第二十一話:なんとなく非常識な一般
な、なんとか間に合いました……
僕の名前は中森雄一郎。人間で、高校生で、今は命の恩人――ニシキ・イノウ様――の護衛見習いをしている。
最近手を出し始めたネット小説とかではこういう時に自分の半生を語るらしいけど、僕みたいな端役はこの一言で十分だよね。この思考自体も現実逃避するためだし。
つまり……
「ひやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
とんでもない大きさの蜘蛛に追いかけられているぅぅぅぅ!!
キシキシ
そんな絶叫にイノウ様が付けてくれた護衛の師匠とでも言うべきトリゼェイソンさんという名前の大きくて灰色の百足が、まるで叱責でもするかのように体を軋ませて音を発した。
正直ね、こうなる予感はしていたんだよ。イノウ様がトリゼェイソンさんに「骨折くらいは許容範囲」と言っていた時点でこういうイベントは九分九厘起こりえると思ってはいたんだよ。
でも実際遭遇すると超怖いぃぃぃぃ!!
「サ、サモン・エレメント!」
必死で逃げながら僕の『ジョブ』、『召喚士』で最初に召喚可能となる魔獣――命の恩人は『社蓄の成れの果て』とか言ってたけど――を呼び出す。全然戦力にならない目晦ましに使えるかどうかの役立たずなモヤモヤが現れ、大蜘蛛に突撃していく。
けれど何の意味も無かった。大蜘蛛は鋭利な刃の付いた前肢で僕が呼び出したエレメントを切り伏せ、何事も無かったかのように突き進んでくる。
うわぁん! 自分じゃ何も出来そうに無いからせめてイノウ様の役に立ちそうな魔獣を使役する『ジョブ』を選んだって言うのに、これじゃ意味無いよぉ!
ぐすん、嘆いている場合じゃない。今はとにかく逃げに集中しないと死んでしまう。命の恩を返すまで死んでたまるか!
走る、走る、走る、エレメントを召喚しては無駄に散らしてまた走る。そしてまた走り、走り、エレメントを召喚しては無駄に散らして走りまくる。
この意味の無いように思える召喚乱舞にもちゃんと理由はある。
イノウ様が作った『ヴィルキット』という中二く……とても深い教養からくる名前の組織を発足するための演説中に僕を気に入ったと言ってパートナーとなってくれた妖精のトルレナンさんから聞いたところによれば、魔獣や魔物を退治した時や習得した『ジョブ』に関わる行動を取り続けたりすると『ジョブ』自体のレベルが上がってより凄い事が出来るようになるらしい。
ということは、最弱の魔獣『エレメント』でも召喚し続ければいずれ強力な魔獣を召喚する事が出来るという事だ。
どうもトリゼェイソンさんはその辺の能力向上を促したいらしく、たまに飛んで来る糸を身の毛もよだつほど強力な酸で迎撃する以外は殆ど手を貸してくれない。なら無茶で無謀で無駄で非エコと笑われようと、エレメントを召喚し続けてこの命をかけた鬼ごっこを切り抜けないといけないのだ。『召喚士』がRPGの召喚術みたいに魔力を消費して呼び出すみたいな仕様じゃなくて本当に良かった。理屈? それ一般人に求めちゃいけない言葉だよ?
「くぅ……サモン・エレメント!」
とはいうものの、うぅ……もう十回は呼び出し続けているのに全然変化無し。トルレナンさんは自分の想いが『ジョブ』に作用するから、何か変化があったら心で分かるとか言ってたけど……正直実感が無いからどうしてもいぶかしんでしまう。本当にこんな方法で大丈夫なのかな、と。
……そういえば『ジョブ』について悩んだらこれを読めってイノウ様に渡されていた冊子があったっけ。今のところ分からない事だらけだから禄に読んでなかったけど、何か突破口が見つかるかもしれない。走りながらで集中して読むことは出来ないけど流し読みで重要項目を見つける事くらいなら……!
『その壱、中二病に堕ちろ』
いきなり無茶振りぃぃぃぃぃぃ!?
ちょっと待って、落ち着こう。これはあれだ、読み手の緊張を程よく解すための常套手段じゃないか。イノウ様の小説ではよく見られる書き方だ。大丈夫、次のページではきちんと説明……
『その弐、己の内に潜む闇の鼓動を感じ、彼の幽鬼王の導くままに力へ自らを投じるのだ。さすれば汝はさらなる力と引き換えに束縛を得るじゃろう』
中二病ーーーーー!! なんなのさこのサバト演説の原文みたいな説明文!? じゃろうって何!? しかもこれを現代日本語に訳せば「自分の中にある流れっぽいものの流れを掴めば自分の力になる」って意外に的確な意味になるから一方的に非難も出来ない!? こんなの一般人に分かるか! 分かっちゃう僕も大概だけど!
っと、まだ続きがある……今度こそまともなの、来い!
『その参、さて、ここからが本題だ。今までのはただの掴みで『ジョブ』に流れるような力がある要素は無い』
無いんかい! どうしよう、冷静に分析した僕がただの馬鹿みたい!
『まあ、ぶっちゃけ『ジョブ』って想いの力が結晶化した能力だから、思い込みを拗らせればなんか実るかもよ? これ、意外に馬鹿に出来ないからね』
と思ったけど前言撤回。僕の名誉は守られた。
『まあいい。この時点で自然に感情が否定するようならどっちみち実るもんも実らん。さて、そんな石頭君またはストーンヘッドガール諸君でも分かりやすいよう説明してやる。まずは窮地に立たされたとき、この本を開いた者に対する説明だ』
なんてご都合! 追われている時に開いたら追われていた時用の説明がついているなんて!
『そんな状況でも無いと誰も開かんだろうし』
なんて寂しい予見眼。尊敬すればいいのか憐れむべきか……ここは素直に尊敬しておこう。
『さて、まず自分の『ジョブ』が何か、それは分かっているはずだ。『妖精』の指示で最初に使える技は分かるだろう? そいつを使った時、何かを感じるはずだ。『魔法士』ならば分かりやすいだろう、魔素及び魔力だ。他の『ジョブ』でもなんらかの力か感覚か知識を掴めるはずだ。『ジョブ』のレベルが低いうちは大した事は出来ないけど、強い想いはこの世界が汲み取り、力を与えるはずだ』
……これは、つまりこの状況を打破する力が欲しいと強く想えば新たな力が与えられる、って事かな?
走りながら考える。そろそろ乳酸許容量が限界だぞー。
僕の『ジョブ』は『召喚士』。つまり魔獣を呼び出して使役する『ジョブ』だ。
『召喚士』の僕が今出来る事、それはエレメントと呼ばれる霞のような魔獣を呼び出すことだけだ。少なくとも現時点では。
……うぅ、そこからが分からない。危ないからってトルレナンさんを長沢さんに預けたのは間違いだったかも。僕はイノウ様とは違ってただの凡人だ。こんな状況で、咄嗟に何かが閃けるわけ無いよぉ……
「うわっ!? な、何が……」
半泣きで過去の自分に唾を吐いていると、背後から何かが飛んで来た。一瞬チラッと見えたのは白くてネバネバしていそうな塊。もしかしなくても後ろから追ってくる巨大蜘蛛だよね!? まさかトリゼェイソンさん、やられた!?
キシキシ
「って何で僕らそっちのけで木の実走り食いしてるの!? 全然余裕じゃないか!」
それとも訓練の難易度を上げられたのか。どっちでも良いけどどっちも嫌だぁぁぁぁぁぁぁ!!
「はぁ、はぁ……うわ!」
ひぃぃぃぃぃ! 足が絡め取られたぁぁぁぁぁぁぁぁ!? 食べられるぅぅぅぅ!!
キチキチ
首が痛くなるほど捻らせて僕に迫る巨大蜘蛛に視線を合わせる。見ないほうが良いとどこかで聞いた気がするけど、実際に居合わせてしまったら、そんなの無理だ。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。眼、が、八つあ、る。怖い、怖い、怖い……ああ、足音、が、聞こ、え……
キチ
気づけば、恐怖しか無かった心がどこかへと消え去り、巨大蜘蛛が凶悪な鎌を持ち上げるシーンだけが僕の心を埋め尽くした。きっと、あのデカイ糸切りバサミのような鎌で、僕を真っ二つにしようとしているんだ。
唖然とする。
なんでこんな事になってるんだっけ。
疑問符だらけの頭にこれはなんだろう……走馬灯という奴かな。が現れた。父さん、母さん、敬美姉さん、シロ、長沢さん……
そしてイノウ様。
イノウ様だけ、場面はあの忌まわしい工事現場に居た。
そうだ。
僕はイノウ様の為に何かをしたかったんだ。
あの時、崩れ落ちてきた鉄骨と難癖つけてきた工事のおじさん達から守ってくれた、僕の命の恩人の為に。
ふと、イノウ様の書いた小説の一文を思い出す。
『助けた助けられた。そんな物は数ある出会いの一つでしかねえ。相手が友達なら使い倒し、相手が友人なら何も思うな。だが、それが赤の他人だった場合は……全力で相手に関わるべきだ。命の恩とは、そう簡単に忘れさられるほど単純な物じゃねえんだからよ』
このセリフは、助けられた登場人物が助けた人物にどう接すれば良いのかと聞かれた時に主人公が答えた物だった。
全力で。
僕は今までイノウ様と関わってきたのか?
ううん。
むしろ、どう接したら良いか分からなくて、禄に声もかけられなかった。
各々の小説のあとがきで、イノウ様は常々「主人公達の信念は私から生まれている」と言っていた。
なら、イノウ様の為になる事。それは全力でイノウ様と関わる事だ。それが信念なら、きっと喜んでくれるに違いない。
だとしたらこんなところで死んでいちゃいられない。僕は何が何でも生き残ってイノウ様の元に帰らなくちゃいけない。
帰って、頼むんだ。
友人になってくれって。
そこまで考えることが出来たのは、まるで時間が引き延ばされたかのような感覚の中にいたからだ。
と言うことは、まだ僕は死んじゃいない。
まだ、何か出来る!
「う、うわぁぁぁ! サモン・ファイアエレメント!」
叫べば、案外簡単に出てきてくれた。
エレメントとはまったく異なる赤く燃えた小さな塊。足元に現れたそれは即座に糸を燃やし尽くし、僕に自由を与えてくれた。
全力で巨大蜘蛛の鎌から逃れる。完全に避けきる事は出来ず、肩から腕にかけてたくさんの皮と肉が削がれた感じがしてとても強い痛みが襲ってきた。
でも今はそんなの関係ない。
ここから僕がすべきことは分かりきっているのだから。
「サモン・ファイタースピリット! サモン・パラライズマジックソード!」
エレメント召喚の時には感じられなかった鈍頭痛が僕を襲う。けど、耐えられないほどじゃない。
その証拠に、小さくも覇気溢れる戦士の幽霊が毒々しい黄色の剣を携えて出現したのだから。
言葉なんてどうでも良かった。
使い方もとっくに知っていた。
なのに、常識に引っ張られて、僕は『召喚士』という『ジョブ』の仕組みをまったく理解していなかった。でも凄く苦労して二次方程式を覚えた時と同じように爽快な気分だ。分かって、思い通りにスラスラ進んで、望んだ結果を出せる。
ああ、これが人の為に戦うという行為の快感なんだ。これは、病み付きになるほどじゃないけど、とても気持ち良い。
「巨大蜘蛛に攻撃! 出来るなら足を狙って本体に傷をつけないで!」
……
戦士の幽霊は沈黙を持って僕の命令に従い、巨大蜘蛛に突撃していく。巨大蜘蛛は突如現れた戦士の幽霊に怯んだのか、一歩後ずさった。その隙を見逃さず、戦士の幽霊は巨大蜘蛛の足に黄色い魔剣で傷をつけた。蜘蛛に声帯があったら悲鳴が聞こえていたかもしれない。
キチキチ
牙を噛み合わせているのだろうか、遅すぎる威嚇のような音が聞こえた。その瞬間、戦士の幽霊に巨大蜘蛛の鎌が振り下ろされる。しかし、幽霊にそんな攻撃は効かない。例え最底辺の劣化種であったとしても、それが幽霊なら物理攻撃なんて効くはずがないのだから。
……(ブォン!)
戦士の幽霊は自身が斬られる事もおかまいなしに巨大蜘蛛の足を黙々と斬り付けていった。そのたびに黄色い魔剣から毒々しい黄色の光が漏れ、巨大蜘蛛に吸収されるように消えていった。僕が考えた策が有効だったって事だ。
「けど、やっぱり僕程度の『召喚士』が呼べる魔法剣じゃ麻痺させきるのに結構な時間がかかりそうだ」
事実、巨大蜘蛛は戦士の幽霊に攻撃を集中してはいるものの、特に動きが制限されたとかは無さそうに見える。はは、やっぱりただの獲物より抵抗してくる獲物のほうが優先、なのか。そりゃ、それが『召喚士』の仕事とも言えるけど、やっぱり寂しい物がある。僕自身は全然強くないんだって分かっているのに。
「……あれ? なんかちょっとだけ頭痛が和らいだ?」
さっきまで徹夜して授業に出ていた時くらいの頭痛が僕を襲っていたのに、今ではちょっと知恵熱を出した後くらいに和らいでいる。しかも現在進行形で。
気になったのでイノウ様直筆の冊子を読んでみることにした。幸い、戦士の幽霊は僕が細かな指示を出すよりオートモードにしておいたほうが(微々たる差ではあるものの)強いだろうから安心して意識を冊子に向けられる。
「ええっと、ジョブ発動中の注意…………あ、あった」
早速『ジョブ発動中における注意事項』の項を見てみる。
『さて、題から分かると思うけど、ここで説明するのは『ジョブ』を使っている時に注意すべき事柄だ。ぶっちゃけ『ジョブ』って自らがこうしたいああなりたいと想った想いが結晶化した能力だから使っている最中は各『ジョブ』における常識的な注意事項を除いて殆ど無いにも等しいんだけどな。
で、その『殆ど』に該当する注意事項だが、まず『ジョブ』を発動中に能力がかき消されでもしたらすぐさま俺に連絡を取れ。『ジョブという能力』の強度上、専門のジョブでも無い限りまずかき消される可能性は無い。あるとすれば、『ジョブ』とはまた違った法則の力が働いている可能性が高い。そうなったらたぶん俺か魔王ロクル様しか対応できん。万が一知らせる事も出来なかったら素直に相手に従え。殺されても情報っつうのは引き出されるもんだからな。侮る無かれ、現代日本所属世界の薬でも、可能なのだよ?』
色々怖い上に知っていたら不味いような事ばかり書かれているんだけど……あ、頭痛がちょっと酷くなった。
『で、『ジョブ』を使っている最中に心が冷えるような現象に遭遇したら全力で『ジョブ』に付きたいと願った想いを心に造りまくるんだ。リッチの上位種が『ジョブの力』とでも言うべき『想い』を吸い取っている可能性がある。その場合恐らく俺の指示を行使し続ける事と意識を保つだけで手一杯だろうから、右手の人差し指を親指で上から折るようなジェスチャーを行え。あ、ちなみにこれは他人用だから伝えるのを忘れるなよ? たぶんそんな状況に陥ってまともに本読める奴なんて俺か魔王ロクル様くらいだろうし。俺は本に対する愛故に、魔王ロクル様は魔王という最上位種族故に。決して真似すんなよ。上段抜きで廃人にされるぞ。それも快楽を与えてから廃人にするサキュバスやインキュバスより性質の悪い方法だからな。たぶん苦痛も無いからドM諸君もやめておけ』
またしてもこの状況とは関係ないのに僕の頭痛を酷くするような事が沢山。イノウ様って意外に嘘とかつけないのかな? 明らかに僕達に開示していい類の情報じゃない。
『んで、現時点で俺が推測出来る最後の注意事項は、『ジョブレベル』の上昇。『ジョブ』によっては自身の体が軽くなったり演算的な負担が減ったりするから、慣れてない奴は不気味に思うかもしれん。だけど、それはお前の『想い』が力を伴って強くなった誉れ高き現象だ。戦闘中では流石にこの冊子を開いている余裕は無いだろうが、万が一を考えてここに記しておく……貴様の勝利は、揺ぎ無い。『ジョブ』に……いや、自分の想いに身を任せ、さらなる力を解放するのだ。さすれば、貴様は俺の誉れとなり、『ヴィルキット』の誉れとなり、この世界の誉れとなるだろう。
以上を持って『ジョブ発動中における注意事項』の題を終了とする。また何か進展があって新情報を入手した場合はこの情報が古くなっている場合もある。その可能性が俺の記述全てに有り得るかもしれないと、常に頭の片隅にでも入れておくことを推奨する』
……なるほど。頭痛が和らいでいったのは『ジョブ』のレベルが上がったからなのか。確かに、『召喚士』は召喚した魔獣をある程度操らないといけない。何故なら召喚するのがただの魔獣だからだ。魔獣は無差別にヒトを襲う性質を持っていて、ただ呼び出すだけだと最悪召喚士すら殺されてしまう。例外は契約で縛った魔獣とイノウ様のように力で屈服させた従順な魔獣のみだ。それ以外の知性ある魔獣は魔物と呼ばれるそうだ。たしか戦闘顧問のレミスタンさんも見た目は普通の人間だけどグールって魔物の上位個体だって話だ。今でも僕らと(強さ以外)全然変わらない姿のレミスタンさんがグールだって事は信じられないけど。
話しがセルフに逸れた。
要約すれば、僕は召喚出来る数と質が増えたって事だ。
「これならもっと有利に事を進められる……よし、サモン・バジリスク!」
うぅ、さっきより格段に負担が増えた……けど、大丈夫。まだ行ける。
僕の呼び出しに答えてくれたのは全長五十センチ弱ほどの大きさもある緑色のトカゲだ。やばい、ちょっとカッコイイ。
「い、今は戦闘に集中しないと……巨大蜘蛛を石化させて! 戦士の幽霊に当てないよう気をつけてよ!」
ケェー
どこか気が抜けるような鳴き声で返事を返したバジリスクは、未だ戦士の幽霊が傷つけられない後部の足に石化光線を浴びせた。レベルが上がったからといってまだまだ低レベルの素人に近い僕が呼んだ(というより呼べた)バジリスクじゃあの大きさをすぐさま石に変えることなんて出来る筈が無い。でも、戦士の幽霊が操る麻痺の魔法剣と同程度の早さくらいで石化していってくれるだろう。そうすれば巨大蜘蛛の動きを止める時間が短くなり、戦闘はこっちに有利となる。
ヤバイ、僕ついに一般人からエリート一般人に進化したかもしれない。この戦術は天狗に乗っても許されるよね? まあエリート一般人って自分で言っても訳分かんないけど。
ここでやっとトリゼェイソンさんに動きが見られた。
僕の成長に満足したのか、凄まじい速さで巨大蜘蛛に向かって行こうとする。
けど、少し待って欲しい。
「トリゼェイソンさん。僕は、自分の力で終わらせてみたいです」
キシキシ
……なんだろう、今なんとなく「それでこそ主の従者だ」って言われたような気がする。でも本当は僕の力じゃなくて魔獣の力なんだけど……う~ん、魔獣を操る力を持っているから、僕の力でも間違いではない……のかな?
気にしないでおこう。
キシキシ
「はい、見ていてください!」
言葉は分からなかったけど、それでもこの状況でトリゼェイソンさんが僕に何を言おうとしたのかくらいは分かる。
見せるんだ……一般人の意地って奴を!
「リペトレイション・ファイアエレメント。サ、モン……ブリザード、ワイバーン!」
うろ覚えの英語でファイアエレメントを送還させ、多大なる負荷と引き換えに氷の翼竜を召喚する。あまりの激痛に膝を付くが、視線は巨大蜘蛛に釘付けだ。絶対に眼を逸らすものか。
「巨大、蜘蛛に……氷のブレス!」
ギャーギャー!
枯れたように微かなかすれ声しか出ないにもかかわらず、薄水色の翼竜は力強く頷いて巨大蜘蛛に突撃していった。うぅ、これで本格的に意識を繋ぐ事以外出来る事がなくなっちゃった……まあ、それが『召喚士』の本分なんだけど。
キチキチ!
……(ブォン!)
ケェー
ギャーギャー!
その場は怪獣大決戦……というには僕が呼んだ魔獣の大きさが足りないかな? とにかく人間が入り込める領域を超えた戦場となっていた。巨大蜘蛛が苛立たしげに戦士の幽霊に鎌を振り下ろせば沈黙のまま戦士の幽霊が巨大蜘蛛の足を斬りつけ、その隙を突いてバジリスクと薄水色の翼竜が石化光線と氷のブレスを浴びせる。かと思えば巨大蜘蛛もやられっぱなしとはいかず、戦士の幽霊が持つ黄色い魔剣やバジリスク達に糸と毒液を発射して動きを阻害する。命中率はそれほどでもないけどたまに当たって、黄色の魔剣はともかくバジリスクと薄水色の翼竜が痛がっている。ちょっと可哀想だと思うけど、仕方の無いことだと割り切る。
キチキチ!
そんな感じの戦闘を何度か行っい、己の不利を悟ったのか一度全身を無茶苦茶に振り回して黄色い魔剣ごと戦士の幽霊達に後退させて逃走でも図るかのように一歩だけ後ずさる巨大蜘蛛。
だけどそこで終わり。
後ずさった足から崩れ落ちる巨大蜘蛛。事態が飲み込めないのか、ジタバタとがむしゃらに足を動かそうとする巨大蜘蛛。しかし、実際に動いたのはほんの一本だけ。それもピクピクと痙攣するかのような弱い勢いで。
なんでこんな事になったのか。それは僕が巨大蜘蛛の身動きを取れなくする様な力を持った魔獣ばかりを呼んだからだ。
麻痺の魔法剣を持った物理無効の戦士の幽霊、石化の光線を放つことが出来るバジリスク、纏わり付く氷のブレスを吐くことが出来るワイバーン。
一体一体の力は弱くとも、それらが重なれば大きな効果になる。実際、巨大蜘蛛の足はそれぞれ二本は確実にそれぞれの特殊効果で動かなくなっている。残りの足にしたって石化と氷の効果を若干受けていたり麻痺が全身に浸透してきたとかの理由でほとんど動かなくなっている。
……(ブンッ)
ケェー
ギャーギャー
「ふはぁ……あ、負担が軽くなった」
巨大蜘蛛を行動不能にして張り詰めていた緊張が一気に緩んだところで、どうやら『ジョブ』のレベルが上がったらしい。巨大蜘蛛はまだ生きているから、たぶん魔獣の操作で熟練度が上がったからだね。その魔獣たちはそれぞれ戦勝の声を上げて勝利を祝っている。ような気がする。
「ふぅ……よし、こっからが本番だ」
際限なく抜けていきそうな気をしっかりと押さえ、再び緊張する。その確認の意味も籠めて両頬をパンッ! と叩き、少しだけ怯えながら巨大蜘蛛に近づく。
キ……チ……
まるで射殺さんばかりに八つの眼で僕を睨み付けてくる巨大蜘蛛。その様にとても怯んでしまったけど、この先の事を考えればこんなところで躊躇なんてしていられない。
「えっと、その……僕は中森雄一郎。『召喚士』。痛めつけてごめん」
キ……
……(ガッ)
ペコリと頭を下げる。毒液でも吐き出そうとしたのか、戦士の幽霊が先んじて顎を強制的に閉じさせた。うぅ……チビりそう。
「そ、そそ、その、よ、よければ僕と……契約してくれないかな?」
契約。つまり『召喚士』が出会った魔獣を召喚可能とする為に必要な行為だ。本来なら僕みたいな見習いがするような事じゃないって知識では知ってるけど、でも今は不可能だとは思わない。
キチ……キチ
巨大蜘蛛はなんとか抵抗しようとしたけど無駄だった。戦士の幽霊とバジリスクと薄水色の翼竜が抑えているからだ。
そして、半ば諦めたように承認が下りた。
と、僕が覚えているのはここまで。
あ、後……
「……長沢さんの料理が食べたいな」
前話でスランプと言ったな。あれは嘘よ。
実際スランプだったんだけど、この話を挟むことによって話を繋げられた。たぶん次回もきちんと投稿出来ると思います。たぶん。たぶん。もう一度、たぶん。




