2.
緑豊かな大自然を通り抜けると、地の見えないほどに深い断崖がある。
拓けた草原の上には多くのアバターが鎮座し商店を開いている。
売られているものはもっぱら回復アイテムやドーピングアイテムと呼ばれるステータスを一時的に高めるアイテムである。敵と戦うときに使うための消耗品類だ。もしくは装備の耐久度が減少したときに修復するための砥石や耐久度減少の効果を少しだけ下げる防護スプレーなども売られている。要するに冒険に備えるための物資を陳列されているのだ。
価格競争が激しく、他者より少しでも値段を下げては客を呼び込むために大声を張り上げている。その声に釣られて客は販売している商品を閲覧し、購入するかどうかを決めるのだ。
といっても、僕はクエストをクリアしたときの僅かな資金しかなく、回復アイテムを買う余裕など全くないのだけど。
そもそも、どうしてここに人がこんなに集まっているのかがわからない。当て所なくMOB狩りをして経験値稼ぎとお使いクエストをこなしていただけだから、ここがどういう場所なのかがわからないのだ。
かといって話を聞けるような親しい間柄の人もおらず、仕方なしに耳を立てて盗み聞きするしかなかったのだけど、ここがどういう場所かは案外簡単にわかった。
「【ゴブリンの巣窟M】へ行く方はいらっしゃいませんか~? こちらLV.14大剣戦士。@3募集 wisよろ~」
「【ゴブリンの巣窟M】ペア周回するためのパートナー募集。経験者希望。こちらLV.16黒魔。wisよろ~」
「ギルド【天壌に咲く一輪の華】は初心者を募集しております。入隊者は無料で弟子にし、【ゴブリンの巣窟】周回クエをお手伝いさせていただきます。興味のある方はwisよろ~」
耳を澄ませば聞こえてくるのは物資を購入しているものたちの叫び声。
要するにここはダンジョンの入り口の手前で、パーティーを希望するものたちが集う場所なのだろう。だから、それら冒険者たちを相手取る商人たちが多く集い、商売の場となっているのだ。実によくできていると感心する。
目的もない僕は暇つぶしにダンジョンに入ってみたくなり、適当に声を掛けて回ってみた。
パーティー入れてもらえませんか? と。
「防具ないの? 敵に殴られたらすぐ死ぬよ?」
「猫人なのに大槌? 鈍重な猫人とかないわー」
「あ、埋まりました。すいません」
「スキル――大槌マスタリーと魔法だけって……何を求めて戦ってるんですか? 本当、遊びじゃないんで。ダンジョン舐めてます?」
渡る世間は鬼ばかり。
一時間ほど掛けてあらゆる人たちにパーティーに入りたい旨を伝えたが、絶対的な拒否が返ってきた。
大槌だから、防具がないから、スキルが駄目だから――理由は様々だが、とりあえず僕は全面的に却下される人材のようだ。要するに全部駄目ってことじゃんか!
途方に暮れ、「パーティー誘ってください」と小声で呟きながら木の幹で座り込んでも他人のせせら笑いが聞こえてくるだけだ。「赤褌に鉄兜……」「センスないよねー。まじきも」「なんか臭わない? あそこからさー」「大槌! あんなネタ装備してるやついんのか」などと嘲笑が浴びせかけられる。
何故だ。
迷惑を掛けたわけでもないのに、何故こいつらは僕をこんなに馬鹿にするんだ。
おかしい! こんなのおかしいよ!
奮い立つ。
断崖絶壁の手前にはID管理者ボスコヴィルと名前が浮かんでいる壮年の親父がいる。
ぼっちになりつつ様子を窺っていたけど、こいつに話しかけたらダンジョンに行けるらしい。
「一人で行くなんて正気かい?」
と人工知能を搭載したNPCが心配げな眼差しで僕に問うてくるけど、今はそんなことは関係ないんだ。だって、誰も組んでくれないんだし。
ボスコヴィルはいっそ清々しいほどの憐憫を僕に向けてくると、ダンジョンの難易度を聞いてくる。
NはノーマルでHはハード、Eはエキスパートで、Mはマスター、Hはヘルらしい。左から順番に難易度が上がっていき、ヘルに至っては四人パーティーで行ってもクリアできるかどうかわからないほどの難易度、決してソロでは行くな、と厳重に注意された。
つまり、行けってことか。
「Hで」
知らないよ、とボスコヴィルは吐き捨てると、僕はゴブリンの巣窟Hへと足を踏み入れた。
正直調子に乗っていたんだと思う。
通常のマップで出てくる敵は大槌で一発殴れば死んでくれたし、魔法を一発射ち込むだけで巻き込まれた奴らは瀕死の状態になってくれた。敵は弱いのだ、と錯覚していたんだと思う。
「――聞いて、ない!!」
大槌を担いでの全力疾走をこなしつつ、僕は後悔の念に苛まれていた。
ゴブリンの巣窟は断崖を降りたところにある洞窟のような場所だった。崖の内部に蟻の巣のような複雑に入り組んだ空洞を繋ぎ合わせ、一つの洞窟としている。そこでは多くのゴブリンが生活をしているのか、木箱や壺が所狭しと転がっていて、時には宝箱が落ちていたりもする。
全体的に細い道が多く、小柄な僕ですら五人並んで歩くことができないだろう。天井も低く、僕が三人分くらいか。
そして、侵入者用のトラップなのか、地面から飛び出る円錐状の杭は上に立つものを貫き殺し、時には上から矢が降ってくる。危険極まりない場所だ。
とまあ、洞窟の構成は酷く思いやりが足りないことは明白なのだけど、問題点はそこじゃない。一番の問題はゴブリンだ。
マップで相手していたゴブリンたちは僕の背丈の半分ほどしかない小さな奴らばかりだった。けれど、ここは僕の身長と同じくらいの筋骨隆々のゴブリンばかりが犇めいている。しかも、手には鉄で造られた棍棒を持っていて、ぎょろっとした大きな眼でこちらをじろりと睨みつけてくるのだ。しかも、案外に健脚であり、走る速度は僕とあまり変わらない。そんな奴らが視界いっぱいにいて、ざっと数えれるだけでも五十は越える。
走っていると行き止まりの場所に行きつく。
ここは入り口。ダンジョンとやらは一度入ると出ること叶わず、逃げ道はもうないのだ。
覚悟を決めて戦うしかない。
固唾を飲んで振り向くと、そこには大量にひしめく大柄なゴブリンたちの姿がある。
鉄製の大槌を振り上げ、叩き下ろした。
直撃した敵は後方へ吹っ飛び、隙間なくひしめいていたゴブリンたちの群れへと突っ込む。すると、どんどんとドミノ倒しに彼らは押し潰されていき、身動き取れない状態になっていた。ただでさえ狭い場所なのに、大柄なゴブリンが群れていたのである。倒れたら起き上がることは叶わないだろう。
鉄兜で覆われた素顔に浮かぶ僕の表情はきっと歪んでいたに違いない。
「レッツパーリイイイイイイイイイ!」
モグラ叩きならぬゴブリン叩き。
とにかく大槌を叩き込みまくり、なかなか死なない五十を越えるゴブリンを徹底的に叩き潰していく。
さすがはヘルモードと言うべきか。経験値は凄まじく、みるみる内ににマスタリーやジョブレベルが上がっていく。こんな効率の良いことは初めてで、何故みんながダンジョンに行くのかを理解した。しかも、敵はすべからく何かアイテムを落としていく。それは収集品などの売ることしか価値を見出せないものから始まり、鍛冶や服飾などの生産に使う素材を落としたり、稀に装備品を落としたりもした。とにかく、金銭的に美味しいのだ。
ぐへへへ、と涎を垂らすほど喜びながら僕はゴブリンを屠っていく。が、事はそう単純に終結することはないらしい。
半分ほど殺害したときにはゴブリンは起き上がり、僕に飛び掛かってきた。
ファイアボールで吹き飛ばし、火傷を負わせる火の粉を撒き散らしつつ、大槌をコンパクトに振り回し、敵を近づけないように身体を動かしていく。これまでなら一撃で仕留めれた雑魚敵だったのだけど、ここにいるモンスターは一撃で死ぬどころか五発か六発ぶち込んでも死ぬ気配を見せない。しかも、全員が同じ服装に同じ体格で同じ武器だから誰に攻撃したかもわからなくなってきて、敵に囲まれたまま戦うという最悪の状況下に陥った。
火傷のDOTダメージに期待してファイアボールを振りまきつつ、時間を稼いで攻撃を掻い潜る。
けれど、限界が来た。
縦横無尽にやってくるゴブリンの呪い棍棒攻撃をとうとう一撃喰らってしまったのだ。
喰らったのは右腕。大槌を振り回す利き手。たった一撃喰らっただけで激痛が走り、痺れのせいで握力が無くなる。
からん、と言う乾いた音とともに大槌が地面に転がった。
後は私刑。
二、三発殴られただけで僕は意識を失い、気づけばダンジョンの入り口に立っていた。
ボスコヴィルのこちらを見る目が悲壮感漂ってる。
なるほど、僕はあっさりゲームオーバーになったのだ。
ダンジョンで死んだ場合はデスペナルティとして制約が課せられるらしく、身体が異様に重い。
速度制限というデバフがかかっていて、移動や攻撃速度が半分になっている。
解けるまで三十分。
僕は足を引き摺りつつ、ピーベリー城へと戻ることにした。
ソロとか悲しい。
アバター名:紅蓮の支配者
Lv.13
STR102(+24)/INT151/SPD86(-40)※
スキル:【ハンマーマスタリーLv.20(MAX)】【初級氷系魔法Lv.19】【初級炎系魔法Lv.14】【初級雷系魔法Lv.12】【初級風系魔法Lv.12】
装備:鉄製の大槌(STR+6,SPD-40)
牛角の鉄兜
真っ赤な褌
称号:蛮勇王を討伐せし者(STR+18)
階級:新兵
善悪:小悪党
性格:捻くれ者――プレイヤーに無視されすぎたおかげで性格が少々歪んでいる。