第十一話:とりあえず試合をさせてくれ
途中で思いっきり話が脇に逸れます。
さて、ルカリオンの同意も得た事だし、試合を始め……
「おい、なんでお前らがいるんだよ」
「いや、なんか赤いバンダナを巻いたゴブリンに連れてこられたんだよ」
「俺たちは普通のゴブリンに連れてこられたな」
そうか。ゴグリオス達だな。きっと俺の真の実力を同級生及び教師二人に知らしめようと思っているのだろう。
まあ良い。
「よっし、じゃあ一番手はセンチピルダーだ。来い!」
「え……化け物に名前なんてつけてんの?」
「センチピルダーは化け物じゃねぇ! お前らいい加減にしろよ。黙って見てろ」
まったく、こんなにメカメカしくてカッコイイというのに。一般人にはそれが分からんのですか。
紫のカクカクボディに頭部の白いバンダナがアクセントになりますますメカっぽさを増したセンチピルダーと対峙する。ワクワクする心を押さえつけて冷静さを保ち、腰のナイフを抜きながらセンチピルダーの体を観察する。ゴブリンの時は体が人型だったから予測演算も出来たが、相手はヅィ・スコロペンドラ=カッコイイ百足だ。データが足りなさ過ぎる。
「クゥクゥ」
「なんだ、心配してくれるのかイルトミルジス?」
愛らしくとも頼もしい俺の配下一号が少し気落ちしたような声音で頬を足にすりすりとこすりつけてきた。あうう……思わずぎゅっと抱きしめたくなっちゃうじゃんか。イチゴの匂いとかしないよな?
「ありがとうな、イルトミルジス。うう……そういえばこんな諍い事で俺を心配してくれた人なんていなかったな。本当に、ありがとうなぁ、イルトミルジスゥ……」
「クゥクゥ!」
何やら俺を励まそうとしているのか、イルトミルジスは前足を使って俺の脚をぎゅっと抱きしめてくれる。うう、ええ子や、イルトミルジスはええ子や。
お礼代わりにぎゅっと抱きしめ返して安心してくれという意味を籠めてポンポンと頭に手を乗せる。ちなみに、角は額から真っ直ぐ生えているのでその後ろ側をポンポンした訳だ。
「大丈夫。俺は死なねーよ」
「クゥクゥ?」
「ああ、本当さ。だからって素直に負けてやる訳にもいかない訳だけど」
「クゥクゥ!」
「おう! サンキューな、イルトミルジス」
クリクリとした赤い瞳がまた愛らしいイルトミルジスの熱烈な声援で俺の元気と勇気とやる気と速さは通常の三倍となった。今なら敵が見えるかもしれん。
「ねえ、さっきからあの人兎と会話してるんだけど……」
「しぃ! 下手なこと言うと殺されるぞ」
「いや、死ぬより酷い事をされるよ」
「ああいうのには必要以上に関わらないほうが良い」
「伊能様ー! ガンバレー!」
同級生が何か言っているけど無視。変わってるヤツが集まるとはいえ、やはりこういう事に関してはそこらの一般人と同じだな。若干一命俺を応援しているのだけど……変わった子だな。
それより試合試合。
「待たせてすまねえルカリオン。頼む」
「うん。それじゃ、試合開始!」
っと、いきなり来たな。
百本の足(実際に数えた。名前に偽りが無いところも元の世界の百足とは違って最高にイケてるぜ)をシャカシャカと動かしながら俺との距離を詰めるセンチピルダー。このまま突進してくるか? それとも斬りあいをお望み?
……ッ! 突進かっ!
「くぉっ、ら!」
ギリギリまで見定めていたため若干回避が間に合わず右足に顎が掠ってしまった。この程度の痛みで動きが鈍るほど純情じゃないつもりだけど、僅かに心が動くのは避けきれない。
その隙を突くかのようにセンチピルダーは白い頭をこちらに向けて再度突進してきた。なるほど、流石は初期段階のロボ系。まずは圧倒的な性能差で打ち破るってか。中々良い根性しているぜ。最っ高だねぇ!
しかし、ここは少なくともファンタジーの世界だ。主人公機が活躍するための噛ませ犬役になるつもりはない。
左手に持ったナイフを腰に収めてポケットから鉄トゲ付きメリケンサックを取り出して装着し、右足を半分捻らせて左足に力を溜める。普通の人間ならそのバランスの悪さに即足を崩して大きな隙を晒してしまうところだけど、生憎と俺はループ者。初見の奇想天外が一番厄介だと知っている人間だ。
相応の練習を積んで編み出した俺だけの一歩は、あまりにも強力な圧力を生み出して俺の体を前方に飛ばす。さながらボウガンの矢になった気分だ。
正面から激突してくるセンチピルダーの頭部、白いハイバンダナが巻かれている箇所目掛けて拳を置く。無いとは思うけどこの一撃で頭部がもげるなんて間抜けすぎて自殺したくなる。ならば耐久性のある箇所を叩いてノックアウトに持ち込むまで……ッ!
一瞬、音が全て消えた。
次の瞬間、俺の拳とセンチピルダーの頭部からバシッ! という割と大丈夫そうな音が聞こえてきた。メッチャ痛ぇけど。まあ折れては無いな。
衝撃で横方向に吹き飛ばされた俺とセンチピルダー。俺は受身を取って即座に構えたけどどうやらセンチピルダーはピヨったらしく、フラフラと弱弱しく起き上がるもまるで見当違いの場所目掛けて再度突撃していった。ふむ、その勇猛さは評価に値する。だけど向こう見ず過ぎる。少し教育が必要だな。
「そこまで! 勝者、ニシキ・イノウ!」
審判もセンチピルダーの負けと判断したようで、いつの間にか用意されていた白旗を俺の方に向けて上げていた。やめろよ、それじゃ俺が負けたみたいじゃん。
「分かった。おーいセンチピルダー! 試合は終わったからもう戻ってこ……あちゃー、ありゃ聞こえてないな。セネクトウテ、マジェスティアザク、センチピルダーを連れ戻して来い」
俺と試合をするヅィ・スコロペンドラの中でも後で戦うと決めている二匹に指示を出し、次の試合に備えてルカリオンの治療を受ける。牙らしき部位がついている顎に掠った右足と強めの負担がかかった左足、それにセンチピルダーをピヨらせた黄金の右拳が柔らかな温かさと共に通常の状態に戻っていった。『生物』に効くタイプの回復能力か。それが果たして『ジョブ』の特性なのか『命術士』の特性なのか……今後、アンデッドを『ヴィルキット』に加えるか否かの判断基準になりそうだな。場合によっては同級生の一人をアンデッド専門の回復系『ジョブ』にしなきゃいかんな。どうもこの世界のアンデッドは妙な特徴を持っているらしいし。後でルカリオンを問い詰めないと。
「うっし! それじゃ、次はオズマンタスだ!」
「分かったよ。それじゃ、試合開始!」
思わぬ課題を生んだ第一試合の熱も冷めぬまま、第二試合の開始を宣言するルカリオンの声が響いた。全長二十センチの癖にちょっとしたコートくらいはありそうな広さのここら辺一帯に響くような声を出せるのは世界の子だからか? どっちにしろ余計な魔獣を引き寄せそうだからやめて欲しいんだけど……
対峙するは黒いハイバンダナを眼帯のように巻きつけた隻眼のオズマンタス。彼のヅィ・スコロペンドラはセンチピルダーのような猪突猛進振りを見せず、ただじっと一つの眼で俺を観察し続けている。まあ、戦いの基本って相手を知る事だしね。当たり前だとは思うよ。
「シャァァラッセェァァァァァァ!」
相手が俺なら例外だけど。
普通に全力疾走でオズマンタスの懐へと潜り込み、鉄板仕込みの靴でオズマンタスの頭を蹴り飛ばす。俺の強襲にどうにか反応できたのか、二股に分かれた赤紫色のニードルを彷彿とさせる尻尾(やはりデザイン的にカッコイイ)が凄い勢いで俺に向かってきた。突き刺すつもりだな!
だけど、あまり俺を侮ってもらっても困る。
「その程度、想定できていないとでも?」
地につけたままの足をぎゅぎゅっと捻らせて体を尻尾が向かってくる方向へと回転させ、まだ落としていなかった足で尻尾に踵落としを決める。どんなに鋭く強靭だろうと、側面から迫る物体にはなんら影響を与えられないのが刺突系の弱点だ。刃のついたレイピアや槍ならともかく、どちらかと言えばエストックやランスに似た形状のオズマンタスの尻尾なら俺の脚を傷つける事無く押さえ込める。
メチッ……と、なんだかしてはならないような音が響いて地面に軽く埋没するオズマンタスの尻尾。あらら? いくら戦闘もこなせる万能錦君でもここまで外見に似合わない怪力なんて持ってないはずなんだけど……?
気になってオズマンタスの尻尾をチラッとよく観察してみると、俺の踵が当たった部分だけ貫通していた。なるほど、俺の靴は鉄板仕込んであるからその分重くて、オズマンタスの尻尾が意外に脆かったから地面に直接力がかかったのか。まあ、軽く十五キロはあるイカレた靴だからな。思いっきり振り下ろしたんならそうなっても不思議じゃないな。
虫系魔獣特有の紫や緑といった、場合によってはカッコヨク大抵は気持ち悪い色ではなく、油圧作動油を思わせる無骨な(一般的だと地味?)茶色い液体がグジュグジュとオズマンタスから流れ出てくる。色に似合い赤い血より油ににた性質を持っているらしく、踏ん張りが効かないため右足が使い物にならない。こりゃ、痛覚の有無を調べてもし痛覚が無かったら致死量以下の血を確保しておくべきだな。俺作優秀な滑り止めもついているこの靴ですら摩擦を殆ど殺されるなんて並みの油じゃねぇ。絶対何かに使える。
再びの新たな発見に喜びを噛み締めつつ、先ほどまで軸足にしていた左足を曲げてぬらりとオズマンタスの上半身(持ち上げている部分)についている足を掴み、そこを起点に左手へと使える力全てを注いでグワッと体を持ち上げてオズマンタスの背に乗っかる。ロデオだぜベイベー。
やはり痛覚は無いのか、俺の状態に気づいたオズマンタスは即俺を振り落とそうとして……すぐに諦めた。
ん? どうしたオズマンタスよ。骨格(無い)は百足に近いだろうに? ならここで輪のように丸くなって俺を振り落とすとか、あるいはセンチピルダーには劣るだろうけどそこらの二輪より確実に速いだろう突進力で俺を木に激突させるとかすれば良いだろ?
何故、動きを止めた?
おかげでゆっくりと丁寧にナイフを取り出して首に当てる事は出来たけどさ。
「そこまで! 勝者、ニシキ・イノウ!」
……まさかとは思うけど。
「お前、俺に乗られた時点で負けを認めたのか?」
キシキシ
まるで「ハイ、そうです」とでも言うかのように首を縦に振るオズマンタス。
ハァ……まったく、この魔獣は。
「お前は後で説教だ。向こう行ってろ」
ったくよぉ。何で試合で全力を出さないかね? こっちはお前の実力を知りたいと言っているのに。これじゃあ中途半端だ。
それに、敵に身を預けて素直に負けを認める負け犬根性もいただけない。
こいつにしても、教育は必要だな。
「ルカリオ~ン! 治療頼む」
「はいはい。ルクト、キミはニシキ君の靴を洗ってあげて」
「おう、任せときな。俺は『洗浄士』のジョブを持っているからな、新品より綺麗にしてやるぜ!」
「あ、ああ……ありがとう」
何故こんな生意気そうな青年妖精が『洗浄士』なんてジョブを……まあいいか。
「あ、そうだ。俺のリュックサックの中に空き瓶が幾つか入っているからそれでオズマンタスが死なない程度に血を集めておいてくれ」
「う、うん……ヅィ・スコロペンドラの血は燃えない油として使い道があるのは分かるんだけど……なんで空き瓶なんか持ち歩いているの?」
「ああ、いざというときに同じ箱に入っている『俺作火が無くても火炎瓶が作れる調合油』を詰める為に用意したヤツだ。瓶に直接入れて持ち歩くと何かの切っ掛けで誘爆する可能性があるから別々に補完しているんだ」
「……そ、そうなんだ。ガルハイシュ、キミに任せた」
「分かったよ、ルカリオン。この『錬金術士』ガルハイシュに任せたまえ」
なに、この良い意味での意識高い系イケメン妖精。お前その容姿で『錬金術士』かよ。明らかにビルドエラーだろ。『偶像士』とか『演技士』みたいなジョブになれば良いものを……もったいない。
「紫の死虫……おっと、失礼我が主。ヅィ・スコロペンドラの生血はじんめんじゅの葉とスライムの体液、それとグリフォンの羽を一緒に混ぜて練金すると強力な回復薬になるのさ。しかも生命力と体力を同時に回復する優れものさ」
「え、そうなの? 聞いてないけど……」
「ルカリオンに言っても無駄だからね。ヅィ・スコロペンドラを無傷で捕えられるのも捕えようと考えるのも今の時代では我が主だけだろうしね。何も知らない状況で彼の希少素材を無限に採取できる環境を整えるとは、流石は我が主だ。見る目があるね」
「そりゃどーも。俺的には敵を滑らせる油として使いたかったんだが」
「またまたご冗談を。ヅィ・スコロペンドラの生血で作られた回復薬の手に入りにくさはヅィ・スコロペンドラを生け捕りにしないと手に入らないからなのだよ? ヒトに売れば金より高い価値になるだろうね」
「……そりゃ確かにもったいない使い方は出来ないな。よし、ウチの命術士と戦闘系、それとセネクトウテとウラガットを貸すからお前はその回復薬……固有名はあるのか?」
「『紫の妙薬』という名があるよ。紫というのはヅィ・スコロペンドラの生血とスライムの体液を混ぜると紫色になる事から付いて、妙薬というのは複数の効果を持つ薬に付く代名詞だね」
「なるほどな……それじゃ、さっき言った人材をお前に貸すから『紫の妙薬』を量産してくれ。頼まれてくれるか?」
「任せてくれたまえよ我が主。グリフォンの羽ならば交渉次第で簡単に手に入るだろう。スライムの体液はそこらのスライムを狩れば手に入る。ルカリオンの他に二名『命術士』がいるから我が主の人材は不要だよ。問題は『紫の妙薬』を詰める小瓶だね」
「小瓶、か……材料はガラスでいいのか?」
「ある程度の気密性があれば問題ないさ」
「なら比較的簡単に採れそうな石英辺りを……いや、面倒だ。適当に高火力生める『ジョブ』を組んでそこらの土を超加熱してドロドロに溶かしたヤツを『鍛治士』に加工させる」
「ほほう! 我が主はキレ者のようだ。しかし、方法を聞かなければ私は安心出来ない。この森は、良い森だからね」
「そこら辺は抜かりない。『魔法士』が用意した水を『蓄力士』が水素と酸素を構成する魔素を能力的に分けてどこかへと蓄積させ、それを『魔法士』の風系魔法で一部に留め供給するラインを作らせ、そこに火花を投入する。被害が広がらないように『結界士』で最初の爆発を抑えれば後は気体を送り続けるだけでガラスの素が出来上がり、って訳だ」
「なるほど! 流石は我が主。まさか『蓄力士』にそのような力があるとは……」
「あくまで机上の空論だ。その為には実験が……そうだな、お前には『消費アイテム製作班』のリーダーをやってもらおう。俺の配下や奴隷の中から使えそうなヤツをピックアップして部下に加えてその手の実験を管理してくれないか?」
「……そのような大役を、この私が?」
「ただし、実際に何かをする時は俺に企画書を提出してもらおう。『蓄力士』の力があればパソコンやスマホで字が書けるようになるからな。その為の秘書をつけてもいい。それと、俺が使いたいときには返してくれよ?」
「……! こ、このガルハイシュ! 我が主の為、誠心誠意勤めさせて頂きましょう!」
「ほう……良し、では任せたぞ。『ヴィルキット』、リーダー『消費アイテム作成班班長:『ガルハイシュ』!」
「ははっ! お任せください我が主!」
よろしい。よろしいぞこの展開!
カリスマな主導者に仕える喜びに震える忠臣。くぅぅぅぅ! この構図は! ロマンだ!
クイックイキシキシ
「ん? どうしたトリゼェイソン」
長年夢見ていた構図がまたも達成出来た喜びに胸を熱くしていると、器用にも俺の服を破かないようにそれなりの鋭利さを持つ顎で俺の気を引いて何かを言いたそうにしているトリゼェイソン。
ちなみに、俺が着ている服はフツーのジージャン。流石に服までハイバンダナと同じ布地にするのは嫌だ。アレを服にして日常的に使うとか、毎日鎖帷子を着ているみたいで馬鹿っぽいじゃん。ふざけんなよ。
……あ。
「そういえば次はお前の番だな、トリゼェイソン。待たせてごめん」
キシキシ
今まで名前付けた順で試合してたんだから、そりゃトリゼェイソンが催促する訳だ。コイツラ意外にバトルジャンキーな面があるからな。飼い主に似て。
「それじゃ、試合開始!」
ッ!
「嫌な動きを……!」
センチピルダーのような考え無しの突進ではなく、まるで地を這うように(ムカデだから当然だけど)持ち上げていた上半身を地につけたままぬらっと俺に近づいてきた。クソ、人間の構造上どうしても特訓じゃカバー出来ねえ死角を突いてきやがった。
コイツ、対人経験がありすぎだろ……!?
「くッぁぁ!」
さらに別の死角から飛んできた尻尾に右足が貫かれた。ちくしょう、俺の強攻撃の殆どが両足無くして放てないのを理解してやがる。元々の色が紫だから分からなかったけど、コイツ本当に『白髪赤眼』かコンチクショウ。
ちらりと右足に目を向け、ルカリオンがいてくれて本当に良かったと改めて小さき友人に感謝の念を籠める。
「っ……やってくれたなぁ、おい。流石は『白髪赤眼』だ」
『白髪赤眼』。場合によってはアルビノと呼ばれる奴らは基本的に肉体が惰弱だけど観察力と能力的強度に優れているという特徴がある。特に何らかの理由により闘争本能や嗜虐心が増長されると信じられない程『強い』存在へと昇華する。世に「特に理由も無く髪が白く眼が赤いキャラ」が溢れている理由の一つ(意図してかどうかは別として)でもある『個体的特徴』。
稀に魔獣や魔物にも現れる特徴だけど、まさか出会って百万の桁に届かぬ内に垣間見えるとは……世界は狭い。
「だけどな、『黒髪黒眼の島国若人』を舐めるなよ!」
力の入らない右足ではなく左足を軸にして使えなくなった右足を振り回す。無秩序故の攻撃は大きな隙を生むが、同時に分からない死角を塗りつぶす事も出来る。トリゼェイソンは二回俺の見えない死角を突いてきた。ならば三回目も同じように設定していたはずだ。『隙』と『死角』では狙うタイミングがまったく違う。トリゼェイソンが絶対的強者でなければ俺はそこを突く事が出来るはずだ。
俺の意図した通り、トリゼェイソンはタイミングを見誤り俺から距離を取った。
「とはいえ、この先同じ手は食わないよな?」
キシキシ
だよな。ある程度集中力を割けばどちらのタイミングも合わせる事が出来るし、トリゼェイソンは勝つ者だ。勝利を邪魔する要因は例え己にプラスする事であろうと排除する、なんて思考を持っている。何より一定以上の強者の間では一度使った奇策は通じない。わざわざ確認する事でも無かったな。
しかし、俺とて負けるわけにはいかない身。というよりもこんな段階で負けていてはトリゼェイソンの実力を視る事なんて出来やしない。この試合は俺単体の実力とヅィ・スコロペンドラの実力を双方に知らせるための物だ。だというのに、たったの三十秒くらいで終わらせるなど有りえない。センチピルダーは突撃馬鹿でオズマンタスは弱虫だったから仕方ないにしても、だ。
使い物にならない上に無理して振り回したせいでまったく力が入らない右足を無いものとして考える。だとするなら、俺は隻脚だ。
それが単語で表現できるのなら、俺はある程度克服する事が出来る。
隻眼も隻腕も、隻脚も。
想定していなかった訳ではない!
「くぉ、っらぁぁ!」
右足が痛みを発するけど無視。
左足を使って大きく飛ぶ。地面スレスレに進む俺の体は、しかしそのままでは地面に墜落するかトリゼェイソンに隙を突かれて殺されるか、である。
だから俺は曲芸師になる。
事前に飛ぶベクトルを計算、調整していたおかげで下半身が上半身より上空に行く。その体勢を使えば手で体を支える事なんて余裕余裕。
左手を使って逆立ち状態になった俺は、右手も地面につけて両手で走る。俺が集中すれば逆立ち歩きも普通に歩くよりバランス良く歩ける。体が柔らかいから腕より力のある脚を防御に回す事だって。
眼の位置が変わって見えない死角の位置が変更された上に隙の無くなった俺を前に、トリゼェイソンはどう出る?
まあ、普通に攻撃だわな。
ヅィ・スコロペンドラの宿命として腕が無いトリゼェイソンは突進からの顎での引き裂きを狙ってきた。俺は両手を屈伸させてわざと体を地面に叩きつける事で回避。耳のすぐ傍を複数の足が進む重厚な音が通る。これ、意外と怖いなぁ。
もちろん尻尾での迫撃が来たけど今度は体の筋肉を使ってゴロゴロと転がって回避。続けて軌道を予測したのか本来俺がゴロゴロと通るはずだった場所にザクザクッと連続して何かを刺した音が聞こえる。
だけど俺は、もうトリゼェイソンの足を掴まえている。
キシキシ!
どこから出しているのかまったく分からないイラついた感じの軋み音が聞こえてくる。
そりゃそうだ。トリゼェイソンの強みは機動性と速さだからな。『白髪赤眼』の特徴として体が弱く貧弱なのだから仕方な……!?
「ぶがっ!?」
な、こい、つ、『折れても構わない……』をやりやがっただと!?
「ゲホッ、ゲホッ……分かった、降参だ」
もう無理。最後に何をされたかすら分からない。これ以上は俺の狂気が出てくる。ダメだ。この規格外とも言えるトリゼェイソンですらドロロには手も足も(ない)でなかった。俺はトリゼェイソンを殺したくない。ならここは引かなければいけない。
キシキシ
どうにも不満そうだけど我慢してもらわなくてはいけない。俺にとってお前はとても大切な配下だ。ドロロなんて娯楽の副産物如きに潰させたくないんだ。
「だけど、分かったよお前の強さ」
そう言って俺は立ち上がる。最後の認識出来なかった攻撃はどうやら頬に食らったらしく、今になってズキズキしてくる。でも良いさ。俺はお前を知れたんだからな、トリゼェイソン。
キシキシ
「ああ、お前は強い。俺だけじゃきっとお前には勝てないだろう」
何故なら、俺とトリゼェイソンは同じく曲芸師系のトリッキーな戦闘狂だからだ。タイプが同じなら、勝つのは地力の強い方だ。ヅィ・スコロペンドラの全長は七メートル近くある。どう考えても人間如きが勝てる存在ではない。
……そんな存在ですら苦も無く弄べるドロロって何者?
キシキシ
「……そうか、ありがとう」
見捨てない、か……元の世界でもついぞ聞いたこと無かったなぁ。優しいなぁ、トリゼェイソンは。俺がラノベのチョロインだったら即堕ちている自信があるね。
色々と無茶をした反動であまり動かない体をトリゼェイソンに支えられながらルカリオンの元へと行き、治療を受ける。ルカリオンとイルトミルジスから責めるような視線が届いたのだけど、まあ今回に限っては仕方ないので全力土下座を敢行する。見得を切ってボコボコにされたのは俺だ。責められもしよう。
その時。
「た、大変だ伊能さん! 倉田が……」
などと言いながらこちらに駆け寄ってくる同級生が一人。その顔は未来の間諜君だな。倉田って誰だよ。何があった?
と言おうとしたら……
「うっ、逃げ――」
頭を抱えたまま倒れてしまった。
そして、再び起き上がった彼の眼は……
「ふははははは! お前も俺の操り人形にしてやる! 伊能錦!」
精神観応系能力に侵された者特有の暗い色に染まっていた。




