第十三話:とりあえず仲良くしてくれ
すみません、PCの調子が悪くて予約間に合いませんでした。
異世界に来て三日もしない内に二回も気を失ったのは俺が初めてじゃなかろうか。
「あ、おはようニシキ君」
「クゥクゥ」
わさわさ
「ガギギ、グガ」
キシキシ×7
「おう、おはようお前ら」
眼を覚ましたと同時に視界に飛び込んできた11の顔に自然と頬が緩む。
どうやら俺はウラガットの幹に寄りかけられていたようで、体の背面が心地よい木の感触で包み込まれている。よし、これから寝るときはウラガットに寄りかかってイルトミルジスを抱いて寝よう。このこの、愛い奴め~! よしよし!
「で、どれだけ寝てた?」
「十分も寝てないんじゃないかな? ほら、まだキミが散らかした物が残っているでしょ」
ルカリオンが指した方へと目を向ければ、そこには肉、血、肉、血、肉肉、血、血、血、髪、肉、血……下手なホラー映画より怖い惨状が広がっていた。
「……ヅィ・スコロペンドラ諸君、処理頼める?」
キシキシ×7
百足は肉食だから丁度良い。
「ところで、俺本体の洗脳が解かれているって事は、あの倉田とかいう馬鹿は死んだのか?」
あの時、俺は確かに倉田とかいう馬鹿の支配下に置かれた。にも関わらず、今自由に出来ると言うことは能力が解かれたという事だ。つまり、倉田が死んだか自ら解除したかのどちらか。洗脳された直後にドロロに人格が移り変わったのは分かっているから、十中八九死んでるだろうな。
「いいや、生きてるよ」
しかし、ルカリオンから告げられたのは予想外の言葉。おいおい、もしかして保険が効いたのか?
「そうか、よくやってくれた。流石は『命術士』だな」
「あんな拷問みたいな真似、二度とやりたくないけどね……」
「いや、正直すまんとは思ってるけど今後も何回か頼む事はあると思うぞ。暴走した馬鹿や一般人には効果的過ぎるし」
「そうだけどさ……それが友人にする仕打ち?」
「ごめん、もう頼まん。わりぃ、起きたばっかで寝ぼけていたかもしれん」
「別に良いけどさ、ボクも血なまぐさいのが絶対駄目って訳じゃないし……」
あかん、ルカリオンがツン期に入った。これ拗らせるとヤンになる奴だ。ついでに言えばデレずにヤンツンになる奴だ。
「……ごめん、本当にごめん。これは借りにしてくれ。今度何かで埋め合わせをするよ」
恐らくドロロの仕業だと思う筋肉痛と疲労感でまったく動かない体を無理矢理ギシギシと軋ませながら頭を下げる。わりと危険な感じの軋み音にルカリオンから同情的な視線を向けられた気がする。元から視線には敏感だったけどそこに籠められた感情とかは分からなかったのだけど……俺も、成長したんだ!
「い、いいよ。だったら今度一緒に遊ぼうよ! ボク、何万年も前から頼りになる大人なタイプの人と遊んでみたかったんだ!」
……なる、ほど。つまりお父さんと遊びたいと。そりゃ『世界』を親に持つルカリオンが父親と遊ぶ事なんて出来ないだろうな。ファーストコンタクトの時を思い返してみれば『妖精』はこの世界の人々……いや、ヒトにとって敬れる存在だから相手を自分より上と考える事なんて出来なかっただろうし、魔族や神族なんて論外だ。魔族は殆どが戦闘狂丸出しだし神族は良い場合も悪い場合も傲慢だからな。ルカリオンの性格からしてどちらも父親と認識出来るような存在じゃない。他の亜人とかもヒトと同じ理由でやはり父親にはなれないだろう。
ちなみに、母親の代わりはたぶん誰かしらいたはずだ。どの種族も母性を感じさせる者は父性を感じさせる者より多いはずだからな。インキュバスよりサキュバスが有名なのと同じだ。たぶん、俺にしか分からない理屈だろうけど。
「そうか、分かった。なんなら俺をお父さんと呼んでもいいぞ」
「え、それは嫌かな」
色々と考えて三回転くらい空回った気分だ。穴はどこだ。
「そ、そうか……ならお兄ちゃんとか、叔父さんとかでもいいぞ。あ、お爺ちゃんでもあり……」
「ニシキ君、別にボクは男の家族が欲しい訳じゃないんだよ? 確かにボクが最初に生まれた『妖精』で兄も姉もいないけど、代わりの人がいないことも無かったんだ」
…………ほう、興味深いな。って思う時点で俺はあまり友人にしたく無いタイプだろうな。毎度の事だが本当に自分が嫌になる。
でも聞かずにはいられない。
「どんな奴だった、そいつは?」
「たぶんニシキ君が聞きたいのはこういう事じゃないだろうけど、彼は優しかったよ。この世界では殆ど敵なんていないくらい強かったし、ユーモアもあった。それでいて傲慢でもナルシストでも無い。ちょっと変わったところがあったけど、それでもこれがお父さんなんだなぁって思えるくらい大きな人だったよ」
「いや、俺はそういう事が聞きたかった」
なるほど、成功した日本人転生者みたいな奴か。いいなぁ、俺もそういうお父さんが欲しかった。そうすれば、あんなトゲと血で構成されたような最初の人生は無かった筈だろうに……いや、これは意味の無いIFだな。
「そいつ、今も生きているのか?」
「その筈だよ。あの人が『世界』の真実を知って『魔王』になっていればボクはキミに会わなかったかもしれない。って思えるほどに強かったからね」
魔王種か。今も生きているのか? という質問に『世界』規模で知識を持っているルカリオンが『その筈』と曖昧に答えたって事は寿命がヒトと変わらない勇者じゃないだろうし、エルフ辺りが『魔王』になってもそう強くはならない。ということは、十中八九魔王種だろう。何万年も生きているルカリオンがそこまで父親だと思うような相手なんて壮絶な経験を積んで成る魔王じゃないと務まらないはずだ。
ただ、何故そんな存在と離れて行動しているのか、という疑問が出てくる。
「ルカリオンはそいつと一緒にいなくて良かったのか? 言っちゃあ悪いけど、『世界』は親として何かしてくれた訳じゃないんだろう?」
いくら自我があるとはいえ、ルカリオンに親として振舞えるほどの自我となれば『魔王』を排除するくらい楽勝過ぎるだろうからな。
ルカリオンは、少し哀しそうな顔をして言った。
「……彼は、『魔王』に付いちゃったから」
……? 何で?
「おい待て、なんでそう言えるんだ?」
俺の言葉に少し不機嫌な様子を見せたルカリオンだけど、俺が誰であるのかを思い返したのか不満を隠しきれていない困惑顔で訊ね返してきた。
「え? だって、彼は自分の配下……ううん、家族を虐殺されて、復讐の為に『魔王』に力を求めたんだ。だからボクは『世界』の子供として『世界』に仇名す……」
「いやいや、何でだよ。そいつ、強いんだろう? 世界で敵なしというからにはそれなりの力を持っているはずだ。だというのに何故「負けた?」というより何故単独で復讐出来ない?」
俺の疑問にルカリオンが衝撃を受けたようにフラフラと崩れ落ち、地面に膝をつけた。
恐らく、俺が思った疑問に辿り着いたのだろう。そして、そんな疑問が存在する理由にも……
「まさか……あの『魔王』以外に『世界に影響を与える者』がいるの?」
「恐らく99.9%。そんなもんはもう100%だ」
だとすると、前提条件がいろいろと崩れるな。
さっきまで俺はこの世界に影響を与える……つまり、質量保存の法則だの万有引力だの能力の『そういうもの』だのを軽くひっくり返して『何かをする』ことが出来る力を持った存在が『妖精』、『魔王』だけだと考えていた。『大罪人』は別の異世界に全員いるようだし、『神』は一つの世界に残るような気質じゃない。『勇者』は他の世界と行き来しているみたいだからあまり考えなくても良かった。
俺が知っている範囲の『世界に影響を与える者』は認めていないだろうけど、実際同じ事が出来る『十二の使者』だけは未知数だったけど。まあ、やつらも契約が無いとそこまで本格的に動けないし、契約したらしたで『妖精』が気づかないはずがない。『妖精』風に言えば契約時に『世痛の波』を発するからな。ルカリオン的には俺に『魔王』に匹敵する戦力を持ってほしいだろうから契約した『十二の使者』がいれば注意するか仲間に引き入れてもらうかの意味で伝えてくるはずだから今のところこの世界に『十二の使者』が影響を与える事は無い。
その前提が、崩れた。
ゴブリンを退治しに行こうとしたらそこにいたのは竜でした! ってレベルだぞオイ。
「それに、これはお前から聞いたそいつの人柄から判断した仮説だけど、俺が思うにそいつは『魔王』に付いたわけじゃなくて、単にその正体不明の『世界に影響を与える者』と敵対しているのがお前の言うそいつと『魔王』だけだから目立ち悪感情を持っている『魔王』の傘下に着いたように見えるだけじゃないのか?」
ルカリオンは、押し黙った。普段の元気さの面影が無い。
恐らく、恐らくだけど、そいつ……魔王と聞くにはあまりにも人の良い性格のそいつに、ルカリオンは酷い事を言って飛び出したのだろう。そのまま帰らず、冗談だったから戻ってきてくれと配下をよこされる事を期待しつつ、何年も……ひょっとすると何十年、何百年と待ち続けたのかもしれない。
それが勘違い故だったとしたら、あまりにも哀しい。
うん、俺も似たような理由で家出したことあるから少しは分かるよ。最初の人生の小さい頃の話だから鮮度は朽ちているけど。
「あ、ああ……ボクは、ボクは……なんて事を」
「はいストップ、自分を責めるなよルカリオン。事情はどうあれ、自分を父親同然に慕うルカリオンに誤解を招くような真似をしたそいつが悪い。そいつが今でもルカリオンの父親なら、な」
「そんな……知りもしないで!」
そうだ。俺はルカリオンの父親を知らない。ルカリオンとルカリオンが父と慕う存在がどういった関係でどれほどの親密さがあったのかも。
だけどな、俺はそれでも小説家なんだよ。間違いと真実と幻想を巧みに操り、読む人間を最大限にまで楽しませるのが俺の仕事だ。俺が間違っていようと傲慢だろうと、今悲しんで面白くない思いをしている友人にその力を使わないでいつ使うんだよ。
「いいや、俺は知っている。父親という存在が、子供にとってどんな存在であるかを」
俺はループ体験者だ。
当然、この世に生を受けた回数だって他のやつらより多い。その間に、小さい俺に父親がどういう事をして、結果俺がどうなるかのシミュレーションなんて何も出来ない幼少期に散々行った。
それだけじゃない。子供懐かれ体質だった俺は、小さい子供が大人や親に対してどう思っていたのかも理解しているつもりだ。実際、その知識を大人に頼られて子供との仲を良好にさせた事だってあるくらいだ。何度も言うけど、あまり俺を舐めないほうがいい。
「だけど……そうだな。ルカリオンが負い目を感じているのなら、それを清算すれば言い。俺は個人的に殴り倒すけど、それはお前の役割じゃないよ」
駄目親父には渇を、家出少年には道を。離したり近づけて関係を固めるのではなく自浄に任せて自ら治させる。俺は医者じゃなくて小説家なんだから、わざわざ当人同士のことに手を出すような無粋な真似は出来ない。ただ、ほんの少しワクチンやペニシリンを調達してやるだけだ。それだけで切り裂いたり縫い合わせたりせずに自然と関係の修復が可能となるのだ。過剰な手出しは二次感染を引き起こす。それも致命的な感染症を。
「良いか、お前は俺の友人だ。だから俺はお前に遠慮はしないし変な気も使わない。だけどな、友人の間違いをそのままにしておけるほど俺は外道じゃない」
ルカリオンが父親に負い目を感じる必要は無い。少なくとも、親の事情で子供に負い目を作らせるなんて間違っている。だから俺はルカリオンに負い目を感じさせない。ルカリオンの父親はぶん殴ってでもルカリオンに頭を下げさせる。
こうと決めた俺は、てこでも核でも神でも動かんぜ。
「……でも」
「でももかかしも無い。家出少年は泣きべそかきながら家に帰って親父に拳骨を落とされるのが様式美だ!」
「なんだよそれ!」
俺の身もふたも無い言動に顔を真っ赤にしながら荒いツッコミを入れる。うんうん、荒いって事はより本性に近いって事だからこれで俺とルカリオンの距離はさらに縮まったな。親友まで後三歩ってところか?
「泣きべそってのは冗談だけど、そうすれば父親ってのは許してくれるもんだ。安心しろ、俺が保障する」
そう言って俺はギシギシとまるで出来損ないの義手のような音を引き連れながらルカリオンの頭を撫でる。
まあ、許してくれないかもしれないけど。でもそんな奴は父親たる資格は無いからルカリオンの父親ではない。ルカリオンの父親でない存在がルカリオンを許さなかったからと言って如何ほどの問題がある? 相手が女じゃなきゃ下ネタは軽いこみゅにけーしょん(笑)なのだ。相手が間違っていれば答えが間違うのは当然。故に俺は悪く無い。QED証明終了。
「……そっか。分かった」
うん、なら良いんだ。俺としては恋する乙女が大好物だけど、何も父親と息子の家族愛が嫌いなわけじゃない。むしろ美しい物として尊重すべき物だと考えている。言っておくけどここでBLと勘違いした奴の家にはドロロを差し向ける。
って、だから出てくるなよウィルフィール。
「よしよし。それまでの間、寂しくなったらお兄ちゃんが慰めてやるからな」
「お兄ちゃん……うう、なんか良いかもって思う自分がいる。でも認めたく無い気持ちも……」
「はっ、きひひ! なんならしっかり者の弟でもいいよ? ルカン兄さん」
「…………ドキッ」
「え? 何今の胸の高鳴り。ひょっとして俺に惚れた?」
恋する乙女妖精サフェリエに申し訳が立たないんだが?
「――はっ! い、いいや、その、違うんだ。その、ボ、ボクを兄と慕ってくれる子達は皆、た、頼りなかったから、あう……可愛かったというか」
「真実のギャップ萌え好きか」
後でサフェリエに報告だな。普段はお淑やかに、しかしデートの中盤やいざというときに元の元気な性格を表に出すように、っと。
「まあいいよ。それじゃ、これからはルカン兄さんって呼ぶね」
おい、そこで頬を染めながら俯くな。なんかマジで勘違いしちゃうだろ。サフェリエが。
って、特に否定されなかったら言葉遣いと呼びかたが固定されてしまうのだけど……ええい、余計な事を言ったのは俺か。身から出た錆……
でも、精神的に甘えられる兄がいても良いと思う。
「……ところでルカン兄さん」
「……何かな、ニシキ」
何この結婚初夜みたいな空気。ある意味じゃ類似的状況とも言えるけどさ。いや、でも、兄さん……欲しいと思ってたけど、ルカリオンは友人……ああ、でも!
「コホン……そっちの人はルカン兄さんの知り合い?」
と、さっきから「父親」「子供」「世界に影響を与える者」「弟」という単語に反応してチラチラと違和感を見せてくる存在に指を向ける。
とたん、ガタガタ! とダンボールの中から何かが動く音が聞こえた。
……ダンボール?
「え!? コウガルンさん!」
「ル、ルカリオン様……実名を上げないでくださいと何回言えば良いのですか!」
ぷるぷる
ルカリオンの驚いた声が決め手となったのか、もはや違和感しか無いダンボールからスネークとスライムが出てきた。
いや、微妙に忍者っぽい意匠でもあるな。コウガルンなる甲賀を冠する名前に何か関係があるのかにゃあ?
ぷるぷる!
「う、うわ! くすぐったいよ、スラリン!」
核が見えないほど濃い青い色をした普通のタイヤくらいの大きさのスライムがルカリオ……ルカン兄さんに飛びつく。どうやら俺が相対したスライムよりかなりの上位種らしく、飛びついたときにルカン兄さんを飲み込んだにも関わらずルカン兄さんは溶かされる事無くくすぐったそうな笑い声を上げている。つまり身体構成的にはヒトとあまり変わらないルカン兄さんがくすぐったいと感じる程度の酸性に保っているという事だ。そんなミクロンの世界を自在に操作しているって時点でそこらのスライムとは比べ物にならない上位存在だと解る。
「どうやらルカン兄さんの知り合いみたいですね。それもそれなりに親しいと」
「如何にも。私は主より『ウルペース』の職務を与えられしコウガルンと申す者」
ウルペース……狐、FOXか。どうやらコイツの主は日本の転生者で決定だな。じゃなきゃコイツが日本語を喋っている理由が分からない。ルカン兄さんと会話が成立しているのは大昔の『世界』の情報を生まれつき持っているおかげでいろんな世界の言語情報がルカン兄さんに備わっているからだけど、そんな事が可能なのは『妖精』だけだ。どう見ても目の前の細マッチョが『妖精』だとは思えない。
「俺の名前は……いや、言わなくても分かるか」
どこからどう見ても諜報員か変態ですって格好からして、恐らく初期の頃から俺を見張っていたのだろう。なら、今更言わなくても分かるはずだ。
「ほう、流石は我が主が認めた生きたアンデッド、ニシキ・イノウですね」
「誰がアンデッドだ。そういう貴様はなんつう種族なんだよ。ヒトじゃなさそうだけど?」
すると、コウガルンさんとかいう忍者スネークもどきが被っていたマスクを取った。そこから現れたのは一対の天に聳える狐耳。
と、猛禽類を思わせる鋭い眼と嘴。
「失礼。私は魔獣人族の妖狐と夜鷹のハーフだ」
「そりゃまた随分と隠密行動に長けたハーフだな。意図した物だとしたら大したもんだ」
「……あまり良い言葉とは思えませんが」
「褒め言葉だ。過去はどうあれ、今は主の役に立つ体であることを誇ったらどうだ?」
「…………なるほど、そういう捉え方もありましたか」
まさに青天の霹靂とでも言おうか、俺の一言で睨み付けるような視線が感激の視線に変わった。ファンタジー作家たるもの、ハーフの扱い方は心得ていて当然だ。
さてさて、ほぐした肉から一体どんな旨味が出てくるか……
「コウガルン……さん? 殿? 様?」
「私は本来表に出ない者です。故に敬称はいりません」
「了解した。コウガルン、貴様は魔王……いいや、ルカリオンの父親の僕か?」
速い。俺を拘束する速度が尋常じゃない。ちょ、苦しい、ギブ、ギブ! まさかの臭みでしたか!
「我が主を気安く呼ばないでもらおう。私はどうでもいいが、我が主を貶すような言動は控えてもらおう」
「ケホッ、ケホッ……ハッ、短気、暴力的、盲目……それが自らの主を貶めているのが分からないのか?」
「っ……小僧が」
「おまけに差別意識も有り……貴様の主とやらもたいしたことが無いな」
「言わせておけば……!」
やめ、やめろコラ! にわかCQCを使うな! 魔王コラ、なに適当な事教えてんだ。微妙に締め付ける腕が動脈から逸れてるせいで苦しいだけ……
「わ、カハッ、たか……あ、なせ」
「ふん」
オゲッ、ゲホッ、ガハッ、グハッ……ったく、こりゃ相当惚れられてるな、魔王。うぐっ……部下の教育はなってないけと、それでも世界最強の魔王としてやっていけているということは本人がとてつもなく強いか配慮上手か……あるいはどちらもか。
「チッ、むさい野郎に抱きしめられて首絞められるなんて……気持ち悪い。イルトミルジス、何もかも忘れさせて!」
「クゥクゥ!」
ひしっ。
あぁ……このもふもふ感。たまらん、実にたまらん。傷心の俺を慰められるのはお前だけだよイルトミルジス。
「まったく、情けない男です……なんです? やる気ですか『紫の死虫』? そこのゴブリンとじんめんじゅも何か言いたそうですね」
向こうと頭上で何かやっているが俺とイルトミルジスには関係無い。イルトミルジスぅ……ハァ、ハァ、ゾクゾクゾク、っん。あぁ、いい、いい! もっと、もっとちょうだい! 私をメチャクチャにして!
「……発情したメスのような顔で何をしているのです」
イルトミルジスがオスなら俺は女にだってなってやるぜ。このモフモフを合法的に味わえるのなら!
「はうんっ! …………ふぅ、ありがとうイルトミルジス。おかげで汚らわしい記憶が綺麗サッパリ消えうせたよ……ん? 誰だ貴様?」
「……わざとですね」
当たり前だバカタレ。ここで挑発せずにいつおちょくると言うのか。
「それで、貴様の君主はルカン兄さんの父親殿なのか?」
何が気に入らないのか、ぶすっとしたまま首肯するコウガルン。
そうか、やはりルカン兄さんの父親は魔王か。
「だったら伝えておけ。お前はいつか俺がぶん殴る。ルカン兄さんの為じゃなく、俺の矜持の為に」
「……ふん、常ならば貴様など血祭りに上げているところですが、ルカリオン様のお気に入りとあらば殺すわけにはいかないですね……感謝するのですね人間」
「アンデッドじゃなかったのかよ。コロコロと意見の変わるご都合人間め」
「なんとでも言えばいいです。それと、私は人間ではありません」
はん、主の都合で何度も芯を交換されるパイルバンカーのような男が何を。部下としては優秀だけど臣下としてはボンクラも良いだな。
故に、諜報部隊の適性があったとも言えるけど。パイルバンカーは消耗が激しいけどその分強力だからな。
「そんじゃ、さっさと出てって隠密の仕事に戻れよ。そこのスライムは置いてけよ、ルカン兄さんが随分と懐いているみたいだから」
自分の事を「ヒトではない」じゃなくて「人間ではない」と言った時点でこいつは『世界』を知らない常識者だ。その事が知れた時点でもうこいつに用は無い。基本的に俺のような「人間」、「ヒューマン」、「人」と呼ばれる宇宙で最もスタンダードな種族の事を『世界』を知る者や多重能力世界の住人は「ヒト」と呼ぶ。ヒトを人間だと認識しているのなら眼前のスネークもどきと話を続けても時間の無駄だ。常識人に蛮族……いや、天才の倫理なんて理解される訳が無いからな。
「いいえ、私がルカリオン様の前に姿を見せた二つの目的が達成されるまで、私は仕事に戻る事は出来ません」
怒ってさっさとダンボールに潜る(どうせそういう『ジョブ』だろ)かと思っていたら、意外な事を言い出した。
彼の魔王が家出少年に使いを出したか? ならば下策だな。と考えていると、コウガルンはスラリンと言うらしいスライムにルカン兄さんを解放するように言った。命令口調じゃないっつうことは魔王直属か本来はルカン兄さんに指揮権があるかのどっちかだな。ルカン兄さんの懐き具合からして、恐らくスラリンが寂しがっていたとかなんとかの理由でこっちに送り込まれてきたか。魔獣の人間で隠密に特化したハーフを超える隠密技術を持っているとは思えないから最初からいた説は却下だ。
「故に、出て行くのは貴様の方です」
「どうせルカン兄さんの目的確認と俺の素行調査だろ? 俺がいようがいまいが関係無いんじゃないか?」
「……頭だけは回るようですね」
他も回るぜ。眼とか腕とかドリルとか。
「でしたら話は早い。ルカリオン様、ロクル様は貴方様の真意を求めておられ……」
ぷるぷるぷるぷる
「え? お父さん、ボクがいなくなって三日も部屋に閉じこもって泣いてた? スラリンも? うう、ボクの勘違いで……ごめんね、スラリン、お父さん」
「あ、あの、ルカリ……」
ぷるぷる
「うん、大丈夫だったよ。ちょっと龍と戦ったりケンタウルスに射落とされそうになったくらいで、ずっと元気だったよ」
「ルカ……」
ぷるぷるぷるぷる
「ええぇ!? ヒュレンさんとカグツチさん結婚したの!? うわぁ、見たかったなぁ……」
ルカン兄さんに何か言おうとするたびにぷるぷるスライムスラリンに邪魔されるコウガルン。哀れだ。ポンポン。
「か、肩を叩かないでください! 余計に悲しくなりますから!」
えぇ、筋肉痛の体に鞭打って精一杯背伸びしてまで哀れんであげたのに。
ぷるぷるぷるぷる
「うん、分かった。でも、ボクの目的はお父さんに直接会って話すよ。今まで家出していた事も謝りたいから」
ぷるぷるぷるぷる
「…………へ? ニシキく……ニシキを? お父さんが?」
おい、なんで俺の名前が出てくる。はっ、まさか息子に近づく悪い虫を駆除する気か!? その手には乗らないぞ元日本人転生魔王! 俺は、純粋に弟としてルカン兄さんに尽くすだけだ!
自分で言っておいてなんだけど息子さんと勝手に兄弟になった俺ってやっぱりいらない子ですよね。
「どうしたの? ルカン兄さん」
とはいえ。
この世界単位で最強たる魔王が俺に何をしようとしているのか、気になるところではある。
「じ、実は、その……お父さんが、ニシキを鍛えたいって」
……………………は?
はい、自分でも暴走したのは分かってます。次回はヅィ・スコロペンドラ達と楽しい楽しい死合回です。




