第七夕話 最初で最後の夢恋
今日、アタイは弟に告白する。「何のこと?」と、とぼけている自分がまだ何処かにいるが、決心したんだ。絶対に幸せにしてやりたい。弟を、矢桜を。
「姉さん。いきなりどうしたんですか? こんなところに呼び出して」
「ああ、まあ、少し座ってくれる?」
アタイは可愛いかわいい夜桜のために、膝を伸ばし、椅子を作ってあげた。
どうだ矢桜。本物とはまた違った感触だぞ。おっと間違えた。本物より良い座り心地だぞ。さあ、座りたまえ! そして、お姉ちゃんにその可愛い身体を触らせて!
「ね、姉さん! こんなところで恥ずかしいことしないでください!」
「恥ずかしい? 何を言っているの? 何処も恥ずかしくなんてないよ? いつもと同じじゃない。さあさあ早くこっちに来て」
心臓が、精神がウキウキだい! はあはあ……早く座らないかな……。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」
しゃあっ! 神様ありがとうっ! 一生ついていきまふっ! おっと、いけない。アタイとしたことが、つい本来の目的を忘れてしまった。危ないあぶない。
アタイは夜桜に話ちょっとした話を持ち掛けた。
「最近、夜桜は楽しい?」
「楽しいって……どういう意味ですか?」
「あの疾風が主人になってから楽しい?」
「まあ、その、楽しいかどうかは分からないけど……。でも、疾風さんが主人でよかったとは思います」
何だとっ……!
アタイは生えていた雑草を握り絞めながら夜桜に聞く。
「……ちなみに、どの辺が?」
「えっと、武蔵さんとか秦さんとかつばささんだとか、人間の方たちと仲良くなれたのがよかったと思います。疾風さんじゃなければ、あんな風に関われなかったと思いますし」
「そうか?」と、思うものの、「その通りだ」と、内心納得してしまう。
生徒たちの中には、友達を作らずに、鍛錬に全てを注ぐ奴もいる。もし、そんな奴が主人だったら、今頃退屈を通り越して暇な状態だろう。場面によっちゃ、妄想機能が爆発するだろう。と、思うと、疾風で良かったと思うのは何故なのか。全然良くはないのだが。
「その、あのね、夜桜。ここからが本題なんだけれど……」
アタイはようやく告白に踏み入る。「失敗するな、失敗するな」と、心の中で暗示を掛けながら夜桜に告げようとする。
「本題?」
夜桜は首を傾げてこちらを見つめてくる。
か、可愛すぎるっ! 今すぐお姉ちゃんがその身体を……。はあはあ……はあはあ……。……はっ! 発情している場合ではないのだった! お姉ちゃんはこれから変わるんだった。恋人に。
「お姉ちゃんと付き合ってくれない?」
アタイは弟に告白した。やっちまった。やってしまったのだった。もう後戻りははできないのだ。しかし、期待値は大だ。それも特大だ。
「またまた、何を言っているんですか……」
夜桜がやれやれという顔をしながらアタイに言った。
断られるよね……。でも、そんなの想定内だっ!
「そんなの――ふぐぅ!」
アタイは何かを言おうとした夜桜の顔を胸に押し付ける。
「生まれた時から、お姉ちゃんはこんなに夜桜のことを愛しているんだよ? 普通の姉弟だったらこんな風にはできないよ。それってすごく奇跡だと思わない? 運命なんだよ、最初から。だからさ、これまで通りでもいいから、お姉ちゃんともっと一緒にいてくれない? 死ぬまでずっと……」
アタイは心に秘めている想いを、愛情を全て夜桜に届けた。
どうだ? お姉ちゃん的には、全てを伝えたぞ。後は夜桜、アナタの気持ちだけ……て、窒息してる! くっ、やらかしてしまった! 緊張で強めに押し付けてしまったか……。どうすればいいんだ……。……。……。……。人工呼吸とか好いかもな。
「ん~っ、んっ~!」
最高だぁ……。こんなに早く夜桜の唇を確かめられるなんて……。今最高に、幸せです。
「……ん? ん~っ!」
アタイの人工呼吸のおかげで夜桜が目を覚ましてくれた! なんか王子様みたいだな、アタイ。で、夜桜がお姫様……きゃあぁぁぁ!
「姉さん止めてよ! これはどういうつもり!?」
「夜桜が窒息してたから、お姉ちゃんが呼吸をお手伝いしてあげただけだよ?」
アタイは少々とぼけながらそう言った。
いや~、言ってる意味がよく分からないな。夜桜は定期的にそういうところがあるよね。そういうところを無くして、早くアタイの物に……。じゅるり。
「ああもう。やっぱり姉さんは姉さんですね……。でも、そういうところがボクは好きです」
夜桜は微笑みながらアタイを見つめる。
可愛い! なんか今まで見たことがないくらい可愛い! アタイにこんな笑顔を見せるのってあんまりないような気がするのは気のせいかな? 気のせいじゃないよね? それにしても、可愛い! 記憶メモリに保存しておこっと。
「姉さん、ボクと付き合ってください」
その瞬間、アタイの世界が止まった。今までこの世界が止まることなどなかったのに、何でだが、今だけは止まっている気がする。それに熱いし。季節的には七月だから熱いのは当たり前なんだけど、何でだろうか。いつもの年より、百倍熱く感じるのは気のせいなのだろうか?
「ふぐっ!」
アタイはいきなり夜桜の胸に飛び込んだ。飛び込んだというより、飛び込まされた。離れようと思っても、どうしてだか分からないけど、離れられない。アタイの身体が拒否をしているのか、それともこの熱さで完全にやられてしまったのか。
「姉さん? どうですか? 僕の胸の中は?」
アタイは夜桜にそう聞かれた。
「熱い。熱くて熱くてたまらないわ。……でも、何でだろう。離れたくない。こんなに熱いのに、離れたくないわ。それに、不思議。ここにいると、すごく安心する。記憶メモリが解けそう……」
「そうですか。なら、もっと熱くしてあげます」
夜桜はそう言うと、アタイの口を口でふさいできた。
アタイの記憶メモリが完全に溶けそう……。もう、何だか、とても、今幸せ。幸福感、とでも言うのだろうか。それともこれは愛情が実ったとも言うのだろうか。だけど、今はどちらでも好いって思っている。それくらい、アタイは、ワタシは幸せだ……。
「……どうですか? もっと入りますか?」
「……お、お願いします。夜桜、さん……」
ワタシと夜桜はそのまま愛を語り続けたのであった。
「――ていう夢を今日見たんだよね」
「……現実じゃなくてよかった」
七夕の願いはそう簡単に叶わないものだ。でも、それで良い。いつかアタイは、必ず、叶えてみせるから。その時には……。
この二人はやっぱり黄金コンビですね。