週末の過ごし方
本来ここは妹の部屋なのだが、二次元に包囲された今の俺には圧倒的なハーレムに等しかった。
周囲に積み重ねた大量のエロ漫画。一見すると無造作に置かれているようで、実は計算された配置。
俺は、周りにあるエロ漫画の山を眺めては至福の気分に浸る。
二次元は最高だ。多種多様であらゆる女が揃っている。好きな時に手を伸ばせば届く距離にあって、いつまででも鑑賞が出来る。三次元の女よりもずっと魅力的な存在であり、拒まれることも一切ないのだから。
積まれたエロ漫画の背を指でスーッと撫でる。この上ないカバーの感触を味わいながら、俺は腰を下ろして胡座を組んだ。
ともあれ、エロ漫画の道は一日にしてならずである。日々の弛まぬ蒐集と研鑽があればこそ……。
そうして得た見識の代償として、妹の部屋は二次元ハーレムという名の物置となったのだった。
一息ついた俺は、伸びをするついでに向かいの窓を何気なく見る。
カーテンが開かれて西日が差す窓の側、そこになぜか女が立っていた。同時に黒のニーハイと太ももが目に飛び込んでくる。
「笑顔は人間の特権だよ」
女は微笑みを浮かべてそう言うと、周囲を眺めながらこちらへと近寄ってきた。
スリムな体重が床へと掛かる。久しぶりに聞く他人の足音。
薄紺の長袖ニットシャツの上から分かる豊かな胸と、ハーフプリーツのミニスカートが揺れている。
「こんにちはお兄ちゃん」
「どうも」今までに嗅いだことのない甘ったるい匂いがする。
「漫画一杯あるね」
「はい」とぶっきらぼうに答えた。自分でも下水が詰まったような声が出たと思ってしまう。
何しろ三次元の人間と話すのは久し振りなのだ。しかも相手は生身の女である。
特に会話もなく少し間が空いた。
そうしている間にいくらか空気に慣れたので、キョロキョロしている女に向かって疑問を投げかけてみることにした。
「……さっきの笑顔は人間の特権って、人間だけが笑うという意味かい?」
「うん。お兄ちゃん漫画見ながら笑ってたから」
女はニコっと笑うと「読んでいい?」と聞いてきた。俺は「どうぞ」と答えた。
いつから笑っているところを見られていたのだろう。
俺は何かきまりが悪いと思いながらも、座り込んだ女の顔と、胸と、黒いニーハイを履いた脚を、順に眺め続けていた。
核爆発後、おかしな人間が増えている。
今朝の情報番組では『昨日男子高校で、ホームルームの最中に担任の若い女教師が突然生徒達と乱交騒ぎ』という、はちゃめちゃなニュースもあった。ご多分に漏れず「真面目だった先生がなぜ――」などというようなありふれたコメント付きである。
世の中の人間がおかしくなった原因としては、大気や土壌と水の再生目的で各地に設置された装置の影響。そんな噂もちらほらとあった。
はたまた、どこかにファンタジー的な異能力者が存在していて、超常的陰謀の真っ只中なのかもしれない。もしそうなら俺を二次元の世界へ早く連れて行って欲しいものだ。
ちなみに俺の妹は核爆発の際に死んでいる。
エロ漫画を黙々と読んでいるこの子は、断じて俺が知る妹ではない。……はずだ。
もしかしたら愛称のつもりで「お兄ちゃん」と呼んだのかもしれないが、どちらにせよ初対面なのだからおかしい。
いや、実は本当に妹なのかもしれない。俺の頭がおかしいならそういう可能性もある。
女が正気なのか俺が正気なのか、はたまた妹が一体誰なのか、そもそも何が正しいのかさえ判断が出来ないのだから。
――女は粛々とエロ漫画を読んでいる。今読んでいるのは妹物だった。
俺には妹属性は全くといってない。だが画風が巨乳系であれば無関係に所持していた。
俺は大の巨乳好きだからだ。目の前のこの女も結構な巨乳だった。
ニットシャツのVネックから覗く白いブラウスと、推定Gカップの胸元。
その白い柔肌を見た時、俺はふと思った。
今生に残った人間は幽霊なのかもしれない。理屈ではなくそう感じるのは、俺の心のどこかにある願望なのだろうか。
自分達は世界の残響だと感じる。
――淑女が聖書を読み終わる、女はそんな雰囲気でエロ漫画を優しく静かに閉じた。
女は俺の目をじっと見つめると、娼婦のように問い掛けてくる。
「ねえ、私達もしない?」
返答をする前に立ち上がった俺の身体に、女が素早くまとわりついてくる。
より濃くなる甘ったるい匂い。異国の踊り子のように絡まる優美な腕と脚。初めて右腕で感じる豊満で柔らかな胸の感触。
首の匂いを嗅がれるかのように背後へ回られると、大きな胸の感触が右腕から背中へと移った。
これ以上ないほど密着した状態で、今まで経験したことのない他人の体温を感じる。女も同じように俺を感じているのだろうか。
背後の女が耳元で囁く。
「辛い記憶でもないよりはあった方がいい?」
俺は無言のままだった。その答えは永久に出ないだろう。
「世界が消えてもきみは突っ立ったままなんだね」
物悲しげな声だった。それでも俺の口は重りのように開かない。
すると背中で感じていた重みがふっと消える。女は俺から離れて窓際へと立ち、窓を開け放つ。
まるで重力から解き放たれたかのような、そんな存在に見えた。
ずっと無言だった俺は、女の後ろ姿を見て何とか喉の奥底から必死に言葉を捻り出す。
「キミの名前は?」
せめてそれだけでも聞きたかった。
二次元さえあればいい、今の今まではそう思っていたのに。
女が振り返った。
泣き顔だった。
それでも笑っていた。
「私の名前は愛。いつも側にいるよ」
そして、愛は窓の外へと飛んだ。
必死な俺は窓際に駆け寄る。
愛の姿はどこにもなかった。あるのは四階から見える雑多で空虚な街並み。疲れ果て行くあてもない人類の無機質な墓場。
愛のいない世界。核爆発前から今も大して変わらない。アイのない世界。
全ては失われている。それとも最初から無かったのか。
俺は窓枠へ手足をかけた。今ならまだ間に合う気がする。
叫びながら俺は全力で飛んだ。
「I Can Fly!」
愛へ届くように。
何なんですかね。一体何なんですかね。
世の中ってほんとダメだと思います。
本作はリハビリ作として書きました。結果、主人公を犠牲にして僕が復活出来ました!
こんな内容ですが、感覚的に書こうとしても論理的に考えちゃうのは僕の性分ですね。なのでふと読み取ってもらえると嬉しいです。