1.
僕は初心者専用マップと揶揄されるウォーターフォール村から旅立った。理由は簡単。レベルが上がったので敵から得られる経験値が激減したのだ。おかげでマスタリーの成長は頭打ちとなり、自然と次の狩場を求めるようになる。
移動は徒歩だ。おおよそ半日の時を掛けてピーベリー城に着いた。外壁に守られたそこには一つの門があり、門を守る兵士は二人いる。
彼らは鉄製の全身鎧を着込み、暑そうに身体に風を送り込んでいた。見ればNPCではなく、アバターなのだろう。発達したAIのおかげか、暇つぶしのようにアバター同士で世間話をしていた。
「げっ」
彼らは僕を見ると一度不審者を見る目つきになり、GMコールをするかどうかの会話を繰り広げはじめる。どういう意味だろうか。
とりあえず彼らに一礼だけすると入城した。
目の前に広がるのは区画整理されたピーベリーの城下町だ。
全体的にくすんだ石造りの民家が並び、家の間には紐が繋がっていて、そこには多くの服や幌が掛けられている。干しているのだろう。雰囲気を出すためのオブジェとも言うが。
ウォーターフィール村とは一転し、近代化が図られているようにも見える。
行き交うNPCたちも村では襤褸の服を身に纏う人が多かったのに対し、こちらは機能性重視ではあるが、綺麗な染色をされた布で誂えられた服を着ている。髪も村ではぼさぼさの人が多かったが、こちらはそれなりに気を遣っている人たちが多いのだろう。
これこそが格差社会というものか。
さて、ここにはNPCも多いがそれ以上にアバターたちが露店を開いているのが印象的だ。
大きな声を出して商魂逞しく舌戦を繰り広げる商人たちは見るだけで面白い。
お金がないので目に毒な商品も多いので早々に立ち去り、木造建築ばかりの区画から離れ、街の中央にある城へと赴いた。
城、と言っても門扉で遮られることもない簡素な造りだ。どちらかと言えば砦といったほうが近い。商店街から繋がる階段を登れば既に城内という侵入者防止の概念が全くない造りだ。実際問題、これはどうなんだろうと考えてしまうが、そこはゲーム。そういう犯罪抑止の為のシステムも当然あるのだろう。
さて、城内――屋根すら設置されていない屋外はさながら空中庭園のようだ。
色とりどりの自然が来客者を迎え入れ、給仕姿の可愛らしい女の子が出迎えてくれる。そして、彼らの隣を通り抜けてみれば早速偉そうな女騎士様と彼女に追従する騎士団長とご対面だ。平時なのにも関わらず、王女の周囲には百を越える名も無き雑兵たちが取り囲んでいるのは一種異様な光景ではあるが。
女騎士は細身の身体はキュイラスに守られ、腕部はガントレットに覆われている。どちらも銀製のものデザイン性を重視しただろう精緻な細工を施されている。とても高そうだ。
キュイラスの心臓部には紋章――鷹が剣を咥えているものが描かれていた。気になってじっと見ていると隣の騎士団長らしき男が「それは王家の紋章なのです」と口を挟んでくる。なるほど、そういったものなのか。腹を空かしたら剣をも喰らえという信念を表しているのかと勘ぐっていたのだけど、流石にそれは考え過ぎだったらしい。
頭からはぴょこりとこげ茶色の犬耳が生えていて、くりくりとした黒曜石の瞳のおかげで妙に人懐っこく見える。小柄な僕よりも更に小さく――いや、縮めたような体格は武器を振るうには似合っていないむしろ武装している姿があまりに似合っておらず、鎧に着られているような印象だ。
「うむ。よく来たな、冒険者よ。私がアーリア王女だ」
いろいろ勘ぐってはいたが、どうやら彼女は王女らしい。それならば納得だ。似合わない武装も仕方のないことだと言える。
「話は聞いているぞ。そなたがウォーターフィール村の危機を救ったとか……実に有難い」
「あ、いえ……イベントですし」
「イベント? ふむ、過分にしてそのような単語は知らぬが、領民に代わって礼を言う。ありがとう」
いきなり英雄扱いは少々困るというものの、そう言われて悪い気はしない。
へらへらと笑っている内に話はとんとんと進み、クエストの報酬として幾ばくかの金銭を得た後、そこらのNPCから魔物討伐のクエストを受けれるだけ受けてから城周辺の魔物を狩り始めた。
奇異の視線を感じる。
赤褌を風に棚引かせ、太陽の光を反射させる牛兜を装着している僕の圧倒的な戦いぶりにファンでもついたのだろうか。
敵を凍らせつつ鉄製の大槌を振り回す僕の強さに惹かれたのか。
どちらかはわからないけれど、とりあえず誰かに監視されるという快感を得つつ僕は経験値稼ぎに没頭していたのだけれど、いきなり誰かに攻撃されて死んだ。
死んでから五秒間は死体を晒す。
その間に周辺を見れば、こちらに銃を向ける機人族がいた。
機人族とは文明の発達した種族だ。
もとは何の特色もない平凡な身体能力の種族だけど、彼らは科学によって身体を改造し、強化する。
僕を撃ち殺した相手は右腕に大砲のような武器を装着した全身に重装甲をつけている黒光りする大男だった。見るからに悪役っぽい外見だ。しかも、豪快に笑いながら登場して少しだけ強さを披露した後に覚醒した主人公に殺されそうな如何にもMOBキャラっぽい外見だ。
こんな奴に負けたのか。
光の粒子となって登録地点に転送される僕は復讐の方法だけを考えていた。
対人戦など初めてで、今見た機人族の特性も知らない。対処法などわかるはずもなく、戦い方が思い浮かばない。
けれど、機人族は科学を発達させた代わりに魔法に疎く、対魔装甲が弱いと聞く。しかも、見るからに重そうな重武装だ。きっと動きも鈍重なはずで、僕の魔法を避けれるとは思えない。避けられたときは避けられたときとして別の門から外に出て違う場所で狩りをすればいい。
まずは報復だ。
低レベルなおかげでデスペナルティはなく、僕は門から飛び出た途端にまだそこにいる機人族に対して特攻した。
相手は銃を構えて撃って来るけど、こちらも同じく氷系魔法の【アイスボール】を放つ。
氷塊は弾丸に遮られることはなく、冷気となって襲い掛かる。
風雪の舞う涼やかなエフェクトとともに機人族は凍結状態になる。どんなふうに見えるかと言えば、下半身が氷の中に閉じ込められ、身動き取れないようになるのだ。
地面から生えだしたような氷塊の中に束縛されるのは初めてなのか、上半身をしきりに動かして逃げ出そうとする。だけど、凍結時間は固定で八秒になっているのだ。スキルの説明ではそうなっているから、その間は僕の自由時間――のはずだ。
だから、鉄製の大槌を地面に引き摺りつつ疾走し、大きく振り上げ――決め台詞を考えるのを忘れいたので無言で頭蓋を叩き割った。
『英雄ポイントを8取得しました。【新兵】の称号を得ました』
英雄ポイントとは何かはまだ知らないけど、とりあえず敵の死体を漁ってみることにした。
首から上が幼い子供が見れば確実にトラウマになるだろうグロテスクな様相を呈しているけど、そんなことは関係ない。漁れるものは漁るのだ。
すると、敵が装備しているものを一つだけ奪えることに気づく。だけど、装備条件のSTRが足りないので装備することはできず、むかつくので死体を蹴り飛ばした後に回復アイテムだけ奪っておいた。
『ローゲージが8減少しました。【小悪党】の称号を得ました』
システムメッセージが五月蠅い。小悪党って何だよ。
さらにむかついたので死体をもう一度蹴り飛ばそうとしたら、光の粒子となって消えてしまった。
怒りのぶつけところを失った僕は髪を掻き毟ろうとしたのだけど、鉄兜に阻まれる。こんなときばかりは鬱陶しい!
「あの――」
怒りを表現するために荒々しいステップを刻んでいたら、唐突に誰かの声が聞こえた。
聞き覚えのない――というよりも、僕はAIとして意識を覚醒してからNPCの声しか聴いたことがないので、誰かに声を掛けられるということが初体験だ。いや、むしろこれは誰かの陰謀で、もしかすれば僕に声を掛けているわけではないのかもしれない。
とりあえず聞こえる方向は背後だったのでそちらを向けば、地面を向いてもじもじとする少女がいた。
顔から三本髭が生え、上半身は胸元を隠すためか晒し木綿を巻いているだけ、腰には革のショートパンツを履いている。背中には少女の身長を遥かに超える大きな剣を背負っている。
ちなみに二の腕と脛は毛皮が茂っていた。髪は赤で毛皮も赤なのでまあまず間違いなく地毛だろう。なんか全体的に毛深い少女である。
耳からは犬耳が生えているのできっと犬人族だろう。なんかショートパンツの尻元には穴が開いているのか、それとも開けているのか。尻尾がはみ出しているし。ふさふさしてそうだ。
「あの――すいません。お尋ねしたいことがあるのですが!」
観察している間にしびれを切らしたのか、声を荒立てて詰問してくる様はまさに女といった感じだ。何故か背筋が寒くなる。
ぎらついた黄金色の瞳にはまざまざとした憤怒が宿り、僕の事を責め立てる。何か悪いことでもしたのだろうか。
「御用は何でしょうか?」
「あの! その! 紅蓮の支配者さん、ですよね?」
「あ、うん。そうだけど。それが?」
肯定してあげると、少女は黄玉の双眸から涙を溢れさせ、「よかったあ……」と零しつつ、地面に座り込んだ。妙に可愛らしい仕草だ。けど、僕は泣かれる理由がさっぱりわからずに右往左往していると、少女が訥々と語りだした。
「称号、見ればわかり……ますと思うけど! わたし、捨てアバターなんです……」
「あ、うん。僕もだけど」
「だけどですね。最近ですね……ご主人様が帰ってきて……」
「ご主人様?」
「あ、プレイヤー様のことです」
なるほど、なんと悪趣味な呼び名なんだ。
「その、つまり、助けてください! E-QUESTの発生条件教えてくれないと、わたし! わたし!」
「え、うん」
「脱がされちゃう!」
……どういうことなんだろう。
つまり、僕がクエストの発生条件を秘匿し続ければ彼女は脱がされてしまうのか。赤裸々に裸身を空気に曝し、生まれたときの姿で町中を闊歩するのだろうか。そして、彼女のご主人様とやらはその様をにやにやと見つめ、悪徳の愉悦に浸るのか。
それはそれでゲームの楽しみの一つかもしれない。僕も裸見たいし。
話を聞いていると、晒し木綿もご主人様とやらの趣味で着せられているらしい。悪趣味と言ってごめんなさい。とても良い趣味だと思います。高尚だとすら思える。
けれど、少女は不幸にも露出狂ではないらしく、変態プレイヤーから解放されたいらしい。いや、それでもどうなのだろう。僕たちは所詮はAIなわけだし、プレイヤーの言う事を聞くことを優先するのは大切なことだと思うのだけど。そもそもプレイヤーと喋ったことすらない僕からすれば羨ましい話ですらある。
そのことを言ってみると、犬歯を剥き出しにして僕に食って掛かってくる。
ため息。
「始まりの草原でゴブリン五百匹狩ればいいよ。それが発生条件」
それだけ言うと、少女は嬉々としてピーベリー城の中へと戻っていった。
さて、どうなることやら。
「まあ、もっと雑魚敵倒してレベル上げよう……」
そうしてまたソロ狩りが始まる。
アバター名:紅蓮の支配者
Lv.12
STR98(+24)/INT139/SPD74(-40)※
スキル:【ハンマーマスタリーLv.18】【初級氷系魔法Lv.15】【初級炎系魔法Lv.12】【初級雷系魔法Lv.8】【初級風系魔法Lv.5】
装備:鉄製の大槌(STR+6,SPD-40)
牛角の鉄兜
真っ赤な褌
称号:蛮勇王を討伐せし者(STR+18)
階級:新兵
善悪:小悪党
性格:捻くれ者――プレイヤーに無視されすぎたおかげで性格が少々歪んでいる。