が名前を知っているとか言ってきたら混乱するだろ。
でも、な。俺はお前を知っているんだよね。
「玉野霊弧……自称九尾の生まれ変わり娘だろ? そのわりにはドロドロした恋愛劇が苦手なレズビアン。好きな食べ物は緑のたぬき、嫌いな食べ物はお稲荷さん」
「自称じゃない! って、なんで妾の事を!?」
そりゃ、前世でわりと仲良かったからな。今世ではまだ出会ってなかったけど。
「まあ、流石に異世界の存在を知ってまで自称呼ばわりする気はねぇよ。コンちゃん」
「わ、妾をその名で呼ぶなぁ!」
なんで。前世ではキャラ作りの一貫的にコンコン言ってたじゃん。
「そんな事はどうでもいい……」
「どうでも良くない!」
一々突っかかってくるなよコンちゃん。
「コンちゃんはオタク文化に親しく無かったんだよな……どう説明すれば良いか。サンジェルマン的な?」
「バテレンの言葉なんて知らないわ!」
おおう、相変わらずの九尾設定。ちょっと懐かしい。サンジェルマンは実在した(と思われる)人名だけどな。
「う~ん……俺は二回人生をやり直してるんだ。で、二回目の人生でコンちゃんと仲良くなってた。それで説明足りる?」
「なっ……時廻りの、業?」
お、知ってたのか。まあ仮に本当の話と仮定して、何千年も生きた妖狐なら似たような事例に遭遇していても不思議ではない。というか、超強力な妖狐を討伐したとかいうチート陰陽師あたりが凄く怪しい。死に戻りで強大な敵を倒すとか王道中の王道だからな。
「そういう事。分かってもらえた?」
「……分かったわ。貴様が異常者だって事がね」
「前世でもよく言われたよ」
「減らず口を……」
それもよく言われたよ。懐かしいなぁ……まあ、このコンちゃんは俺の知ってるコンちゃんじゃないようだけど。大方一回目のコンちゃんだろ。一回目はクミオエット・J・エベミスの名でデビューしてないし、三回目の人生ではクミオエット・J・エベミスを知らないヒトなんてほとんどいなかった。小学生作家ってだけで色々話題になったからな。余計な事に。
「まあ、せっかく異世界にいるんだ。向こうの世界のしがらみは忘れて、こっちの世界に生きる者同士として話をしようぜ? 改めて、俺の名はアネルだ。よろしくね☆」
「なんで声が変わるの……そうね、そのほうが建設的だわ。妾のことは……」
「コォンちゃん♪」
「その名で呼ぶなぁ!」
ったく、面倒な奴め。
「ならFOX DRAGON……略してFXAN、フォグザヌというのはどうだ?」
「バテレンの言葉は分からないって。けどそれで良いわ」
よかった。まあ俺もFXANでフォグザヌとなるのかどうかは知らんけど。ヴルムと違って日本の名前があるから名前にこだわりとかいらんし、適当で良いや。
コンちゃんだし。
「さて……お待たせヴルム。交渉は終わった」
「オドロイタナ、ワガツマ……イイヤ、フォグザヌガアネルト、オナジセカイニイタトハ」
そりゃそうだろうな。でも大丈夫。俺はコンちゃんに劣情抱いたりしないから。女装とメークさえすればコンちゃん好みの百合百合生めるけど、そういうの間に合ってるし。
ていうかタイプじゃない。
「ねえあなた、なんで言葉を喋れるの? さっき出て行った時は「ガァ!」しか言ってなかったじゃない。勇ましくて好きだったのに……」
俺とヴルムのやり取り自体に疑問を持ったのか、コンちゃ……フォグザヌちゃんが溜め息混じりにそう言う。おいおい、レズである事を誇っていたお前が龍とはいえオスに好きとか……事実は小説より奇なり、か。
「アア。アネルガイノチガケデ、ワレニリセイヲウンデ、クレタノダ。ナマエモ、ツケテモラッタ。ヴルムダ」
「どういう事なの……いずれなるだろうとは思っていたけど、人為的に引き起こすなんて……」
「どういう事も何も、ヴルムは元々古龍になれるだけの力があった。俺は進化の切っ掛けを与えたまでだ」
やはり種族の進化事情とかは理解してるんだな、古龍は。まあ、お綺麗な事にばかり使われるせいで逆に信用が無くなった『可能性』っつう進化方法をヒトですら無自覚に知っているくらいなんだからそれも当然か。
ヒト……つまり、『種族』の頂点たる『人型』だというのにあまりにも特徴が無さ過ぎるが故にどんな可能性すら内包する『キャパシティ』に優れた『種族』。しかし、あまりにも可能性が多すぎる故に自らの可能性に気づけない愚劣な『種族』。
気づく気づかないとでは天地の差があると分かってはいても、少し自信が無かったんだけど……この様子だと正解だったみたいだな。ふぅ……書いた小説に嘘が無くて良かった。
まだまだ正解を確認していない法則や生態はある。だけど、少しでも小説がご都合主義から離れるのならば、これほど素晴らしい事はあるまい。それは、もしかしたら本当にありえるかもしれない話という訳なのだから。
「切っ掛けって……妾も長寿と力のみしか条件を知らないっていうのに」
どことなく悔しそうなフォグザヌちゃん。ま、気持ちは分からんでもないよ。何せ俺のほうが夫の事を分かっているって事でグフフ。
「な、なんなのその邪悪な笑いは! ア、アンデッドらしいのね!」
いえいえそれほどでも……クフフ。
「それより、娘さんは? ヴルムから聞いていてとても楽しみにしていたんだ」
現在の光量は辛うじてフォグザヌちゃんの輪郭が分かる程度。それも俺のグールとしての夜目補正があって初めて成立するくらい。つまりはもう少し奥がありそうなこの洞窟の別の住人を拝む事は出来ないという訳だ。という訳で是非とも『魔法士』のヴルムに光を頼みたいのだけど。
「……私の娘に何をするの?」
オイ、警戒やめれ。俺はロリでもペドでもイケる性質だけど実際に手を出す訳じゃないからな? そこんとこわりと重要よ? 分かってらっしゃる?
「安心しろ。純粋な興味だ」
「会った事も無い娘に興味を抱くのね。この変態!」
何故そうなる。いや、そうなるだろうとはテンプレ的に思っていたけどもおのれダラコンめ……
「ま、否定は出来ない」
「え、嘘ホントに娘の体が目的なの?」
ゾンビでも見るかのような目で俺を見下してくるフォグザヌちゃん。テメエ生前はヒトのこと言えなかったくせに。
壊れかけの不気味の谷補正かかりまくりの機械娘にすら欲情していただろうが。
俺も欲情できるけど。
「ヴルムとフォグザヌちゃんの生前の姿を思い浮かべれば、どんなルートを辿ろうと絶対可愛い龍になるに決まっている。ならば、それをナデナデしないで何がナデリストか!」
「知らないわよ! この変質者!」
ヴルムはこの言葉がユーモアだと思ったのかゴロゴロと笑い声を洩らした。それを凄い形相(恐らく)で睨み付けるフォグザヌちゃん。
や、だってさ? 分かるだろ? 小さくて、可愛くて、硬いのか柔らかいのか区別が付きにくい鱗が生えてて、可愛くて、チンチクリンで、可愛くて、ヒトじゃなくて、可愛いんだぜ? これを撫でなくてナデリストを名乗れるかい!
ちなみに、動物園とかの触れあい広場で俺はこの名でブラックリスト入りしていると同時にVIP権を持っている。理由は他の客が可愛がれなくなるほどナデナデしまくる事と、何故か事後に動物の毛並みがツヤッツヤになるからだ。どれだけVIP扱いされてたかと言うと家族を動物園に招待して謎のVIP仕様に怯えさせたレベル。俺にかかればライオンですら大きな仔猫ちゃんだったからな。最後のほう獰猛な鮫ですらお触り自由だったレベル。ところで、俺の手って何者?
「ゴロゴロ……マア、ソウオコルナフォグザヌ。アネルハカシコキモノダ。ムスメニキガイヲ、クワエルヨウナヤツデハナイ」
まだ笑っていたヴルムが俺をフォローしてくれる。うんうん、やはり持つべきものは人外の友!
「あなた……分かったわよ。その代わり、娘に変な事をしたら噛み裂くからね!」
そのセリフ、つまりフォグザヌちゃんは牙に特化した龍な訳か。初っ端が酸のブレスだったからてっきり火力押しタイプだと思っていたんだけど……まあいい。
「アネル、ヒカリヲウムマジナイヲ、カケル。スコシメヲ、ツブッテイテクレ」
ヴルムの指示通り両目を瞑り、両手でガードする。直後眼の周辺に突き刺すような熱が生まれ、徐々に安定していく。ほう、ヴルムはよほど強力な光の魔法を使える訳か。レベルはいくつなんだろうな?
「モウイイゾ」
言われ、少しずつ眼を開いていく。
最初に見えたのは輪郭。黒い。蛇……いや、龍? ……フォグザヌちゃんか。ちくしょう、眩しい。
「くぅ……やはりグールとなると勝手が違うな。散々閃光手榴弾で目潰し耳潰しの鍛錬を重ねたっつうのに、まだ視覚が回復しねぇ」
「はぁ? ちょっと、貴様日本でどんな事してたの? 普通のヒトがそんな戦闘狂の訓練なんかしないっての!」
やかましいぞフォグザヌちゃん。君こそ二回目の『狂宴』で血ぃ浴びて乱れまくってた癖に。俺なんかよりよっぽど戦闘狂の素質あるんじゃない?
それはともかく……よし、万全じゃないにしろ一応回復したな。
改めて確認する。黒い蛇。龍っつか蛇。まさしく蛇だ。フォグザヌちゃん、よっぽどヒトが嫌いなんだねぇ。普通、古龍っつうのは何万何千年も辺境で過ごした上で理性を得た場合を除き、殆どの場合竜に近い四足二翼の姿になってゆく物だ。辺境で過ごした龍ですら伝承のタツと読んで龍のような申し訳程度の四足と翼を持つというのに。
フォグザヌちゃんはそれすら無しですか。これは俺も想定していなかったタイプだな。さしずめ、ワームとでも呼称するか? いや、それだと下位龍のワームと被るな……う~ん、まんま蛇っぽいドラゴンっていたっけ? 少し思い出せないな……あ、シーサーペントあたりが確か海竜の仲間だって聞いたことあるな。その親戚的扱いで良いか。
まあ、この形状だと人化は出来ないだろうな。
「どう? 驚いたわよね?」
何やらおどけたような声音(どうも声帯ではなく鱗を動かしたときの共鳴を応用しているようだ)で聞いてくるフォグザヌちゃん。あわよくばこの姿にビビって逃げてくれって本音が丸分かりだぜ?
「ああ、驚いた。古龍の進化先にそんな選択肢があったなんてな」
「そこなの!?」
他に何を驚けと? 世のヒトは蛇か蜘蛛のどちらかが嫌いであるとかいう迷信があるけど、俺は普通にどっちも好きだからな? 嫌いなのは実寸大の多足虫とゴキブリだけだ。ヒト? ゴミ以下の存在に憎悪も嫌悪もあるまい。
「しっかしよくヴルムと性交渉出来たな。何、魅了系の能力でも使ったの?」
「せ、せい!? き、貴様よくそんな事を平気な顔で!」
「イイヤ、ワレハフォグザヌノツヨサニ、ヒカレタノダ。ムロン、スガタカタチモ、ウツクシイトオモッテイルガナ」
「あ、あなた!?」
ラブラブなこって。
しかし、何をうろたえる必要があった? 子供が出来たのならその前段階もしていて当然だろうに。
「羞恥って言われてもなぁ……ぶっちゃけ、最初の人生の時点で七つの大罪コンプリートしてた俺にそこらの羞恥は無いにも等しいぞ?」
「は?」
ん? 何かおかしな事言ったか?
ええ、分かってます。思わぬ中二発言が原因ですね。
「補足。俺の最初の人生はキリスト教的に生きる価値の無いゴミだった。何せすぐ怒りが湧くし、なんでもかんでも欲しいと思っていたし、腹が減れば盗みだって厭わなかった。努力が出来ない点では今も怠惰だし、誰よりもプライドが高い事すら自覚していて、他人の能力に嫉妬する事も多かった。何より、容姿次第であらゆる性癖を網羅し、ところ構わず突発的に発情していた色情魔だった。これで分かるだろ? 俺が大罪コンプしたっつった理由」
フォグザヌちゃんは呆れて何も言えないようだ。そりゃそうだよ。俺もこんなカミングアウトされたら絶句するだろうし。まあ、この話題では俺という前例があるから驚かないけど。
「そんなこんなで一度挫折してんだ。今更それら関係で恥を覚えるほど無垢なつもりはない」
「カシコキアネルガ? コレハオモシロイジョウダンダ」
そう言ってまたゴロゴロと笑い出すヴルム。そいつはチト買いかぶりすぎだ。
一度堕落しきったヒトっつうのも、案外強く賢くなるもんだぜ? あ、もしかしたら偶像崇拝の法則で七柱の悪魔の力が少し移っているからかも。
「……鬼のような奴め」
自らも竜の系譜であるが故か、日本で言うところの空気を読んでいないヴルムの笑いに何も反応を見せず俺の発言にだけ返すフォグザヌちゃん。そうか、そういえば昔の中国や日本では鬼が悪魔的ポジションだったな。判断基準がそっちに引き摺られているのか。
でも、少し面倒になってきたな。
「んなこたぁいい加減どうでもいい。早く娘さんと会わせてくれ」
どうせ、匿っているんだろう? そのとぐろの中に。
「くっ……もう一度言うけど、娘に変な事したら噛み裂くからね!」
相当悔しそうにとぐろを解くフォグザヌちゃん。そんなに嫌なら見せなければいいのに。別に無理強いしているつもりはないし。
なんて、思っていても口には出さない。見せてもらえ、ると、言う……な、ら…………
「先に言っておくけど、娘は夫と同じで体が悪いの。負担をかけたらぶっ殺すわよ」
フォグザヌちゃんの言葉が薄っすらと理性の波に引っかかる。
体が悪い、だと? 違う。ああ、これは、違う。何故……自覚、あるのか? この駄龍は? ああ、違う。これは俺だ。俺だから分かる事だ。
駄目だ、これ以上は駄目だ。鎮める……なにで? 俺は、いや、違う。献上。そう、献上しなければならない。
この、クソッタレた堕霊に!!
「……あぁ、あ~♪」
「アネル?」
「男の癖に妙に綺麗ね……」
やるべきことを自覚し、両龍の言葉を無視して発声練習を行う。そして貴重な喉飴を一つ含み、気合の応用で体内バランスを強引に整える。
さらに、狂気を纏う。
「ッ! 貴様!」
俺の変わりように一瞬で反応し、事前の宣言どおり噛み裂こうと迫るフォグザヌちゃん。チ、今はお前に構っている場合じゃねぇんだよ!
「ヴルム! フォグザヌを止めろ。これから俺がする作業を絶対に邪魔させるな! でないと娘が死ぬぞ!」
「アネル、コエガ……オーケイ!」
「な!? あ、あなたはどっちの味方なの!?」
切羽詰っていたからか、声の種類が乱れ殺気が含まれてしまったようだ。その声に友は俺を守り、子の親はさらに攻撃を激しくする。いいぞ、今のうちに準備しないと。
「クソが……運命はよっぽど俺の無茶をご所望のようだな!」
約一分。フォグザヌちゃんをヴルムに凌いでもらい、やるべきことを整えた。
狂気を口、舌、喉、鼻、肺、腹筋に分散させ、模力と……ええい、筋力の一割ほどを『生命の力』に変換し、左手に集中させる。グフッ……こりゃ、ちょっとキツイね。
だけど、泣き言を言っている場合じゃない。
気力を振り絞って『生命の力』で……白濁した鱗とも毛皮とも取れない変質した皮膚を持ち、子供らしからぬギラギラした退紅色の瞳。そして……開ききった、龍の物ではないドス赤黒い瞳孔で俺をねめつけるように観察するヴルムとフォグザヌちゃんの娘を、包み込む。
「離して! 離してあなた! 娘が!!」
「オチツケフォグザヌ!」
よし成功。これで最悪ヴルムとフォグザヌちゃんの娘が命を落とすことは無いだろう。
さて、始めよう。
「――闇より放たれ あなたは泣いた 頬をくすぐる stockの花びら
穢れを知らない sheep or goat? 真っさらな瞳が いつか濁ってしまうの?」
その道に詳しいヒトが聞いたら、酷い出来だと怒るだろう。
「暁に夢を覚え 渡り鳥に憧憬を抱く あなたはinnocence もう手遅れ
minstrelの戯れ 酒樽の隣に座る大人 夢うつつのあなたには 毒だった!」
強引過ぎる。少なくとも、時間があればキッチリとしたメロディーを用意して、歌詞も一ひねり加えた上で整えられたはずだ。
「あぁ あぁ!
you are strong もう止められない
you are children だというのに
綺麗な世界 見えるのはそれまで 潜むshadow 見落として
あなたは盲者 何故前を向いて 歩けるの? 確かにwishも存在するから?」
そんな歌を、朗々と歌い上げる。
記憶にある、歴史のある歌では駄目だったから。
「あなたは 旅を始める destinyに 導かれて
止められない私は無能 あなたのために……」
だから、作った。
題名をつけるとするならば。
それは、『旅人に捧げる……
「gospelegy』」
二十秒ほど、余韻に浸る。
気づけばフォグザヌちゃんが暴れていた音が無くなり、ヴルムがゴロゴロとどこかを鳴らしている音が聞こえた。
グ、フ……や、やはり歌に関わる部位に狂気を留めたまま『生命の力』で対象を保護する、なんて器用を通り越して神業レベルの作業は負担が大きすぎたようだ。
「うっ、カハッ!」
……荷物を全部置いてきたのは間違いだったな。『紫の妙薬』が欲しい。
「ダイジョウブカアネル!?」
「ぐっ、クハッ……正直キツイ。だけど、今は……」
言いかけた時、ヴルムとフォグザヌちゃんの娘から白濁と退紅色の塊が抜け出てきて俺の前に居座った。
「ナ、ナンダ、コヤツハ?」
「……うそ、まさか、そんな」
どうやらフォグザヌちゃんは知っているみたいだ。この、元凶を。
元凶が体内から抜けた際に娘さんの魂が引き摺られて出て行きそうになるところを俺の『生命の力』で押し留める。やはり先にコーティングしておいて正解だったな。
俺の前に居座ったその元凶は、思いっきり負の感情に塗れた表情を作って俺を睨みつけ、口と思われる器官を生成して、言う。
「――ぬるくさい同種喰いのクソ異人が! よくもオレを引き剥がしたな!」
「グフッ……ククク、シェイドにすらなれない駄霊が、よく吠える!」
ちなみに、最後の歌ですけど、本当に即興で作りました。完成したら錦君に歌わせますね。




