放送室の声
○企画概要
・表テーマ 『感謝』。感謝の解釈は自由。
・裏テーマ 読者に少なからず驚きを与える。
・ジャンルは自由。
掃除開始のチャイムが鳴る。昼休みの生徒の賑やかさが、心なしか静かになった気がした。
「さあ、早く終わらせよ」
私たちは放送室の前にいた。今日は日直当番のため、いつもの掃除場所ではなく放送室を掃除しなければいけないのだ。
「めんどくせーけどしかたねーかー」とても不満そうな顔で信彦が放送室を開ける。
その時、少し高めの笑い声が聞こえた気がした。信彦の声ではないけど、この部屋には誰もいない。きっと、ドアを開いた時に鳴った音と勘違いしたんだろう。
放送室は放送中に外からの音が入らないように、部屋の中央にある防音ガラスで機材用の部屋と放送用の部屋の二つに区切られている。
信彦は「おれ奥掃除するわー」とダルそうに奥の部屋へ入っていった。二人で同じ所を掃除するより、分担した方が早いという彼なりの考えだろう。
ふと、放送室に貼ってある模造紙に目が留まった。どうやら今度の放送についてらしく『夏の怪談特集!』と模造紙に大きく書かれている。定番の『トイレの花子さん』や『ピアノの霊』などを始め、うちの学校でよく噂になる『双子の霊』の話も書いてあった。
『双子の霊』というのは、卒業式の前日に死んでしまった双子が霊となって今でも学校にいるというものだ。生徒と話をするのが好きで、話に付き合ってくれた生徒には何かしらお礼をしてくれるらしい。
笑い声が聞こえて、はっと周りを見る。やはり、誰もいない。がちゃ、と音が鳴り信彦が奥の部屋へ続くドアを閉めた。どうやら、さっきと同じでドアの閉まる音だったみたいだ。
「ねえ、笑った?」確認のため、向こうの部屋に行った信彦へ尋ねる。笑ったのならなんで笑ったのかも知りたいし。
「うん、笑ったよ」少し高い声で、信彦がこちらを見ずに答えた。
いつもならもう少し低い声で笑っている気がするけどなあ、と疑問に思うが彼がそう言うんだからそうなんだろう。私は教室から持ってきた雑巾で掃除を始める。
「掃除って、楽しい?」
「楽しくはないね。仕方ないから、みたいな?」訊いてきた当の本人はちゃんと掃除をしているんだろうか。信彦をちらっと見る。机をかったるそうに拭いていた。なんだ、意外とちゃんとやってるじゃんと信彦のことを見直す。
「信彦は?」
「僕?」
「うん」他に誰がいるんだ、と苦笑する。
「僕は好きだよ。なんかさ、みるみる綺麗になっていく感じがいいんだよね」信彦らしくない言葉だなと思ってしまう。めんどくさがりの彼なら、むしろ汚すことのほうが好きそうだ。
機材の入った棚を拭いていく。重そうなものが多く入っていて、少し怖い。慎重に、動かさないように拭いていく。
「あ」信彦がいきなり声を出す。どうかしたんだろうか。「早くこの部屋、出なきゃ」
「まだ掃除の時間じゃん。あと少しで終わるみたいだし、もうちょっとがんばろうよ」さっきの綺麗好きという言葉はどうしたんだ。私はわざとらしくため息をつく。
「いいよ、もう十分だからさ」信彦が急かすように言う。トイレでも行きたいんだろうか。
「ダメだよ。あとで先生に怒られるよ?」
そう言うと、信彦は静かになった。どうやら先生に怒られるという言葉が怖かったらしい。
こんこん、と外からドアが叩かれる。放送委員の人だろうか。「はーい」
掃除を一旦止めて、ドアへ向かう。ドアを開けて外を見る。
「……あれ?」誰も、いなかった。気のせいだろうか。
「おい、何帰ろうとしてるんだよ」後ろから信彦の声がした。気の所為か、さっきよりも声が低くなっている。
「違うよ。ノックの音が――」
その時だった。地面がのっそりと動き出し、ゆらゆらと足元が不安定になる――地震だった。揺れが少し大きい。危険を感じ、私たちは外に出る。するとすぐに、放送室の機材が入った棚が倒れてきた。大きい音が鳴って、棚から機材が落ちる。あそこに私たちがいたら、機材に潰されていた。背筋がひやっとする。
「そういえばさっき、ノックの音がとか言ってたみたいだけど、ノックの音なんかしなかったぞ」
「え?」何を言っているんだ。ノックの音はしていた。
「え、じゃねえよ。つーか、帰るって自分から言ってたじゃんか。ずーっと掃除中帰る帰るって駄々こねてて」
「帰りたいって言ってたのはそっちじゃん。それになんか、掃除好きとか」
「え? おれ、掃除すっげえ嫌いなんだけど」さっきの話とぜんぜん違う。どういうことだ?
ふと、信彦が右腕をさすっているのが目に入った。「どうしたの? 右腕」
「さっきあそこの机にぶつけたんだよ。すげえでかい音したじゃん。つーか、さっきもそれ聞いてたじゃん」
掃除中、あの部屋は至って静かだった。それに、私はその話を今知った。――じゃあさっき、私たちは誰と話していたんだ?
二つの幼い笑い声が、放送室の中からした。私ははっとする。
「遊んでくれてありがとう」幼い二人の声が、放送室から聞こえた。
掃除の終わりを告げる、チャイムが鳴った。
ドラスティックによろしくお願いしますゥ!